表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

2021・8月 その1

龍虎、相まみえる?

   2021・8月その1



 君津駅の改札を出ると、正面で社長が手を振っている。相変わらずのSP姿だが、今日はサングラスをかけていない。

「「「こんにちは。社長。今日はよろしくお願いします。」」」

「社長って・・・まあいいわ。皆さんこんにちは。今日はかる~い気持ちで見て行ってね。あ、アラタ君はメールしたとおり、ちゃんと水着持ってきているわね?」

俺がベルトを外そうとすると、何故か横に居る阿部と高橋に止められた。

そう言えばこいつら、一人だったはずの俺が電車から降りて改札に向かうと、気がついたら背後霊になってたんだよな。。。

「じゃ、ついて来てね。」

微笑みながら歩きだす社長について行く。駅のロータリーに止めてあったNGOSと書かれた白のワンボックスカーに向かう。歩きながら、

「改めて聞く。なんでお前ら居るの?」

「あ~、俺は進学希望ではあるが、会社見学なんてそうそう機会がないだろうからな。あの時、社長にお願いしたら快くOKしてくださった。」

「あたしは、水泳部マネージャーとしてですよ。」

そう言えばこいつら、先日、社長と別れる時に何か話していたな。

阿部の理由はまあ納得できる。問題は高橋、マネージャーって就職の面倒まで見る仕事なのか?


 俺が助手席に座り、その他2名が後ろの座席に。後部にはウェットスーツやら酸素ボンベやらがごちゃ混ぜに積まれていた。社長がエンジンをかける。

「これから行くのは富津港、そこで船に乗ってもらうわ。みんな悪いけど荷物の積み込み手伝ってね。」

「「「はい。」」」

車の中では皆緊張していたのか会話が無い。あの高橋までもが無言だ。


暫くすると、レジャーボートや漁船が沢山停泊する港に着いた。全員が車から降りると社長が指さす。

「あの船に後ろの機材、全部お願いね。」

見ると40フィートくらいのレジャーボートで横にNGOSと書かれている。後ろ甲板には天幕が張ってあり、扉がついていて、その扉を外すと簡単に海に入れる仕様だ。

社長が船に歩き出すと、船の周りで積み込み作業していた数人が手を振る。

その人達に軽くお辞儀してから積んであったボンベを担ぐ。阿部もボンベを担ぎ、高橋はウェットスーツを両肩に抱える。

「挨拶は後でいいですかね。とりあえず、それ全部船内に頼みます。場所は空いてるとこに適当でいいので。」

船に近寄ると陽によく焼けた30歳くらいの男が指示をしてきた。

何往復かし、最後に自分たちの鞄を持って船の前に整列した俺達に、最後に車の鍵をしめた社長が駆け寄ってくる。

「はい、全員乗って~、乗ったら空いている席についてね~。」

俺を先頭に船室にぞろぞろと乗り込む。

で、何処に空いてる席が? 

船内は機材でごった返していた。壁には魚探やコンピュータが並んでいる

「あ~ごめんね~。ボンベは後ろ甲板に、他のはそこの隅にでも押しやってね。」

皆で軽く揺れる船内をおっかなびっくりながら、社長に言われた通り片づけると、他のスタッフとおぼしき人達が乗り込んで来る。

「社長、もやい解きました。出ますか?

「じゃ、出しちゃって~。」

俺達はかろうじて空いたスペースに並んで腰掛ける。スタッフの一人が後部甲板に駆け出すと、すぐに頭上に足音がする。どうやらこの上が操縦席なのだろう。

尻に軽いエンジンの振動が響く。


 「それじゃ、注目~、今日は会社見学ツアーということで、3人をお招きしてま~す。私達はこれから20分程行ったところで、撮影を始めますので、邪魔にならないようにお願いね。聞きたいことは手近な人に遠慮なくどうぞ。じゃ、自己紹介ね。」

俺達の目の前には社長とさっきの30歳くらいの男、それに茶髪のを後ろで丸く束ねた20歳くらいの女が立っていた。社長は相変わらずのSP姿だが、この2人は既にウェットスーツを着ていた。

「あたしは小沢香オザワカオリ、撮影チームのカメラマンよ。よろしくね。」

「僕は南雲義一ナグモヨシカズ、肩書は課長ってなっています。撮影チームのチーフをやっています。なんでも聞いてください。あと、上で舵を取を取っているのは高須志郎タカスシロウ撮影チームのカメラマンやってくれています。あと、質問はできるだけ小沢さん以外の人にお願いします。」

「課長! それってどういう意味なんですか? ヤマちゃんも何か言ってあげてください!」

「小沢さんは・・・その・・・言い方が・・・」

「はいはい、カオリちゃんは後でね~。じゃ、次、君達お願いね。」

課長がぶつぶつ言い訳を始めたところを、社長がうまくとりなす。

ところで、ヤマちゃんって社長のことだっけ? そういや初対面の時何か言ってたな。

しかし、この小沢って女、美人なのになんか怖いな。あ、こっち見た。なんかにやにやしてる。なるべく関わらないようにしよう。

と、考えていると横からこづかれる。あ、俺か?

「栗田新、18歳、水泳部3年、種目はフリーダイビングやってます! よろしくお願いします!」

「阿部利夫、17歳です。水泳部3年で主将やっています。種目は平泳ぎです。今日は時間を頂き、ありがとうございます。」

「高橋伊織、16歳です。水泳部2年、マネージャーです。えっと~、これでいいのかな? あ、よろしくお願いします。」

「それじゃ、上に居る高須ちゃんには後で適当にね。それで私達はこれから用意するから、撮影ポイントに着くまでゆっくりしていてね。あと、アラタ君は水着に着替えておいてね。で、そこらに転がっているシュノーケルとマスク、フィン(あしひれ)、適当に選んでおいて。」

社長が言い終わると、3人とも後部デッキに。暫くすると、頭上で足音がして、何やら話をしているようだ。


俺は特に何も考えずに、最後の社長の言葉に従うべく立ち上がる。

シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。

阿部はきょろきょろと周りを興味深そうに見回している。

高橋は俺の着替え、と言っても既に水着ははいてきているので脱ぐだけだが、を、ガン見している。

流石に少し恥ずかしいんですが・・・。

隅のごみ溜めエリアから、フィンを装着し、ゴーグルを物色していると、

「なあ、栗田、お前、今日何するかとか聞いているのか?」

「いや、撮影としか? 俺達は見学だし見てればいいんだろ?」

「いやいやいや、それ、おかしいぞ。では何故お前は今水着なんだ?」

「さぁ・・・」

「さぁって・・・。あ、なるほど! 潜って仕事をしているところを間近で見させてくれるのか! それなら俺も水着持ってくるべきだった。」

「そうなのか?」

そこに高橋が切り込んでくる。

「あたしも水着持ってくれば良かった~! イルカとか居そうじゃないですか? 一緒に泳ぎた~い!」

こいつは一体何をしに来たのだろうか? まあ、深く考えるのはよそう。


 そうこうしているうちに、南雲さんが入ってくる。

「そろそろポイントです。皆さん、後部デッキにどうぞ。今日の撮影は水深10mくらいで新たに見つかった珊瑚の群落です。」

フィンでペタペタ歩きながら、後部デッキに移動すると、小沢さんが既にボンベを担いでいて、海に入りやすくする為の最後尾の扉というか柵を開けていた。

エンジン音が止む。船は惰性でゆっくり進みながら停止する。

「え~っと、栗田君だっけ、社長から聞いているわ。これから撮影に入るけど、ついてこられるなら最前列で見せてあげるわ。でも、くれぐれも邪魔はしないでね。」

そう言いながら小沢香は口の端を吊り上げる。 

なんだ、この女? 今日初対面ですよね? 俺、地雷踏んだ覚えはないんですけど。

「じゃ、そこの2人、あたしが合図したらそこのカメラを海に投げ込んでね。栗田君はあたしについて来て。」

と言うや傲慢女は海に背後から飛び込む。突然のことにあたふたと周りを見ると、いきなりの命令に戸惑う2人と、上の操縦席で話している社長と高須さんであろう人、船室では何やら南雲さんが作業をしているのが目に入る。

いいのかな? と、飛び込もうとすると、水面で傲慢女が何やらばちゃばちゃしている。よく見ると、ボンベから伸びた呼吸用のレギュレターが首に絡まっているようだ。

ありえねぇ~! あ、沈んだ・・・。 これ、ヤバイんじゃね?


俺は数回大きく深呼吸してから、息をいっぱいに吸い込み、傲慢女めがけて飛び込む。

じたばたしているところに潜りながら近づくと、いきなり傲慢女は首のレギュレターをほどき、片手で咥え直すと俺の背後に回ってきた。目が笑っている。

げ! この女! 嵌めやがったな!

瞬時に理解し、海面に浮き上がろうとするも、詐欺女が後ろから抱き着いてくる。

詐欺女は俺ごと下に向きを変え、強引に深みに連れて行こうとする。

え? 確か水深10mって・・・、下を見ると真っ青な闇が広がる。

なるほどね。そう来るわけね。

俺は落ち着き、詐欺女に身体を委ねる。

俺が体の力を抜くと、逆に詐欺女のほうが焦ったようだ。慌てて浮上しようと姿勢を変えようとする。


 させるかよ!

 今度は俺がにやっと笑う。

俺は両手で腹に巻き付いている両腕を掴んで腋に挟み込むと、そのまま足鰭を波打たせる。後ろでじたばたしているのを無視し、一気に潜る。フィンをつけた俺は水中では無敵だ。

背後にかなりの抵抗を感じるが、どんどん潜る。

周りの色が青から藍に変わっていく。

ん~、そろそろヤバイですかね? 50mくらい?

 普段ならここまで付き合える奴はまず居ない。後ろから頭突きをかまされ始めて、はたと気付いた。俺はフィンこそ付けているものの素潜り状態。詐欺女はボンベつけて完全装備。

 あ・・・。

 はい、俺はアホでした。

慌てて詐欺女の手を離す。相手もこちらの意図を察したのか腕を外す。

姿勢を完全に上を向けてから振り返ると、詐欺女がレギュレターを俺に差し出す。空気を吸えってことだろう。貰ってもいいんだけど、奴に貰うのはなんか癪だ。まだ耐えれそうなんで、それを無視して腕を掻き、足を蹴る。

 

 ぶはぁ~!

俺が海面に顔を上げて息を吐き出し、大きく深呼吸すると、続けて詐欺女が俺の前に顔を出す。

「あんたねぇ~~っ!」

ゴーグル越しでもはっきりと分かる怒りのオーラ。

そのまま俺の腕を掴み、船に向かう。

俺はなんかどうでも良くなったんで、大人しく曳航えいこうされる。


 船に上がってからはさんざんだった。

「あんた、何考えているの?! ボンベ背負っているあたしに勝てるわけないじゃない!」

「なんかむっと来たから思わず・・・。だいたい、仕掛けてきたのはそっちだろ?」

「むっと来たからだけで50mも潜る?! あたしじゃなかったら、のびているわよ!」

「あ~、考えてなかった。」

そう、確かに常人には水深50mの世界は、十二分に命に関わる領域だ。。


目の前には顛末を知らされた一同の顔が並んでいる。

顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているヒステリー女。

頭を抱え、俺に対して何か残念な人を見るような視線を送る阿部。

鼻を膨らませ、笑いを噛み殺している高橋。

心配そうな顔をしている南雲さん。

微笑みながらうんうんと頷く社長。

「で、ヤマちゃん、この馬鹿、どうなんですか? 全く、あたしにこんな茶番をやらせて!」

「そうね~、まずは南雲君。」

「ちょっと、いや、かなり不安はありますが、いいのでは?」

「じゃ、高須ちゃんは?」

社長は後ろ上方を向き、操縦席に居る高須ちゃん?に声をかける。

「いいんじゃないっすか? 俺はこういう奴、好きっすよ。笑えるし。」

「じゃあ、最後にカオリちゃんは?」

「馬鹿だけど、潜水能力だけはバケモノね。ボンベ背負った人間を引きずってだなんて。まあ、あたしが何とかするわ。」

「うんうん、全員一致ってことでOKね。じゃ、ごうか~く。」

「はぁ?」

狐につままれた顔をしている俺に社長が笑いかける。

「私、言ったわよね? 簡単な入社試験するって。アラタ君、合格よ。」


「なんじゃそりゃ~?!」


 絶対に真似しないでください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ