第11話 お母さんのこと
お母さんのこと
あんのお母さんがあんちゃんに愛情をたっぷりと注いで育てていることや、頑張っていることはあんを見ていれば本当によくわかった。
「あんちゃんはお母さんのこと好き?」
「はい。お母さんのこと大好きです!」と嬉しそうな顔で(大好きなお母さんのことが話題に出たから)笑ってあんは先生に言った。
あんはにこにこしながら、先生を見ている。
先生はそんなあんを見て、とってもかわいいと思った。
それから少しすると、とても寒い日が続くようになった。
あんはお母さんの手編みの手袋とマフラーをとっても幸せそうな顔をして、いつも身に着けるようになった。
「先生。おはようございます」と言ってきちんといつも笑顔であいさつをしてくれるあんちゃん。
お行儀がよくて、いつもやさしいあんちゃん。
手をあげて横断歩道を渡って、ちゃんと運転手さんにおじぎができるあんちゃん。
秋の学校の演奏会のときにはあんは一生懸命に不器用に楽器を演奏していた。
失敗してあんはとても悲しそうな顔をしていた。下手だって言って、みんなにごめんなさいって言っていた。
「下手でもいい。失敗してもいいんだよ」と先生はあんに言った。
「下手でごめんなさい」と言ってあんはずっと下を向いていた。
あんが年が明けたら、遠い町に引越しをするのだと聞いたとき、先生はとても驚いたし、とても悲しい気持ちになった。
お家の都合だからしかたのないことなのだけど、もう少ししたら、あんは遠い、遠い町にいってしまうのだ。
先生はとても悲しかったけど、あんもとても悲しそうだった。
「先生。今までどうもありがちょう」とあんはいつもと同じように、引越しのことを先生がお家の人と一緒にいるあんから聞いたときに、あんは深々と頭をさげてそう言った。
「こちらこそ、いつもいい子でいてくれて、ありがとう、あんちゃん」と優しい声で先生は言った。(泣きそうだったけど、我慢した)
そのとき、頭をあげたあんは真っ赤な目をして、泣いていた。
ぽろぽろと大きな涙をこぼしながら、声を出さないように頑張って口を閉じて、静かにずっと泣いていた。
先生はあんが泣いているところを初めて見た。
「先生。さようなら」と泣きながら、あんは言った。
先生は、うん。さようなら。と言おうとしたのだけど、言葉がでなかったし、そのまま先生も真っ赤な目をして、泣いてしまった。
頑張って、笑ったつもりだったけど、本当に笑えていたのかどうかは先生にはよくわからなかった。