14.暗闇
辺りは既に真っ暗になり、王都に相応しい整理された市街地は月の光と街路灯、それに家々から漏れ出た微かな光によって明るく彩られている。
学園地区と呼ばれるここらには学生以外にも、もちろん他に生活を営む人達が居る。
だが、ここの人口の中心は学生である事はこの地域の呼び名に違わぬ事は確かであり、その事実で街の雰囲気が変わっているのも確かである。
つまり学生達が家、もしくは学生寮へと帰った後のこの地域は、人影がまばらになり静まり返るのだ。
昼は白を基準とした明るい色々に塗装された住居が太陽の光を反射し、若人達の賑やかな明るい街並みとなる。
しかし一方、夜での人影の無い静かな街並みは一種の不気味さと不安を煽って来る。
治安は良好なため浮浪者などの怪しい者はあまり居ないが、それが返って街を包む暗闇を広く感じさせていた。
男爵令嬢のエラはストーカーに遭っていると言った。
だが、その様な面倒事への対策は直ぐには実行出来るものではない。
それよりも彼女の根源魔法や明日の授業で頭が一杯だった私は、その相談はまた後日に再度聴き取ると後に回し、とりあえず今日のところは私自身が家ーー彼女の学生寮まで送る事にした。
「ーーその考えは間違っていないが、しかしそこに空気の状態が関わって来る。例えば湿度が高い場合は必然とその粒子は重くなり効果範囲が狭まる。するとその魔法の連続性も弱まってしまうだろう」
背後の暗闇を感じながら、エラと並び静かな裏路地を歩く。
先程、彼女が魔法を考案したと言っていた事を思い出すと、自然と私は彼女にその事の内容を尋ねていた。
研究者たる宿命か、その手の話をする機会は外ではあまりない。魔法研究の業界でもあまり良い名で呼ばれていなかった私は、その手の友人はあまりいなかったためにそれにも増してその機会が無かった。
自分が好きな事を語り合いたいと思うのは普通だろう?
気休め程度にアリスに話しても最初から解らないし、下手をすると不機嫌になる。ティナには無視をされ、師匠は聴いてはくれるものの、助言などを貰える訳では無いしでとことん私にはその縁が無かった。
だがしかし、その話が出来る人物がこんなに近くにいたとは思わなかった。
「あ、そう言われれば確かにそうですね。あの環境下では限定的な結果しか得られていないんですか……論文また書き直そっかな……」
最初は軽い好奇心で尋ねたのだが、予想以上にエラがその方面に詳しかったのでつい白熱してしまった。
正直、彼女の分野は私の専門ではないのだが、それに構わずいろんな分野を行き来している私にはとっては通じ得る。
流石は英才学級に入れる程というか、爵位もあまり高くはない彼女が何故あそこに居るのかが今理解できた。
私の彼女への評価はぐんと上がっている。
「それにしても先生ってすごいんですねっ! 私が行き着かなかった考えや知らない事とか沢山知っているんですもの」
「まあ、これでも研究者をやっていたからな」
「それでもすごいです。私、自分で言葉にするのも恥ずかしいのですが、この分野では新生児とか言われていてそれなりの評価を貰っていたんですよ? でも、専門が違うのに先生の知識は私など足元にも及ばない程深いです」
そう滅多に口に出されない事を言われると、私も満更ではない気持ちになる。
「私の研究対象は不確定とされるものだからな。色んなものへと手を出さなくては答えが見つけられない。だが、エラもすごいと思うぞ? その齢でそれだけの知識と考え方を持ち合わせているんだ、十分一人前と言える」
「えへへっ、ありがとうございます! さっきから教えて貰ってばかりですけど、そう先生に言って貰えると嬉しくなってしまいます……」
その顔を朗らかな笑顔にしながら、若干頬を染めているエラ。
カフェにいた頃とは一変して、今の彼女はとても元気そうだった。あれ以後は彼女の根源魔法についての話題はあまり出さない様にしている。
お互いの趣味というか本分が似ていた彼女とは、今では生徒と講師として確かな信頼関係が築かれていると思う。
そこで思い切って私は、違う立場としての助言を求めて一つ彼女に相談をしてみた。
「ちょっと一つだけ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「えっ……も、もちろんです! 私に答えられることなら何でも、何でも聞いて下さい!」
いきなりの問い掛けに少し驚いていたが直ぐに気を取り直し、身を乗り出す様に若干興奮気味に受けてくれる。
私は半日ほど考えても答えが見つからない、学級を静かにさせるヒントを別の観点から得られるのではないかと彼女に尋ねてみた。
「今日の授業は五月蠅かっただろう? いや、君の件を抜いてもだ。そこであれをどうにかできないものか考えていてな……ぜひよかったらでいいんだが、君の生徒という立場からの意見を聞いてみたいんだが」
そう話すと彼女は一瞬残念な顔を浮かべた後、何故か不思議そうする。
「そうですね。確かにいつも以上に五月蝿かった……かな? あれ、でもいつもはもっと静かで……いえ、いつもあんな感じだったかな……?」
終わりの無い問答をいつまでも自分に繰り返しているエラ。
その反応を見てやっと私は思い出した。
そういえば彼女達に掛けていた催眠はその後の辻褄合わせとして、意識に残らない様に記憶を改竄する仕組みになっていたのだったか。
その内容は人それぞれだが、授業で溜めた知識をそのままに自身の日常にとけ込むような感じになる。
彼女の記憶もその様になっているのだろう。私の言葉によってそれを考えさせられたために混乱させてしまったか。
しかしそうなると自業自得によって、有効なヒントは得られるに無いな。何とも事態をややこしくした……。
「すまない、無理をさせてしまったな。さっきのはあまり気にしないでくれ」
「……ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに素直に謝ってくる。逆に私が彼女にそうさせたのだと少し罪悪感を覚えてしまった。
彼女の謝罪を最後にして無言で学生寮へと向かう。おそらく教えてもらった住所からしてもう近くにあるだろう。
辺りの景色には広い庭などを持った集合住宅が多く建てられていた。
ここらはより一層住宅街から外れているためか、街路灯も少なく暗くなっている。
確かにこの暗闇の中で一人で返すわけには行かなかったな。ストーカーに遭っていると自覚しているならば尚更この暗闇は恐かったであろう。
いくら自衛の手段として魔法が使えると言っても、その心は女の子なのだ。
恐いものは恐いし、もしかしたら恐怖で手足が動かなくなるという事も考えられる。そう考えるとストーカーの一件も早急に解決しなくてはならないな……。
間も無く隣を歩いていたエラが立ち止まる。その横には少し高めの門と奥に立派な建物があった。おそらくそこが彼女の住む寮であろう。
私はその重圧な門を眺めて、門限はまだ大丈夫かと尋ねる。か細い声で「はい……」と聞くと彼女の方へと顔を向けた。
彼女は顔を俯け、口をパクパクとさせて何かを必死に言葉へとしようとしてた。
そしてたどたどしくも少しずつはっきりと声に出していく。
「あの……でも、あの……一つだけですけど、本当に一つだけですけれども、先生に伝えられることがあります」
先ほどの続きであろう事はすぐに理解できた。私は黙って彼女の口が閉じるまで耳を傾ける。
「カフェの時も、さっきも先生は優しくて、そして静かに私を見守ってくれていました。多分、教室でも私達を静かに見守ってくれていたと思います。だから、だから……私は先生を信頼できて、私のことをお任せすることが出来たのだと……思います。何をしても先生が後ろに居てくれる。危なくなっても先生が守ってくれるって……」
その美しい表情を私に見せ、彼女は続ける。
「そう、だから……みんながこんな気持ちになってくれたら、いいんじゃないかなって……えーっと、すみません。答えになっていないですよね? うまく言葉にするのが難しくて……」
「いや、大丈夫だ。ありがとう…………」
彼女は家へ送ってくれたことにお礼を言うと門へと向かう。私はその背中に一声掛けた。
「おやすみ。また明日、学院で」
エラは振り返って、大きな声で「はいっ! お休みなさい!」と笑顔で言うと門の中へと姿を消していった。
§
暗闇の中で私は淡々と足を動かしていた。
そこには風の鳴る音も一切なく、踏みしめるのは硬い石畳から乾いた砂埃が舞う土壌に変わっている。
街路灯や家々からの光源は一切見当たらず、ただ雲がかった月光が空から降り注いで、微かに私自身の影を形作っていた。
学園地区内にある王都随一の闘技場。そこはかつて王国内の猛者たちが集まり、国王の高庇の元で歴史的な死闘を繰り広げられた場所だ。
広々とした観客席と円形の舞台には、その歴戦の戦いが繰り返し行われた荘厳な空気が漂っているはずだが、それさえもこの暗闇の中に溶け込んで一種の異質な雰囲気を作り上げていた。
私はその無人の舞台の中央まで来ると歩みを止め、ただじっと何かを待つ。
すると、私が歩んできたその舞台の入り口ーーその暗闇から地面を蹴る音が響いて来る。
それが舞台へと足を入れた時、偶然にも月を隠していた雲が晴れ、二人しかいない闘技場を照らす。
私が後ろを振り返ると、そこには初めて会った時のように鋭い目付きをした男が向かって来ていた。
彼も舞台の中心近くまで進み、私と距離をとった位置どりで足を止める。
「初めまして、グウィン先生。自分はメルワス・メリガントと申します。早速ですが、ついさっきの密会についてご説明をもらえますか?」
丁寧な口調に対して敬意すら感じない平坦な声色で、エラのストーカーは自己紹介をした。




