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White White Night

 

 案の定、避難民の意見は二つに割れた。


 一つは移動賛成派。

 理由はシンプルだ。水を始めとする物資の枯渇。

 このままここに残れば緩やかに死を待つだけだが、海上要塞へ移動すれば希望が見える。


 一つは移動反対派。

 こちらの理由はやや複雑だ。

 移動には賛成なのだが、その後の処遇について懸念の声が上がった。


 海上の要塞に移動するのは構わないが、そこに1000人も2000人も収容できるわけがない。

 避難民たちは遠からずよその土地に移されるのではないか。

 そうなったら結局、今の環境とあまり変わりがないか、あるいは今より不便な暮らしを強いられるのではないか、という懸念だ。


 夕食の場で語られた「大移動計画」についての論争は夜まで尾を引き、消灯の時間になってもそこかしこでひそひそ話が聞こえる始末だった。


 嫁尾曹長に聞いた話によると、大枠では『移動』の方向に話が動きつつあるらしい。

 やはりここに残り続けることで今より状況が良くなると考えている者は一人もいないのだろう。


 ただ、今の生活すべてを賭けて新たな生活を手にするというギャンブルじみた行為に抵抗を感じているのだ。

 ――――俺と同じように。






 バラエティ番組が一通り終わり、ニュースばかりが放送される時間となった。

 もちろんテレビは放映されていないが、つまりそれぐらいの時間帯だ。


 紫苑がことりとランタンを置いた。

 四方に強い光を放つ電池タイプのランタンが照らし出すのはスーパーの生鮮食品エリアだ。


 棚はスカスカだった。

 保存の利く食料は別の場所に移されており、そこから自衛隊が賞味期限順に配給している。

 当初は調味料や乾燥食品が棚に残されていたが、少しでも食べられそうなものは争いの原因となるので一部は全員に分配された。


 ナマモノは早々に処理または加工されたのでガラスケースの中は空っぽだ。

 柑橘類は少しだけ残されている。

 もちろん、俺たちが能力を発現させるためだ。


「そろそろまずい感じ?」


「だな。柑橘類は日持ちしない、って何かの本で読んだ気がする」


 一応、ジュースやジャムに加工しても『能力』が発現することは確認されている。

 缶詰でもドライフルーツでもOK。

 要は『柑橘類を一定量以上摂取すること』が蝋を操るトリガーになっているらしい。

 わざわざ果実の形で残しているのは、外の世界を探索中の水分補給を考えてのことだ。

 だがそれも今日で終わりらしい。


 俺は果皮までぶよぶよになりつつあるオレンジから鼻を離した。

 完熟を通り越して腐敗が始まりかけている。

 じきに食べられなくなるだろう。


「絞ってジュースにするか、天日干しにしてもらおう」


「私、ジュース好きだよ」


 紫苑は腰の辺りで後ろ手を組み、もそもそと俺に身を寄せた。

 耳のチェーンがちゃらりと音を立てる。


「でも陽甲はもっと好き!」


「それはどうも」


「つまり陽甲の口から注がれたジュースは二倍好・き」


「セクハラだぞ紫苑」


「知ってまーす」


 紫苑は俺に流し目を送り、スカートの裾を小さくめくる。


「今日の私、勝負仕様です」


「悪質なセクハラだ。弁護士を呼ぶぞ」


「闇の中から――――」


 にゅっと伸びた白いものが紫苑の首に回る。


「こんばんは!!!」


「うひひゅっ?!」


 ぬっと姿を見せたのは葱城だった。

 さすがに苦情が入ったのか、ジャケットの前面を留めている。

 あの原寸大白桃プリンみたいな胸は拝めなかった。


「葱キャッスルさん」


「葱キャッスルです!」


 横に向けたピースサインを片目に添え、ウインク。

 こんな時間までテンションの高い人だ。


 ――当然、俺も負けてはいられない。

 ぱちんと櫛を広げ、髪に入れる。

 左斜め上を見上げる極上のポージング。


「サンライト甲です」


「語呂悪っ!」


「離れてくれませーん? 葱キャッスル先ぱーい」


 紫苑が白けた目で葱城を見上げた。

 頭一つどころか二つは背の高い葱キャッスルは相変わらずニコニコしている。


「ユーキでいいよ。みんなそう呼ぶし」


「分かりました。偏差値低そうなユーキさん。離れてください」


「紫苑ちゃん。私の偏差値はね、高いよ?」


 むふーん、と葱城が得意げな鼻息を漏らす。


「大学って60点以上取らないと単位でないからさ、偏差値60オーバーなの。分かる?」


「分かります。よーく分かりました」


 するすると優姫ゆうきの腕を抜け出した紫苑はオイルを拭うようにして全身に触れ、その手をぺたぺた俺にひっつけている。

 バカが感染するとでも言いたいのだろう。


「……」


 無言。

 優姫はじっとこちらを見つめている。

 どうやら俺に用があるらしい。


 紫苑は陰険だが、空気は読む。

 彼女は予備のランタンにスイッチを入れ、俺にウインクした。


「じゃ、先にベッドあったかくしておくね、陽甲」


「おやすみ、紫苑」


 もちろん紫苑が俺のベッドで待っているなんてことはない。

 彼女は俺が睡眠を重要視していることを知っているからだ。


 紫色の後ろ姿が遠ざかったところで優姫が声を潜めた。


「カノジョ?」


従妹いとこです」


 日本の法律に則れば、結婚も許される間柄だ。

 だがどうしても生理的に受け付けない。

 紫苑は俺と似ても似つかないが、目鼻の造りが彼女の母、ひいては俺の母に似ているのだ。

 彼女の目を見る度に同じ血が通っていることを意識してしまい、どうしてもそういう気持ちになれない。


「どうかしましたか」


「んー、と。ちょっと歩かない?」


 生鮮食品売り場の周辺にはいくつかの家族が寝泊まりしている。

 まるで大気に残る食物の香りで少しでも心の渇きを満たそうとするかのように。


 俺は優姫と連れ立ってゲームセンターへ向かった。

 電気の消えたその場所は水底のように静かで、ランタンの灯りを受けたクレーンゲームのボックスやメダルゲームの筐体が鈍い光を跳ね返している。


「さっき群青さんと話したの」


 俺と同い年なのに群青は「さん」付けらしい。

 まあ、気持ちは分かる。


「ヨーコーは堅実だけど臆病じゃないから、今日の話を聞いた時の反応、何か変だなあって言ってた」


「……」


 群青との付き合いはまだ半年にも満たない。

 お互いの生い立ちはおろか、誕生日すら知らない間柄だ。

 それでも内心の動揺は気づかれてしまうものらしい。


「ここから移動するのは確かに危ないけど、今まで白魔人と戦ったりしてきたんですよね? 今更そんなに怯えるのも変かなーって私も思う」


 優姫は俺の顔を覗き込んだ。


「何か心配なことがあるなら、聞くよ?」


 俺は椅子の一つに腰かけた。

 きし、と小さく椅子が軋む。


「……俺、堅実なんですよ」


「あ、それ聞いた。それが『ハンサム道』なんだよね?」


 ぷふふ、と優姫は無害な笑いを漏らす。

 俺も小さく笑い、シャツの裾を胸までまくった。

 ぶるん、と素肌が露出する。もちろんセクハラではない。


「ここ三年は毎年40人から50人。俺の時は13人。……何の数だと思います?」


 優姫は俺の胸を覗き込んだ。

 が、もう傷跡は見えないだろう。


「んー……何かの病気の数?」


「心臓移植手術を受けた日本人の数です」


「!」


「俺の心臓、俺のじゃないんですよ」


 よくメディアなどでクローズアップされるので誤解されやすいが、日本国内でも心臓移植の施術は可能だ。

 ただ、ドナーの数があまりにも少ない。

 未成年者の場合、特に。


 移植が必要だと診断され、人工心臓を装着してから二年、三年待たされるのは当たり前。

 当然、症状によってはドナーが見つかるより先に命を落とす。

 だからしばしばメディアで取り沙汰されるように、高額の医療費や渡航費を募金で賄い、海外で手術を受けようとする人々がいる。


 俺は――――とてつもなく幸運だった。

 莫大な医療費を必要とせず、長期にわたる苦痛も闘病生活も経ず、新たな心臓を手にした。


 この世のどこかで誰かが死に、その生を俺が受け継いだ。



「死ねないんです、俺」



 それをはっきりと自覚したのは、旅先で火事に遭った時だった。

 『蝋を炎に変える』能力が発現するきっかけとなった事件。


 燃え盛る家屋。

 ばきばき、めきめきと悲鳴を上げる柱。

 次々に落ちては割れる瓦とガラス。

 真っ赤に染まった世界の中で、俺はただただ震えていた。


 自分が死ぬ。

 自分の存在が失われる。

 それを恐れない生物はいない。

 俺も怖かった。

 死ぬほど怖かった。

 だがそれ以上に、貰い物の命を失うことへの罪悪感が強かった。


 俺が心臓を移植された以上、元の持ち主は死んでいる。

 それがどんな人間で、どんな風に命を落としたのかは分からないが、それでも、心臓提供の意思を示した善意の誰かであることに変わりはない。

 俺が死ねば、その人も死ぬ。

 その人が遺してくれた人生が、燃えカスとなってしまう。


 ――嫌だった。

 絶対に、死んでなるものかと思った。

 その時からだ。俺が堅実であることを志し、色男ハンサムであろうと決意したのは。


 貰い物の命、決して失うわけにはいかない。

 俺が俺の命を守る行為は、顔も名前も知らないその人の命を守る行為でもあった。

 授かりものの人生を暗く淀ませるわけにもいかない。

 さる病気の投薬治療でこんな体型になった時はすぐさまジムに通うことを決意した。


 俺は一つの心臓に二人分の人生を背負っている。


 だから、リスクは冒せない。

 冒したくない。


「ここを出て移動するってことは、白魔人の群れに襲われる可能性があるってことです」


「……そうだね」


「俺たちだけならまだいい。でも、ここにいる100人と、よその避難所の1000人以上の人たちを守りながら走ったり、囮になったり、戦うことになる」


 戦わない、という選択肢はない。


「今度こそ死ぬかも知れない」


「……」


「どうしても……抵抗があるんです」


 ここに居続ければ待っているのは飢え死にだ。

 だが、ぞろぞろ大人数で移動することに比べればいくらか安全だ。

 もしかするとアメリカあたりから救援が来るかも知れない。

 じっとしていた方が安全なのではないか。

 ――そんな考えが俺の思考と行動を鈍らせる。


「でも――」


「分かってます。俺たちは移動しなきゃいけない」


 正しい道は見えている。

 ただ、俺の心が追いついていない。


 助かりたいが、危険は冒したくない。

 この心臓が鳴る度に俺はそんな考えに囚われる。


 優姫は掛ける言葉を探していたが、結局見つけられないようだった。

 かしゃん、とどこかの筐体で安物の景品が音を立てた。










 俺は基本的に目と耳を完全に塞がないと眠れない。


 両目はアイマスクで塞ぎ、耳には飛行機用の耳栓を入れる。

 これだけ聞くと寝坊しそうだと言われるが、そんなことは全くない。


 アイマスクは乾燥した香草を詰めた特製品だ。レンジが使えた頃は一分ほどチンすることで眼精疲労の解消にも役立った。

 耳栓は海外の航空会社が開発した逸品で、一見するとぶにぶにしたラバー状だ。

 これを手でぎゅっと潰し、耳穴にすぽっと入れる。すると耳穴の中でぎゅうんと栓が元の大きさに戻り、完全に穴が塞がれる。

 この状態で迎える睡眠は死のように深い。

 六時間ほどの睡眠でも驚くほど疲れが取れるし、八時間眠れば絶好調も絶好調だ。


 この習慣はショッピングモールに避難してからも変わっていない。

 ――だから、揺さぶり起こされるまで気づけなかった。


「――! ――甲!」


 はっと目を覚まし、アイマスクを毟り取る。

 耳栓を引っこ抜くと、小さな懐中電灯を掲げた紫苑の姿。

 俺も彼女も私服で眠るので姿は昼間とほぼ変わらない。


「!」


 彼女の表情を見るまでもなく、俺は異変に気付いた。

 ピロピロピロピロ、という不快なアラーム音が鳴り響いている。


「何だ? 誰かのケータイか?」


「違う。さっきからずっと鳴りっぱなしなの」


「どこかのテナントのセキュリティが生きてるってことか?」


「かなぁ。でもそういのって電源独立してるっけ?」


「さぁ」




 と、悲鳴が闇を切り裂いた。




「!」

「!!」


 俺と紫苑は飛び上がり、ショッピングモール内に目を凝らす。

 ぽう、ぽう、とあちこちで灯りが点いた。


 いや、擬音が少し違うか。

 ぱっ、ぱっと弾けるような人工の光が咲いた。

 イカ釣り漁船を思わせる不気味な明るさ。


 悲鳴は俺の寝床である三階のマッサージショップからかなり離れた場所で発せられたようだった。


「――!」

「――――――!!!」

「~~~~!! ~~~~~!!」


 悲鳴が女子供、それどころか男にまで伝染し、波のようにこちらへ伝わる。

 俺と紫苑はすぐさまショップを飛び出し、エスカレーターを駆け下りた。

 どたどたと駆け上がる数組の家族とすれ違い、二階へ。


「曹長! 曹長!!」


 逃げ惑う避難民の声に俺の声はかき消された。

 避難民はエスカレーターと非常階段のあるこちらへ向かって殺到している。

 めちゃくちゃな方向を向く懐中電灯が時折俺と紫苑の目を焼いた。


「陽甲! 一階の方が人少ない!」


 紫苑がエスカレーターを転がるように駆け下りた。

 俺もそれに続く。


 一階。

 確かに人が少ない。出入り口付近だからだ。

 蝋ほどではないが、ショッピングモールの床もつるつるですべすべだ。

 爪先を叩き、ローラーを出す。


 先行する紫苑を追い、滑走する。

 幾条もの懐中電灯の光が闇を切り裂いていた。


 老婆に手を貸す老人とすれ違う。

 赤ん坊二人を抱えた小太りの女性とすれ違う。

 少年を逆さに抱えた大柄な男性とすれ違う。

 二足歩行をする背の高い犬と、傘を差した少女とすれ違う。




 ―――




「?!」


 びくっと急停止した俺は振り返った。

 そして手に持つ懐中電灯を向ける。


「……」


 背の高い犬が俺を振り返る。

 もちろん犬ではない。人間だ。


 身長は優姫と同じ180センチほどだが、肩幅のがっしりした女性だった。

 全身はOLらしいぴっちりした濃紺のパンツスーツに包まれている。顔立ちはまだ二十そこそこのようだった。

 ただ、明らかに不自然な点があった。


 すぐに人を噛む犬や吠える犬の躾けに使う道具に、「マズルガード」というものがある。

 革や布を使ったベルト状、あるいはマスク状のものも少なくないが、犬種によっては金属製の丈夫な品が使用されることもある。

 それはちょうど、細長い鳥かごのような形をしている。


 パンツスーツの女はまさにその鳥かご状のマズルガードで口を覆っていた。

 彼女の頬と鼻、唇は金属の網の向こうに隠されている。


「……!」


 声が出なかった。

 一体なぜそんな恰好をしているのか、さっぱり意味が分からなかったからだ。


 二十代半ばと思しき女は俺をじっと見つめていた。

 腰まで届く黒髪の先端部分には灰色のリボンが巻かれており、中ほどがやや膨らんでいる。 バルーンアートのようだった。


「どうしたの、キサキ


 傘を持つ少女が振り返った。

 紫苑と同じ程度に小柄で、少々野暮ったい黒縁の眼鏡をかけた少女だ。

 長い黒髪、黒いセーラー服、黒タイツ。

 肌はミルク色で、唇が血のように赤い。

 どこか茫洋とした印象のある少女だった。


「……」


 きさきと呼ばれた女は無言だった。

 文字通り犬のようにじっと俺を見つめている。


(誰だ、こいつら……)


 ここに避難している100名ほどの人間の顔を俺はある程度把握している。

 もちろん顔と名前が完全に一致するかと言われたらそこまでではないが、ぱっと見ただけで脳みそのメモリーが反応する。


 だがこの二人は今初めて見る顔だ。


「……どうかしました?」


 しゃらん、と少女の持つ黒い傘が揺れる。

 多角形を構成する骨の先端、露先つゆさきと呼ばれる部分に月を模したアクセサリーがぶら下がっていた。

 数は30。新月から満月まで、月齢に合わせて姿を変えている。


「ぁ――」


 あんた達、誰だ。

 その言葉が喉から飛び出すより先に、紫苑の声が響いた。


「陽甲ッッ!! 急いでッッ!! もうみんな集まってるっっ!!」


「……!!」


 俺は二人に何かを問うことを諦め、踵を返した。

 マズルガードの女は黙ったままだったが、少女の方がくすりと笑った気がした。






 たどり着いたのは楽器店だった。


「陽甲!」


 銃を構えた曹長たちは既に『そいつ』を取り囲んでいた。

 そいつとはすなわち、白魔人ホイップマン


「!!」


 これまで俺が目撃した白魔人はその多くが巨大だった。

 だが目の前にいるそいつは人間と大して背丈が変わらない。

 それどころか、シルエットが人間そっくりだった。


 本物の人間と違うのは、全身がハリネズミのように棘だらけであること。


 人型白魔人の手足や胴体からはツララのように長い針が飛び出しており、歩く度にがりがりとこすれ合う音がした。

 いや、よく見るとそれは生えているのではない。――突き刺さっている。

 四方八方から長い槍で串刺しにされたかのような姿だ。


 口と思しき部位からはゴボゴボと白い蝋が溢れだしていた。

 湧き水のようにとめどなく流れ落ちる蝋はそいつの足元にぼとぼととこぼれ、白い蝋溜まりを作っている。


 よろり、よろりと歩く白魔人の顔面は不定形だったが、ぽっかりと口だけが開いていた。



 キョエエエエエ、と。

 怪鳥けちょうのごとき甲高い咆哮が響き渡る。



「どこから入り込んだんだ、こいつ……!」


 自衛隊員は既に銃を構えている。

 いつでも発砲できる体勢だ。


「陽甲! どうする?! 殺してもらう?!」


「待て。こいつも中に人間が……」


 すっ、と。

 白魔人が背を丸めた。


 ぞわりと背が粟立つ。


 次の瞬間、俺は紫苑を掴んで後方へ跳んでいた。

 自衛隊員は――当然、俺より数秒早く、数十センチも離れた場所へ後躍している。


 白魔人の全身を貫く針が倍ほどの長さに伸び、先ほどまで俺たちが居た場所を貫いていた。


「威勢のいい奴だな」


 曹長の顔に焦りは無い。

 あるのかも知れないが、うまく隠している。

 そのお陰で俺も冷静になれた。


「どうする。今までと勝手が違うようだが、中の人間を助けるか?」


 勝手が違う。

 その通りだ。

 このショッピングモールの中には『蝋』が無い。

 つまり、俺たちの『能力』は使えない。


「……」


 普段なら紫苑が最も安全、というか冷酷な考えを口にする。

 俺は堅実な案を提示する。

 それを元にあいつが――――


(……?)


 ふと、気づく。

 あいつがいないことに。


「――――ぁ」


 白魔人の後方では今もなお防犯ブザーがピロピロと鳴り続いていた。

 それは昼間、俺が群青に渡したものだった。


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