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48.闇色の導き手①

 やっと猫出て来た。前半の会話のせいで全然進まないで焦りました。

 二人は奇しくも正樹の出て行った出口と同じ西側の小さな出入り口から建物を出た。


 水の入り込んできた東側に比べ元々の出入り口が狭いうえに、出入り口の構造上いくつかの階段状の段差があったためこちらからは土砂が入り込まなかったようで、店の従業員も救護の人も見当たらない。


 二人は軒下から外の様子を眺めてみた。


 白川からの土砂はこちら側にも流れ込んできているようだったが、氾濫の元自体の白川の水量が減り、今は収まっている上に、雨も小降りになっているせいか今は道路などに堆積物がたまっているだけの状態だった。


 これなら徒歩での移動なら問題なさそうだ。歩きにくいなどの多少の不便は否めないが。


「雨、小降りになってきてますね」


「また濡れるのも嫌だから合羽かね」


 いざという時に手がふさがっているとどうなるかは、先ほどの洪水で嫌というほど思い知らされている。


 新汰は慌てて合羽を取りに戻ろうとする陸を呼び止め、用意してもらっていた薄手の合羽の入った包みを渡した。良くコンビニなどで販売されている安いアレだ。


「なんだか面白いね。陸君じゃないみたいだ」


 怒るかなと気にしながらも、普段姿からは見られない陸の姿に、新汰は顔をほころばせつい言葉を漏らした。


 陸は怒りもせず、気まずそうに頭を掻いた。


「自分でもちょっと変だなとは判ってるんですけど……」


「まだ熱も完全には下がっていないんだろう?それに俺としてはそれくらいの方が付き合いやすいよ。正直、『本家の長男の陸君』は完璧すぎてとっつきにくかったし」


「……本当は、全然完璧なんかじゃなかったんですけど……でも、そうじゃなきゃいけないってどこかで思ってたと思います」


「今は違う?」


「判りません。けど、せいらの呪いが解けてからは少し気が抜けている気はします」


 そうか、と新汰はため息を付いた。


「……それだけ、その事だけに意識を向けて生きて来た、って言うことかもしれないね」


 大切な存在と無理に引き離されて、それでもその相手を守る事だけを考えて生きて来たのだろうか。新汰には陸の気持ちの全てをはかり知ることなどできなかったが、陸が先の事件の発端である、一度目の討伐(さいしょのしごと)藍良あいらを失ったこととその後に陸の変わり様は知っていた。


 戸上の家に生き方や将来までもがんじがらめに縛られ、当然の様に努力を強いられるその生活を辛いと思ったりはしなかったのだろうかと、自分が思うのは最初からそれを期待されない位置に生まれて来たからなのだろうか。


 自分が彼と同じ立場に生まれたら、きっと自分は息苦しくなってしまうだろうと確信している。


「それだけが、自分の果たせる約束でしたから……」


「……約束、ね」


 水使い――先の当主候補のことは、新汰も知っていた。面識もないわけではない。


 確かに清藍に良く似た風貌の女性だったと記憶しているがそれだけだ。深く交流があったわけでもなく、仕事で組んだこともない彼女に、それ以上の思い入れができるわけもない。ただ、儚げな印象の女性という記憶があるばかりだ。


 彼女が当主候補の筆頭に上がったという話を聞いたときは、現在の家長――陸の父親に快く思われていないのだろうなと思ったくらいだ。


 新汰は軽口に一区切りつけて、人の来ないうちにここを出てしまおうと彼を促そうとした。


 歩き出そうとした新汰は視界の端に違和感を感じそちらに目を向けた。


 視界の先にいたのは一匹の黒猫――。


 見る限り黒い外の色彩が見て取れるのは、その茶色がかった緑色の瞳のみだ。艶めく大きい瞳はまるでガラス玉ように感情がなく、警戒をするかのようにこちらを凝視している。


 ただの子猫だというのに何故か違和感を感じて新汰は目線を逸らせない。


「新汰兄さん、あれ……」


 陸も同じタイミングで猫を見付けたのか、同じ方向を見て呟いた。


「……影が……ない」


「……え?」


 慌ててもう一度良く見直すと、曇り空で確かに影などできにくい天気ではあったが、日が出ていれば曇りではあっても、必ずある筈のそれが確かにその猫の下にはない。


 黒い子猫はぷいっと逃げるように顔を彼等から逸らし、正樹の向かった方と逆の方向に――北へ向かって走り出す。


 陸と新汰は顔を見合わせた。


 明らかに怪しい存在だった。一瞬の逡巡の後、正樹は黒猫の後を追うことを選択した。


 陸もそれにつられるように二人は猫を追い走り出した。

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