SS.他称『銀の妖精』が過ごす早朝の教室 中
投稿が遅れてすみません……。
二部構成だと文字数が多過ぎ、尚且つ偏ってしまいそうなので、訂正して三部で投稿します。
ガラッと扉の開く音が聞こえた。
眠気に朦朧と霞んだ意識の中で何を考えるでもなく顔を上げる。
此処は……教室? あれ? 何でこんなところにいるんだろう。いつもと違って鎮まり返って……みんないないけれど……。
ッ!? 私もしかして寝ちゃってた……? いえ、もしかしなくても寝ていた。どれくらい? 一体今は何時?
教室の置時計を確認する。どうやらまた半刻ほどしか経っていない事に小さく安堵した。
「あれ? こんな時間に人が居るなんて珍し……ってもしかしてエリー?」
教室の入り口から聞き覚えのある声と呼び方に再び脈が速まる。先の安堵も直ぐ動揺に消えてしまう。
「……イヴァナちゃん」
声の元に振り向くと私の予想通りの人物が立っていた。
漆塗りの様な艶のある黒の短髪に、愛嬌を感じる深い紺色の大きな瞳。あどけない顔付きと全体的に小柄な体躯は実年齢よりも幾らか歳下に認知される事が多いらしい。
しかしそれは見掛け騙しでその身に秘めるのは若い牝馬のように活気横溢、大柄の男性にも勝るほどのエネルギーが満ち溢れている。
イヴァナ・トレメイン。私と同じ男爵位の家系でクラスメイト、そして私の大切な親友……いえ、親友に仕立て上げたかもしれない人だった。
「おはよー。こんな朝早くからどうしたの? 何か用事でもあった?」
「えっ……う、うん、ちょっとね……イヴァナちゃんこそ早いね?」
まさか心の準備さえ出来ていないのにイヴァナちゃんが目の前にいる。
眠気に負けてしまった私も悪いのだけど、そもそも彼女がこんなに早く来ているなんて知らなかった……。
私のはぐらかす様な返事に彼女は首を疑わしげに傾けた。
「? あたしは朝練よ、朝練。陸上クラブのね。教室には昨日の忘れ物を取りにきたの」
眉をひそめながら、取り敢えず返事をといった様子で彼女はそう答える。
そうしてまるで急かされる様に私の元まで、その短い歩幅を早足に進め隣に腰を下ろした。
「ねぇねぇ、それより昨晩の光見た!?」
彼女は妙にソワソワとした様子で好奇心に輝いた双眸を近づけて来る。
私はいきなりの展開にしどろもどろになりながらも、それを表に出さない様に極めて努めた。
「……あ、うん。すごい雷だったよね」
「そうそう、スゴかった! ……ってそれだけ? あれどう見ても魔法で起こった現象だよね。あたしには解らないけれど、エリーならどんな魔術か知っているんじゃない?」
「そ、そんなこと言われたって……私の分野と違うし、そもそもあんな大それた事出来る魔術なんて知らないよ……」
「えー、エリーならもしかしたらって思ったんだけど……。もうねもうね、一夜明けて巷じゃその話でもちきりなんだよ。『王都にて正体不明の超級魔術発生!? 一体犯人は誰なのかッ!!』ってね」
「へ、へー」
あ、これは好奇心旺盛な彼女のいつものやつだ。
いわゆるゴシップ好きなイヴァナちゃんはその手の話には毎回熱くなってしまう。
見慣れたその様子に私は少しだけ安堵を憶える。
「最近平和だったから、いきなりあんなの起こったらそれはもうお上も交えて大騒ぎだよ。あの規模の現象を魔術で起こすのなら一流でも最低5人は必要じゃない? そうなると何処かの組織的な犯行だってなってね」
「そうなんだ……」
「有力な説としては国の実験だという人もいるし、もしかして帝国側の攻撃じゃないかっていう噂もあるけど、ただただ雷が上空で巨大な棒状になるだけの魔術だったからね。攻撃という線は無いとして脅しとか? それとも何かのパフォーマンス? でも私はどれも違うような気がする……うーん……」
「ははっ、どうだろうね……」
「そうだ! ねぇねぇエリー、推理対決しようよ? 勝敗の条件は……後で考えるとして、この事件の真実を二人で予想するの。それじゃまずあたしからね。あたしはね、ズバリ言うと魔術師の秘密結社が絡んでいるんじゃないか! って思うの。彼等は王国と帝国の戦争が泥沼化する事を望んで、秘密裏に両国の政治に介入してきていてね。でもその策は上手くいっていなくて、何かキッカケが起らないと物事が進まないの。それでそれで、結社はなりすましの工作をしないといけないのだけどーー」
イヴァナちゃんは物事に一度火をくべるとそれはもう良く燃える。これは彼女の長所だけど、その時少しだけ周りに飛び火するから困ってしまう。
そんないつもの彼女を眺めていたら気持ちに余裕が生まれたのか、彼女の長話に小さく失笑を浮かべていた。
「……イヴァナちゃん、面白そうね?」
「うん、それはもうっ!」
始めは失笑だったものが、満遍の笑みの楽しそうな彼女を見ているとその気持ちが伝わって来るようで……私も思わず返すように自然な笑顔をしていた。
ーーその前に、言わなくてはならない事があるんじゃ無い?
だけど直ぐに心の何処かが騒めいてその笑みを掻き消してしまう。
……そう、なのよね。私は彼女の意思を、操っているかもしれないんだ。
私の根源魔法によって悪意は顕著に現れていたが、もちろん反対の好意にも影響を来す。
と言ってもその例は異性が比較的に多い。
同性は影響を受けた異性の様子に触発されて大凡は悪意に偏っていると先生は予想をしていた。
しかしながら、入学式以来の親友であるイヴァナちゃんからはそんな悪意は感じたことは無かった。
彼女と私は同じ下級貴族の家系だ。でも、肩書きは似ていてもお互いの何もかもが違っている。
性格、得意分野、考え方、環境。
彼女には由緒ある二人の貴族の血が流れているのに対して、私には片方だけ庶民の血が混ざっている。
彼女は人懐こく思ったことを表に出せるが、私は人を疑うことから始め本心は悟られないように隠す。
私は自身の歪んだ目的の為に努力をしたけど、彼女は理想に従って求めるがままにその才能を発揮した。
本当に、私たちは何もかもが違う。
しかしだからこそ。違うからこそ、お互いの異なった価値観に惹かれて親しい関係を築けたのだと、私はそう思っている。
そう、お互いに思っていると決め込んでいた…………でも、彼女の場合は違うのかも。
イヴァナちゃんは初対面の時に抱いた好意に操られて仲良くしているだけなのかもしれない。
彼女自身の意思では無くて、ただ私の押し売りのような親切に絆されただけなのかもしれない。
自分の根源魔法を知って、そんな風にしか思えられなくなっていった。
本心では私をどう捉えているのかどうしようもなく不安で、だけどその真実を知ることがひどく恐くて……もう、どうすべきかなんて考え付かない。
結局、私たちは何もかもが違うんだ。相手の気持ちを全て理解することは出来る筈ない。
私は彼女が何なのか、分からない……。
「どうしたのエリー? なんか今日はいつもより元気ないね? ……もしかして、また何かアイツらに言われたりしたの?」
「……えっ?」
俯いていた私の顔をイヴァナちゃんが心配するような目付きで覗き込んでいた。
どうやらまた自分の世界に浸っていたみたい。彼女を勘違いさせてしまったことに申し訳なさを感じた。
「違うの、ちょっと寝不足で……どうやら今になって睡魔が襲ってきたみたい。朝早くに起きるの慣れてないから、かな」
「…………そうなんだ」
彼女は私の顔を見ると、どこか悲しさが覗く思い詰めた表情で答え沈黙した。
「……」
「…………」
お互いの視線が途絶え、教室に静寂が流れる。私は居心地の悪さを感じた。
いつものイヴァナちゃんはたくさんの話題を繋ぎ目なく流れる様に続けために、このような間が挟まれることは滅多に無い。
憶えがあるのは少し前に一度だけ。私への事でクラスのみんなには何も言わないでと、そう彼女にお願いした時だけだった。
あの時の気不味い雰囲気を思い出して私は言葉が浮かばない。
どうすればいいか分からず、彼女の顔色をチラリと窺った。
先と変わらない面持ちで、イヴァナちゃんはじっと自身の力無く開かれた手を見詰めている。
しかし一つだけ違ってその紺色の大きな瞳の中には複雑な情色が渦巻いて見えた。まるでせめぎ合うかのように移りゆく瞳の色合い。それにつられるように目元が僅かに動く。
それは長いようでほんの短い時間だった。
彼女はその両手をゆっくり握り込む。
そして悲しみを影に追いやるような力強い視線を私へ戻した。
「ねぇ、エリー。あたしたちって親友だよね?」
「えっ……?」
イヴァナちゃんの声色は切実だった。いきなりの切り出しに私は咄嗟に答えられず、驚きに間の抜けた声を上げてしまう。
私の答えを待たずに彼女は続けた。
「……今更だけど、あたしね。エリーが何か酷い事を言われているのに何もしないで観てるなんて……やっぱり出来ないよ」
「……うん」
「そりゃあたしが出来る事なんて限られているけどさ、でもエリーが一声掛けてくれるだけで力になれるんだよ? 現状を変えられるのはやっぱりエリー自身なんだから」
「…………」
「正直、今のままだと何も変えられる気がしない。今の対応だと駄目だと思う」
「……そうだね」
「でしょ。だから一緒に何とかする方法を考えようよ。ね? 二人ならいい案も浮かぶかもよ?」
「…………」
最初は彼女も私の隣で一緒に立ち向かってくれていた。私がいびりや唆されているのを見かけたら直ぐに駆け付けてくれ、それはもう彼女は強い味方だった。
でもそれによって数と日を追う毎にイヴァナちゃんのクラスでの立ち位置が傾いて行く。
本来イヴァナちゃんの明るく裏表のない性格ならクラスの誰からでも好かれる、そんな人になれたと思う。
けど、それは私に構っていたばかりに彼女はクラス内で疎遠されがちになっていく。
その一片を垣間見てやっと危惧し始めた。このままでは彼女が私の様な……いえ、それより酷い扱いに遭ってしまうのではないかと。
私はそれがどうしてもイヤだった。許せなかった、怒りを憶えた……自分自身も含めて。
だからあの時も、そしてこれからも。どうすべきかなんて分かり切っていたことだった。
私は贖罪を果たさなければならない。それが私の本望で、そう約束したのだから。
イヴァナちゃんの瞳は曇りがなく真っ直ぐでとても綺麗な色をしていた。それを見てふとその小さな身を盾に悪意から守ってくれた時のことを、そして一緒に語り合い、笑顔を浮かべた楽しい時を思い出す。
しかし私は痛みに耐えるために肩を強張らせ握り拳を形作ると、彼女の視線から逃れる様に顔を伏せた。
「……ッ!」
じっとしがみつくような視線を感じていた。
それはきっと、ずっといつまでも逸らされる事はない。
だから、私は言った。
「…………ごめん」
「エリーっ……!」
彼女の悲痛な声が聞こえる。でも、私は聞こえないフリをした。
「……ごめんなさい」
「だめ、ダメだよ! 今日のエリーの顔色って本当に酷いんだよ!? あたし、あなたが心配なの!」
痛い。胸の内がズタズタに切り裂かれているみたい……。
でもこれはやらなくちゃならない事だ。私はイヴァナちゃんに嫌われなくちゃならないんだから。
きっと今彼女を拒否すれば私を見放してくれる。その懸命に伸ばされた腕をはたき落とせば、悲しみと憤りと自身を信じてもらえなかった失望で、愛想を尽かすだろう。
……そうか。今になってやっと解った。
私は人を信じきれていなかったんだ。
何処かでまた裏切られる。そう思い込んで、それが恐くて、傷つきたくなくて、私はあと一歩のところで歩み寄れなかったんだ……。
「……ごめん、なさい……」
なんだ、やっぱり私が悪かったんじゃない……。
ならしょうがないよね。この痛みは当然の罪によるもので、これから逃げる事も目を逸らす事も出来ないんだから。
これは然るべき罰なんだ。
「……ごめ、んっ……な、さいっ…………」
「……ッ! ゴメンで終わーーッ!?」
だから駄目。決して弱さを表にしては。涙なんて流しちゃいけないのに……。
「……ごめん、ねっ……うっ……ごめん……」
歯を食い縛る。でも小さく嗚咽が唇の隙間から溢れてしまった。
痛みに耐えかねて両手で懐をしがみ付くように抑える。そこにある物に触れれば少しだけ収まる、そんな気がした。
歪んだ顔を隠さないといけないのに、今の私にはそんなところへ気を回す余裕が無い。
「…………」
いつの間にか言葉を忘れて、体を縮こませる事しか出来なくなっていた。
それでも目の前から彼女が去ることは無い。
口を閉ざして離れることも寄り添うことも無く、只々私の隣に居る。
その表情は私が顔を伏せてしまったために知れることはなかった。




