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16.決闘

 死闘の儀はその魔法に捧げた人生とそれを求めた意思や誇りを掛ける、魔術師に置いての伝統的な決闘方法だ。

 地域によっては手袋だったりネクタイピンを相手に渡し、証人が立ち会いの元で行われるなどの色々な習わしがあるのだが、その名前の通り、命を消す事を前提としたこの決闘は様々な状況下で行われるためにそれは省かれがちだ。

 だが、それでも基本的な作法は単純なため、同一の環境下で行える利便性がある。それが現代でもこの決闘方法が残っている理由だろう。


 その方法はいたって簡単だ。

 互いに杖を向け合い、合図と共に魔法を行使する。それだけだ。後には何もルールなどなく、各々死ぬまで戦い合うだけ。


 事前に魔法回路に魔力を流し、魔法への抵抗力を増やしたり体を活性化させることはするのだが、合図があるまでは何も行わない習わしだ。

 しかし、それは一種のポーカーゲームとなっているために、裏では激しい心理戦が行われている。


 その魔術に要する時間。相手の行動。先取を取るべきか否か。攻撃か防御か。そして、どの様に殺すか。


 互いに命を賭けているからこそ、魔術師として全ての能力を引き出し勝利を奪い取らなければならない。

 その結果、それは魔術師としての決定的な優劣を与え、敗者は決闘という伝統の下で死んだ然るべき魔術師として語られる。



 メルワスは勝敗を疑っていないのだろう。その態度には確かな自信が見えた。

 いくら内面が腐っていようとそこには貴族として、魔術師としての誇りが見え隠れしている。

 無理矢理私の席を奪い取るよりも自分の実力を証明し、その上でやっと後腐れなくその席で、踏ん反り返ることができるとでも考えているのだろうか。


 メルワスは準備の先即をその殺気で促してくる。

 思わず私はこの面倒事に重たい溜息を漏らす。そして、考えを改めさせようと口を動かす前にその彼の目を見て、諦めた。

 直立不動の片手を伸ばしたその構えは揺らぐ事もなく、その瞼は一度も降ろされることはない。

 中身はどうであれその外身はれっきとした魔術師然とし、じっと私の周囲の魔力を見つめている。

 おそらくもう私の言葉などは耳に入らないだろう。


 手にしていた鞄を後ろの方へ放り投げると、準備は出来ているとメルワスに言う。

 すると彼は頬を引きつらせ、苛立ちを含んだ声色で確認してきた。


「……杖はどうした? もしや平民だから金が無かったなんてぬかさねぇよな? 魔術師なら一本か二本ぐらいは懐に常備している筈だ」


「金の問題ではないが……残念ながら今日は持ち合わせていなくてね。別に私はそれで支障はないから気にしなくていいぞ」


「ッチ、舐めやがって……! まぁいいが。それを言い訳になんて出来ねぇのは理解してるよな? 死人に口無しって言うだろ。後で降霊術で、なんてつまらん事を言うんじゃねえぞ」 


 舌打ちをしながらそう漏らすと、メルワスは直ぐに表情を消す。

 そうして無言で、ただじっと私へとその鋭い視線を向ける。


 私は静かに魔力を体に循環させその視線を返した。


「…………」


「…………」


 基本的にこの様な場合において決闘の合図はないが、魔術師は空気に含ませる魔力の流れを微かに見ることが出来る。

 その流れは魔法が発動する予兆として僅かに揺らめくのだが、それを見て合図とするのがこの決闘の暗黙の了解となっている。


 風も吹かず、音も無い舞台にただ二つの魔力が揺らめいでいる。


 彼はおそらく火蓋が切られた時の戦法を組み立てているんだろうが、私はそんなことよりもこうなった経緯を思い出していた。


 私の思惑ではこの闘技場で少し怒りを発散させて、正気に戻ったところにストーカー行為をやめろと説得し解決する筈だった。

 只のストーカーなら私がエラといる事に対して嫉妬をしてるだけで、その殺意は一時的なものだと思っていたのだ。


 だがその考えは彼の言葉を聞いて崩れ去られた。

 それはメルワスがエラの婚約者だったと言うことでも、私が目的だったというものでもない。

 ただどうしても彼に確認したいことが一つだけあった。


「……もう一度だけ聞いておきたいことがある」


「……あ? 死ぬ前の願い事か? 聞くだけ聞いといてやるよ」


 メルワスはその目付きを緩めることなく尋ね返した。


「君は、婚約者を……エラを本当に()()()()はあったのか?」


 その私の質問にメルワスは嘲る様に鼻で笑う。


「ッハ……今更そんな事を聞いてくるのか。そんな訳ある筈がねぇだろ。結婚して使い終わったらとっとと売ることに決まっているんだ。そんな仲になろうなんて気はこれっぽっちも無いね」


「……そうか」


 そしてまた二人探り合うように無言になる。いくら経ってもメルワスからは手を出してこない。

 なんとなくだが、彼の考えていることが分かった。おそらく先手を譲る気なんだろう。

 相手は触媒となる杖も持っていない格下の魔術師だ。彼は腐っているがその心にも貴族の誇りが残っている。

 どこかで先手を出して勝ってしまう事が許せない部分かあるのだろう。それか先手を出して負けることを恐れているかだ。

 分かった。それなら……


 二人の間に緊張を張り詰めた重い空気が漂う。


 そこで私はピクリと右手を震わる。


 すると彼はそれを合図に魔力を意思で操り、頭の中にある古代語を口から言葉として、力をーー自分の願望を雷として具現化した。


「【雷獣の尖牙(せんが)】」


 銀杖から無数の小さな雷光がほとばしる。それが束となり目にも止まらない速さで私へと迫って来た。

 短時間の詠唱と、致死に至らせる程の威力。確かティナがどこかで実績を残したと言っていたか、なるほど自信がある訳だ。


 瞬く間に迫る雷光に、私は遮る壁を願った。


 そしてその雷光は私の目前で何かにぶつかったように放散する。消えた輝きと別に、高音の雷鳴が遅れて響く。


「何だと……?」


 メルワスの呆然とした呟きが雷鳴に続いた。

 そして彼は現状を認識するとニヤっと心から喜ぶように黒い笑みを浮かべる。


「……なる、ほど。なるほど成る程そう言う事か。お前、無詠唱の使い手だったか。そりゃ杖なんざ必要ねぇよな……!」


 その表情は深い笑みに歪めながらも声色は落ち着き払っており、まだメルワスの冷静さが窺い知れる。

 

無詠唱は一流の魔術師の条件とも云われる技で、主に複数の魔法を行使するのに必須となる技術だ。

 言葉としてではなく形として魔術を憶えられるか否かの技術で、素人でも扱えるが得意不得意がはっきりと分かれる。

 しかし、これにはいくつかの難点もある。その一つは単純な魔法だけしか扱えないというもので、強い効果の魔法を行使するには難しい。

 メルワスは正確にその弱点を理解しているようで、それを見越して更に強力な魔術の準備を始める。


「それならそれで、いたぶりがいがある! 【錚々(そうそう)たる巨人の黄金槌】!」


 彼は銀杖を振り上げると、その先から人の頭くらいの球状が稲妻を溢れさせながら形成されて行く。

 右手を物を投げる様に下ろすとその球が遅れて追随し、稲妻の轟音と共に私へ向かい飛んで来る。


 私はそれに対してまた遮る壁を想像し願う。


 すると先程と同じ様に私の目前でぶつかると、落雷が落ちた様な激しい音と共にその魔術は霧散した。


「……はっ?」


 またもやメルワスの呆然とした声が聞こえる。

 だが先とは違い、それに続いた彼の表情は笑みでもなく怒りでもなく只々冷静で真剣なものだった。


「偶然あの学級を任せられたという訳でもねぇという事か……。どうやら俺が勘違いしていたらしいな。認めよう、お前は一流の魔術師だ。今度は俺が後手にまわってやるよ」


「……気にする必要はない。君が続けろ」


「何だと? テメェ俺を舐めてやがん……の……そうか、そういう事か。先生、もしかして防御魔術専門だったか? 無詠唱であれ程の保護力を誇るためにはその方向を突き詰めなきゃならない。あんた攻め手が無いんだろう?」


 メルワスは何か勝手な解釈をして、脅す様な口調で確認を取って来る。

 変な勘違いに私が思わず無言でいると、それを答えだと納得する様に繰り返し頷きながらまたあの笑みを浮かべた。


「それならそれで対処法なんざ簡単だ。幾ら硬くてもそれには限度って言うものがある。ならそれを上回る威力を叩き込めばいい」


 そう口にすると、彼はその杖を下ろして無防備な姿を晒す。


 すると何処からか電気が弾ける音がした。そしてそれが段々と連続していく。

 辺りを見渡すと舞台上の彼方此方から稲妻が弾けては消え、弾けては消え。この一帯をまるで雷雲の中の様に雷が駆け巡っていた。


「正直、最初の一発で終わらせるつもりだったんだが、思ったよりも時間が掛かったな。俺も早く終わらせたいんでね、もう出し惜しみは無しだ」


 稲妻がメルワスを中心として溢れ出ていた。月光が照らす隙すらなく、彼から発せられる放電が舞台上を明るくしている。

 もはやこれは地上で起こり得る現象ではなく、魔術でもそう易々と引き起こせるものでは無いほどだ。

 だが、自然の理を無視したこの状況を引き起こせるものと言ったら魔法以外にはあり得なかった。となるとその方法は一つしかない。


「……それが、君の根源魔法(アルケー)か? 電気系統の魔術しか見ていないから、もしやと思ったが。なんとも捻りの無いことだ」


「なんだ知らねぇのか? メリガント家の家紋は雷を司っている。代々当主の根源魔法(アルケー)は雷を扱うっていうのは周知の筈だがな。別に隠す意味がないんならその系統だけ使っていればいいだろう」


 放言を叩きながらもその稲妻は頻度を増し続け、その雷鳴や雷光は既に闘技場を覆い尽くすほどに渡っていた。


「余裕そうだが反撃しないと呆気なく死んじまうぞ? 俺の根源魔法の威力は最上級の魔術に迫る。お前のがどんなに堅くてもこれを喰らえば一溜まりもない。まぁ、鼻クソみたいな魔術なら俺を包む雷が弾き返すけどなぁ! ハッハッハッ!!」


 広範囲に弾けていた稲妻はいつの間にかに収まり、それを掻き集めたかの様にメルワスの周囲が力強さを増す。

 そしてメルワスは上げていた嘲笑を抑えると、静かに私を見つめ、私自身に未練を植え付けるように最後の言葉を送った。


「あの学級の事は任せろ、精々有効活用してやる。あ、副担任のティナちゃんも沢山可愛がっといてやるよ。堅物だがあれは絶品だろうな」


 そう口にするとニンマリと微笑む。


「じゃあな」


 一瞬、彼を包んでいた雷が跡形も無く消える。


 そして自覚するよりも速く、弩級の雷電が私の視界を包み込んでいた。


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