2021・8月 その1
龍虎、相まみえる?
2021・8月その1
君津駅の改札を出ると、正面で社長が手を振っている。相変わらずのSP姿だが、今日はサングラスをかけていない。
「「「こんにちは。社長。今日はよろしくお願いします。」」」
「社長って・・・まあいいわ。皆さんこんにちは。今日はかる~い気持ちで見て行ってね。あ、アラタ君はメールしたとおり、ちゃんと水着持ってきているわね?」
俺がベルトを外そうとすると、何故か横に居る阿部と高橋に止められた。
そう言えばこいつら、一人だったはずの俺が電車から降りて改札に向かうと、気がついたら背後霊になってたんだよな。。。
「じゃ、ついて来てね。」
微笑みながら歩きだす社長について行く。駅のロータリーに止めてあったNGOSと書かれた白のワンボックスカーに向かう。歩きながら、
「改めて聞く。なんでお前ら居るの?」
「あ~、俺は進学希望ではあるが、会社見学なんてそうそう機会がないだろうからな。あの時、社長にお願いしたら快くOKしてくださった。」
「あたしは、水泳部マネージャーとしてですよ。」
そう言えばこいつら、先日、社長と別れる時に何か話していたな。
阿部の理由はまあ納得できる。問題は高橋、マネージャーって就職の面倒まで見る仕事なのか?
俺が助手席に座り、その他2名が後ろの座席に。後部にはウェットスーツやら酸素ボンベやらがごちゃ混ぜに積まれていた。社長がエンジンをかける。
「これから行くのは富津港、そこで船に乗ってもらうわ。みんな悪いけど荷物の積み込み手伝ってね。」
「「「はい。」」」
車の中では皆緊張していたのか会話が無い。あの高橋までもが無言だ。
暫くすると、レジャーボートや漁船が沢山停泊する港に着いた。全員が車から降りると社長が指さす。
「あの船に後ろの機材、全部お願いね。」
見ると40フィートくらいのレジャーボートで横にNGOSと書かれている。後ろ甲板には天幕が張ってあり、扉がついていて、その扉を外すと簡単に海に入れる仕様だ。
社長が船に歩き出すと、船の周りで積み込み作業していた数人が手を振る。
その人達に軽くお辞儀してから積んであったボンベを担ぐ。阿部もボンベを担ぎ、高橋はウェットスーツを両肩に抱える。
「挨拶は後でいいですかね。とりあえず、それ全部船内に頼みます。場所は空いてるとこに適当でいいので。」
船に近寄ると陽によく焼けた30歳くらいの男が指示をしてきた。
何往復かし、最後に自分たちの鞄を持って船の前に整列した俺達に、最後に車の鍵をしめた社長が駆け寄ってくる。
「はい、全員乗って~、乗ったら空いている席についてね~。」
俺を先頭に船室にぞろぞろと乗り込む。
で、何処に空いてる席が?
船内は機材でごった返していた。壁には魚探やコンピュータが並んでいる
「あ~ごめんね~。ボンベは後ろ甲板に、他のはそこの隅にでも押しやってね。」
皆で軽く揺れる船内をおっかなびっくりながら、社長に言われた通り片づけると、他のスタッフとおぼしき人達が乗り込んで来る。
「社長、もやい解きました。出ますか?
「じゃ、出しちゃって~。」
俺達はかろうじて空いたスペースに並んで腰掛ける。スタッフの一人が後部甲板に駆け出すと、すぐに頭上に足音がする。どうやらこの上が操縦席なのだろう。
尻に軽いエンジンの振動が響く。
「それじゃ、注目~、今日は会社見学ツアーということで、3人をお招きしてま~す。私達はこれから20分程行ったところで、撮影を始めますので、邪魔にならないようにお願いね。聞きたいことは手近な人に遠慮なくどうぞ。じゃ、自己紹介ね。」
俺達の目の前には社長とさっきの30歳くらいの男、それに茶髪のを後ろで丸く束ねた20歳くらいの女が立っていた。社長は相変わらずのSP姿だが、この2人は既にウェットスーツを着ていた。
「あたしは小沢香、撮影チームのカメラマンよ。よろしくね。」
「僕は南雲義一、肩書は課長ってなっています。撮影チームのチーフをやっています。なんでも聞いてください。あと、上で舵を取を取っているのは高須志郎撮影チームのカメラマンやってくれています。あと、質問はできるだけ小沢さん以外の人にお願いします。」
「課長! それってどういう意味なんですか? ヤマちゃんも何か言ってあげてください!」
「小沢さんは・・・その・・・言い方が・・・」
「はいはい、カオリちゃんは後でね~。じゃ、次、君達お願いね。」
課長がぶつぶつ言い訳を始めたところを、社長がうまくとりなす。
ところで、ヤマちゃんって社長のことだっけ? そういや初対面の時何か言ってたな。
しかし、この小沢って女、美人なのになんか怖いな。あ、こっち見た。なんかにやにやしてる。なるべく関わらないようにしよう。
と、考えていると横からこづかれる。あ、俺か?
「栗田新、18歳、水泳部3年、種目はフリーダイビングやってます! よろしくお願いします!」
「阿部利夫、17歳です。水泳部3年で主将やっています。種目は平泳ぎです。今日は時間を頂き、ありがとうございます。」
「高橋伊織、16歳です。水泳部2年、マネージャーです。えっと~、これでいいのかな? あ、よろしくお願いします。」
「それじゃ、上に居る高須ちゃんには後で適当にね。それで私達はこれから用意するから、撮影ポイントに着くまでゆっくりしていてね。あと、アラタ君は水着に着替えておいてね。で、そこらに転がっているシュノーケルとマスク、フィン(あしひれ)、適当に選んでおいて。」
社長が言い終わると、3人とも後部デッキに。暫くすると、頭上で足音がして、何やら話をしているようだ。
俺は特に何も考えずに、最後の社長の言葉に従うべく立ち上がる。
シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。
阿部はきょろきょろと周りを興味深そうに見回している。
高橋は俺の着替え、と言っても既に水着ははいてきているので脱ぐだけだが、を、ガン見している。
流石に少し恥ずかしいんですが・・・。
隅のごみ溜めエリアから、フィンを装着し、ゴーグルを物色していると、
「なあ、栗田、お前、今日何するかとか聞いているのか?」
「いや、撮影としか? 俺達は見学だし見てればいいんだろ?」
「いやいやいや、それ、おかしいぞ。では何故お前は今水着なんだ?」
「さぁ・・・」
「さぁって・・・。あ、なるほど! 潜って仕事をしているところを間近で見させてくれるのか! それなら俺も水着持ってくるべきだった。」
「そうなのか?」
そこに高橋が切り込んでくる。
「あたしも水着持ってくれば良かった~! イルカとか居そうじゃないですか? 一緒に泳ぎた~い!」
こいつは一体何をしに来たのだろうか? まあ、深く考えるのはよそう。
そうこうしているうちに、南雲さんが入ってくる。
「そろそろポイントです。皆さん、後部デッキにどうぞ。今日の撮影は水深10mくらいで新たに見つかった珊瑚の群落です。」
フィンでペタペタ歩きながら、後部デッキに移動すると、小沢さんが既にボンベを担いでいて、海に入りやすくする為の最後尾の扉というか柵を開けていた。
エンジン音が止む。船は惰性でゆっくり進みながら停止する。
「え~っと、栗田君だっけ、社長から聞いているわ。これから撮影に入るけど、ついてこられるなら最前列で見せてあげるわ。でも、くれぐれも邪魔はしないでね。」
そう言いながら小沢香は口の端を吊り上げる。
なんだ、この女? 今日初対面ですよね? 俺、地雷踏んだ覚えはないんですけど。
「じゃ、そこの2人、あたしが合図したらそこのカメラを海に投げ込んでね。栗田君はあたしについて来て。」
と言うや傲慢女は海に背後から飛び込む。突然のことにあたふたと周りを見ると、いきなりの命令に戸惑う2人と、上の操縦席で話している社長と高須さんであろう人、船室では何やら南雲さんが作業をしているのが目に入る。
いいのかな? と、飛び込もうとすると、水面で傲慢女が何やらばちゃばちゃしている。よく見ると、ボンベから伸びた呼吸用のレギュレターが首に絡まっているようだ。
ありえねぇ~! あ、沈んだ・・・。 これ、ヤバイんじゃね?
俺は数回大きく深呼吸してから、息をいっぱいに吸い込み、傲慢女めがけて飛び込む。
じたばたしているところに潜りながら近づくと、いきなり傲慢女は首のレギュレターをほどき、片手で咥え直すと俺の背後に回ってきた。目が笑っている。
げ! この女! 嵌めやがったな!
瞬時に理解し、海面に浮き上がろうとするも、詐欺女が後ろから抱き着いてくる。
詐欺女は俺ごと下に向きを変え、強引に深みに連れて行こうとする。
え? 確か水深10mって・・・、下を見ると真っ青な闇が広がる。
なるほどね。そう来るわけね。
俺は落ち着き、詐欺女に身体を委ねる。
俺が体の力を抜くと、逆に詐欺女のほうが焦ったようだ。慌てて浮上しようと姿勢を変えようとする。
させるかよ!
今度は俺がにやっと笑う。
俺は両手で腹に巻き付いている両腕を掴んで腋に挟み込むと、そのまま足鰭を波打たせる。後ろでじたばたしているのを無視し、一気に潜る。フィンをつけた俺は水中では無敵だ。
背後にかなりの抵抗を感じるが、どんどん潜る。
周りの色が青から藍に変わっていく。
ん~、そろそろヤバイですかね? 50mくらい?
普段ならここまで付き合える奴はまず居ない。後ろから頭突きをかまされ始めて、はたと気付いた。俺はフィンこそ付けているものの素潜り状態。詐欺女はボンベつけて完全装備。
あ・・・。
はい、俺はアホでした。
慌てて詐欺女の手を離す。相手もこちらの意図を察したのか腕を外す。
姿勢を完全に上を向けてから振り返ると、詐欺女がレギュレターを俺に差し出す。空気を吸えってことだろう。貰ってもいいんだけど、奴に貰うのはなんか癪だ。まだ耐えれそうなんで、それを無視して腕を掻き、足を蹴る。
ぶはぁ~!
俺が海面に顔を上げて息を吐き出し、大きく深呼吸すると、続けて詐欺女が俺の前に顔を出す。
「あんたねぇ~~っ!」
ゴーグル越しでもはっきりと分かる怒りのオーラ。
そのまま俺の腕を掴み、船に向かう。
俺はなんかどうでも良くなったんで、大人しく曳航される。
船に上がってからはさんざんだった。
「あんた、何考えているの?! ボンベ背負っているあたしに勝てるわけないじゃない!」
「なんかむっと来たから思わず・・・。だいたい、仕掛けてきたのはそっちだろ?」
「むっと来たからだけで50mも潜る?! あたしじゃなかったら、のびているわよ!」
「あ~、考えてなかった。」
そう、確かに常人には水深50mの世界は、十二分に命に関わる領域だ。。
目の前には顛末を知らされた一同の顔が並んでいる。
顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているヒステリー女。
頭を抱え、俺に対して何か残念な人を見るような視線を送る阿部。
鼻を膨らませ、笑いを噛み殺している高橋。
心配そうな顔をしている南雲さん。
微笑みながらうんうんと頷く社長。
「で、ヤマちゃん、この馬鹿、どうなんですか? 全く、あたしにこんな茶番をやらせて!」
「そうね~、まずは南雲君。」
「ちょっと、いや、かなり不安はありますが、いいのでは?」
「じゃ、高須ちゃんは?」
社長は後ろ上方を向き、操縦席に居る高須ちゃん?に声をかける。
「いいんじゃないっすか? 俺はこういう奴、好きっすよ。笑えるし。」
「じゃあ、最後にカオリちゃんは?」
「馬鹿だけど、潜水能力だけはバケモノね。ボンベ背負った人間を引きずってだなんて。まあ、あたしが何とかするわ。」
「うんうん、全員一致ってことでOKね。じゃ、ごうか~く。」
「はぁ?」
狐につままれた顔をしている俺に社長が笑いかける。
「私、言ったわよね? 簡単な入社試験するって。アラタ君、合格よ。」
「なんじゃそりゃ~?!」
絶対に真似しないでください!