13.罪
根源魔法は強力な魔法だ。
魔法はその人の願望を魔力に願い、その強さにより現象として具現化する。
魔法術式ーーつまり『魔術』とは文字や意思を組織化して、とある目的を果たすために行われる。
そのどちらにも人の願望や意思という主体的な方向性を持ち合わせている。
だが、根源魔法は違う。
それは主に人の心の無意識領域によって魔力が用いられ、体内の何処かで蓄積し、不定形として魔法を使える人類は憶えていく。
どれほど長年の想いであっても、精神の根源の上で作られてる以上はその支配下にあり、そこから生まれた意思や願望もそれに準ずることしかできない。
だからこそ根源魔法はその人が扱うどの魔法よりも卓越し熟知している。それが強力な魔法となる理由だ。
簡単に言えば人生を媒介とする魔術なのだ、というのが私の研究者としての今の時点での見解になっている。
しかし、それだけではまだ足りない。
まだまだ説明できない事が山ほどあるし、理論的にも食い違いがいくつも残っている。まだまだこの研究は未完成であり、その終わりへの道筋すら見えていないという荒削りで稚拙な段階だ。
いや、おそらく第一に私自身がその結果に納得しきれていない。
これでは無いと、これでは足りないと、どこかで自分の記憶が邪魔をしていた。
私には誤魔化しと贖罪と自身への罰が、大きな爪痕として残っている。
その、何故あの時罪を犯してしまったのかという気持ちが、まだその心の根源に巣食っていた。
§
男爵嬢は弱っていた。自身が犯した罪を初めて知り、その重さに耐え切れずに涙を流している。
まだ少しだけしか彼女と話をしていないが、その人間性は感じ取るのは簡単だった。
とても純粋な性格なんだろう。友達思いというのは分かるし、教室でのあの態度はたとえ口喧嘩であろうと慣れていな事が想像できた。
そこからは優しさがある事を思わせるし、内気な部分が見えてくる。
今を知ると、確かにあの男子生徒達に囲まれていたことに違和感がある。何か訳があったのだろう。
私は慣れていないが、そう言って励ます事は通常なら簡単であった。
だが、それを受け入れられないことを彼女は今知ってしまう。
彼女の根源魔法はその目を見ることで影響を受ける、自身への感情を強める邪眼。
魅了するや不快感を憶えさせるといった、それ単体の能力だったらここまで傷付くことはなかったあろうが、その人物が抱いた元々ある感情というのがかなり複雑にしている。
それ元来の感情がある事は確かなのだが、それを自分が強制的に強くして言葉にさせている、と決めつけてしまうとすると下手に話を掛けられない。
「…………」
私はただ黙って彼女の姿を見ている。
普通ならばその涙する姿に、憐れんだり慈しみの感情を抱き、そして慰めの言葉や行動を彼女へと掛けるのであろう。
私だっていくら付き合いが悪いといっても、それくらいの優しさと常識くらいは持ち合わせている。
しかし、その時に私の中に浮かんで来た思いは、そのどれでも無かった。
彼女の姿に私は無性な苛立ちと、強い同情、それに何故か懐かしさのようなものが心の底から湧き上がった。そしてその懐かしさの中には昔の記憶を見ていた。
見覚えのある何処かの光景には二人いる。一人は『彼女』でもう一人は分からない。
だが、これだけは覚えている。もう一人は絶望していた。神の教えに、一番は自分に。そんな時にある言葉を聞いたのだった。
私の口が彼女の根源魔法のことなど忘れて、思い出した言葉を勝手に口に出していた。
「『私が協力しよう。君を助けるために、君を守るために、そして君が一人の人間として生きていく姿に一生付き添っていこう』」
そう似たような事を言って『彼女』は儚く微笑んでいた。そして私もそれに習ったが、多分ぎこちない微笑みとなっているだろう。それと私なりの一言も付け加える。
「根源魔法は何も変わらないという事はない。根本の能力はそのままだが、それは人と共に成長していく。つまり、人が変わるのと一緒に根源魔法も少しずつ変わっていく。何より君はまだ若い、それはまだ色んな可能性に満ち溢れているという事だ。希望は羨むほどにある」
彼女は静かに泣いていたが、私の言葉を聞くとその声は消えて行った。
そして身体を縮こませたまま、男爵嬢がゆっくりと顔を上げる。
頬と目元に涙を残してもなお綺麗なその顔は呆然としており、泣きはらした所為か顔全体が赤くなっていた。
「…………本当ですか?」
声は小さく掠れていだが、その双眸は大きく見開かれていた。
じっと縋り突くように私を見つめているその瞳に、不意に強い魅力を感じてしまうが、その感情を表に出ないようにただ微笑んで返事をした。
「ああ、本当だとも。手伝わせてくれ」
私の返事に彼女は何も反応せず、その大きな双眸で見つめ返してくる。
思い出したかの様に数回瞬きをすると顔を俯かせ、消え入りそうな声で「はい……」とやっと返事をする。
その視線は最初の時と同じくその空になったコーヒーカップを見つめて、そしてまた、最初のように二人は無言になった。
……が、そこで私は一つの事に気付く。
男爵嬢は男爵家だというのは知っているが、それがどの男爵家かという事とその何番目の子供かは聞いてなかった。
つまりは彼女の名前を私は知らなかったのだ。
そう思うとこれから彼女とは先生と生徒という関係だけではなく、その根源魔法の問題を二人で解決していくという手助けする間柄にもなるわけだから、名を知らないと色々不便であろう。
それなら傷心していたばっかりで悪いが、今ここで聞いておく方が良いな。
「ところで、君の名前を聞いてもいいか?」
「……はい?」
彼女のその顔はいつの間にか、目元を残してもとの顔色に戻し、唖然とした表情を浮かべていた。
聞き取れていなかったのか、もう一度何を言ったのか教えてくださいとお願いしてくる。それに私は全く同じ言葉を繰り返した。
今度は聞き取れたのだろう。聞き返されることは無かったが、少しの無言の後で彼女は不思議そうに尋ねてきた。
「私って……先生の教え子ですよね?」
「そうだが?」
今更な事を言ってくるな。何か気掛かりなことでもあるのか?
その私の反応にそのままの表情で固まっていたが、やがて先程のようにコーヒーカップを見つめると、何かを押し込めたような声で自身の名前を口にした。
「……エラ・シンクレア、です……!」
「ああ、よろしく」
そしてまた二人の間に言葉が無くなったが、心なしかエラの肩がプルプルと震えていることに気づく。
どうやら、コーヒーを飲んだ所為で尿意を催したようである。
仲が良い方が後々いろんな事を聞けるので、ついては親切心でトイレに行くことを進めるか。
§
その人生とそれで感じた価値観は根源魔法に強く関わってくる。
店で彼女のそのまだ短い人生で起こった事をゆっくりと少しずつ、私に話してくれた。
彼女の生まれはある鉱山地帯の廃れた炭鉱夫の街であった。そう、彼女は庶民の家で生まれた。
小さい頃は、辺りの鉱山の採掘跡で珍しい化石を探し出す、好奇心旺盛な子だったらしい。
しかし、幼くして生活が一変する。母が病気で亡くなったのだ。
母子家庭で育った彼女は母が唯一の身寄りだった。最初は周りの親戚が気を掛けてくれたが、そこは此処数年前から鉱物が不作続きだった。
街全体の食扶持が苦しい状況ではやがて、その彼女は厄介者として扱われる事になり、生活と引き換えに唯一の居場所だった母の営んでいた酒場も明け渡したが、その恩は忘れられて家も行き場も無くした。
だが、そこで実父を名乗る者が現れる。それが今の男爵家当主のドランで、エラは当時6歳だった。
彼はエラを実家まで連れて行き、そこで彼女を引き取り育てることにしたがそこには別の、ドランの本来の家族がいた。
そこで彼女は3人兄妹の真ん中として過ごしたがその扱いは酷く、周りでは味方は父のドランと何も知らない妹しかいない。
そんな中で彼女は父が自分を引き取った理由を政略結婚のためだと知るとどうなる?
唯一の身寄りが政治の道具として自分を引き取ったのだ。そのショックは計り知れなかっただろう。
確かに彼女にはその価値があったらしい。
当時から彼女は美しかったため、貴族の集まりで披露するたびに話題になり、貴族間では『銀の妖精』と呼ばれ持て囃されたようだ。もちろんその一方で庶民上がりという肩書きも影で噂された。当時7歳の終わりでその時にアリスと出会う。
そこで、エラは自身の価値が他にもあると証明しようとする。自分を嫁に出す以上のものを持っていると、それを最後の肉親に伝えるために。
そこで彼女は才能を発揮していた勉学に励んだ。それと共に魔術も学び、およそ10歳程で天才と持て囃されまでに至ったが、まだ父は自分の価値を認めなかった。
そして15歳、去年の事だ。彼女は幼い頃からの趣味とも言えた鉱物を応用した魔法での活用法を考案し、それが学会にて認められて賞を授与する。そこでやっと彼女は実績として形を残し、父へと堂々と顔向けできると信じていた。
しかし、顔を合わせた時に最初にもらった言葉は婚約者が決まったという事だった。
家系は今の男爵家より格上で、今回の表彰が決め手になったとドランは言う。彼女は父の自身に対する価値観を変えることができなかった。もちろん、その婚約は受けざる負えなかった。それが高等部に進学する一月前である。
そのエラの短い波乱な人生は、その根源魔法に関連しているはまず間違い無いであろう。
彼女は表情を暗くしながらどこか諦めたように終始を語ってくれた。
「その精神的なショックで根源魔法が発現したと考えるのが一番納得がいくな。丁度時期も重なっている」
そのエラの過去を聞いた私は、先程彼女からビンタを受けた左頬を抑えながら、自身の考えを彼女に伝えた。
だが、彼女はその私の言葉を聞いて一つだけ訂正をする。
「ショックではありましたが、その時の感情はもっと違う例えが合うと思います……それは『諦め』に近いものでした……私では父の信頼を得られないのだと」
彼女は続けた。
「以前は捨てられる事が怖かったのもあります。また母の居なくなった時の様に、味方のいない世界を一人だけで過ごすのが、酷く恐ろしかった。でも、その可能性は無くなったと知りました。婚約者が出来たことにより、父は私を捨てられなくなった。そして私がその方のもとへ行っても味方はいないかもしれませんが、一人になる事は無い。いずれ、子供も産む事になるでしょうし。そう考えると何故か諦められたのです……」
「……そうか」
過去を話すエラの様子を見ていると、彼女がとても危うい行動をしてしまうのではないかと、ついぞ想像に駆られて不安に思ってしまう。
今日はこれ以上この内容を話し合うのはやめた方が良いだろう。
さっき深い心の傷を負ったばかりなのに、こんな事を聞いてしまう、私の人に対する洞察力不足を今ほど後悔した事がない。
左頬をさすりながら、それを痛いほど実感していた。
店の外を見ると、いつの間にか歩行路が空の色と同じ紅に染まっていた。
彼女の話を聞きながら、その根源魔法との関連を分析していたために時間を忘れていた様だ。
今の時期からすると、辺りが暗くなり始めるのはもう間もないだろう。
この案件を解決するにはもっと情報が必要なのだが、子供である彼女を遅くまで付き合わせるのは流石にまずい。
それと彼女に心を整理する時間も与えた方が良いだろう。そろそろ此処らで打ち切りにするべきだな。
「よし、今日は此処らでいいだろう。シンクレア君のことを聞き足りないが、急ぐ必要はない。まだ時間はたくさんあるんだから」
「は、はい……。あ、でも明日はどうしたら良いのでしょうか。原因が私なら……私が学院に行かなければあんな事にはならないんですよね?」
「それはないだろう。君の魔法に掛かった者達は既にその虚像を印象として焼き付けている。君が居なくてもそれが消える事はない」
彼女は悲しげに俯いてしまう。
これは私の言葉が少なかったな。応急策は考えてあるため、今日私が寝ないで作ればなんとかなるんだが……行かなければ、か……。
「安心すると良い。応急策はある適度は浮かんでいる。明日の朝までにはちゃんと形にするから、そうだな……早朝、高等学部校舎の裏庭に来るんだ。その時に渡そう」
「あっ、はい! ありがとうございますっ!」
彼女は初めて、その安心しきった笑顔を私に向けた。
それを見た私は、自分らしくない一言を彼女に言いたくなってしまった。
「それと……ちゃんと、学院には来るんだ。その親友もシンクレア君を待っているし、クラスメイトも全員が君を嫌っているわけではない…………それと……私も、待っている。もちろん。だからこれからも、来るんだぞ?」
こんな事を言う時は、相手と目を合わせなくてはならないんだが……うーむ、何とも難しい。
その私の挙動に彼女は不審感を憶えるのだと思っていたが、それにクスクスと笑い声が予想外に聞こえた。
「ふふっ……はい、先生!」
エラは片手を口で覆いその笑い声を隠そうとしている。
一頻り笑い終えると今度は彼女がおかしな挙動をし、顔を赤くしながら恥ずかしげに言った。
「あの……先生。ひとつお願いがあるんですが、聞いてくれますか?」
「あ、ああ……構わないが」
「その……私の事はエラ、と呼んでください。えっと……ほら、シンクレアは新しい名字なので……」
そう指を絡ませながら、何て事のないお願いをしてくる。
私は直ぐに先程の、庶民の出だという話と結び付ける事が出来た。
そんな簡単な事なら申し訳なさそうにする必要はないのだと二つ返事で答えると、彼女は心底嬉しそうにお礼を言う。
そしてやっと家に帰ろうと席を立ち上がろうとすると、彼女がもう一声上げた。
お願いは一つではなかったのかと内心で思うが、今度は一つだけ最後に相談があると口にする。
それを問いかけると、さっきまでの表情を若干変えて言いにくそうに彼女は話した。
「最近なんですけど私、ストーカーされているんです……」




