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White White Seed

 

「……。ぐ、群青……?」


 俺の次に気づいたのは紫苑だった。

 続いて曹長と自衛隊の四人。


「群青……?」


「まさか」


 全身を真っ白な蝋に包まれ、今もなお口からゴボゴボと新たな蝋を吐き続ける怪人は足を引きずるように移動していた。

 懐中電灯に照らし出されたそいつは洞窟の闇に生える鍾乳石じみた不気味な光沢を放っている。


 ――似ている。背格好が。

 いや、それ以上にこいつが群青であることを決定づけるモノがある。


 全身を貫く白い刃物。

 俺の知る群青嬌一ぐんじょうきょういちは「姉の刺殺体を目撃したことによる刃物へのトラウマ」を抱えている。

 目の前の白魔人はまさに串刺しにされた人間のように見える。


「陽甲。紫苑」


 曹長他四名は白魔人に銃口を向けていた。

 俺は過去に数度、この銃が火を噴く瞬間を目撃したことがある。

 弾丸をぶち込まれた白魔人は文字通り穴だらけとなり、ひしゃげたトマトジュースの缶よろしくだくだくと血を流すのだ。

 今夜、あの光景を見るつもりはない。


「一応聞くが、『助ける』でいいか?」


「もちろん」


 俺は懐中電灯を手首に結わえ、ぱちんと開いた櫛を髪に入れる。


 俺は危険を冒さないが、それは臆病と同義ではない。

 慎重に、されど勇敢に。

 それが色男ハンサムの心意気だ。


 どろろ、ぼとと、と蝋を垂らす怪人が近づく。

 奴が近づいた分、俺たちは後ずさる。

 先ほど見た『全身から針を伸ばす』攻撃の射程は8メートルほどだった。

 それ以上近づけさせてはならない。

 切っ先を向け合う剣士のように、俺たちと白魔人は向かい合ったままじりじりと移動する。


「どうする」


 曹長たちは群青を助けることができない。

 必然的に、判断の半分ほどは俺と紫苑に委ねられる。


「まず外に出したいです。ここじゃ戦いづらい」


 曹長が顎を動かす。

 自衛隊員がさっと手近な出入り口へ向かった。


「その後は?」


「……あれの貫通力次第です」


 勢いよく飛び出す蝋の針。

 あれと俺の『炎』のどちらが丈夫なのか。

 俺の方が上回っているのなら力押しで突っ込み、群青を引っぱり出せる。

 向こうの方が明らかに上回っている、あるいは数度の攻撃で炎が破壊されるようなら別のアプローチを考えなければならない。


 幸運なことに、こいつの動きは鈍い。

 焦る必要はない。


「基本戦法は変えるなよ」


「分かってます。教わった通り、転ばせます」


「ああ。……見たところ、ガワはいつもより薄い。掴みさえすれば引っぱり出「曹長っっ!」


 悲鳴に近い声。




「ドアが塞がれています!!」




 俺と紫苑はぎょっとしたが、曹長が鋭く声を飛ばした。


「バリケードは内側から崩せるように積んでいる! よく調べろ!」


「違います! そ、外側に蝋の壁が!!」


 がこがこ、と自動ドアが無理やり開かれる音。

 ちらと見れば、開かれたドアの向こうに真っ白な壁が立ちはだかっていた。


(?!)


「他のドアは?」


 このショッピングモールは一階の各所に出入り口がある。

 そのすべてが塞がれるなんてことは――――


「ダメです!!」


「こっちもです!!」


 十数メートル後方、その更に数十メートル後方から声が飛ぶ。

 白魔人はなおもよろよろとこちらに近づき、俺たちは後退を余儀なくされる。


「紫苑ちゃん。あの壁、溶かせるか?」


「やってみ「待て紫苑っっ!!」」


 俺が叫ぶと紫苑は猫のように驚いた。


(この状況――――!)


 突如として白魔人と化した群青。

 塞がれた出入り口。


 偶然ではない。明らかに何者かの意思が介在している。

 俺たちを追い詰める『何者か』。

 ――さっきの二人組だ。口枷の女と、傘の少女。

 あの二人は明らかに俺たちを殺そうとしている。


 殺意。

 俺を殺そうとする奴がいる。

 そう考えただけで背に冷や汗が滲む。


(……あいつら、『能力』を知ってる奴らだ)


 彼女たちが外部からこのモールに侵入したのであれば、この場所を白魔人から守る『壁』を見ているはず。

 つまりこの館内に『能力』を持つ奴がいることを知っている。

 俺が彼女たちの立場で、本気でこのモール内に死をまき散らすつもりなら出入り口を『塞ぐ』だけで終わらせるわけがない。

 能力で崩した瞬間に作動する、何らかの「悪い仕掛け」を仕込んでいるはず。


 キョオオオオ、と叫んだ白魔人がのたっ、のたっ、のたっと歩き出す。

 俺は後退しつつ、先ほど出会った二人組のことを話した。


「……口枷の女?」


「たぶんそいつらです。群青に手を出したのも、出入り口を塞いだのも」


 曹長の判断は素早かった。


「聞いたか? 二人組の女だ! 確保しろ!」


「人質を取られないように注意してください! あいつら、人ごみに紛れてる!」


「そういうことについては我々の方が専門家だ。君はそっちに集中しなさい」


 曹長以外の四人がモールの奥へ消えた。

 一方、俺と紫苑は携帯しているスキットルを傾け、オレンジジュースとレモンジュースを喉に流し込む。


(どうする……?!)


 蝋は使えない。

 炎の壁も、ムカデの目くらましも使用不可。


 向こうの動きは遅いが、全身の針を伸ばす攻撃の射程が広すぎる。

 飛びかかれば一瞬で串刺しだ。


 うまく転倒させたり網で捕縛したところで、体表に触れることができなければ群青を救い出すことはできない。

 だが触れようとすればあの『針』が飛び出す。


 俺と紫苑なら針を溶かすこともできるが、見ての通り敵は無限に蝋を吐き続けている。

 多少折ろうが溶かそうが再生することは目に見えている。


(近づけない……!)


 俺は歯を軋らせた。

 そうしている間にも時計の針は進み、砂時計の砂は落ちていく。


「陽甲! 指示!」


「……背後に回り込め! まだ動くな!」


 紫苑が大きく迂回しながら白魔人の背後へ。

 距離は畳五枚分ほど。9~10メートル前後だ。


 後退し続けていた俺は奴の方へそっと手を差し出した。


「!」


 射程に入った瞬間、しゃあっと伸びた針が指先を掠める。

 その一瞬、奴はウニを思わせる姿に変じていた。


「射程に入ると問答無用か」


「これじゃ近づけないよ、陽甲」


 奴の顔を見た俺は、ふと気づく。


 先ほどから背後の紫苑を警戒する様子がない。

 よくよく観察してみれば顔に目鼻も見当たらない。

 もしかして射程外の事象については知覚していないのではないか。


「紫苑! 何か投げてみてくれ!」


 紫苑は楽器店の入口に飾ってあった、小型のウクレレをぽいっと投げた。

 弧を描く小さな弦楽器が射程に入った瞬間――――奴は俺の方を向いたまま針を伸ばした。

 がヴぉ、と断末魔を発した楽器が床を叩く。


 きゅううん、と針が引っ込む。


(!)


 今ので分かった。

 どうやらこいつは目や耳で外部の状況を把握しているわけではないらしい。

 確かにこいつの針は「全方位」に伸びる。いちいち周囲を警戒する必要はない。

 射程に何かが入ったら即攻撃。それで事足りるのだろう。


 ぬろろ、ぬとと、と白魔人が近づく。

 時折奴は足を止め、キョエエエエエ、と金切り声を発した。

 この世に未練を残した刺殺体が吠えているようで背筋が粟立つ。


「陽甲。あまり時間がないぞ。こいつはゆっくりだが移動している。スロープにたどり着かれたら上の階へ向かわれる」


「!」


 はっと振り返る。

 車いすやベビーカート用のスロープが徐々に近づいていた。

 俺たちは後退し過ぎたのだ。


「陽甲! 次は?!」


 やるしかない。

 俺は汗ばんだ髪に櫛を入れ、告げる。


「一度針を出させて、引っ込んでいる内に飛びつく」


「……!」


「もう一回何か投げろ。針が出たらすぐに俺が行く」


「わ、分かった」


 楽器店に舞い戻った紫苑は今度は小さなシンバルらしきものを手にしていた。

 フリスビーの要領で投げるつもりらしい。


「いくよ?」


「ああ」


「一、二――」


 ひゅお、と円盤が放擲される。俺は射程ぎりぎりまですり足で近づく。

 射程に入った瞬間、しゅぱ、と針が広がり、シンバルは小気味よい音を響かせた。

 その針が引っ込んだ瞬間、俺はすかさず飛び出し――――


(……!)


 僅かに、ほんの僅かにだが、シンバルを打った針の数が先ほどより少なかった。

 それに気づいた俺は射程に爪先を入れた次の瞬間、後方へ跳んでいた。

 遅れて、しゅぱ、というスプレーをひと噴きするような音。


 俺が飛び込もうとした場所が、白い針に貫かれていた。

 引っ込み始めていた針と入れ違いで別の針が飛び出したのだ。


「! 針が二重になってる……!」


 紫苑は呻いたが、俺は目を細めた。


「違う」


偽攻フェイントか」


 曹長が皮肉っぽい笑いを漏らす。


「意外と意地が悪いな、群青」


「……」


 射程に入った瞬間、全方位攻撃。

 時間差で攻撃してもフェイントでかわされる。

 これでは硬い盾を構えて突っ込んでも無駄だ。

 盾で弾いたからと安心して手を伸ばせば、その手ごと串刺しにされる。


 何回だ。

 何回フェイントの針を出せるんだ。

 それによって攻撃回数を調整すればもしかすると――


 いや、例えば五回出せるのであれば、五回目の針が引っ込む頃には最初の針が飛び出せる状態にあるはずだ。

 つまり奴は事実上無限に――


「陽甲! スロープッ!!」


「っ」


 見ればすぐそこにスロープが見えていた。

 まずい。ここで仕留めなければ上の階へ向かわれる。

 上は生活圏だ。こいつに歩き回られたら物資がダメになってしまう。


 いや、問題は物資じゃない。


「陽甲。一応言っておくが、二階に到達したらこいつを撃つぞ」


 そう。

 俺たちがこいつを止めることができなければ、いずれ避難している人々が危険に晒される。

 いよいよその可能性が濃厚になれば、曹長はおそらく引き金を引く。相手が群青であろうとも。


(く、そっ……!)


 髪に櫛を入れる。

 考えろ。どうすればこちらの手が届く。

 全方位に伸びる針。

 フェイントを仕込む知性。

 蝋の怪物。


(何かないか、何か。何か……!)


 ごろろろろろ、と車輪のついた何かが転がって来る音。

 俺たちは一斉にスロープを見上げる。


 突っ込んできたのはゲームセンターに置かれていたレトロゲームの筐体だった。

 スロープを一直線に滑り降りるそれは俺たちのすぐ傍を通り過ぎ、白魔人に突っ込む。

 キョエエエ、と白魔人が叫ぶ。

 正確に8メートルの地点で串刺しにされ、台が停止した。


「お待たせしましたっ!」


 すとん、と俺と曹長の傍に優姫が降り立つ。

 ジャケットの前面は開かれており、迷彩ビキニに包まれた乳房が揺れていた。

 手足にはスポーツショップで調達したと思しきプロテクター。頭にはヘルメット。顔の半分が透明のゴーグルに覆われている。


 俺と曹長は手短に状況を説明した。

 そうしている間にも白魔人は歩き続け、スロープまでの距離は縮んでいく。


「……優姫さん。知恵を貸してください」


 ひとしきり話し終えた俺はそう口走っていた。

 優姫は決して賢いタイプには見えない。もしかすると俺は間抜けなことを言っているのかも知れない。

 だが現実に策が無い。

 なら、浅知恵でもなんでもいいから寄せ集めるしか――


「任せて」


 一言。

 力強い一言。


「あいつ、フリスビーとヨーコーの時間差攻撃にフェイント仕掛けたんだよね?」


「ええ」


「それってさ、事前に『二つのものが動いてる』って気づいてたってことだよね」


「ええ。……」


 はっと気づく。

 目の奥に力強い光を湛えた優姫が頷く。


「何が射程距離に入ったのか、入ってないのかをどうやって探知してるのかな。……目じゃないし、耳じゃないよね。熱でもない。……」


 優姫は真正面から白魔人を見据え、言う。


「『空気の流れ』かな?」


「!!」


「もしかして体に刺さってるアレ、飾りじゃなくて器官なんじゃない?」


 俺たちは弾かれるように奴を見た。

 確かに奴の全身には剣が生えている。

 もしかするとあれが繊毛のように空気の流れを探知し、本体に外敵の存在を伝えているのかも知れない。


「つまりあいつは射程に入る前からフェイントの用意をしてるんだよね。二つのモノが近づいてくるぞ、みたいな感じで」


「ええ。だからシンバルを打った針は少しだけ少なかったのかなって」


「じゃあ、さ。初めから『一つのモノ』と認識させた状態で突っ込んで、二つに分離すれば、フェイントが遅れるんじゃないかな」


 優姫の作戦はこうだった。

 盾を構えた二人が突っ込み、針が飛び出したところで一人が脇に飛び出し、群青に触れる。

 ぴったり身を寄せていれば白魔人は俺たちを『一つのもの』として認識するはずなので、フェイントを仕込んだりしない。

 つまり、盾で弾いた後に隙ができる。


「待った。盾なんてどこに」


「はい」


 優姫が差し出したのは従業員通路と一般の通路を隔てる金属製のドアだった。

 確かに大きく丈夫そうだが、ところどころ凹んでいる。

 本当にアレを防げるのか。


「盾役と奇襲役、決めないとね」


 紫苑の運動能力ではどちらも務まらない。

 曹長は盾役として適任だが万が一ドアが破られた時、蝋を防御することができない。

 つまり、挑むのは俺と優姫の二人だ。

 問題はどちらが盾役、奇襲役になるかか。


 盾が棘を破る可能性もあるが、向こうの反応速度がこちらの想定を上回り、奇襲が失敗する可能性もある。

 より危険なのは奇襲する側だ。


 俺は――――


(……)


 俺は死にたくない。

 違う。死ねないのだ。

 だから――


「私、飛び込むよ」


「ダメです。優姫さんに万が一のことがあったら皆を港に連れて行って、船に合図を出す人がいなくなる」


「合図はあれだよ。ぱしゅって撃つ信号弾だから誰にでもできるし」


「……」


 気を遣われている、と思った。

 死に怯える俺の気持ちを優姫は汲んでくれているのだ。


 俺は髪に櫛を入れる。

 血の引いた指は冷たく、震えていた。


「俺が奇襲役です」


「……いいの? 怖いよ?」


「女の人を俺より危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 色男ハンサムはそんなことをしない。

 優姫は静かにライムのジャムを指で掬い、口に含んだ。




 俺たちは配置についた。

 優姫の身長は高く、前がほとんど見えない。


 どくん、どくん、と借り物の心臓が高鳴る。


「あと――」


 距離を伝える曹長の声が遠く聞こえる。

 俺は優姫にぴったりとくっついていた。

 一つの生物として知覚されるように。

 彼女は大きく、力強かった。

 白魔人への恐怖心はほとんど感じない。

 俺は全神経を集中させる。


「――」


 もうすぐだ。

 もうすぐ。


「――!」


 射程距離。

 がいん、ががいん、と盾が針を弾く。


「!」


 今だ。

 決断し、転がるように盾から飛び出す。

 正面を見る。






 にいい、と。


 奴が笑った。






「!!」


 気づかれていた。

 奴の知覚は俺たちの想定を上回っていたのだ。


 白い蝋の肉体がぷつぷつと膨らむ。針だ。針が飛び出す。


(~~~~~!!)


 身がすくむ。

 恐怖ではなく、罪悪感で。

 死ねない。

 死にたくない。

 俺は――――




 盾を持つ優姫が地を蹴り、俺を庇う。




「ゆ――――」


 がぼがが、とドアが破られる。

 優姫の肩や腰を針が掠め、血が飛ぶ。

 プロテクターの繊維が散る。


「優姫さんっっ!!」


「痛っ……!」


 血を流しながら転がる優姫に顔を向けかける。


「陽甲!! やれ!!」


 曹長の喝。

 ずしんと腹に響く声音に俺は己の本分を思い出す。

 針が引いていくその瞬間、ビーチフラッグをキャッチするように飛ぶ。


 がっしと白魔人の腕を掴む。

 そして――燃える蝋の中から奴を引きずり出す。






「おぼっ!!」


 群青はハットごと取り込まれていた。

 ピザの上で溶けるチーズのごとき蝋に覆われていた群青は手足をばたつかせてそれを剥がし、激しくせき込む。

 大量の白いものが床を叩いた。


「おぶっ! おっふぉ!」


 両手を床についた群青はひとしきりせき込んだ後、ようやく顔を上げた。


「陽甲……」


 俺は髪に櫛を入れた。


「元気そうで何よりだ。まずは色男ハンサムを見て心を落ち着けてほしい」


 群青は笑い、脱力した。


「あたたた!」


 後方では負傷した優姫の手足に紫苑が消毒液を塗りたくっている。


「動かないでください」


「いや、だって痛いんだもん!」


「それはユーキさんの偏差値が低いからです」


「低くないし! 関係ないし! あいたたた!」


「……助かったよ、陽甲」


「俺じゃない。あの人のお陰だ」


 俺は首を振り、優姫への感謝の言葉を舌に乗せた。


「ゆ「曹長!」


 二人の自衛隊員が戻って来た。

 残念ながらあの二人組は見つけられなかったらしい。


「すみません。ご迷惑を……おふっ」


 群青が長い手足を突っ張り、どうにか身を起こした。

 すかさず曹長がその脇に肩を入れ、支える。


「何があった?」


「……若干記憶が曖昧ですが、変態っぽい女に襲われました」


「変態っぽい女」

「変態……?」

「ヘンタイ……」


 その場の全員が一斉に紫苑を見た。

 手当を受ける優姫までもが。


「……え、何ですかこの空気。イミワカンナイ」


「紫苑じゃありません」


 群青は頭痛をこらえるようにこめかみに手を置いていた。


「顔に変なマスクをした女です。それと黒っぽい服の……」


「傘を差した奴か」


「! そうだ。見たのか、陽甲……?」


 頷きながら、曹長と視線を交わす。

 何が目的なのか、正体が何なのかは分からないが、どうやら俺たちには『敵』がいるらしい。


「市民の方は?」


「動揺が広がっています。ただ、思ったほどではありませんでした」

「二人つけています。おかしな奴がいないか調べさせています」


「分かった」


「あ」


 矢庭に群青が呟く。

 彼は床の一点を見つめていた。


「それだ」


「?」


「それを鼻に近づけられた……!」


 俺たちは群青の視線の先を追った。

 そこには小さな花弁のようなものが落ちている。


「……何だこれは」


 曹長が群青の身を別の一人に任せ、証拠品を拾うようにハンカチでそれを包む。

 緑色のハンカチに乗ったそれは――


「綿毛……?」


 タンポポの綿毛に似ていた。

 色は白く、ガラス細工のように崩れている。


「でかい女に羽交い絞めにされて、黒い奴がそれをふっと吹いたんだ。その一つが俺に――」


「……待て。『吹いた』?」


 曹長の顔が強張る。


「ええ。確かあいつが持ってたのは真っ白なタンポポみたいな綿毛の、かたまり――」


 甲高い悲鳴が上がり、俺たちは駆け出した。






 巨大な三つ首ヒマワリ、無数の手が生えた自走する置時計、泣きわめく赤ん坊の首が生えた花瓶。

 甲板からうどんを垂れ流す海賊船、下半身が融合し、その場をぐるぐる回り続ける四人の人間。


 薄気味悪い白魔人の一群を片付けるのに一夜を要した。






 満身創痍の俺たちは地平線に昇る朝日を見つめながら、心を一つにしていた。

 ここはもはや安全な場所ではない。

 一刻も早く、脱出しなければならない。


 そして同時に、『奴ら』を仕留めない限り、真の意味での安息は来ない。

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