17.最強の魔術講師
「何で生きていやがる……一体、どういう事だ!!?」
メルワスの怒鳴り声が観客のいない闘技場に響き渡る。
私はその彼の様子を見ながら、異臭に思わず鼻と口を手で覆った。
空気が焼ける臭いだ。先の魔法でかなり広範囲に影響が出たためにオゾンが形成されたのだろう。
確かにあの雷電は彼の言葉に違わぬ最上級の魔法に迫り得る威力を持っていた。
後ろでバリバリと鳴り続いているその魔法の残滓を私は振り返る。
そこには辺りを強く照らす球状となった雷が浮いている。
これは先程の雷電を留めたものだ。折角あれだけの電気を集めたのだから、この後有効利用をしようと思いついた。
方法はコツが必要だが魔力を余り必要としなく節制的だ。
今まで雷を退けて来たあの障壁は複数展開ができ、各々それに電気系統の魔法操作で電荷を付与する。
それをある規則的な配置に置く事で電場が発生させ、それによってあの類の魔法は誘導が可能だ。彼の根源魔法もそれで避ける事が出来た。
メルワスは状況を認識出来ていないのか、自身の理解を越えた現実に酷く取り乱している。
今なら私の言葉も耳に入るだろうと、どうしても彼に伝えておきたい事があった。
「2つ程、君に教えておいてやろう」
彼の肩がピクリと震え、虚空を見つめていた視線が私へと向けられる。
その顔付きにはまるで先程までの威勢が嘘の様に霧散し、まるで初めて火を見た猿の様に血の気が引いていた。
私の言葉に何も返す事なく、メルワスはただその口が再び開くのを待っている。
「1つは教師としての最低条件。私も今日になってやっと気づいたんだがな……。それは静かに見守るということだ。言葉通りにそれは害意から手を出させないという意味もあるらしいが、私は別の意味も存在する事に気付いてね」
私はメルワスの様子を確認し続けた。
「それは生徒の声を聞く、という事だ。彼等は弱い子供なのに他者の意思に踊らされ、危険に巻き込まれる。故に彼等は自分を守るために、その心に壁を作り出す。その壁は感情を消したり、物事から逃げたり、そして存在理由を脅かす存在に威嚇をする。壁は何者からも身を守る、それは教師である私達も例外ではない」
「しかしそれでは私達は生徒の心を解らない。モノを教えなくてはならないのに、その教えるモノが解らない。彼等を理解しなくては私達は仕事にすらならない。だから見守るのだ。私達がその壁となりさえすれば、言葉など無くとも彼等の声は自然と聞こえる。私達は子供達を守る役割を負った職業集団、そうだな……言い例えるなら私達は生徒達の見守り隊なのだ」
自分の口で言葉に出しておいて笑えてくる。私自身がそれをこなせているかも疑問なのに、何を偉そうに説教紛いのことをやっているんだと。
だが、エラのことを思うとメルワスには言わずにいられなかった。
彼女は幼い頃に母親を亡くしてから、自分を見守ってくれる存在がいなかった。
アリスが辛うじてその代役となっていたと考えるがそれも消えてしまう。
その結果は希望を捨て、心の壁を厚く建てようとしたのだろうが、それもその性格故に中途半端になってしまった。
そこであの根源魔法だ。自身を守ってくれる存在を作り出し、外敵を識別する。
確かに自分が敵に近づかず、もしもそれが接近しても誰かが守ってくれるといった方法は心理的にも楽ではある。
彼女の弱い心は何処かでそう望み、そしてそれは叶う。自分の奥底の本心が自分自身を裏切る形で。
彼女はいずれ壊れるだろう。無いものを望んだが故に、紛い物の現実を知ると共に。それは時間が過ぎるとともに深く儚くなっていく。
私にはその未来が覗き見えてしまった。
何故? それは私自身が彼女に成り代われる程に、似た経験をしているから。親しい者を亡くし、帰る場所を失くした。全て自身の手によって。
だが後の私には見守ってくれる者がいた。助けてくれた人がいた。親身に付き添ってくれた人がいた。だからこそ私は一人の人間として、その足で立てている。
でも彼女は? ニセモノの足で彼女は立てるのか? いや、そんなものはいずれ折れて崩れ落ちるだけだ。
微かな希望はあった。もしかして彼女の人生の先にもホンモノが現れるのではと考えていた。
だが、今それもここで砕け散る。メルワスは言った、彼女を捨てると。
その言葉は彼女の未来が暗闇に閉ざされる事を予言していた。
ならば、私がそれになってやろうと、彼女の心に聞いて言葉として誓った。カフェで一度。そして先程、心の中でもう一度。
「君も学院の教師なら、学院全ての学生が自分の生徒も同然だ。君が担任をする学級でどの様な立ち振る舞いをしているかは知らんが、彼女をーーエラ・シンクレアに対するその姿勢を見るとその最低条件を満たしていない。という訳で今一度、自分を見直したまえ」
「ッ!? 新任のテメェが何を言っーー」
「そして二つ目!」
メルワスが大きい声で何か口走るが、私の話はまだ終わっていない。
「あの学級の担任には確かに理事長からの紹介で任命されたが、それは私でなくてはならない然るべき理由があるからだ」
怒りに赤く染めた顔をしていたメルワスだがその私の話を聞くと怪訝そうにし、乱暴な口調でその続きを促してくる。
「君は言ったな彼等はいずれ世界を廻す者達だ、と。どうやら理事長もそう考えているらしく、私も能力面だけを見ると強ち納得はできる」
「何を今更ッ!! そんな事は周りの奴らは全員わかってんだよ!」
「なら何故こうは考えなかったんだ? 世界を統べる程の力を持つ彼等をただの教員が統べることができる、と。もう中には才能を開花させている子もいるんだろ? いくら優秀な魔術師だったとしても彼等が反発し、実力に訴えられれば歯が立たないかもしれないじゃないか」
「そ、それは……子供は大人の言う事を聞くものだ! 奴らだってそうやって育てられた筈だ!」
そんな考えなどは頭にも無かったのか、動揺をしながらメルワスは如何にもな屁理屈を立て、説得力のない反論を心無くも勢いで出した。
「それは赤の他人でも? 肉親や親しい間柄なら兎も角、その目上は全くの関わり合いが無かった人間だ。もしかしたら実力は自分の方がある。それに特別待遇なのだから、ある程度の事は許される。担任の指示に逆える理由はいくらでもあるな。事実彼等は私の話など一度も聞いた試しが無い」
私は二の次を告げる暇も与えず続ける。
「しかし、それよりも別の大きな問題がある。彼等はまだ未熟者だという事だ。確かに大きな力を持つ者はいくらか居るが、その齢で完全に制御はできている者など早々いない。加え、その殆どは根源魔法すらもハッキリとした形で開花させていない者が大多数……知っているだろう? 過去に起こったいくつもの暴走事件を。いずれも未熟な魔術師が関わっている。ならもしもその世界級の者達が暴走してみろ、その被害は類をみない程に大きくなるとは容易に想像できないか?」
メルワスは今度こそ言い返せなくなったのか、何度も口を開くが言葉がつっかえて出てこない。
それもそのはずだ。私が言ったことを想定したのはおそらく理事長だけだったであろう。彼の様子を見るに担任を決める選別には皆短絡的な名誉にしか頭がいかなかったようだ。
また、もしもその想定に行き着いたとしてもそれを解決する策など滅多にある訳がないし、考え至らないのが普通だろう。
だが理事長は、師匠だけはその答えを持ち合わせていた。
「彼等の担任となるには、その力が暴走をした時に抑え込める程の実力が必要となる。もしくは緊急時、それ以上被害が増えない様に処分という対処法も厭わないと言われた。そう、あの学級の担任になるための条件はただ一つ」
私は彼の目を見て冗談混じりに笑いながら聞かせた。
「それは彼等を超えるほどの者、つまりは『最強』と呼ばれることだけだ」
メルワスは一瞬呆然とする。
そして束の間、立っていられなくなるほどの声で大爆笑をした。
土で汚れるのも厭わず膝をつき、両手で腹を押さえて笑い過ぎで身体が壊れない様にする。
その笑い声は闘技場の外まで届くほどに響き渡り、止めようがないとばかりに苦しげに続ける。
確かに、いきなりそんなことを言われて誰も信じる筈が無いだろう。
なんと言っても私自身がまだそれを疑っているのだから。
しかし師匠の言葉はこの魔法の世界では全て正解になるのだ。それを間違いだと云う者は落ちていった。
だから、今回は特別に。エラの事などは関係なく。私自身が苛立ちを憶えたから彼に披露してやろう。
「まあ、信じないだろうと思った。しかし今は丁度いいところに決闘中だ。今度は私の番としようか」
体ごと後ろに振り向き、そのバリバリと鳴っている球体へと右腕を振り上げる。
メルワスはそんな私の挙動など目に入っていないのか、背中の方からはまだ笑い声が聞こえてくる。
右手の人差し指以外を握り込み、一本の指をその突き付け、球状として留めている魔法の壁を取り払う。
もちろん雷は荒れ狂うが、それを指に意識を集中し魔力で抑え込む。
そしてその雷は私の手中となった。
私は右腕を上げて曇りない夜空へと向ける。するとメルワスが放った様な稲妻が、夜空に一線として伸びていく。
空高くまで行くとそれは霧散し跡形もなく消える。
だが次の瞬間に、その夜空に王都を覆うほど大きな魔法陣が稲妻で描かれる。
それはまるで太陽の様に王都全体を一瞬だが照らし、瞼にその残像を残して消えていった。
背中の方から聞こえていた声はいつの間にか止まり、風もない静寂が闘技場を支配している。
夜空に雲が形成されて行く。それは瞼に焼き付いた魔法陣そのままに形作られた。
魔法陣は月光に照らされ、その影を王都に写すがそれは一つではない。
その月の隣にはもう一つ小さな月が輝き出し、影をもう一つ王都に落とす。
小さな月は段々と輝きを強め、隣にある月よりも明るく夜空を照らした。
いや、それは本物の月の様に夜空全体を照らしているのではなく、地上に広がった王都という局所のみを照らしている。
その輝きと共に槍状へと膨らんだ月が魔法陣を突き抜けたことから、それは雲と同じ高さにある事を示していた。
「……冗談だよ、な……?」
掠れた声が闘技場内に響いた。右腕をそのままに私はその声の元へと振り返る。
尻さえも地面へと付けたメルワスは口をあんぐりと開け、その新しい月を見上げていた。
そしてゆっくりと頭を元の位置に戻し、その丸い目に私を写す。




