44-2.守護者の声
清藍は暖かい部屋の中で目覚めた。
青い光が目を指す。何処から差してくるのかと視線をあげると、遥か頭上をたくさんの魚が泳いでいる。
群れを成す千に近い数の鰯はまるで一つの生き物のように水の中を泳ぎ、上空から差し込む光にその体を光らせている。
薄青い水の中泳ぐ鰯達の姿は幻想的で視線を奪われ彼女はしばらくの間その光景に見入っていた。
『せいら』
後ろから甲高い声が聞こえた。聞き覚えのない甲高い声。まるで子供のような……。
美しい魚の群れから目を離すことを惜しいと思いながらも、透き通るような声の持ち主が気になって、視線を背後へと巡らせる。
背後にも青い世界が広がっていた。一面の水槽の中には、ジオラマのように隆起した岩場があり、その上で何羽ものペンギン達が日向ぼっこをしている。水中をスイスイと泳ぐ個体もいる。ペンギン達はお互いにぶつかる事なく子持ち良さそうに泳いでいた。
その水槽の前のロビーに一人の少年が立っていた。色のない髪は背後の水槽の光を受け水色に染まって見える。瞳は海を写したような深い藍色をしている。
愛らしい曲線を描く頬っは柔らかそうで清藍はプニプニとつついてみたい衝動に駆られる。
その手は隣に寄り添うようにじっと立つ一匹の大きなペンギンの頭を優しく撫でている。
見覚えなど、全くない少年だった。
けれど清藍のにはそれが誰だかすぐに判った。
「ア……水の御神様……」
思わず名前で呼ぼうとして途惑う。
風の音神に気安く呼ぶなと言われたことがまだ頭に残っているのだ。
『判ってくれたか……』
声を発した瞬間、リンと鈴の音が聞えた気がした。ほっとしたように頬を緩める少年。柔らか疎そうな頬が緩められる。
「……その姿は……?」
小首を傾げて清藍は問いかける。以前の姿とはかけ離れすぎている姿に戸惑っている様子だ。問われて水の神は少しバツの悪そうな顔になり顔を俯けた。
『力が足りず元の姿に戻れぬのだ』
「力……術力のこと?」
『近いが術力とは人の使う力よ……言わば神力とでも言えばいいかの』
子供の姿をしているというのにその口調はいつものもので、そのアンバランスさに清藍はくすりと笑った。
「いいんじゃないかな、可愛いよその姿」
水の神に近寄り背後の水槽の色を映すその髪をくしゃくしゃを撫でまわす。近寄ったことで清藍は少年の髪が水色を映しているだけでなく、ほんのりと薄い青色をしていることに気付いた。
水の神の隣に鎮座するペンギンも清藍を恐れることなる見上げている。
『やめぬか!』
髪が乱されるのを嫌い水の神が清藍の手を掴む。振り払わないのは神の優しさなのだろうか。
神の声を聴いて隣のペンギンが抗議するように清藍と少年の周りをぐるぐると回り始めた。
くすくすと笑い声が音のない空間に響く。
「大きい顔の姿じゃお化けみたいだったし。人の姿になれるならいいじゃない」
『あの姿は穢れに落ちたせいぢゃ。本来のワシは光り輝く美しい姿をしておったのだ』
「あら、そうなの。大丈夫今もかわいいかわいい」
再び清藍は水の神の頭を撫で始める。今度は髪が乱れないように優しく。
ひとしきり撫でてから清藍は、神とペンギンの前にしゃがみ込んで目線を小さな神に合わせて問い掛けた。
「……私。死んじゃったの?」
『……!』
「ここ、現実じゃないんでしょ?」
『気付いておったのか』
今度はペンギンの方に視線を向けてからかう様にペンギンの目元に清藍は自分の指を近付けてくるくると回している。
「だって……ここ、音がしないし、人も誰も入ってこないし……」
『大丈夫じゃ』
「え?」
『死なせはせぬよ。ワシが命に代えても、の』
「ダメよ!貴方は崎宮市の豊穣の神様じゃないの!!」
『水の神はワシだけではない。しかし水の巫女はもうお主だけじゃ』
「馬鹿言わないで!私のせいであなたが死ぬのなら私も一緒に死ぬわ!」
『清藍……』
「大丈夫よ、徹も陸もいるわ。きっと助けてくれる。私だって、まだ弱いけどただじゃ死なないんだからっ!」
『相手はあの方じゃ……人間になど太刀打ちできぬ……。せめて、我の力がもういくばくか戻っておれば……』
「私が歌えば少しは戻る?」
『お主の歌か……それはいい。お主の歌は何よりも力になる……』
「判った……一生懸命歌うわ」
決意に満ちた瞳で清藍は水の神を見た。小さな水の神は、その横にペンギンを従えたまま清藍に向けて小さく頷いて見せた。




