転んだら……
よろしくお願いします!!
人生にイレギュラーな事態という物は付き物だろう。
突然雷に打たれて死んでしまうこともあるだろうし、信号無視したトラックにはねられて死んでしまうことも大いにありえる。
そんなに物騒な事でなくても、牛乳を買い忘れてしまった、突然仕事がキャンセルになってしまった等、日常生活の中でも多々起こりうる。
読者諸君にも規模の大小を問わず、そのような事態に遭遇した経験がある筈だ。
この世界に絶対は無く、生涯平穏に暮らせる確証も無い。
それは俺、古沢学も同じこと。
「魔王さまー!!ご結婚おめでとうございます!!」
「魔王さまー!!」
「学さまー!!」
眼下では民衆が歓声を挙げていて、隣には幸せそうに手を振る銀髪の少女。
俺は思った。
「どうしてこうなった?」
話は2時間前に遡る。
*****
犬も歩けば棒に当たるという、ことわざがある。猿も木から落ちる。猫も目を回すし、鳥もバードストライク。
うん。後半は違うね。適当に作った。何だ?鳥もバードストライクって?まるっきり日本語に弱いアホの子じゃないか。
まぁそれは置いといて、そんなことわざがあるんだ。人間だって石に躓いて転ぶ。
では、転んだ後は?手で受け身を取った後、起き上がるだろう。起き上がれば転んだ場所、転ぶ前にいた場所にいる筈だ。少なくとも俺は今までそうだった。
くどいようだが、転んだ後は転んだ場所にいる。何が言いたいか分からない?安心しろ、俺だって分からない。
俺はコンビニでレッド〇ルを買って、家に帰る途中で石に躓いて転んだ。何とか手をついて派手に転ぶことを避けることが出来た。
しかし、俺は違和感を感じた。俺はアスファルトの上を歩いていた筈だ。何故俺は石畳の上に手をついているのだろう?
さては俺の知らぬ間に工事でもしたな?行政も要らぬことをするもんだ。HAHAHA☆全く、善良な一般市民を驚かすんじゃないよ。さっさと家に帰ろう。
しかし、俺は本日二度目の違和感を感じた。
はて、何故俺はRPGの魔王の間みたいな所にいるのだろうか?何あの怪しいステンドグラス?何あのおっかない顔面した人?てかアレ顔面?
俺は大きな広間で鎧を着た人?達に囲まれていた。目の前には階段と玉座。
その玉座に座っている人を見たとき、思わず声が漏れてしまった。
銀の髪に真っ赤な瞳。ゴスロリ風の黒を基調にしたドレスを着た絶世の美少女がそこにいた。
少女はゆっくりと玉座から立ち上がり、階段を降りてくる。やがて俺の前に来ると、しゃがんで俺の顔を覗き込んだ。
「あの……何か?」
少女は立ち上がり、肩を震わせてこう叫んだ。
「お婿さんキタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!」
「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHH!!」」」」
何だこのノリは?キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!って何だ?てかこの人、お婿さんって言ったか?お婿さんって何だ?いや、お婿さんていう単語の意味は分かる。分かるけど、分からない。何を言ってるんだ俺は。
呆気に取られていると、俺の周りを囲んでいた厳つい人?たちが騒ぎ始めた。
「左の耳たぶに黒い輪と石……予言通りの印だあああああああああああ!!」
「ただのピアスです」
「金色の髪……予言通りの髪色だあああああああああああ!!」
「それは昨日染めたからね」
「謎の金属の筒……予言通りの神器だあああああああああああ!!」
「いや、神器なんかじゃないから。レッド〇ルだからコレ。翼は授けてくれるけど、神器じゃないから。てかあなた達何なんですか?ここは何処なんですか?お婿さんってどういうことですか?」
全く意味が分からない。転んだ拍子に頭でも打ってしまったのか、俺を取り囲んでる奴らにまともな人間の顔面は無い。なんか耳が尖ってたり、セフィ〇スみたいな翼生やした中二病チックな奴とか。
俺の疑問に答えたのは俺の顔を覗きこんだ少女で、その言葉を聞いた俺はとうとう頭が真っ白になった。
「ここは魔界で、私は魔王だ。それで………おぬしは……私の……私の……お婿さんなのだ……」
あぁ、魔界かぁ〜。魔界ならこの厳つい人?たちにも納得がいくね。それで、目の前の赤面してる子が魔王サマかぁ〜。まるでラノベの世界だなぁ………って
「んなワケあるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
叫んでしまった。あらんかぎりの声を振り絞った人生最大のノリツッコミ。
「魔王!?こんな可愛いワケあるかああああああああああああああああああああああああああ!!」
「かっ!?かわいい!?そんな………かわいい……!?」
「おぉ……さすが婿様……俺たちに出来ないことをやってのける……」
「そこに痺れる、憧れるゥ!!」
「ディ〇じゃねぇか!!それに魔界!?婿!?ワケわかんねえよ!圧倒的説明不足!5W1H!!」
「分かりました!!分かりましたから!説明しますから、落ち着いて下さい婿様!!」
「誰が婿様だあああああああああああああああああああああああああああ!!HA☆NA☆SE!!」
自称魔王は赤面して顔から湯気を出して倒れ込み、俺は七人がかりで押さえつけられて、もう滅茶苦茶だった。
*****
「説明を要求する」
「分かりました、婿様」
「婿様じゃねぇから。古沢学だから」
「では古沢学a.k.a婿様……」
「なんでラッパーみたいになったんだよ。別名義で活動とかしねぇから」
俺は自称魔王の自称爺やと、謎のコントを繰り広げていた。
自称爺やの説明によると、ここは魔界の魔王城で、あの少女は正真正銘魔王サマらしい。
古い習わしで魔王は代々女性が勤めるらしく、魔王の旦那も古い習わしで異世界から連れて来られるという。
「ちなみに帰る方法はありません」
「たすけてドラえ〇〜ん」
「しょうがないなぁ、学くんa.k.a婿様はぁ」
「ねぇ、何で爺やそんなにノリ良いの?てか何でドラえ〇ん知ってるの?それとラッパーみたいな呼び方やめろ」
どうやら夢でも幻覚でも無いらしい。ラノベにありがちな異世界転移なるものを体験してしまったらしい。元の世界に帰ることも出来ず、暴れても意味は無し。自ずと此方に残るしか選択肢は残ってなかった。
「あのさ、魔王サマ」
「ひゃっ……ひゃい!?」
そんなにパニックにならなくてもと思う反応をしたガチ魔王サマ。
「魔王サマに一つ聞きたいんだけどさ、俺なんかでいいの?」
「え……?」
「いや……だって習わしで勝手に選ばれた奴と結婚するのって嫌じゃないのか?俺が魔王サマだったら嫌だね。恋愛して自分が好きになった奴と結婚したいと思う」
「それは……」
「だから俺が嫌なら嫌で良いんだ。魔王サマが好きな奴と結婚した方がいい」
勝手に何処の誰の意思かも分からない物に選ばれた相手と結婚なんて誰だってまっぴらだろう。これで魔王サマが嫌なら嫌で、俺は殺されるなりなんなりされるのかもしれないな。まぁ、元の世界には帰れないんだ。死んだも同然。どんな答えが返ってきても……
「わたしは、おぬしが好きだ!!」
「…………へ?」
「一目惚れだ!一目惚れしたんだ!!おぬしが私の前に現れた時、感じたんだ。この人だって。それに今も私のことを気遣ってくれてる。私は優しいおぬしが好きになった!!おぬしこそ、嫌では無いのか?」
「え?」
「おぬしこそ勝手に連れて来られて、私と結婚させられることになって……元の世界にも帰れなくて……」
「あぁ……構わねえよ。もう帰れないなら骨を埋めれば良いだけの話だ。それに……」
「それに……?」
「俺も一目惚れだ……」
*****
これが2時間前の話。
どうしてこうなった。本当にどうしてこうなった。
だけど隣で笑う一目惚れした少女を見てたら、こうなって良かったと思えた。
「幸せにしてやんねえとな……」
「おめでとうございます………魔王様、学様a.k.a婿様……」
「何それ気に入ったの?」
こうして俺の魔王の旦那としての生活が始まった。




