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15.簒奪者

 カフェから二人で帰り道に入った間も無くだったろうか。

 私はその暗闇に隠れた視線と魔法の僅かな痕跡を感じ取った。


 その身に覚えのある魔法は術者が自身に向かって掛けたものだ。身体を闇へと紛れさせ、発する音を消し去り、そして気配を抑え込む。

 それはおよそ間者が好む魔法であり、一般人では学ぶ機会などまず無いだろう。

 いつかの頃の私にはその気配が身近によく存在し、その痕跡を見つける度に辟易したものだった。

 しかし、今回それに気付いたのは私の経験が語っていたからでは無い。

 それは以前とは違い、間者として在ってはならないものがあった。


 嫉妬、怒り、興奮、侮蔑。隠しきれない感情の奔流。


 消えたはずの気配から溢れ出た奔流は、それらを綯い交ぜにしてその視線と一緒に私達に向かい滲み出ていた。


 本来なら、その道を進むためにはその感情は消し去り、文字通り何も感じない人間になる事が最低条件なのだが、それを成し得られていないところを観ると間者崩れといったところだろうか。

 それが私達二人を標的として後をついて来ているのだ。


 もちろん私自身はそんな半端物を使う人物に目を付けられた覚えは無い。となると隣の美少女がその原因となっていることは容易に考え至る。

 ならその原因となっているものはなんだ?


 貴族関係の陰謀か? 

 いや、彼等はそんな半端者を使わないし、相手はただの男爵家の娘だ。そんな利用価値が皆無な存在に手を出すほど愚蒙では無い。


 では彼女の知識を求めた? 

 いや、その可能性は無い。彼女に聴いた論文の内容は画期的と言うほどではなかった。せめて新しい応用方法と言ったところだ。


 そこでカフェでの最後の話を思い出した。

 もしかして……いや、考え得る限りだと一番それがしっくり来るか……。

 つまりエラの話していたストーカーが夜に紛れ、魔法で姿を眩ませ、その只ならぬ視線を向けていていたのだ。

 まあ、なんとも面倒な変人に目を付けられたなと、その時は彼女に同情してしまった。


「密会? あれは生徒の相談に乗っていただけだぞ」


 だが、驚きはしなかったもののその人物が今日初めて会った者などとは、さすが予想はしていなかった。

 その姿形は理事室ですれ違ったものと全く同じだが、今の彼から伝わる雰囲気はあの時の面を張り付けた様なものではなく、まるで冷酷漢のような無表情である。


「まさかそんな在り来たりな言い訳でやり過ごせると思っているのですか? 夕方前から学院外で会い、夜まで一緒で、家まで送り返した。どうです? どう聞いても密会以外には想像が付きませんよね」


 メルワスはワザとらしく身振り手振りを大袈裟に振り回すが、それに対して表情には何も浮かべていない。

 確かにその経緯を聞いて一瞬だけ生徒と教師のいけない情事のように思えてしまったが、ありもしない事だと自身が一番理解している。

 それよりも彼の方にこそ問題があるだろう。


「それは言い例えの問題だろう。それなら私は其方の言い例えがどんなものか気になるが?」


「……何の事でしょうか?」


「今更トボケるのか、ここ最近エラの跡をつけていたんだろう? それは何と言うんだ?」


「ああ、それは違います。私は彼女を()()()()()んですよ。それぐらいは当然ではないですか? 何よりも自分はエラの()()()なのですから」


 ……なに? それは初耳だぞ。確かに彼女は婚約したと言っていたが、それが幾ら格上だと言っても侯爵と男爵では格が違い過ぎるだろう。


「……それが言い例えだとでも?」


「いいえ、文字通りそのままです。メルワス・メリガントとエラ・シンクレアの二人は婚約関係にあるのですよ。あの美貌を見たでしょう? 彼女は社交界の間では有名でしてね。『銀の妖精』と呼ばれそれはもう男性の視線を集めていました。美しい上に魔術師としても有望ですし、もちろん頭も良い。男達は花嫁に貰おうと引く手数多でしたが、その勝者は私になった」


「関係は分かったが理由にはなっていないな」


「確かにそうですね。それでは……彼女はストーカーに悩んでいた。そこで頼れる人間に相談することにしたーーもちろん私です。私は彼女の帰りを毎回見守り、そしてその犯人を見つけるために密かについて行っていた……どうですか? 事実も含まれているのでそれなりに信憑性があるでしょう?」


 メルワスは面白くも無いことを言いながら、その端正な無表情にやっと小さな笑みを浮かべる。

それはあのティナに向けていたものよりも黒い喜色に染まり、また面の様に糊で固めたものではなくそれがメルワス本来の表情だろう。

 それを見て私はその理由を聞くまでの面倒な手順があることに、げんなりとしながらもつまらないやり取りを早める。


「ああ、9割ほどは事実だが……それで? その頼れる人間はこの後どうするつもりなんだ?」


「ハハッ! 分かっているでしょうに! 私は犯人を見つけたが、また犯人も私に気付いた。その罪を暴かれてしまった犯人は私を消そうと闘技場へと誘い寄せる。もちろんそこは闘うための場所ですから……もう、物語の終わりは想像出来ますよね?」


「欠伸が漏れるほど簡単にな。だが、そんな飾り気が無さ過ぎると話がつまらんだろう。その過程で犯人は犯行の動機を口にはしないのか?」


「あぁ、そうですね! さすが平民の先生、私よりも俗世の物語を知り尽くしている様です!」


 メルワスは口を開く毎に、段々と小さかった笑みは顔全体を歪める満遍の笑みにすり替わっていく。


「では、役不足ながらも私がその役を演じて物語を語りましょうか……」


 そう口にすると、一瞬にしてメルワスは雰囲気を入れ替えた。

 機敏に動いていた腕を力無く下ろし頭を俯かせる。ゆっくりと首を持ち上げて行くと、殺気を纏わせた鋭い視線と怒りを抑え込んだ形相が露わになる。

 そして、直前までの平坦な声色ではなく、荒々しい語調を言葉に発した。


「俺はあの女を一目にした瞬間に気付いた。他の女を犯して犯しても渇いていた欲が、アレなら満してくれると。そして婚約者となり、あの身体は俺のモノで好きにできたはずだった。だが、あのクソ男爵が婚約は高等部を卒業してからだ、それまで手を出すなと抜かしやがった。まさしく寸止めだろ?」


 口調、態度、性格、感情、人間性までもが何もかも変わる。一つだけ以前と同じものは、私へと向けていたその目付きだけだ。

 これがメルワスの本性なのだろう。


「その素顔を見れば誰だって待ったを掛けると思うがな」


「ッハ! それは後の祭りってやつだ、俺は我慢強いからな。本性なんて隠すのは簡単なものだ。そして本来なら適当に他のヤツで誤魔化しながら俺も卒業まで待つつもりだったが、アレと会う内に段々我慢出来なくなってな」


「……よくその口で守るなんて言えたものだ。で、それがストーカーをした理由だと?」


「まぁ、合ってはいるが……まさかそれだけで済ますとでも思ったのか? 今まではタイミングが合わず未遂で終わっていただけだ。お前がいなければ今頃は俺も彼女も天国にトリップしてんだろうよ」


 まるで自分の行動がおかしいなどとは一度も思った事のないような言動だ。

 メルワスは口を開きながら右手を胸元へと持って行き、衣類の中へと隠した。


「だが、予定が変わった。これからお前を殺さなくてはならなくなった」


「正体がバレたからか。なんとも在り来たりな物語だな」


「そうだな。確かに普通ならそれが動機になるんだろうが……お前、グウィン()()が目撃者だと少し話が違ってくる」


 胸元から手を抜くと、空だったはずの手の中には一本の銀色の短い棒が握られていた。いや、魔力を僅かに帯びたそれは銀製の杖だ。

 私はその右手を横目に見ながら、その彼の真意を問う。


「もしかして私と君は今日が初対面ではないとでも?」


「まさか、お互い会ったのは今日が初めてだ。ただ俺が一方的に知っているだけさ……まあ、最後にその経緯だけでも教えてやろう」


 メルワスは最後にそう言うと右手を地面に向かい下ろす。


「お前が担任を務める学級、その担任の地位を俺達教師が取り合っていたのを知っているか?」


 いきなりの話の転換に行き着く先が長くなりそうで、私は途端に聴く気をなくしてしまう。

 だが、確かにその様な事があったなどとは知らないので、気怠げに首を横に振り空っぽの頭で耳を傾けた。


「だろうな。お前はそれを何の苦労も無く手に入れたからな。……教師達がそれを取り合った理由は簡単だ。その学級の担任となると、立身出世が約束されるからだ」


「何? 何故そうなるんだ?」


 予測もしていなかった答えが初めに出てきたことに驚いて思わず聞き返してしまう。

 その私の反応にメルワスはつまらなそうに鼻を鳴らして笑う。


「決まっているだろう? あの学級にいる生徒達はいずれ、世界を回すことになる者の集まりだからだ。中にはもう既にその才能を開花させ活躍し始めている。そう考えるとどうだ? のちに奴らが有名になった時に、同じ学院に集められ、共に教育されたあの学級は伝説となる。そしてその担任は、其奴(そいつ)らを育てた歴史的な貢献人として名を広める事になる」


「……」


 あの五月蠅いだけの彼等が? 私は実際に見てきたがそんな予兆すら見えなかったぞ。

 話だけ聞くとそれは可能性が高いことではあるが、それは実物を見た事のない予想だけの与太話だ。

 確かに能力だけは認められる部分はあるが、それだけで有名になれる程この世は甘くは出来ていない。


「それを俺達は取り合った。地位、力、知識、その全てがそれに選ばれるための審査対象だ。その結果その全てを持ち合わせた……その全てにおいて優越していた俺が選ばれる事は、既に内輪では決定していた事だったんだよ!!」


 メルワスは目元にシワを寄せ、抑えきれない怒りを怒鳴り声として吐き出す。

 そして肩を震わせながら我慢が効かなかったのか、その右手の杖を私に突き付けた。


「だが! そこで理事長の、あの成り上がりのクソ女がテメェを推したんだ! そしたらどうだ、俺側の奴等が簡単に寝返りやがったんだぞ!? あの作り笑いだけのイヌどもめ! それさえ無ければ俺の全ては上手くいっていたんだよ! 親父に派閥の事を言われずに済んだ!!」


 私へ杖を向けながら吐き続けた息を整えるために、また沸騰した頭を冷やすためにメルワスは肩を大きく上下させ息を整える。


「ハァ……ハァ……。平民の癖に、大した功績も上げてねぇ癖に。テメェとあのクソ女の関係なんざ知らないが、どうせ名声に吊られて擦り寄ったんだろ? この糞に群がる蝿野郎が……!」


 勢いを無くし惰性で漏れ出した暴言も尽き、暫く息を吸う音しか二人の間に響かなかった。

 やがてメルワスは杖を下ろすと、瞼を閉じて小さく長く深呼吸をする。

 すると気分も落ち着いたのか、語調はそのままだが無表情の時の声色でゆっくりと話し出した。


「まぁ、それもお前が消えれば全て解決する。その後任者は俺以外にはいないだろう、それで全てが元通りだ。恨むんなら理事長にしな。元はと言えばあの女がお前を紹介したのが悪いんだ」


 そして再度私に向かい、揺るぎの無い馴れた動作で杖を構えた。

 開かれたその瞳には今までで一番強い殺気が込められている。


「最後の慈悲だ。平民のお前も魔法を教えられるぐらいなら魔術師なんだろ? 杖を持て、死闘の儀は知ってるよな。お前はストーカーとして死んで行く運命だが、今だけは魔術師として死ぬことを許してやろう」


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