ともだち
------------自分はいつもここにいるようでここに居ないような、そんな不安定な感覚を時々感じていた。
かといって、別に複雑な家庭に育ったわけでもなく。
生まれて16年間何の不満もなく育ってきた。
そんな普通の生活をしているのに、時々すごく自分が不確かなものに思えたのだ。
でも、あの恐ろしいほど紅い夕焼けの中でおこったことだけは、とても鮮明に。
自分という生き物を、自分の中で強烈に意識できた瞬間だった。--------------------
「どうしたの?」
ぼんやりと窓の外を眺めていた私に少女が問いかける。
窓の外はあの時のような朱ではなく、透明な蒼にうっすらと雲がかかっている。
周りは人がちらほらと数人しかおらず、眠ったり本を読んだりしている。
そして大きな書棚が整列しており、古い本がたくさん陳列していた。----図書室である。
「・・・・いい天気だなと思って。」
あれ以来何事もなかったように彼女が振る舞うので、自分も気にする様子を見せないよう注意していた。
それよりも、今は彼の宣言していた事が気にかかっていた。
それは目の前のこの少女に関係することなのだが。
少女はじっ、と私の目を覗き込んでいたのだけど。
私の口が開かない事を悟って、彼女からきり出した。
「涼・・・・・私告られたよ。」
「・・・・そう。」
「どう思う?」
聞かれて、思わず私は視線を逸らした。
「いいんじゃない。あいつはいい奴だよ。」
ありきたりな返答をする。
短い沈黙が落ちた。
沈黙に耐えかねて、彼女の方に目をむける。
少女は寂しいような悲しいような。困った笑顔を浮かべていた。
「うん、いい人だよね。かっこいいし。人気者だし・・・・・。」
言いながら両手の細い指をもてあそぶように動かしている。
自分はその白い指の様子を眺めながら、「うん。」と無意識に返答していた。
「でも、断っちゃった。」
上目使いで私を見る。
「・・・・・・・そうなんだ。」
「うん。」
「どうして?」
「私、他に好きな人がいるから。」
彼女は自分の指に視線を落とした。
その表情がわずかに蔭る。
それは誰?と聞きたかったが、そこまで聞き出す度胸はなかった。
そのかわりに、心臓がまた早く動きだすのがわかった。
なんだか少し息苦しい。
「誰だと思う?」
私の心を読んだのか、彼女の方から口を開いた。
真っ直ぐと私を見据える。
私はその視線を逸らす事もできず受け止めるので精一杯だった。
ますます呼吸が苦しくなる。
どれくらいの沈黙が流れただろうか、それはほんの2,3秒だったのだが、自分にはとても長く感じられた。
「・・・・・・ごめんね。」
少女はまた困ったようなあの笑顔を浮かべて、消え入りそうな声で呟いた。
それは・・・・・なんのごめん?
ちょうどその時、少女の声をかき消すように授業開始のベルが鳴った。
いつの間にか、先ほどまでいた生徒達の姿はなくなっている。
私はこの前の放課後を思いだしていた。
向かい合った彼女から目を離せずに固まる。
少女はじっと私を見つめている。
「ほら、あなたたち。授業始まるわよ。」
はっ、とし その声に体の自由をとりもどした。
カウンターの奥から司書の先生が顔を出している。
「はい。」
「行こう。」
言って、私達は慌てて図書室を後にした。
鼓動がやけにはやるのは授業に遅れるせいでも、走っているせいでもない事は既に気が付いていた。--------------
まだ日も暮れていないというのに、頬にあたる風は少し肌寒くなってきていた。
といってももう、空は蒼と朱のコントラストを鮮やかに描いていた。
私はいつも帰る道を選ばず、細い裏通りをぼんやりと歩いていた。
彼女は委員会の仕事で遅くなるので先に帰る事にし、幼馴染は今日は欠席だった。
(もしかして、顔合わせづらくて休んだ・・・・とか?)
自分の知っている彼はそんなに やわ、ではないように思っていたので、その考えはすぐに打ち消す。
あの自身たっぷりの顔を思い出して、結構へこんでるんだろうな。と、思うと複雑な気分だ。
通りを歩いていると、その幼馴染が現れたので一瞬幻かと疑ってしまった。
あどけない顔をした少年の肩を、がっし と掴んで何やら話し込んでいる。
その少年は困ったような顔をして首を振っている。
向こうがこっちに気がついたようだ。
ばつの悪い表情をして、頭をかいている。
「何恐喝してんの。」
私はつかつか、と二人の前に歩み寄り腕組をした。
「涼さん。」
少年はあからさまにほっ、とした表情をして困ったような笑顔をむけた。
その笑顔は「彼女」のそれと、よく似ている。
私は「久し振り。」とその少年に軽く笑顔をむける。
そして、傍らにいる幼馴染に顔をむけると
「ずる休みして、何いじめてんの。」
じろり、と睨む。
「いやあ、たまには想と二人で遊ぼうかと思って。」
「ふうん。」
じっ、と問い詰めるように彼を見た。
彼は視線を逸らして、一つ溜息をついた。
「・・・・・・・こいつに聞きたいことがあってさ。」
と言うと、表情を曇らせる。
何も言わずにじっと見ていると、観念した様に重い口を開いた。
「俺、あいつに振られたんだ。あいつ好きな奴がいるって。」
予想以上にこたえているようだ。
「・・・・・そう。」
「それで、好きな奴って誰って聞いても教えてくれないし。弟のこいつなら何か知ってるかと思って。」
彼は自嘲気味に笑った。
「知ってどうすんの?」
「どうもしないけど。ただ、どんな奴が好きなのかって思ってさ。」
どうやらかなり落ち込んでいる様子だ。
自分が知っている彼は、あまり物事に執着せず彼女の事も(落ち込みはするが)あっさりと引き下がると思っていたのだが。
「僕は何も知りませんよ。」
少年は困ったようにおずおずと彼と私と見合わせている。
その手にはビニール袋を抱えていたのだが、それが一瞬動いた気がしたので私はそちらの方に目を向けた。その時---
「わっ!」
ビニールから青虫が出てきたので思わず後ずさった。
「あ、すみません。」
少年は慌てて虫を袋の中に入れた。
よく見ると軽く下の方が膨らんでもぞもぞ、と動いている。
「何・・・?その袋。」
「はい。僕蝶の幼虫を集めてて、こうさんが持って来てくれたんです。」
少年は満面の笑みをみせて答えた。
よほど嬉しかったのだろう、大切そうにその袋を抱えている。
かわいい顔をして、彼女の弟は変わった趣味を持っていたのだ。
私はその袋の中で、沢山の虫がうじゃうじゃ動いているのを想像してゾッ、とした。
「賄賂?」
私は横にばつの悪い顔をしている彼を見て言ってやった。
今日学校休んだのは、それを集める為だったのだろうか。
学校で 「かっこいい。」 と女子からキャーキャー言われている彼が、女の子に振られたからといってその子の弟に探りをいれてみたり、その為に賄賂を贈ったりと「かっこ悪い。」事をしているのが少し気の毒に思えた。
きっと本人も自覚しているのだろう。
「女々しいって思ってんだろ?」
ポツリ、と彼が呟く。
「そんな事・・・・。」
「でも、どうしようもないんだ、納得いかない。せめて好きな奴が誰なのかはっきりしたら諦めもつくかと思って。」
視線を落として紡ぐ言葉が私の心臓をかすかに刺す。
図書室で彼女が「誰だと思う?」と言った言葉が脳裏に浮かんだ。
彼女は真っ直ぐな視線をむけていたのだけど。
私はあの時、自分の気持ちに翻弄されてその意味さえ考える余裕はなかったのだ。
彼に言われて改めて思い返すと、彼女は辛い恋をしているようだった。
そして唐突にあの放課後のキスを思い出す。
私はもしかして、と思う気持ちとまさか、と思う気持ちで混乱した。
呆然と立ち尽くす私に気がついて、「どうしたの?」と少年が心配したように尋ねる。
私ははっ、と我に返り「なんでもないよ。」と無理やり笑顔をつくった。
----そうだ、まさか。そんな事あるわけない。彼女が私に恋心を抱いているなんて・・・だって、私は彼女の親友。彼女は私の大切な同性の友達なんだから・・・