表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

02

 今夜もあの絵本を読まなければならない。


 絵本が光る仕掛けを娘に教えてやると、早速、ベッドサイドの明かりを点けたり消したりし始めた。

 俺は直視しないように、本から目を背ける。

 やっぱり中身まで仕掛けが施されていて、絵本の中の髑髏がうすぼんやり光っているのを目の端で捕らえてしまって、背筋に寒気が走る。


 絵がコミカルなのが、唯一の救いだ。


「こら、明かりをカチカチしない」

「はーい」

「で、昨夜のお話はどこまで覚えてる?」

「えぇーっと、“せいねん”がお姫様を見送るところまで」


 やっぱり、肉剥ぎシーン再読か……。


 ☆


 骨だけになってしまった青年は夜の闇にまぎれてお姫様のお城に行きます。

 お姫様のお部屋の下の庭にシロツメクサの指輪が落ちていました。


 スケルトンとなった青年の目からは流れるはずのない一滴の涙が拾い上げた花の指輪に落ちました。

 するとどうでしょう。


 突然の風に花びらがすべて飛び、暗闇の中で白く光る道しるべになりました。

 花びらを一つ一つ拾い集めてスケルトンは夜の道を進みます。

 夜が明ける頃には花びらは光を失いました。

 スケルトンは人に見つからないよう物陰に隠れ、次の夜が来るのをじっと待ちます。


 ☆


「なんで、スケルトンさんはかくれるの?」

「骸骨が動いていたらみんなびっくりするだろ?」

「わたしは、スケルトンさんに会ったら、あくしゅしてもらうのに」


 ああ……。昔、夢の中でスケルトンの軍団にサイン貰いに行った誰かさんのことを思い出して頭を抑えた。


「……続き読むぞ」


 ☆


 やがて、夜になると花は再び光り出し、スケルトンは光に導かれ、隣の国のお城にたどり着きました。


 お城のお庭ではお姫様と隣の国の王子様が立っていました。

「お姫様、いつになったら私の愛を受け入れてくれるのですか?」


 二人はお姫様の国から夜通し馬で駆けて、朝には城にたどり着きました。

 今日一日は休みを取って、明日には王子様とお姫様の結婚式が執り行われます。


「わたしには、愛している人がいます。それはあなたではありません」


 王子様は「あの青年は……いつまで経っても現れない」と優しくてどこか冷たい笑みで話しました。


「なぜ、あなたがあの青年のことを知っているのです。あの青年に何かしたのですか?」


 その時、恐ろしい化け物、スケルトンが庭に入ってきました。

 お姫様はあまりの恐ろしさに、悲鳴をあげます。

 スケルトンは、自分が青年だと何とか伝えようとしますが、声は出ず、カチカチと歯の音が鳴るだけです。


 がたがたと震えるお姫様は、スケルトンの指に自分が青年に贈った不揃いなシロツメクサの指輪が嵌っていることに気づきました。

「あの指輪は……」


 王子様は、今度こそスケルトンをこの世から消し去ろうと呪文を唱えます。

 王子の手に地獄の真っ赤な炎が生まれます。


 お姫様は走ってスケルトンに近づいて、スケルトンの手を握りました。


「姫!」


 お姫様に、炎を当てるわけにはいきません。王子様は地獄の炎をかき消しました。


「あなたは……?」


 お姫様の問いかけにも、スケルトンはやはりあごを悲しげにカタカタ打ち鳴らすだけです。

 近くで、確認してみるとやはりシロツメクサの指輪はお姫様が青年に贈ったものに間違いありません。


 お姫様は意を決して、そっと指輪に口付けます。


 お姫様がスケルトンの指にはまっているシロツメクサの指輪に口づけるとシロツメクサは一片一片の花びらになり、ばらのお庭に生えているシロツメクサの花も風に巻き上げ、スケルトンを包みました。


 シロツメクサの光が消え、花びらの包みを裂くように闇の獣が抜け出し、王子に襲い掛かります。

 すべての花びらが散った後にはスケルトンから人間に戻った青年が立っていました。


 二人の愛にはじかれた呪いは王子様に跳ね返って、王子様は身体の肉が腐ってしまいました。


「これが、私の姿……」

 王子様は、腐って肉がぐずぐずぼたぼた落ちている自分の両腕をじっと見つめ……

 自分の姿に悲鳴を上げ、お城から逃げていってしまいました。


「あなたからいただいた大事な指輪を失くしてしまいました」

「僕も失くしてしまいました。でも何度でもお姫様に指輪を贈ります。お姫様も僕に指輪を作ってください」


 お姫様は青年の手を繋いでお城を去りました。


 そして王子様は恐ろしい姿のまま独り深い森の中をさまようことになりました。



 それから―


 お姫様は農民の青年と結婚して、たくさんの子どもに恵まれました。


 昔のように美しい指先ではなくなったけれど農民のお嫁さんになったお姫様の左手の薬指にはいつもシロツメクサの指輪がはまっていました。

 荒れてしまった手をじーと見つめて一番下の子が言いました。

「お母様の手いつも綺麗だね」

「枯れたら何度でも指輪を作ってはめてくれるお父様がいるからよ。わたしも何度も何度もお父様に指輪を贈るの」


 永遠の呪いがかけられたゾンビは、お姫さまや農民が亡くなったあとも、その子どもや孫が大切な人にシロツメクサの指輪を贈る姿を森の木の陰から見ていました。……ずっと ……ずっと


 ☆


 スケルトンどころか、ゾンビまで出てきた!

 遠い昔に見たゾンビに襲われる夢を思い出して、一気に吐き気がこみ上げてきた。

 いかん、いかん。深呼吸して別のことを考えるんだ。


 農民の妻になったのなら、シロツメクサの指輪なんか家事や農作業の邪魔にならないのかとか考えたが、娘は別の感想を抱いたようだった。


「王子様かわいそう」ぽつりと娘が呟く。

「うん?」

 娘は眉をぎゅっと寄せて、下を向いた。

「みんな仲良くすれば、みんな幸せになれたのに……」

 ゾンビ王子がお姫様を諦めて、彼女の幸せを祝福していたら、幸せになれたかはわからない。

 でも、物語の登場人物のことを想って涙をこぼす娘の頭をそっと撫でてやった。

「ゾンビ王子が幸せになる未来をミクが考えてあげればいいよ」


 ※追記※


 俺は娘が寝入ると、昨夜の愚は繰り返さないように、本をしっかり本棚に仕舞ってから部屋の明かりを消した。

(電気を消した後、うっかり本棚を見て背表紙に書かれている題名が光っていたのには驚いた)

最後まで読んでいただきありがとうございます。


続編があります。『ゾンビとアカツメクサ』です。

よろしければ、そちらもご覧ください。


シロツメクサの花言葉・・・『約束』『幸福』。ちょっと怖い意味では『復讐』というのもあります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ