46.残された二人①
体調がすこぶる悪いです。
遅くなってしまいました。そして相変わらず戦闘シーンは苦手です( ノД`)シクシク…
正樹の戦闘シーンを加筆すると公言しておきながらできていないという。
これを書き終わったらそっちを頑張りたいな……。
雨が弱くなったなと新汰は外を眺めて思った。
まだ、正樹が建物を出で行って間もない時だ。
正樹が持ってきてくれた着替えのお陰で、さっぱりしたせいか随分気分が良くなった。
「さてと……」
新汰は隣で横になっている陸に手を掛け、回りの人々に聞こえない程の大きさの声で何かを唱えた。
掌に小さな光が灯り陸の体に染み込んでいった。それを二回ほど繰り返してから、新汰は陸の顔を覗き込んだ。
ずしりと体にのし掛かるような疲労感の代償は、するんじゃ陸の容態の変化だった。
先程まで明らかに青白かった顔色が改善され、荒かった呼吸も治まりつつある。
術の効果を確認し、ゆっくりと息を吐き出す。
これで意識が戻ってくれればいいんだけど。
凝りをほぐすように首を左右に動かして新汰は呟いた。
「……ヒーラーは向いてないな……」
術の効果と自らの消耗を比較して新汰はため息をつく。明らかに消耗ロスの多い術だが今は仕方がない。
一瞬恋人の顔を思い浮かべたが、こんな状況に彼女を巻き込むなど問題外だ。
先程の洪水の際にもし彼女を連れていたらと考えるだけで背筋が冷える。
もとより杏子は戸上の家とは全く関係のない家柄の出で彼女に出会ったのは全くの偶然だった。惹かれたのも偶然だった――?
どちらにしても彼女の能力をそれと認知したのは付き合いだしてからのことで、彼女の能力を利用しようという考えは新汰にはなかった。
ただ、彼女の傍にいるだけで自分が安らぐという事実は、もしかしたら彼女のそもそも持つ能力に由来する部分もあるのかも知れないとは思っている。
「う……ん……」
新汰が物思いに沈んでいる間に、隣に横たわっていた陸が身じろぎした。
声に気づいて彼を見ると、陸が目を開けてぼんやりと周囲を見ていた。
「気が付いた?」
状況が把握できていないのか、まだ頭がはっきりしていないのか、定まらない視線をさ迷わせせていた陸に新汰が声を掛けた。
「あ……れ……?」
陸の瞳がまず新汰を捉え、ついで周囲を忙しく見渡す。
陸の視界が定まりもう一度、隣に腰を下ろす従兄弟を捉えた。
なかなかない角度の従兄弟の顔だったが、やけに憔悴しているなと状況を判らないからこそ素直な感想が湧いてきた。
「気持ち悪いだろ?着替え用意してあるよ」
その憔悴ぶりからは意外と思える程の労りを感じる声色だった。
もしかしたら今までに聞いたことがないかも知れないと思うほどの。その理由がまだ見つけられないくらいには、陸自身が消耗していた。
前後の状況も思い浮かばず、先ほどまで見ていた夢の続きなのかと思ってしまう。
夢に見ていたのは……もういない筈の人。彼は違うと、自分に言い聞かせるようにゆっくりとその言葉を体に染み込ませていく。
新汰が戸惑っていることも気付けない程に。
見下ろす従兄弟が頼りないまるで行く先を見失った迷子の少年のような表情でこちらを見上げていた。
それは陸の中で夢の名残が心を占めていたせいであったが、新汰にそれが判る筈もない。普段の完璧な跡取りの仮面を取り払った彼は本当に少年のようで、それを意図せずに見てしまった新汰は掛ける言葉を見付けられずにいた。
見てはいけないものを見てしまったようで――。
陸ははっきりとしない頭を振りながらゆっくりと身を起こした。
「ここは……?」
「車止めたデパートのフードコートかな、多分。戻って来たら、避難所になってた」
「……あ……あぁ。そうか。調査に来て、洪水に……」
はっとなって顔を上げる。
「あの二人は……!」
慌てて腰を浮かして立ち上がろうとする陸の方を、半ば強引に抑え、新汰は声を重ねるように強い口調で言った。
「落ち着いて、陸君」
声は大きくはないが、その声には相手に自制を求める響きがあった。一呼吸おいてから、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「彼らなら正樹が見付けてるよ。もう、救助に向かってる。だから安心して。まずはそのどろどろの服を何とかしよう」
目に力を込めて、今は否やは許さないとはっきりと意志に乗せた。陸もそれを察したのか、新汰の台詞の少しは安堵したのか、新汰を見詰めたまま素直に立ち上がるのをやめた。
「……正樹さん、来てくれたんですか」
しばしの空白の後ぽつりと呟いた声は申し訳ないという響きがあった。
「今日何か予定があったって聞いた気がしますけど」
その声はいつも通りの冷静な従兄弟のもので、新汰はすこしほっとした。
「例の恋人未満の女性と約束があったらしいけどね」
普段では告げない事柄だったが今回は敢えて教えた。
今は冷静さを取り戻したかに見える彼だったが、今日の行動を見る限りではまだ怪しいというのが新汰の素直な感想だった。
それは徹にしても言えることではあったが、どうみても今日の彼らが冷静だったとは思い難い。
こういう心理戦のような行動は本来新汰の好むような戦略ではなかったが、今回だけは非常事態だと腹を括った。今回だけは自分がイニシアティブを取った方がいいように思えた。
だからわざと恩を着せるような言い方をした。
「洪水をラジオで知ったらしい。正樹から連絡をして来てくれて、さっき着替えと飯を持って来てくれたんだよ」
声と共に新汰は、彼らの後ろの壁際に並んだ買い物袋を指して見せた。
そこには見たことのある店のロゴの入った袋と着替えた後の服を入れた袋が数個並んでいる。
「助けにいるんだろ?取り合えず着替えて腹ごしらえだ。彼らを助けるなら君が冷静じゃなきゃ。大丈夫、向こうには日上君もいるんだから」
徹も冷静でなかったことを判っていたが、あえてそれには触れなかった。




