51.憤りの理由は②
やっと正樹くんが起き上がってくれました。いい場面は殆どない可哀想な彼ですが、風の神様から力を授かれば少しは戦力になるのではないでしょうか。
”長くは……待てぬ。だが、今一時時間を与えよう”
風の神はその美しい氷の瞳を、今は喪失の痛みに潤んで見えるそれを正樹へと向けた。
”……名乗れ。風使い”
神の前で名乗りを上げるということは。神から名を請われるということは、術者にとっては最大の栄誉だ。人という種を守護している神は、人という種をそもそも愛してはいるがそれは、個を愛することとは意味が違う。
神が個人の名を問うという事は、個としての人物に興味を持ったという事を意味する。
目を見張り正樹はその言葉の意味にたじろいだ。
ごくりと息をのみ、逡巡しながらもしっかりと声を張り答えた。
「疾上正樹……と申します」
”疾上……なるほど。疾上の一族としては、まだまだ……”
判っている事ではあったが指摘されると恥ずかしくなる。瞬間に頬に赤みがさすのを正樹は感じる。
“汝に我が力の一滴を授けよう、その無謀な優しさに免じて“
再び正樹の細い目が驚きで見開かれる。今度こそ、正樹の色素の薄い瞳が全て見える程に見開かれた。その光沢のある美しい琥珀色の瞳に気付き、風の神は僅かに頬を緩める。
“長い……長い時間お二方は添うておられた。その比翼の翼が失われてしまえば、神としての格が保てなくなるほどに“
「木の御神の不在が長引けば、土の御神も消滅してしまうということですか?」
”それほどに嘆きは深い……“
正樹は徹と顔を見合わせた。なるほどそういう事情があるならば、風の神がことを急いでいる理由も判る。二柱もの神を同時に失えば、自然界のバランスは激しく崩れるだろう。
件の神は大国主命の眷属神だ。消滅などしてしまったら、この地に未曾有の災害がもたらされるかも知れない。
「俺達に木の神の捜索を依頼したのはそういう理由だったんですね。俺達に原因の一端があったから。この地に木の神の気配があることはご存知だったのですか」
「正樹さん、風の御神。事情はある程度判りました。申し訳ありませんが、せめて清藍を……彼女を休ませてあげたいのです。どうか、暖かい場所に移動する許しをください」
「あぁ、すまない徹くん。彼女はまだ意識が戻っていないね。ごめんよ、俺の体力が足りないせいで」
「え?」
“そなたの意識が戻ったのは、正樹が自らの体力を削ってそなたらに分け与えた故だ”
「そんなことができるんですか?!」
「使い勝手のいい術じゃないけれどね。いざという時には役にたつかも知れないね。俺の体力次第だけど」
疲れ傷ついた体を引きずるように、清藍の倒れている方へ行きかけていた正樹は苦笑いをしている。
「ありがとうございます。本当に正樹さんが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」
「取り敢えず移動しようよ。今は彼女の体のことを考えてあげなきゃ」
「貴方も一緒に来ていただけますか、風の神様」
“……ヴィンドと”
「それが貴方の真名……。俺が呼んでもいいのでしょうか」
“許す”
深く落ち着いた声で風の神は呟いた。




