44.絶望的な戦い①
とうとう始まってしまいました。
正樹くんは戦いから生きて戻る事はできるのか?
それを見て最初に思ったのは銀色の光を凝縮したようだということだった。
次いで襲って来たのは激しい重圧だ。ただそこに存在するだけでびりびりと体を押されるようだ。
逃げ出してしまいたい衝動を堪えて風の御神を見詰めている。
「……貴方が風の神様ですか」
驚くほど声は小さく擦れていた。口の中は一瞬にして乾き、痛い程喉が渇いてヒリヒリしている。
”このまま去るなら手出しはせぬ――”
正樹の呟きには答えずに、鈴の鳴る音のような声が響く。
「それは――彼らを連れて行ってもいいのですかね」
風の御神の氷の瞳が細められる。
その仕種が否を示していることはすぐに正樹にも判った。だとしたら引くことなどできるわけがなかった。例えそれが勝ち目のない戦いへの誘いであったとしても、だ。
「俺……私よりも年若い人間が目の前で死に掛っているのに、それを知っていて見捨てることなどで……できるわけがありません」
増す重圧に自然体が震え、自らの意思で抑える事すらできない。でも、それでも。引くことなんて――できない。
新汰、ごめん。
心の中に浮かんで来たのは、長く友達付き合いをしてきた相棒の顔だった。自分がいなくなってもきっとあいつなら大丈夫。次いで浮かんだのは、今日の約束を延ばした相手の女性の顔。
連絡が付かなくなったとしても自分の生死が彼女に伝わることすらないだろう。それが少し悲しかった。
でも、きっと判っていたことだ。この仕事を始めた時からいつか戦いで死ぬのだろうと。それが今なら、それでもいい。
自然に体の震えが止まった。覚悟をしたからだろうか。
「二人は……返してもらいます」
”出来ると思うのか”
それは問ですらなかった。
正樹は着ていた合羽を剥いで投げ捨てた。
ぽつぽつと音を立てて止んでいた雨が再び降り始める。
雨は次第に強くなり正樹を打ちつける。正樹の着ていた長そでの白いティーシャツがみるみるうちに濡れていく。
正樹は一度後ろで倒れている二人を振り返り二人を見た。ゆっくりと呼吸を整えて視線を目の前の風の御神に戻すと身構えた。
その間、風の御神は何をすることもなくただ正樹の様子を眺めていただけだった。
”去るつもりはないようだな……。その人間のために儚い命を散らすつもりか”
「死ぬつもりはないんだけど……ね」
まだやりたいことも未練も山ほどある。でもきっと、彼らを守りたいと思うこの気持ちも本当なんだ。
ゆっくりと正樹の右腕の辺りから緑色の文様のようなものが浮かび上がった。ティーシャツの袖が濡れて地肌が透けて見えているようだ。厚い布地の下なせいでしっかりとした形は判りにくい。
その文様は右肩から肘辺りへゆっくりと広がっていく。
”風紋か……不運な”
同じ属性同士の戦いの場合、威力の強い攻撃を出来る方が有利になる。この場合どうあがいても正樹に不利なことは間違いない。
ふわりと風が吹いて正樹の体の周りをくるくると舞った。と思うとれは正樹の体を離れ、彼の後ろの二人を包んだ。
正樹の時と同じように二人の体の周りをくるくるとまわり、ふわりと二人の中に染み込んでいくように消える。
何事かと風の御神が後ろの二人を注視するが何も起こらない。
しかし正樹の方はその術の対価を体に感じていた。体にのし掛かる疲労感。その結果を見届けて尚、正樹の薄い色の瞳は闘志が萎えていない事を表すように煌めいている。
風紋の浮き出ている右腕を翳す。ざあっと風が再び拭き正樹の周囲の木々を揺らした。木々を揺らした風は散った木の葉を纏い正樹の周りで騒めくように舞い上がった。
次の瞬間、風の御神に向かい鋭い刃となって襲い掛かる。
かまいたちのような鋭い風と木の葉が幾重にもなって風の御神を切り刻まんとするが、それは風の神に当たると同時のただの木の葉に戻り地面に落ちる。
“その程度で我をどうにかできると思うのか“
その呟きの後に襲いかかる風は嵐のような勢いで正樹に襲いかかった。




