11.本当の意志
お互い無言のまま男爵嬢に連れられて、一学園地区の外の方にある一軒のカフェへとやって来ている。
その相談を受けるにあたり彼女はそれならと、自身のお勧めのお店でしませんかと提案してきたため、特に断る理由も無い私はそれに同意した。
その入り口まで二人で来ると、先導する男爵嬢は鈴の鳴る戸を開け店の中に入って行く。
それに続き私も店に入ると、微かなコーヒーの香りが鼻に入ってくる。
店内はどうやら普通のカフェといった風貌だ。縦長の店内には木造の椅子や丸机が置かれており、まだ一息つくには早い時間なためか人気があまり無い。
そのため何処かの窓から外の騒音が小さく入ってくるだけで店内は静かだった。
鈴の音を聞きつけた年老いた女主人がカウンターの奥の方からやってくる。
男爵嬢とは顔見知りなのだろうか、二人は軽く口頭で挨拶すると店主は手を店の奥の方に向ける。
それに彼女は会釈すると、その店の一番奥のある丸机と二つの椅子が並べられた席へと腰を下ろした。
私はその彼女の対面に座り、この席へと注文を取りにやって来た店主へ私は紅茶、彼女はコーヒーを頼む。そしてその物が届けられると店主はもうこの席へと近づく事は無かった。
「……」
「……」
その間、私達は一言も口にする事は無かった。
それには彼女が本題を切り出すのを待っていたという理由もあるが、私がどう話しかければ良いか悩んでいたというのもある。
この仕事に就いてからこうして生徒達と言葉を交わした事はあまり無いし、個人で対面をするという機会が一度も無かった。敵意に対しては簡単な対応で済むが、この様な状況に対してはどの対応が正解か分からなかった。
正直なところ今は仕事の時間外のため、この相談を断ろうと最初はしたのだ。
だがその次には、彼女の口から思いも寄らぬ名前が出てきた。
最近ではその名を周囲が口にする機会はあまり無いため、周知では無いその名を何故知っているか、その理由だけでも聞いておこうとその相談に乗る事にしたのだった。
私はティーカップを片手に男爵嬢の様子を確認する。
彼女は目の前に置かれたコーヒーに手を付けず、両手は膝の上に乗せたまま、ただボーっとその黒い水面を見つめていた。
その彼女のさまに、彼方から口を開ける事は無いだろうと確信を持つと手に持った紅茶を啜り、机の上のソーサーに戻すとまずは自身の要件を済ませることを決めた。
「……まず最初に、何故君はアリスの事を知っているか教えて貰えるか?」
彼女はその顔を上げ、その瞳を丸くしながらコテンと首を傾げる。
そのまま数回、その瞼と銀色の長いまつ毛を瞬くとようやくその言葉の意味を理解したのか、ゆっくりと記憶を探る様に言葉にした。
「えーっと、アリスお姉さまとは私が小さい頃、アングルシー伯爵夫人の御茶会に初めて行った時に知り合いました」
その当時の事を思い出したのだろう、彼女は薄っすらと微笑む。
「確か7歳ぐらいだったと思います。当時の私はただお父様に連れられて、何も分からずにいたものですから。右往左往していたら伯爵宅で迷ってしまって……その時にお姉さまと出会いました。お姉さまはその時私の肩をもってくれて、その後も色々と教えてもらったり、沢山お話したり、一緒にお出掛けにも行ってとてもお世話になりました」
彼女はコーヒーへと視線を戻し、両手でそれに触れるが持ち上げもせず、じっと静かに揺れる水面を眺めた。
「……ですが突然音沙汰が無くなって……その後の御家の騒動を耳にして、もう逢えないと知ったのはもう少し成長してからでした。最初は随分と泣き腫らしのを憶えています。大きくなってからもお姉さまの事を思い出すと、いつも涙が溢れそうなりました」
彼女は顔を上げると、微笑みと言うより笑みに近い表情で声明るく言った。
「そうしていたら、数日前にたまたま通りがかった王都の市場で似た人を見かけたんです! まさかこれは奇跡だと思いました。私はお姉さまだと確信を持って話しかけたらその通りで……それからです、お姉さまと約束してたまに一緒にお茶を飲みに行くようになって……」
そこで彼女は自分が一口もコーヒーを飲んでいない事に気づいたのだろう。そのカップを小さく煽り一息つく。
そうすると自分が一人で話し続けていた事にも気づき、不安そうに質問の答えになりましたかと私に確認する。
私は感謝の意を伝えると、目的を達成して話す内容が無くなってしまったため、紅茶の残りを飲んで彼女が話し出すのを再び待つ。
そしてまたお互い無言になった。
「……」
「……」
彼女はまたその水面を見つめていたが、やがて決心したように緩くなったコーヒーを一気に流し込むと、何故か先程の会話の続きを語った。
「何度目かのお姉さまとお茶に行った時に、私の最近の悩みを相談したんです。そしたらお姉さまのご友人の方がそれを専門にしていると教えてもらったので、その名前を尋ねたら先生と同じで……一応、役職も聞いたところこれは間違いないという考え至りまして……」
つまりは先生としてではなく、アリス経由の相談だったということか。
……前者だとしたら断れたものの、後者だと後々家で確認されたら何をされるか分かったものでは無いな……。
「……それで、何について相談したいんだ? 女性間の話題などは解らんから内容は限られてくるぞ」
「そんな事ではないです……『根源魔法』についてなんです」
「…………話を聞こうか」
そうして彼女は少しづつ最近の出来事と、自分の内心を話し始めた。
「先生もご存知と思いますが……学院での出来事をお姉さまに話したんです。入学してから私の周りが、段々と変な事になっていって……」
彼女の話では最初はそうでも無かったらしい。
小さい時から近くに寄ってくる男の子はたまにいたが、それを上手くあしらうのは時と共に慣れていった。
しかし入学してから少しずつ、その向こう側の態度が変わってきた。
コミュニケーションを装って身体に触れてきたり、普通の会話が色恋沙汰にすり替わる、またよく意味もなく詰め寄られる。
その様なあからさまな態度は段々とエスカレートしていき、ついには四六時中付き纏う連中も最近出て来たという。
「何度も注意をしているんです。彼らの中には将来連れ添う人が決まっている人もいますし、私との関係を勘違いされたらどうするんですかと。でも、その度に何故か自身に都合の良い解釈をしている様で、その注意が逆効果で終わっていきました」
「高等部に上がってから、何度も私が何かやらかしてしまったのではないか、と振り返って思い出すんです。でも考えても考えても原因はわかりませんでした。人に尋ねても私が悪いんだと決まって言われましたが、原因を尋ねてもその一点張りです。原因が解らなければ改善の仕様もありませんでした」
彼女は顔を暗くしながら続けた。
「そのうち、クラスの女生徒達からも嫌な目で見られていきました……。男を誑かす悪女、男爵の分際で、庶民上がりの泥人形。いろんな暴言を影で吐かれていたのは知っています、聞こえていましたから……。最初のうちは耐えられました。でも、唯一私を励ましてくれた親友の事を汚い言葉で言われたのは許せませんでした……先生も見てましたよね、今日のを……」
その瞳に薄っすらと涙を溜めながらも強い意志を宿して、その自身の決心を告げる。
「親友の名前が出たのを考えると明日にもそれはエスカレートしていきます。それが嫌で今日にでもその解決法を見つけておきたかったんです。以前から先生に尋ねようと思っていたのですが、周りが邪魔でいつも先生を見失ってしまって……それで、今日は無理して高等部から抜け出してここら一帯を探し回っていたんです。どうかお願いします、方法があるのなら何だってします」
男爵嬢のその強い眼差しと見つめ合うが、先にそれから私は目を逸らす。
その心意気と純粋さ、優しさは確かに彼女の言葉から聞き取ることができた。
本来ならその瞳に宿すのは強い信念だけだろうが……。
私にはその中に、艶やかさと、偽善を感じさせられていた。




