2.新たなる予兆
中々毎日更新とはいきませんが、なんとかひねりだしました。
何かね、なんでいつもこの時間に更新かって、ねぇ。睡眠時間削って「こんなこと」してると後で痛い目に合うんですけれど。
前は足に包丁落としました。ふた針縫いましたけどネ。みなさまもお気をつけあそばせ。
寝ます。おやすみなさい。Zzzz
雨が降ってる。しとしとと強くなるでもなく、しかし止むのを期待できる程弱くもなく、それは美しく整えられた庭を彩っていた。
陸はその様子を眺めるともなく、自室の窓から眺めている。
戸上の美しいと評判の中庭は、陸が生まれる以前から存在するもので、彼にとっては見慣れた景色だった。
陸は手にしていたシャープペンシルを置いた。
何だか今日は集中出来ない。胸騒ぎの様なものを先程から感じている。
陸は席を立ち、窓に近づいた。彼の部屋の窓は、庭を全体的に眺められるように数年前にその壁一面を改修していた。
細長く縦に天井から床まで、壁を抜くように窓が取り付けられている。
そこから覗ける景色がどれ程彼の心を癒してきただろう。
不幸せな人生を送っていると嘆いたことはない。と、言ったら嘘になるだろう。けれど、生きる目的を見出だせたのは、この家に生まれたからだ。
庭に植えられた木々は、既に少し色付きつつあった。例の一件から三ヶ月が経っていた。
どうしようもない心の痛みが消えたわけではなかったが、失った痛みと、また失うかもしれない恐怖に怯えていたあの時よりはまだましになったのだろうと思う。
望みはまだ叶えられてはいないけれど。その足掛かりもまだ見付けられてはいないけれど。
取り敢えず一歩は前に進めた。それだけでも少しは彼の人の心が休まっただろうとは思う。慰めにしかならないとしても。
身動きがとれずに焦りや苛立ちに苛まれ、ただあてがわれた事をこなしていくだけの日々。先が見えず暗闇の中を歩いている様だった。
ただ、今できる最大限の努力をするしかなかった。それが何に繋がるのか。それすらも見出せないそんな日々だったけれど。そこから抜け出してみれば、その足掻きは無駄でなかったのだと今は思える。
ならばきっと。きっと今日は昨日よりマシなのだと思える。
それだけでいい。今は、まだ――。
☆
自室の障子をノックする音で、陸は我に返った。
雨に烟る庭を見ながら物思いに浸ってしまっていたことに気付く。すこし焦りながら現実に意識を戻すと、軽く深呼吸をする。彼女のことを思うと冷静でいられなくなる。あまりいい傾向ではないと思うのに中々改善できないでいた。
ノックの主は陸の部屋の障子を十センチ程開け、中を覗き込みながら小首を傾げている。
大分前からその場にいたのだろうか。一向に返事をしない陸に不審を抱き、障子を少し開けて中の様子を確認したようだ。
「今は忙しかったかな?」
顔を出したのは従兄弟だった。
「いいえ。すみません、ぼーっとしてて」
もう一度、気分を入れ替えるように深呼吸をして、窓から離れ彼を迎え入れる。
八帖ほどの部屋は、和室ではなくフローリングだ。部屋の雰囲気自体は和風だったが、勉強机を置く手前、畳敷きよりも都合が良かったため小学校に上がる時に親がフローリングに変えてくれていた。
陸の好みとしては畳敷きの方が良かったが、畳の上に机を置いてしまうと色々不都合があるのは理解できたので、フローリングに変える際にも特に否やを唱えることもなかった。
「東京から戻って来られていたのですね、新汰兄さん。おかえりなさい」
気持ちを入れ替えたことで、先ほどまでの感傷を少なくとも表面には出さずに陸は微笑んだ。
「うん。昨日、遅くにね」
「戻られたのはお気づきになったから、ですか?」
それは質問の形を取ってはいたが実際は確認だった。
新汰という人物は普段はお調子者で軽率そうに振る舞いはするが、その実かなりの切れ者だった。少なくとも陸はそう評価していたし、徹もその意見に同意していた。
「おっ、いきなり核心」
不思議と落ち着いた響きを残す少し高めの声色はいつもどおりだ。そのおどけたような仕草も生真面目に考えすぎる彼の癒しとなっている。
「雑談からやり直しますか?」
くすりと笑い、軽く首を傾げた陸の顔つきは、先ほどよりも穏やかな表情に変化していた。
「いやいいけれど。その話を聞きにきたわけだし」
陸に勧められるままに彼の正面の椅子に腰掛け、新汰は軽く足を組んだ。
「どこから話せばいいでしょう?」
「できるなら、全部かなぁ」
「全部……ですか」
「まずい事とか、言いたくない事までとは言わないよ。言えるとこだけでいい。水上の話とか、言い難い事もあるだろうしさ」
「……ありがとうございます。長くなりますけれど、構いませんか」
戸上の家の者として言えば、新汰はまだ味方に近いはずだ、と陸は思う。狐と狸の化かし合いのような家だったが。信じたいと思う気持ちも強いかもしれない。
それが吉と出るか凶と出るかは今は判らない。
☆
「なるほど、ね」
話が終わる頃には窓から入る光は失われ、部屋の明かりを灯さなければいけない程の時刻になってしまっていた。
「よくぞ、アレを倒せたものだと思っていたけれど……行ってみたらアレ自体はそのまま残っていたし。けれど穢れは綺麗になくなっていて……どんな魔法を使ったのだろうと思っていたよ」
「僕の功績ではないですから……運が良かっただけ、という感じで」
「水上の……彼女に関しては、本当に心が痛むけれど、今できる最高の結末って感じだね」
君はすごいよと新汰は素直に陸を称えた。本心からの言葉のように聞こえる。
新汰の父も陸の父と同じく地元の名士だった。新汰の父は術者としては力が足りず、早々に戦線から離脱していた。その代わりのように商才に恵まれており、その手腕は一代で財を成し、東京に本社を構えるまでになっていた。
今では父の会社よりも大きい会社の総裁として君臨している。祖父の会社を継いだというのに、その会社を維持するに留まっている父とは大違いだと思う。
「いえ……僕の功績ではないので……」
陸は顔を俯けた。自身の力不足は以前から痛感しているところだ。
「そんなに謙遜しないでもいいと思うけど。いや、君は謙遜でもなんでもなく本当に力不足だと思ってるかもしれないけれど」
顔を俯けてしまった陸の様子を伺うように一度言葉を切る。
「こと、戸上家においては、男は働き蜂の様なものだよ。どう頑張ったって女王蜂には勝てないように出来てる。考えても仕方ないさ」
上手い例えだと思った。思わずくすりと笑ってしまう。
「それよりもね。せっかく水の神の件が落ち着いたところなんだけどさ、悪い知らせがあるんだよね……」
言い難そうに顔をしかめて年上の従兄弟は陸を見据える。それは助けを求めるような瞳だった。