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17.土の御神への謁見①

やっと御大 土の神様のお出ましです。


長かった……orz 既に前作分の文字数と同じ程嵩んでしまっているのに、まだ中盤に行っているのかも微妙……。ホントにすみません。

 リンと鈴がなるような音が聞こえた気がした。


 美しい音であるのにもかかわらず、耳の奥が割れるような痛みを伴うそれ――。


 暑いかった筈の外気が一気に冷え込んだように全身が泡立つち、知らず呼吸が荒くなる。まるで辺り一帯が水の中に沈んでしまったかのようだ。


 あえぐ様に深く呼吸するがそれでも十織は怯まなかった。


 怯んだら負けだ――。自分にそう言い聞かせる。


 十織とおるが一人佇むその一帯だけが水の中のように揺らめき、その場だけが別の空間として隔てられていく。


 歪む世界に何度も目を瞬かせる。平衡感覚すらなくなり自分が立っているのか横になっているのかさえ判らなくなりそうだった。


 万華鏡のように刻々と変化する周囲にくらくらとくらむ視界を整えようと、一度きつく目を閉じそれからゆっくりと開けていく。


 屈折率の違う分厚いガラスを隔てたような小さな世界に一人の人物が立っていた。


 気配すらなく静かに佇むその姿。けれど圧倒的な力に満ちた存在。ビリビリとした圧力を放ちながらも目の前の存在からは不思議な慈愛を感じる。


 十織は意識して深い呼吸を繰り返し、落ち着くように自分に言い聞かせてから、目の前の存在に対し深く一礼をした。それは日本では最敬礼と言われる礼の仕方だった。


 隙を見せることになるとは判っていたが、自分を含め全員を殺める気があるのなら最初からできていただろう。それほどに圧倒的な存在、それが判っているから気にしないことにした。


”――戸上とかみの巫女か”


 リンと言う鈴に音と共に重厚な声が問い掛けた。ごくりと息を飲み、最敬礼したまま十織は返事をした。


「……正式な巫女では。候補の一人には数えられていると思います」


 この場合、巫女とは当主のことをさす。かつては、戸上にも巫女はたくさん存在し、その中の特に術力のひいでたものが当主になっていたのだがそれはもう遠い昔のことだ。


 戸上の家に生まれた術力を持つ女は、全て『巫女』とは称するもののそれも今はいないに等しい。


”――それは、そなたの体が理由か。その体では不自由があろうな”


 その言葉に胃の辺りにずんと重いものを感じる。苛立ちに似た思いがかすめるが軽く目を閉じ、こぶしを握り締めることでそれを抑えた。


 試されているように感じていた。違うかも知れない。けれどここで声を荒げたとして、どうにかなることでもないとも判っている。


 対峙する存在は十織の心の変化を感じ取っているのか静かに見下ろしている。


”面を上げよ。そなたの敬意はしかと受け止めた”


 彼の神が声に似た何かを発するたびに鈴の音のような音が聞こえる気がした。それは錯覚かも知れなかったし、神の声が人の耳には鈴のに近い音として捉えられるのかも知れず、また別の理由があるのかも知れない。


 その声なき声と共に十織にし掛かっていた目に見えない重圧がふっと僅かに軽くなった。


 そろそろ神の放つ重圧と最敬礼をしたままの体勢に、体が軋み掛けていたのでそれにほっとし、しかし気を抜かぬようゆっくりと頭を上げ正面の存在に顔を向けた。


 目の前の存在は人の似姿を取っていた。それはもしかしたら十織が自ら作り出したイメージに、神がその姿を重ねただけかも知れない。


 その神々しさに自然と畏敬の念が心に宿る。の神は現世うつつよとも常世とこよとも付かぬその空間に、支配者として存在していた。


 ほうっと感嘆のため息と共に、考える間もなく体を沈め片膝を付く体制になっていた。立てた左ひざに左手を置き体勢を整えると再び土の神を見上げる。その行いと心向きの全てに敬意が現れている。


 まず目に付いたのは銀色とも砂色ともつかないその髪の色だ。まるで後光を浴びているように見える程にきらめいて、長く背に流れた髪は風など吹いていないにもかかわらず軽やかに舞っている。


 慈愛に満ちた瞳は、黒の中に一滴だけ濃い藍を混ぜたような艶めく深い色をしている。


 その顔は歳を重ねたようには見えなかったが、溢れる父性が彼の神を年嵩のように感じさせていた。


”……土……水……月。……それに陽に炎か……”


 艶めく瞳が十織に向けられる。それだけで先程軽減された重圧が再び圧し掛かる。けれど先程までの苦しさはなく、ただ自分の全てを見透かされるようなかすかな不快感を感じるのみだった。


”そして、闇……冥に繋がる力……。まこと我を視ることができたのはその性質、そして鍛錬たんれん故か……”


 独り言のような言葉である。その存在自体は隠しはしなくても、居場所に関しては巧妙に隠していた神を見付けたことに対する賞賛が含まれている。


”我に問いたい事があるのであろう”


 申してみよと神がのたまう。まるで恩賞のように。


 ただただ重圧と神々しさに飲まれ、片膝を付いたまま固まっていた十織はその台詞で我に返った。


 呆けたように土の神の尊顔を見、一度俯うつむいて頭の中を整理する。


「この地は、御神様の恵みを受け豊かなようにお見受け致します。……勿論、我々人の過ぎた行いで痛んでいるところがないわけではありませんが、それでもこの地の人々は神を崇め大切にしている人も少なくない」


 顔を上げ一息でそこまで捲くし立てて、息苦しさに吐息をつく。上手く言葉が纏まらなかった。言いたい事はそういうことではないのだ。


「……少なくとも我々の住む土地よりは、この地は安定して……申し訳ありません。言葉が纏まりません」


 もう一度頭を下げ目を伏せて、これまで感じたことを整理する。


「比較が間違っているのかも知れません。けれど他に表現ができません。この地は安定しているように感じられるのに、何故こうも痛みとも悲鳴とも付かない『声』が聞こえるのでしょうか。それに……ここにきてからずっと感じていました。土の気も水の気も安定している筈なのに、どうしてもくの気がこんなにもか細いのでしょうか……?!」


 その声はもはや嘆願にも近かった。下げていた頭を途中から上げて、土の神にすがるように見詰めていた。ずっと考えていたし、他の面々とも話し合っていたが答えは出せないでいたのだ。


 木の属を敏感に感じ取れるものが一行の中にいないだけかも知れないと、気休めのような答えしか出せていなかった。


”……我にそれを問うか。……しかし、それに気付く者すら既に……”


 待っていたと神は告げる。それに気付いてくれる人を――。

H30-10-26 一部訂正・追加

R02-09-01 一部訂正・追加

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