プロローグ
塔のように見上げる建物がある。
その建物がお城であることは遅れながらに気づかされる。
眼下にはお城を中心に円を描くように街が広がっていた。
まだ薄暗い、夜というには遅く朝というには少しばかり早い時間帯にもかかわらず街には人々の影が見かけられる。
その種族は千差万別。
獣を思わせるような見た目の者や、見目麗しい容姿に耳の長い者、背丈は小さくも力強さを感じさせる者。
筋骨隆々の黒い肌の者も見かければ、飛びでて大きいからだの者もいる。
そして普通の人間達も。
そんな彼等達の行いもまた千差万別。
「おいエルフ! 何ぼさっとしてんださっさと開店準備始めろ! ってちょっと待て! それはいいそれはいいからああぁぁぁぁぁ!」
厳つい人間が営むお店ではエルフの姿が。
「親方ぁ! 道具が見当たらないですけど! えっ素手でやれって? ははっ何を言ってんですかそんな無茶なことって嗚呼わかりましたやりますやりますぅ!!」
ドワーフが切り盛りする加工屋には若い獣人の姿が。
「じゃあこれ配達お願いね。うん、そう西街区の老夫婦が営んでいる花屋さんまで、西よ西……違うそっちは東!」
女性口調の男性の店の前では服の下から鱗がチラチラ見える少女の姿が。
見た目の違いはあれど街の人々は早い時間から動き出していた。
そしてその光景と並行するように。
「ねむい~ なんで朝早くに道具…の…買い出…し…zzZ」
「おいっ起きろ寝るなバカ! ってかそもそもの発端はてめーが昨日考えなしにバカスカ使うからこんな朝早くから準備する羽目になってんだろ!」
「……二人ともうるさいぞ」
武装した人達もチラホラと姿を現す。
鎧を身に着け剣を持つ屈強な男性、杖を左手に持ちローブを着るエルフ、必要最低限以下の装備のアマゾネス。
しかしその集団が足を向けるのは街を囲むように高く建てられた城壁……のそのさらに外。
そこは獣なんかとは比べるとはるかに凶暴で凶悪な生物、魔物が存在してる場所だ。
1人で出歩くのはもってのほか、大の大人でさえ武器を持たされても行きたくないと言わせる程の所。
そんな常に危険がはびこる場所を向かうのに彼等彼女等達は気楽に、日常のごとく歩いていく。
そんな彼等を一般の人々は称えるように、あるいは区別するようにこう読んだ。
冒険者、と。
いまだ朝日が昇り始めたころ、人々は街を動かしていく。
♦
街が賑わいを表していくのに対して城壁の外はその危険性を隠すように静まり返っていた。
城壁の外、南側に当る部分には辺り一面を覆いつくすように森が広がっている。
そしてその森を監視するような人影が一つ立っていた。
その人影は少女の形をしていた。
鈴の音を鳴らすような白銀の髪を持ち、こぼれでる朝日のひかりによって髪の輝きを増しながらも悠然と立っている。
日の出とともに露わになるその童顔は、同性も羨むような華奢な肢体と相まってよりいっそう可憐に見せる。
早朝の静けさの中、身に着ける藍色の防具と腰に携えた剣の音だけが響く。
「うん、いつもどおり」
そのまま森と城壁の間を散歩するように歩きはじめる少女。
だがしばらくすると不意に立ち止まり、その瞳を森の一か所に向けるとその眉間に皺を寄せた。
「……?」
少女向けた視線の先では最初その一帯は不可思議な光に包まれていたのだが数分もすると自然とその光は消え、いつもの元の森へと姿を戻していった。
考えること数秒、首もとのペンダントに手を添え何かつぶやきかけると次の瞬間、少女はその体を一迅の風に変え疾走しだした。
そのスピードは少女の細い手足に似つかわしくない身体能力をもって木々の間を抜け、息を切らすことなく走り抜けていく。
なにものもよせつけない速度を持って目的の場所に向かい……
そしてそこで少女は目を見開いた。
不思議な光景だったからだ。
それは見掛けない服を滴らせていた、それは体を泉の半分に浸からせながら気絶していた、それは淡い栗色の髪の同年代らしき男の子だったのだ。
少女自身初めての体験に。
「……まいご?」
その一言しか出てこなかった。