8.ヒトに似てヒトならざる者(モノ)
のどが痛いです。寝ます。誤字脱字ありましたらまた後で直します。
正樹と十織がこそこそと話をしている頃、そのやり取りは当然新汰にも良くは聞こえていなかった。それは、運転に集中していたことも勿論あったが、それ以上に杏子の様子が少し変わってきているような気がしたからだ。
杏子は先程から新汰に顔を背けるように外の様子を眺めている。最初はまだ機嫌が直っていないのかと思ったが、新汰の呼びかけには一応答えはする。
けれどその返事は一様に生返事であり、その焦茶色の瞳はゆっくりと山の奥の景色へ変化していく山の風景に向けられたままだ。
それに加えて新汰自身も山奥に進むにつれて、この土地の属性バランスが極端に乱れていることに気付いて、状況を確認しようとするあまり後方の皆のおしゃべりに気を取られている余裕がなくなってしまってた。
ここ一月ほどあちこちを三人で見て回っていたがこの地の乱れ方は極端すぎるように思う。
この雄斗袴山付近は観光地であり秋のこの時期は人でとても賑わうため調査を後回しにしていた。
霊峰でありこの地域の信仰の対象でもある雄斗袴山とその麓付近の街にある富士見宮。この榎山市は言わばこの地方の守りの要のような場所だった。
戸上家のある崎宮市はこの榎山市の南東に位置する。関東でありながら山間地で冬が早く到来し、けれど夏は関東南部と同様の蒸し暑さを計測する土地柄だ。
昨今の異常気象の影響はこの地方にも出ており、一部の山で土砂崩れや地割れなどが確認され時には人死にがることもあった。しかし、霊峰の守りのおかげか、行政の整備が行き届いているのか崎宮市と榎山市にはその影響は極めて軽微だった。しかし――。
「……騒いでる」
ぽつりと杏子が呟いた。新汰はちらりと恋人の姿を確認する。相変わらず助手席側の窓にかぶりつく様に外を眺めている。
彼女の言わんとしていることは新汰も感じ取る事ができる。体の中を逆撫でる様な不快なノイズにも似たざらつきが彼の中を這いずっている。
助けを求めるように自然に視線はバックミラーごしに相方を探していた。正樹はまだ日上の冥属性保持者括弧仮と話し込んでいる。
向こうの話もまだ時間がかかりそうだった。
「やばそう?」
杏子を刺激しないように静かに問いかける。
「激しく混乱してる、んだと思う。荒れ狂っている風を土が抑えている感じ?」
「風?」
意外な返答に少しの間新汰が混乱する。それを見計らったように、急に突風が彼らの自動車を強くあおった。
「?!」「きゃぁっ!!」「うわっ」「な?なんだ?!」「痛っっ!」
ハンドルを取られ慌てて立て直しを図る新汰、声もなくシートベルトにしがみ付く杏子、後部の四人はベルトをしていなかったのが災いして激しくドアにぶつかる者などもいた。
なんとか転倒を免れ、新汰は少し走りちょうどいい場所を見つけると車を路肩に止めた。
ハンドルに手を掛けたまましばらく無言で荒れた呼吸を整える。それから左側に腰掛ける大切な人へ顔を向けその無事を確認する。
杏子は青い顔をしてはいたが無事そうに見える。手を差し伸べ頭を撫でると、震える手で新汰の手を握り返してくる。深く息を付き、背後を振り返る。
「ごめん!みんな大丈夫?!」
後部座席の皆に掛けた声は驚くほど冷静に聞こえた。
後ろの四人も同様にお互いの安否を確認しあっている。ぱっと見た感じでは、出血しているなどの怪我人はいないように見えほっと息を付く。
「だ……大丈夫です」
「多分、俺は大丈夫。ちょっと肘打っただけ」
「私もちょこっとぶつけただけです」
「痛いところはない。せいらの方にぶつかりに行っちゃったけど」
それぞれの回答が帰ってくる。とりあえず皆無事のようで、新汰は周りに聞こえるほど大きく息を吐き嘆息した。
一同は誰ともなく車を降りた。その場所は、雪が降った時などにタイヤにチェーンを巻いたり一休みする事ができるように作られた場所のようだった。
何台か車が並んで止められるように白い線が引かれている。
皆は一様に青い顔で言葉なく顔を見合わせたり深呼吸したりしている。
「ごめんよ、本当に」
一番冷静でないのはやはり運転していた新汰だったが、外見からはその様子は中々伝わってこない。
「居眠りでもした?戸上さん」
意地悪そうに十織が問う。居眠りで車が傾くなどそうそうないと判っていての台詞だ。
「ちがうよっ……」
なんて説明しようかと考えながら口を開きかけた新汰を援護したのはその恋人。
杏子の意外な反応にその場の全員が彼女に視線を向ける。
杏子はまだ少し震えながら皆の背後、少し曇り始めた空の方を指した。くねくねとした山道を登り始めて既に二時間が経っている。
彼らは今山の中腹におり、彼女の視線の先には彼らが後にしてきた榎山市の市街地が見える。
けれど彼女が指しているのはその街並みではなく、まっすぐ正面の何もない空間だった。
「そこにいるヒトがやったの……」
その言葉の意味に全員が緊張する。
彼女の指差す先には何も見えない。けれど彼女にのみ何かが見えているように一点だけを見つめている。
場が静寂に包まれ、風の吹きすさぶ音のみが木霊する。嵐の前のように強い風が、雨のにおいを運んで来る。
「……ぁ」
「……うそ…だろ……」
時間の経過と共に変化を感じる事ができたのは、清藍と十織のみのようだ。
彼ら杏子を含む女性――括弧仮を含めて――には、杏子の指し示す先にヒトの姿が見えた。
白い衣に碧色の衣をまとった何か。その髪は白いが虹色の光彩を放って見える。
彫刻彫像のように完璧に左右の整った顔。その瞳も虹色だ。
背後の景色に重なるように半分透けて見えるその人物は、その瞳でゆっくりと一同を見回すと、再度十織、清藍、杏子を女性だけにしっかりと目線を合わせて来た。
自分が見えているのを確認するような動きだった。
”彼の神を虜としたか戸上の女よ”
リンと鈴が鳴ったかと思うような澄んだ声。それは質問ではなく確認。感情の感じられない瞳は清藍を捉えている。
「違う!アーガは……!」
”軽々しく御名を唱うでない!!人風情がっ!”
声は大きくないと言うのにその一喝は彼女を怯ませるに値する重圧を持っていた。つむじ風が巻き起こり清藍を中心に周囲にかまいたちが襲い掛かる。
「……っっ!!」
襲い来る風の刃に悲鳴を上げる間もなく顔を背け両手で身を守る清藍。
しかし、その風の刃は一行を傷つける事はなかった。杏子と清藍以外の全員が各々の体勢で防御の術を繰り出していたからだ。
”彼の神は返して頂く。本来はあのように穢れた場所にいていいお方ではない”
それだけを言うと人に似て人ならざるモノは周りの空気に溶けるように消え去った。
H30-09-28 ルビ降り 訂正
H30-10-15 一部訂正。(少)
H30-10-18 一部追加(最後のあたり)