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VRねずみ講

作者: まよ

「突然すみません。本日はVRセットの」

「結構です」

話を始める前に断られてしまった。よくあることだ。突然水をかけられるよりは、ずっと良い。話を聞いてくれることなんて、そうそう無いのだから。これだけインターネットが発達した今の時代でも、我々営業マンが足で稼ぐことに変わりはない。今日のアポは一件だけだ。その予定の時間までに、一件でも契約が取れれば儲けものだ。手当たり次第に玄関のチャイムを押して、挨拶をしていく。居留守、怒鳴り声、犬に吠えられながら流れるように進んでいく。

しかし結局、今日は飛び込み営業の成功がないまま、約束の時間が来てしまった。

「はじめまして。VRレンタル社のNと申します」

今日初めて、名刺を取り出して簡単な自己紹介を行う。

「お待ちしていました。まあとりあえず中へどうぞ」

招かれるまま、家の中へと入っていった。両手いっぱいの段ボール箱を抱えながら。

「では、早速ですが説明をさせていただきます」

段ボール箱の中からフルフェイスのヘルメットを取り出しながら続ける。

「お客様は最新のVR全身セットが今おいくらかご存知ですか。あっすみません、電源をお借りしますね」

電源ケーブルを接続しながら、まだ続ける。話が途切れて考える時間を与えると、売れなくなってしまうことが多いからだ。

「今、こちらの最新のVRセットを購入しようと思うと、高級外車が一台簡単に買えるくらいの値段がするんです。そんな一部の富裕層の楽しみだった、VRセットを一般的な家庭でも楽しんでもらうために、弊社はVR機器のレンタルを開始したのです」

話しながらも慣れた手つきで準備を済ませ、ヘルメットを手渡す。

「お値段のことは、また後ほどにして、まずは体験していただきましょう。どうぞそちらのヘルメットを装着してください」

ヘルメットを装着するやいなや、まだまだ話を続ける。

「そちらのヘルメットが先月発売されたばかりのVRヘッドセットとなっております。耳には最先端のヘッドホン、鼻の前には様々な匂いを再現できるガジェットが付いており、従来のゴーグルタイプでは体験できなかった、聴覚と嗅覚を体験できるようになっております。それらを組み合わせると、まさにその場にいるような感覚を得ることができるのです」

半信半疑なお客様に、さらにまくし立てるかのように続ける。

「では体験していただきましょう。シチュエーションは海の見える高級レストランでどうでしょうか」

リモコンに「地中海」「高級レストラン」と入力し、実行ボタンを押す。

「おお。これは素晴らしい。ガラス窓の外には広大な海が広がっていて、かすかに聞こえる波の音、目の前に並ぶのは見るからに高級そうな料理、香りも素晴らしい。お腹がすいてきてしまったよ」

良い食いつきだ。チョイスも良かったみたいだな。初めのシーン選びはいつも緊張する。その人の好みを判断して、適切なシーンを選ぶのは営業マンの腕の見せ所だ。

「そんな時におすすめするのがこちらです。VR寒天」

袋に入った寒天を取り出しながら、ゆっくりと続ける。

「こちらのVR寒天は当然ただの寒天ではありません。食べても体に害のないマイクロチップが埋め込まれていまして、VRで体験している食事の場面に合わせて、食感と味が変化するという特徴があります。どうぞ一度お試しください」

寒天を皿の上に開けて差し出すと、お客様はゆっくりと食べはじめた。側から見ているとフルフェイスのヘルメットを被った人が寒天をかじっている、奇妙な光景だ。

「これは素晴らしい。舌の上に広がるソースの旨味。鼻の中まで通るトリュフの香り。食感は疑いようもなく牛肉だ。これが寒天と言われても誰も信じないだろう」

「お褒めいただきありがとうございます」

箱の中から更に機材を取り出しながら弾むような調子で続ける。

「しかしまだ物足りなく感じませんか。視覚、聴覚、嗅覚、味覚は高級レストランで料理を楽しんでいるのに、肌に感じるのはいつもの家の空気、手に持っているものは寒天」

「ははは、それもそうだね」

フルフェイスのヘルメットを外しながら、乾いた笑いが漏れた。

「そこで次のこれらのVR機器をおすすめします。それはVRグローブとVRブーツ、そしてVRスーツです。これらを装着することで、触覚も再現することに成功したのです。どうぞ身につけてみてください」

装着するのを待つ間も話を途切らせない。

「先程お話ししたようにこれらの機器は触覚を再現することに成功しました。VRで見ている物の手触りを再現するだけではなく、その場所の風や気温なども再現可能で、まさにその場にいるような感覚、いえ、もうその場にいるとしか思えない気までしてくるのです」

全ての機器の装着を終えたのを確認して、さらに続ける。

「どのような場面を体験してみますか。先程と同じレストランを全身で体験しますか。それとも富士山の頂上からの景色を楽しみますか。温泉に浸かってゆったりとするのも良いですね。人気の女優さんとデートをすることもできますし」

確実にお客様の興味にあった場面を選ぶために、色々と提案しながらも反応を伺う。中でも女優と温泉に少し反応をしたのを見逃さない。

「では女優さんと温泉旅行なんてどうでしょうか。好みの女優さんはいらっしゃいますでしょうか」

「あまり詳しくはないのですが、強いて言うならHさんが好きですね。年は若いけど受け答えもしっかりしていて、あんな子と温泉旅行なんて行けたら興奮するだろうね」

思った以上に食いついてきた。ここが勝負所だ。

「分かりました。Hさんですね」

リモコンに「女優H」「浴衣」「温泉」と入力して実行ボタンを押す。

「どうですか。まさしくHさんでしょう。自由に触れていただいても構いません。何をしてもVRですので大丈夫です。ちなみに通信は暗号化されており、誰にもばれることはありません」

「それはそれは楽しそうですね」

お客様の鼻息が荒くなり、スーツの股間の盛り上がりを確認し、最後の売り込みに入る。

「気になるのは利用料金だと思います。あ、体験しながらで構いませんのでお聞きください。通常これらのセットを購入すると、高級外車が一台買えるほどのお値段になってしまいますが、弊社は販売ではなく機器の貸し出しをさせていただいております。なので格安でのご利用が可能ですし、もしも故障をした場合も、すぐに無償での交換が可能です。利用料金も週に一回風俗に通うよりも安くつきます。おっと失礼しました。下世話でしたね」

「いやいや、分かるよその考え方。これは最高だ」

「ありがとうございます。更にここで耳寄り情報です。利用料金を無料にするそんな方法があったら知りたくないですか。実はあるんです。その方法はと言いますと」

お客様が果ててしまう前に契約を済ませるために急いで話を進める。

「お客様にも、VR機器の営業を行なっていただくのです。私のように営業回りをしながらでも構いませんし、インターネットを利用するなど、お客様にあったやり方で初めてもらえます。そして契約を一件取ることができれば、利用料金は半額。二件で利用料金は無料になります。さらに三件四件と契約を取ることができれば、それらはお客様の収入となります」

「そんなに上手くいくかね」

お客様の息が荒くなっている。少し急がなくてはならない。

「はい。簡単な話です。体験していただければ、皆さんその良さを分かっていただけます。私なんてもう五十件の契約をいただきました。勤めていた会社を辞めて、こちらの方を本業にしているくらいです。お客様も、もう契約を決めていらっしゃいますよね」

「分かるかね。こんなに楽しいものがあるなんて思わなかったよ。今すぐに契約をする。だから席を外してくれないか」

「こちらにサインをいただければ契約完了です。はい。ご契約ありがとうございます。では説明等はホームページ、または連絡をいただければと思いますので、こちらに」

「いいよいいよ、また後で確認する」

「では失礼いたします。本日は誠にありがとうございました」

そして足早に部屋を後にした。男の射精を見る趣味は無い。間に合って良かった。

初めは自分に営業などできるかと思っていたが、いざやってみると簡単なものだ。これで五十一件目の契約だ。以前の会社に勤めていた頃よりも収入は五倍以上になっている。さあ今日は高級レストランでディナーに舌鼓を打つか。もちろんVRではなく実物のね。





「35号機。利用者の預金が尽きました」

「殺せ。金のない者には用はない」

世の中には変わった奴もいるものだな。自分はエリート営業マンであるということを、金を払ってVRで体験して満足しているのだからな。まあ金になれば俺には関係ない。預金のある限りVR機器を使わせて、金が尽きたら殺す。殺すと言っても、実際に殺人をするわけではない。本物の世界と全く同じ体験のできるVR機器だ。だから殺されるシーンを配信するだけで、利用者はショックで死んでしまう。通信は暗号化されているから警察の捜査はこちらまで及ばない。VR依存症によくある、ショック死で事故として処理されるだけだ。

「はっはっはっはっ」

笑い声が誰もいない広い部屋中に響き渡る。部屋の真ん中には、全身にVR機器を装着し、椅子に腰掛けた男性がいるだけだ。





「というあらすじなのですが」

話を終えて、原稿の入った封筒を担当者に手渡そうとした。しかし担当者は封筒を受け取らずに次のように話した。

「今どきそんな話どこでもあるよ。VRを主題にしたのは今流行ってるからでしょ。でもね、こういう作品はね十年経ったら色褪せるんだよ。斬新な話を書いたつもりでしょ。その時の流行りに乗せられているだけなのに。だから困るんだよな。話にならないね。才能ないんじゃない。こんなの小説投稿サイトに載せても十人も読まないよ。もしも千人以上が読んだら認めてあげるよ。まあ無理だろうけどね。さあ帰った帰った。俺も忙しいんだよ」

私は横にあった花瓶を手に取り、担当者の頭に思いっきり叩きつけた。割れる花瓶と頭。飛び散る水しぶきと血しぶき。

「ああ、すっきりした」

私はこの上ない爽快感を感じながら、VRヘルメットを外した。

「ご利用ありがとうございました。満足いただけましたでしょうか」

身体中のVR機器を外しながら話した。

「最高だね。今日のストレスが吹っ飛んだよ」

「それはそれはありがとうございます。またのご利用をお待ちしております。ただくれぐれも現実と空想とを混同しないように気をつけてくださいね」

「分かってますよ。現実でこんなことをしたら、ただの犯罪ですからね。そんな過ちは犯しませんよ」

料金を支払い、私は帰路についた。その道中、原稿の入った封筒を川に投げ捨てて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいる人間もどこからどこまでが現実か判らなくなるような、VRという題材をフルに活かした、とても不思議で面白い作品でした。 VRで死を体験してショック死という怖い表現もありましたが、それ…
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