死神のお仕事
死神の仕事の話です。
「よっと、これで回収完了」
人の気配がしない家。俺はとあるモノを回収しにこの家の中に入った。結果は回収成功。先に取られずに済んだ。俺の仕事柄、回収したモノは新鮮さが大事だ。だから出てきた瞬間を回収しないと後々、大変なことになるからその前に回収できてよかった。
「おっと、仏さん。あんまり暴れないでくれよっと」
仏さん。つまり死人。死人が暴れるはずはない。もし暴れ始めたらそれはパニックホラーに出てくるゾンビくらいだろう。俺が仏さんと呼んでいるのは、死人から出てきた新鮮なモノ、魂ってわけだ。魂を回収する仕事柄。つまり俺は死神ということになる。
俺が今、手に持っている瓶。この中には先程回収した魂が入っている。魂が瓶の外に出ようとコンコンと瓶を叩いている。シュールだが可愛い。体の方は可愛くはない。
魂入りの瓶を鞄にしまい、家を出る。俺は死神、幽霊みたいに壁を透過できる存在なので出入り口から出ず、壁から外に出る。残った家には亡くなった仏さんの体だけ残るわけだ。南無。
家を出て次の予定場所を確認する。次は……ここから三十分ほど歩くいた所にある○○番地△丁目にあるアパートの鈴木正宗って人だな。予定時間は一時間後だからゆっくりいくか。
道を歩いていくとこの前はデパートだった場所がマンションに変わっていた。バブルと呼ばれていた時代からあったが遂に潰れちまったのか。まぁ、成金趣向の品が多かったから仕方ないのかね。赤字続きだったらしいし。
そういえばこの前、数十人総出での魂捕獲命令が出たのそういえばここだったような? まぁ、いっか。あまり関係ないし。
デパートが立っていた場所から目を離すとまた歩き始めた。
辺りを見渡しながら歩いていると所々、記憶と違う建物が目に入る。八百屋だった建物が一軒家に、一軒家が駐車場に、駐車場がペットショップに見ない間にかなり変わっている。己は死神を続けて他は老いて逝き、全てが変わっていく。
文化遺産等は形として残っていたりするが中身が近代化の影響で監視カメラが追加されたり部屋が改装されたりと俺が知っているのと大分違ってきているのもある。時代に取り残されるを寂しいと思う俺は死神として異常なのかもしれないが同僚には相談したことはない、そんなに親しい中ではないからだ。
考え事をしながら歩いていたら気付けば目的地に着いていた。
「失礼する」
アパート内に入り目的の番号の家に入る。扉をすり抜けて。
中に入るとまず目についたのゴミの山だ。空のペットボトル、弁当の空、段ボール、生ゴミ。全てが一つの山として存在していた。汚い。
人は自分の家を持つとこんなにも汚してしまうのだろうか。前の仏さんの家もここほどではないが汚れていたし、俺がこの仕事を初めて仏さんの家を数えきれないぐらい訪れたが綺麗な家は少なかった。俺も一応人として分類されると思うがもし俺が自分の家を持つと俺も自身の家を汚してしまうのだろうか。もし俺が人なら汚してしまうかもしれないな。
「さて、仏候補さんはっと……お、いた」
仏候補、つまりこの家の主、鈴木さんだ。その人はパソコンに向かってマウスやキーボードをとても速く操作していた。後ろから覗いてみるとどうやらオンラインゲームをやっているようだ。今、彼は大きな龍と戦っている。勿論、アバターと呼ばれる仮想の自分でだが。相手のHPは残り十分の一程度。鈴木チームの残りアイテムはほとんどないようだ。がんばれ。
鈴木さんの資料を確認してみるとあと、二十分で心不全で死んでしまうようだ。原因はオンラインゲームの長時間プレイ。なんとこの龍、ボスに一日もの時間を使い、挑戦しているようだ。二十分なので倒せるか倒せないはギリギリといったところか。
彼がカチャカチャ操作を続けて早、十九分。遂に彼は成し遂げた。画面に≪Congratulations≫の文字がファンファーレと共に浮かび上がった。彼はとても嬉しかったようで腕を天高く振り上げ、心からの雄叫びをあげて喜びを表現する。
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彼は突然苦しみ始めた。原因は知っての通り、オンラインゲームの長時間プレイ。それによる心不全。他の悪かった所を挙げるなら不衛生な環境、糖質の多い飲料水、弁当や菓子類等の偏った栄養だろう。
彼の動きは止まり魂が体から抜け始めた。何故、抜け出るのかはよくは知らないがなんでも新しい体を求めて出てくる。と、同僚が喋っていたのを思い出す。
俺は鞄から瓶を出し、蓋を開け魂が完全に抜けきるのを待つ。
あと少し。
もう少し我慢。
よし、今だ!
完全に抜けきった魂を瓶の中に一瞬で入れると蓋をして閉じ込める。これで魂の捕獲は完了だ。魂の色は前の人と違って灰色に濁っている。多分地獄逝きになるだろう。他人に迷惑をかけたり社会に貢献していないとどんどん魂の色が濁ってこんな色になる。悲しいことだ。
まぁ、昔に回収した大量殺人犯の魂はこの魂と比べられないくらいどす黒く濁っていて悪霊になりかていたからまだ、この仏さんはマシな方だ。地獄で洗濯されるだけだからな。殺人犯の魂は提出した瞬間、塵も残らないくらいに消されたから本当にマシな方だ。
ふぅ、今日の回収はこれで終了。後は、会社に帰って魂を渡し、夜勤組に引き継いで終わりだ。まぁ、この時間帯はあいつらが増えて危険な時間だからここは気を引き締める。あいつらに襲われるのは面倒だし命に係わるのでなるべく会いたくない。
そう、あいつら。あいつらというからには複数だというのは想像がつくだろう。
あいつらは夕方から活動を始め朝方になるとどこかに隠れる厄介な存在だ。何せそいつらは悪霊と呼ばれていて、人に危害を加えて魂を引きずり出し食おうとする。勿論、大量の餌、魂を持っている俺もあいつらにとっては極上の餌である。
俺、死神は魂以上の極上の存在であるため、極上のメインディッシュが前菜を携えて歩いているようなものだ。もし死神が食べられたら悪霊は有り得ないくらい力を増し、死神は全総力をもって退治しなければならなくなるだろう。なお、何故そうなるのか断言するのは昔、そういったことが起こったからである。
その時起きた事件によって死神が激減して魂の回収が滞り悪霊が大量発生したり強くなったりでかなり大変だったと聞く。俺が死神になる前で良かったと思う。
さて、とっととこの部屋から出よう。おっと、そういえば忘れていたがこの仏さんにはアフターフォローが必要だな。資料によるとこの人は友人付き合いもないし、親しい人もゲームの中にしかいないので発見が遅れて見るも無残な死体になってしまうだろう。夏だからな。冬ならほったらかしだ。
まずはっと。オンラインゲームのチャットを確認。ふむ、返事がないので心配しているようだ。この友人関係が現実のものであったのなら楽なんだがな。
えーと、平仮名で『たsけてくrしきゅうきぃしゃ』っと。後は住所を歯抜けの平仮名で書いて完了。誰かが怪しんで通報するだろう。しない場合もあるが……南無。
よし、これで本当に終わりだ。後は帰るだけ。俺は壁を突き抜け部屋を後にした。
画面の中にぽつんと佇むアバターが少し悲しい気がした。
*
俺の歩いている道は夕日で照らされている。あいつらが活動を始める時間だ。今のところあいつらの姿は見えないが魂の臭いを嗅ぎつけて出てくるだろう。
俺は出くわさないために音を潜めながら走る。子連れの親子や帰宅中のサラリーマン風の男が何かに期待を込めた表情で歩いている。やはり帰る場所があるのは心地よいのかもしれないな。俺が帰るのは会社だし、寝る場所があるのは会社に与えられた寮の一室なのでわからないが。
死神の会社に繋がる道は一番近くのだと家と家の路地裏にある空地だ。他にも土管の中や犬小屋、下水道と多種多様に存在する。俺は狭い場所や臭いのは苦手なので主にここの空地を使う。
空地に入ると道を開く準備をする。コンクリートブロックを触ったり、生えている猫じゃらし引っこ抜きぺしぺし地面を叩いたりする。遊んでいるわけではない。こういう誰もがしないことを開く方法にしているのだ。
後少しで開く。そう思った瞬間、俺は咄嗟に屈んだ。
俺の頭上を通り過ぎる黒い腕。俺はその腕の持ち主から飛び退る。人に近い、黒き異形の姿。奴こそ俺があいつらと呼んでいた悪霊である。
人の形をしているが肌は黒く瞳だけが赤く光り輝き、その体からは瘴気と呼ばれる黒い霧の様な物が溢れ出て一目で人ではないとわかる。
この悪霊には角が生えていて筋骨隆々。死神界では鬼型と呼ばれるパワータイプの悪霊だ。他にも子供型、蜘蛛型、蛇型、蛙型と沢山の種類がある。
さて、この鬼型の特徴はまず技術もへったくれもない力で解決したがる。要するに脳筋だ。他には人に憑りつくとその人は短期で暴力的になる、ぐらいだろうか。一番多い型で対処もしやすい。
奴、鬼が右腕を振り上げ俺に殴り掛かってくる。右腕、左腕、薙ぎ払い、右蹴り、又右。動きが遅いので難なく避けられる。
避けるのを繰り返していくと鬼が少しずつ疲れていき遅かった動きがさらに遅くなる。そしてついに鬼は疲れ果て大地に膝をついた。
「死神の鎌」
俺の手元に大きな鎌が現れる。
鎌。人の間でもかなり有名だと思う。死神が持っている物、つまり鎌と連想する人はかなり多いはずだ。他には巨大な鋏や鍬、剣や弓、かなり珍しいのだとスリングショットもある。全て対悪霊武器なのだから不思議だ。
さて、俺が持っている鎌も対悪霊武器だ。悪霊を切り付ければ大けが間違いなし。なら最初から切り付ければよかったんじゃ? と思う人もいるかもしれない。だがそれはとても難しい話だ。何せこの鎌、元々は農業の道具である。武器として使う方がおかしい。重いし動かしづらい。持ち上げるのにも一苦労である。なので俺は鬼を疲れさせ動きを遅くし、己自身が動きやすい環境を作ったわけだ。
鬼が疲れている間に鬼の後ろに回り込む。鬼は疲れ果てているのか後ろを向く余裕はない様子。鬼が動く様子がないのを確認して鎌を俺の背中に添え刃を真後ろに向かせる。そして背負い投げの要領で一気に鎌を振り下ろす。
真後ろを向いていた鎌は円を描き鬼に迫る。勢いを乗せた刃はそのまま鬼を切り裂き地面に埋まった。
鬼は悲鳴を上げることなく塵となって消えていった。鎌も元の場所に戻しておく。
辺りに悪霊がいないか確認してまた道を開く準備をする。一度、準備を途切れさせるとまた最初からやり直すのが面倒くさい。
数分もすると道は無事に開けた。空地にふさわしくない白い裂け目がこちらを覗いている。この白い裂け目が道である。
裂け目の中に入ると後ろの裂け目が閉じた。後は会社に向かうだけだ。
*
会社に魂を提出し、夜勤組にも引き継ぎをした俺は寮のベッドで寝転がっていた。
ふぅ、今日の魂の回収漏れはなし。鬼に襲われはしたがそれだけだ。引き継ぎも問題なし。明日は休みだし一日中寝ておくことにしよう。
あぁ、そういえば最近道を開く時に待ち伏せ悪霊が多い気がする。これは要連絡だな。もしかしたら俺の担当地域にゲームでいうボス級の悪霊が生まれているかもしれない。ま、報告は明日にしておくか。眠……たい……し―――
意識は少しずつ遠のいていき、ゆっくりと目を閉じた。
連載小説が長続きしなかったので短編小説を書いてみました。もしかしたらまた、短編小説を投稿するかもしれませんのでその時はよろしくお願いします。
死神のお仕事を最後まで読んでくれた全ての方に感謝を。