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 古沢学は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の魔王を除かなければならぬと決意した。


 「旦那さんー」


 空は今日も青い。清々しい天気だ。


 「眼鏡が無いのだー」


 あ、今日は城下の肉屋の特売日か……


 「メーガーネーはーどーこーなーのーだー?」


 髪色変えたいなぁ……


 「旦那さんー!!」


 うるさい……




*****


 働からざるもの食うべからず、という言葉がある。タダ飯食うなということだ。


 俺がこっちに来てから一ヶ月。一応、魔王の旦那ということで魔王城で暮らしているが、暮らしているだけである。つまり無職なのだ。


 魔王の旦那なんだから、何か貴族的なアレがアレでアレなんじゃないの?という意見もあるだろう。


 それに関しては知らん、としか言い様が無い。たまに公爵様なんて呼ばれるが、自分が公爵なのか、そもそも貴族がこの世界に存在するのか分からない。知らないことだらけなのだ。


 しかし流石に何もしないでゴロゴロしてるというのは申し訳ない。働からざるもの食うべからずだ。


 どうした物かと小一時間ゴロゴロした時に思い付いた。嫁さんの仕事手伝えばいいじゃん、と。


 政治とか専門的なことは分からないが、コーヒーをいれたりちょっとしたことなら俺にも出来る筈だ。


 え?それメイドとか爺やと仕事被ってるって?


 ……


おい、それ言ったお前。そうだよ、お前だよ。こっち見てるお前だよ。お前次元の壁とか第4の壁ぶち壊してお仕置きに行くからな?細けぇことを気にしてるとな、お前の将来……(以下略)


*****


 という数時間前の俺をどうにかして思い止まらせたい。そりゃあもう、時間の壁とかぶち壊してお仕置きに行きたいぐらいに。


 俺は今嫁さんの部屋、魔王の執務室にいる。


 皆さんは執務室と言えばどんなイメージを持つだろうか?高そうなデスク、現代ならPCや書類が置かれている。手元を照らすライトや、何処の誰が描いたか知らないがやたらめったら高い絵。応接用のソファとテーブルや、その他気の効いたインテリアが配置された部屋を想像するだろう。部屋のディテールはともかく、仕事の為の実用的な空間。それが執務室であると思う。



 と、思っていた時期が俺にもありました。


 嫁さんの部屋に入る前、メイドさんとこんな会話があった。


 「旦那様、何か御用でしょうか?」


 「あぁ……魔王サマの部屋って何処にあるの?」


 「え……?」


 「え?」


 「あ……魔王様の執務室ですね……この廊下を真っ直ぐ行って突き当たりを右に、そのまま進んで螺旋階段を登って……」


 「はいはい」


 「……廊下を真っ直ぐ、突き当たりを左に……」


 「うんうん」


 「そのまま進んで螺旋階段を下りて……」


 「え?」


 「それでアレがこうして……」


 「おう……」


 「……それで、どんぶらこ、どんぶらこ、桃太郎は何処に?桃太郎は鬼ヶ島に行き、鬼退治をしました……とでも思ってたか?貴様のようなウジ虫は知らないだろう……桃太郎は鬼だったのだよ……!!ナ、ナンダッテー!?(ソプラノ)……(以下略)で真っ直ぐ行くと到着です」


 「つまり、俺らの横のドアの向こうが魔王サマの部屋なんだな?」


 「はい」


 「てめえこのやろう」


 「それよりも、本当に魔王様の執務室に?」


 「ん?あぁ、いつまでも穀潰しって訳にもいかないからな。何か手伝えることはねぇかなって」


 「そうですか……」


 「どうした?何かあるのか?やっぱ、政治とか分からないと邪魔になっちまうか?」


 「いえ……行政関係は基本的に政務院の方々が担当されてまして、魔王様は政務院からの書類にハンコするだけですから……勿論、ご自身で政策を立案されることもありますが……」


 「餅は餅屋って訳か」


 「そうですね……それと旦那様……」


 「ん?」


 「御武運を……(ガッツポーズ)」


 「へ……?」


 その時の俺は御武運の意味が分からなかった。何故嫁さんの部屋に行くだけで武運を祈られなければならないのか?アレなのか?執務室はエイ〇アンVSプレ〇ター並みにサバイバルでデンジャラスな場所なのか?


 まぁ、んな訳無いよね☆


 そういう軽い気持ちでドアを開けてしまったのが、俺の甘さだった。危機察知能力の無さ。飼い慣らされた犬の如く、本能が欠如していた。


 「わー!!旦那さん!!どうしたんだ?まっ……まさか……わたしに会いに来たとか……?」


 どちゃぁ


 「ダメだぞ!?今はお仕事中なんだからなっ!!」


 ぐしゃぁ


 「でも……ちょっとだけなら……休憩がてらお茶でも……」


 どんがらがっしゃぁ


 「……?旦那さん?どうしたのだ?」


 閉めきったカーテン、散らばった書類、本の山、脱ぎっぱなしのシャツ、飲みかけのコーヒーと食べかけのケーキ、色んな物の雪崩に飲み込まれた応接用のソファとテーブル、枯れて毒々しい瘴気を放っている観葉植物。そして、「旦那命」とプリントされたTシャツを着た嫁さん。うん。嬉しい。嬉しいんだけどね……。


 なんと嫁さんの部屋は汚部屋だったのだ!!ドーン!!


 とか言ってる場合じゃねぇ。酷すぎる。御武運の意味をここでやっと理解した。頭が鈍く痛みだし目眩を覚えるのは、あの観葉植物から出てる瘴気のせいだろう。そもそも、観葉植物は枯れたからといって瘴気なんか出さない。アレは何だ?


 とか考えてる内に脳は現実逃避を始め、空が青いだの肉屋の特売日だの髪色変えたいだの、どうでもいいことが頭に浮かんでくる。これも瘴気のせいかもしれない。


 「旦那さんってばー」


 限界だった。


 「魔王サマ……」


 「何だ?」


 「……じだ」


 「え?」


 「掃除だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 「旦那さん!?」


 「出合ええええええ!!出合ええええええ!!」


 「どうなされましたか!?魔王様!旦那様!」


 俺が叫ぶと執務室という名の魔境に使用人や衛兵たちが雪崩れ込んで来た。


 「お前ら……掃除は好きか?」


 「まさか……公爵様……まさか……ッ!?」


 「俺は今からこの部屋(魔境)掃除(攻略)する。皆、俺についてこい!!」


 「ついにこの部屋(魔境)を落とす時が来たのか……」


 「武者震いしてきたぜ……」


 「俺、この掃除(戦い)が終わったら結婚するんだ……」


 「無理だ!!」


 その一声で場が静まり返った。


 「たったこれだけの人手(兵力)でどうにかなる程執務室(魔境)は甘くない!!俺たちには無理なんだ……」


 「どうしたんだ?まさか……お前はこの部屋に……」


 その使用人は涙を流しながら、口を開いた。


 「9年前……1人の伝説的な使用人がこの部屋に挑みました。その男の名は……BIG CLEANER」


 その名が出た瞬間、場がざわつき始めた。「ボス……」と呟き、目を袖で拭う者が後を立たない。


 「俺はボスのバックアップについてました……でもあの日……ボスは瘴気に飲まれて意識を失って……昏睡状態のまま今も……」


 「BIG CLEANERは1人で挑んだんだろう?」


 「はい……」


 「でも今回は1人じゃない。皆がいる。俺たちは1人じゃない」


 「そうだ……その通りだ」


 一際通る低音ボイスが響いた。


 「まっ……まさか……」


 「ボス!!」


 「待たせたな……」


 「あなたがBIG CLEANER……」


 「ス〇ークでいい……」


 「いや、それはダメだから」


 「皆……公爵の言った通りだ。俺たちは1人じゃない。戦友たちと共にある。俺たちならやれる。俺たちなら9年前、奪われた物を取り戻せる」


 「ボス……」


 「公爵……バックアップは頼む」


 「いや俺も行くから」


 「……勝手にしろ……行くぞお、お前らぁ!!」


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 *****


 この日、魔王城に働く者の40パーセントが参加した大掃除は7時間の激戦の後、公爵率いる「嫁さんの汚部屋掃除し隊」の勝利で幕を閉じた。


 BIG CLEANERは大掃除の終了と同時に再び昏睡状態へ戻った。


魔王「部屋が広いな!旦那さん!!」


古沢「ソーデスネー」

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