下校
(送るって、車じゃなかったんだ)
桃子は二人並んで歩きなが落胆を隠さずに先生の方をちらりと見た。
----見る、といっても桃子の目線は先生の胸あたりにあるので見上げる格好になった。
学校から駅まで1キロ程ある。
電車で2駅乗って駅から近くのマンションが桃子の家だ。
歩きだと1時間はかかるのだ。
そんな桃子に気がついたのか、「すみません。歩くの早いですか?」
勘違いをして見当外れの事をいっている。
「いえ、そんなことないです。ただ」
「ただ?」
「送ってもらっといて言いにくいんですけど、てっきり車だと思ってたので」
言いにくいといいつつ、ズケズケと言った。
先生の顔が赤くなる。
「そうですよね、思いますよね。ちょっと今修理に出していて。すみません」
(何も謝ることないのに。--------)
「修理って、事故ったんですか?」
「いや、当て逃げというやつで」
「警察には?」
「気がついた時には遥か遠くに逃げられてましたから。ナンバーもわかりません」
情けなさそうに肩を落とす。
「ついてないですね。」
「まあ、いつもの事ですから」
困ったような笑顔をみせ頭をかいた。
(いつもついてないんだ)
妙に納得し気の毒に思う。
「相川さんは、そういえばこんな遅くまで何してたんですか?」
先生が自分の名字を知っていたことに驚いた。
そんなに桃子は目立つほうでもなく、先生の授業でも当てられたこともない。。
もしかして、全校生徒の名前を覚えているのか。
「あの、反省文を」
「なんの反省文ですか?あ、遅刻でしょう。」
「なんで知ってるんですか?」
「園田先生がチェックしてるのをみかけて・・・」
言ってから、しまったという風に口に手を当てている。
「・・・・ほんとにそんなことやってるなんて」
桃子は呆れてしまった。もっと他にやることはないのだろうか。
ごほん、とひとつ咳払いをし「まあ、遅刻はよろしくないですね」
「----はい。」
「低血圧なんですか?」
「ただの寝坊です。」
「そうですか?でもそれにしては回数が多すぎますし。なんか訳でもあるんじゃないですか?」
今までにそこまで聞かれたことがなかったので、ちょっと驚いた。
いつもなら「寝坊」といえば、誰もが納得していたのだ。
実際、授業中も度々居眠りをして先生達を困らせていたのだから。
桃子は黙り込んで歩いている。
「そういえば、先生。私が休んでる間なにしてたんですか?」
唐突に彼女が話題を変えた。
「え?ああ。ヤモリの生体の観察をしてたんです。最近生物室の窓にヤモリを見つけたので捕獲しようと画策中なんですが、なかなかすばしっこくて手を焼いているんです。」
大の大人がヤモリを熱心に追いかけてる姿を想像して吹き出してしまった。
「いっ・・・・・忙しそうですね。」
当の本人はキョトンとしていた。
いつも間にか駅に着いてしまった。
会社帰りのサラリーマンや、学生、OL風の女の人など大勢の人が行きかっている。
「それじゃあ、先生。私ここで・・・・」
先生の肩越しから、人混みのなか見慣れた人物をみつけ、思わず彼の手を掴んだ。
そのまま、コンクリートの柱の影にひっぱり隠れる。
「わわっ。どうし・・」
「しっ。」
桃子は視線だけその人物に向け、じっと身を潜めた。
その人物---先生と同じくらいの長身で黒いスーツを着こなし明るい髪色をした。恐らく二枚目といわれる部類の顔立ちだろうホスト風の青年を見ていた。
横には、派手で美人なキャバ嬢らしき女性が怒っているのだろう。わなわなと肩を震わせていた---かと思うと ばしっ! とその青年の右頬を平手打ちした。
「さいていっ!」
まだ殴り足りなさそうだったが、周りのギャラリーが注目しているのに気が付き そのまま踵を返して走り去った。
一瞬その場にいた人達が足を止め注目し沈黙がおりたが、またいつものような人の波に戻った。
ちらちら、とそのホスト風の青年を見てはひそひそ話して通り過ぎる者もいる。
彼は別段気にする素振りもみせず、赤くなった頬をさすっている。
そしてそのまま煙草を取り出し、火をつけると雑踏の中に姿を消した。
「・・・・・お父さん」
桃子は無表情で呟いた。
先生の方を振り返ると、目を丸くしている。
驚愕しているといったほうがあてはまるだろう。
「すみません。みっともない所みせて。」
「・・・・いや、相川さんのお父さん?」
「はい。見てのとうりホストしてます。」
「まさか!」
先生はわずかに動揺したようだ。
「いや、そういう意味じゃなくって」
先生が慌てていると、
「桃子ちゃん?」
背後からかわいらしい声が聞こえた。
振り返ると、真奈と小沢が驚いた顔で立っていた。
「なにやってんの?桃子それに、武田先生も。」
と言った小沢の言葉で(あ、武田先生っていう名前だった)
と今更ながら思い出していた。
「いえ、相川さんがちょっと倒れたので気がつくまで待ってたら暗くなりまして・・・・」
と、たどたどしく二人に経緯を話し出した。
「もう!携帯メール入れてるのに返事こないし。心配してたんだよ」
真奈が大きな瞳を更に大きくし、口を尖らせている。
(そうだ、私も携帯で連絡しようとしてたんだっけ。)
「心配かけんなよなー」
小沢の方は桃子がいなくて楽しい時間が過ごせたのだろう、ちょっとご機嫌だった。
「ごめんね。」
「じゃあ、僕はここで。」
桃子は少しだけ、まだ一緒にいたいような寂しさを覚えた。が、気を取り直すと
「武田先生送ってくれてありがとうございました。」
彼の方を向きお辞儀をした。
「いえ。明日は遅刻しないように。」
困ったような笑顔をむけ「君たちももう遅いから、気をつけて帰るんですよ。」
「ういーす。」「はい。」
武田先生はまた来た道を戻って行った。
桃子はその背中を、雑踏にまぎれ見えなくなるまで見つめていた。