9・閑噺、用法用量をしっかり守りましょう。
閑噺といいつつ、本編の一部です。
それぞれ疲れていたのだろう。戻ってくると同時に鋏と紙袋、それに千里はそれぞれ自室へ戻って熟睡してしまった。
静まり返った屋敷の中を佐藤は一人歩く。
応接間に入るとソファの上でだらしなく眠っている、再び四十代の姿に戻った魔王の姿があった。
どうして若いままの姿でいないのか疑問だ。
(…こいつの部屋も用意しないとな)
そんなことを考えながら扉を閉め、起こさないように足音を殺して応接間の中心部に立つ。
そこで周囲を見回した。
「…いるんだろう?」
なるべく声を潜めて呼びかける。
依頼人はここで待っていると言っていた。
佐藤が声をかけると、眠っている魔王に寄り添うようにして座っている女性が浮かび上がった。
佐藤には見えるが通常は見えない残留思念だ。
「お前がイグレアだったというわけか」
イグレアは微笑むと眠っている魔王の頭を撫でる。物理的に触れることの叶わない手はすり抜けてしまうが、それでも満足そうだった。
「……」
名残惜しげに魔王を見つめると、イグレアは立ち上がって一礼する。感謝を示しているようだ。
「俺はお前の依頼を果たした…魔王を救って欲しいという依頼だ。だがお前の願いは叶えてやれなかった…こいつが世界を壊すのを止めることは俺には出来なかった。礼を言われる立場じゃない」
イグレアは首を横に振った。
気にしないで欲しい…と。
それからもう一度魔王を見てから微笑み、一礼するとその体はだんだんと薄くなり、周囲と同化を始める。
佐藤の目でも捉えられない…つまり消滅を意味している。
「本当に良かったのか?…こいつは世界を滅ぼして、結局救われてなんていない。これが幸せな結末か?」
消えてしまったイグレア、彼女に問いかけるように佐藤は呟いた。
「ってなわけでぇ、おっさんも今日から仲間入りだ。どーぞ仲良くしてやってくれや」
朝起きると食卓を囲う人数が一人増えている。
料理を運んでくる鋏が苦笑しながら魔王の自己紹介を聞いていた。
「あ、俺のことは魔王でいいぞ。イグレアは撤回だ」
「んなんだよ、なんで一人また男が増えてんだよ!」
千里の予想通り、まっさきに苦情を叫んだのは紙袋だった。朝餉を口に掻き込みながら喋るので非情に行儀が悪い。
「何だ?女の子が欲しいのか?」
「少なくともてめぇみたいなオッサンよりはな」
「というか…どうしてまたその姿に戻ってるんだ?若い姿のほうが楽だろ…色々と」
「うーん…そだな、魔王だからな。全盛期のまま力出して世界破滅☆みたいなことになったら困るだろ?」
「洒落になってないね」
「そういうこった。まー女の子が欲しいって話は覚えとくわ」
最後にいやな発言をして魔王は食事を再開する。並んでいるのは朝食らしく白米、目玉焼きと軽いものなのだが、ろくに一日三食を行っていなかった千里には少しきついらしい。
箸がまったく進まない。
それに気づいた佐藤は自分もまったく食事に手をつけていないのにも関わらず、少し心配そうに眉尻を下げた。
「体調でも悪いのか?」
「…ん、大丈夫だ」
大丈夫だと言いつつ顔色が悪い。
流石に違和感があり、佐藤は席を立つと向かいの千里の席へと歩み寄り、手の平を額に当てた。
平常より少し高い温度に眉を顰める。
「風邪でも引いたか」
「寒いところだったもんね、薬用意しようか?」
「風邪か?俺が温めて…ぐへっ」
何かを言い出すと予測していた鋏はすぐさま紙袋の頭部を叩くと、襟首を掴んでずるずると部屋の外へ引き摺っていく。
悲痛な紙袋の悲鳴を聞きながら、魔王はお茶をすすった。
「依頼がないならゆっくり療養させてやればいいだろ。佐藤、世話ぐらいしてやれ」
「俺が?」
「一緒にいろ、お前にはその資格、あるだろ?そもそも俺に看病なんて似合わないしな。術で治してもいいんだが体に負担がかかる。こういうのは自然の回復力に任せるのが一番なんだよ」
茶碗を置いて両手を合わせてご馳走様と呟くと、魔王は食器を重ねてから立ち上がる。
こういうところで律儀なのだから、おかしなものだ。
「分かった、その間館のことは任せた」
「おーう、こんなときぐらい頼れ。ま、あの二人の世話は俺一人に任せてオッケーだぜ?」
「助かる」
ぐったりとしている千里を覗き込む。
「立てるか?」
「ああ」
気丈に返事をして立ち上がろうとする千里だが足下がふらついていた。見かねた佐藤が彼を抱えあげる。
(…なんか、俺…抱えられてばっかだな)
情けないことを重いながら男一人持ち上げて悠々と歩ける佐藤を羨ましく感じた。
思い返せば佐藤だけというわけではないが、千里はいつも誰かに助けられてばかりなような気がした。
特に佐藤には世話になりっぱなしだ。
何故か自分に甘い佐藤についつい頼ってしまい、結果このような醜態を晒してしまっている。
「恩返し…」
「何だ?」
階段をゆっくり上りながら、千里の呟きを聞き逃さなかった佐藤が問い直した。
「恩返し…しないとな、あんたに」
「…不要だ。俺が好きでやっていること、お前が気に病む必要は」
「でもな、佐藤のために何か…」
寝ぼけ眼で呟くと千里はすぐに目蓋を下ろしてしまう。
途切れた言葉の続きを聞くことができなかったが大体察することはできる。佐藤は千里の寝顔を見て微笑んだ。
「気持ちだけで充分だ」
そもそも千里から感謝されていいほど綺麗な人間ではないのだ。
随分長い間眠ってしまったようで、目を覚ますと室内は暗く、窓の外には曇天の隙間から月の覗く夜空が見えた。
部屋の壁に駆けられた時計を見る。午後十一時。
就寝時間がそろって早いこの屋敷の住人はおそらくもう眠りについているだろう。
鈍痛を頭に感じつつ体を起こす。
どうやら回復している…というより悪化しているようだった。
頭の痛みは激しくなり、体が重く腕を上げることも億劫だ。数回咳き込むと腹の上に何かが乗っている違和感に気づいた。
視線をやると黒いものが見える。
「?」
黒い頭が乗っていた。ベッドの隣に置かれている椅子に座り、こちらにもたれかかるようにして佐藤が眠っている。
寝ている間は日ごろ纏っている剣幕もなく、無防備な姿を晒している。
佐藤のことだから人のいる場所では安心して眠れない!…等というタイプだと思っていたが思い過ごしだったようだ。
「また世話になったな」
起こさないように囁くと、千里はできるだけ慎重にベッドから抜け出す。佐藤の頭の下には遠藤さんを差し込んでおいた。
冷たい床に素足で降り立つ。
ぺたぺたと足音を立てて部屋を出た。
廊下に出ても人の起きている気配はない…と思ったが、奇妙な呻き声のようなものが聞こえて体を震わせた。
「な…なんだ?」
苦しかったが気になったので階段の側ではなく音のするほうへ向かう。部屋の前だった。
見覚えのある部屋…確か紙袋の部屋だ。
千里はそっと扉を押し開けると、僅かに隙間をつくってそこから中の様子を窺った。
呻き声程度にしか聞こえなかった声が扉という壁を失ったことで鮮明に聞き取れるようになる。
「おらぁああ!外せって言ってんだろ糞鋏が!」
予想通り、紙袋がいた。
「外してくれよー!熱に浮かされる千里なんてどんな萌えイベントだよぉおお!こんなの拷問だい!」
紙袋が悲鳴をあげている理由が分かった。その部屋に鋏はいなかったが、紙袋は縄を巻かれて動けなくなって転がっている。
つまり寝ている間に紙袋が何か行動にでる…とよんだ鋏の仕業だ。
「……」
見なかったことにして扉を閉じた。
(頭痛が酷くなった気がする)
どうしようもない紙袋に溜息をつき、しかしいつも通りの彼のテンションに安心する。
彼は生きて、ここに帰ってきているのだから。
(水…薬)
脳を殴られているような頭痛、これを早くなんとかしたかった。
千里は階段を下りるとダイニングへと向かった。厨房のある館だが、そこを利用することは少ない。
大抵の場合はダイニングに備え付けられている簡易な、といっても普通の家庭にあるのと同じようなキッチンで鋏が済ましていた。
そこへ行けば水も、薬もあるかもしれない。
「はぁ…」
荒い息を整える。
壁に手をつきながらキッチンへ向かうと、綺麗に磨かれたグラスをとって水を注いだ。
薬はないか?…と棚を適当に探す。
「あった」
(どう見ても薬だよな?)
取り出したのは茶色い袋に包まれた黒い粒。大きさは親指の爪ほどだろうか。きちんと包装されているものならば疑問を抱き警戒しただろうが、漢方のような見た目をしていたことが警戒心をなくさせた。
たとえ風邪薬でなくとも死ぬ事はないだろう。
安易な気持ちで口に放り込むと、水で流し込んだ。
冷たい水が異物を喉の奥へと押しやった。水が体温を下げてくれたような気がして、少しだが気分がよくなる。
後にして思えば熱のせいで判断能力が鈍っていたのかもしれない。
得体の知れない薬を飲んだことが悪夢の始まりだった。
千里は意識が自分の手から離れるのを感じながら、ゆっくりと崩れ落ちた。
睡眠は昔からあまり好きなほうではない。
いくら人並みはずれた力を持っていようとも生物だ。当然のように睡眠が必要になり、その無意味な時間が佐藤は嫌いだった。
睡眠に快楽を見出すことなどできず、意識の途切れる迷惑な時間にしか感じられない。
そのせいもあるのか佐藤の寝覚めは悪い。機嫌が悪い。
「…ん」
寝すぎたとき特有の鈍痛。千里は風邪で苦しんでいるというのにこの程度で自分がへばってはいけない…と無理に体を起こして意識を覚醒させることにした。
体を動かそうと決意してようやく、自分が常に使っている自室のベッドではなく千里のベッドを枕代わりに眠っていたことに気づく。
昨夜そのまま寝てしまったということだ。
もう一つ気づいたことがあった。こちらのほうは重大だ。
「千里!」
ベッドの上で寝ているべき千里の姿が忽然と消えていた。
慌てて部屋を飛び出し、階段を使うのも面倒で柵を乗り越えて飛び降りる。翼を羽ばたかせて勢いを殺して着地すると、すぐに千里の気配を探って走り出した。
キッチンに向かってそこで倒れている千里の姿を確認する。
「千里!」
ただ寝ているわけではなさそうだ。
「どうしたの、佐藤!」
騒ぎを聞きつけた鋏も駆けつける。
倒れている千里を抱えあげた瞬間、違和感に気づく。
「……?」
(いや、まさか…)
「怪我とかはないみたいだけど…どうしたの佐藤?妙な顔して」
「俺の気のせいだと良いんだが…鋏、千里を頼む」
肩に担ぎ上げた千里を放して鋏に押し付けるようにすると、佐藤は凄まじいスピードでダイニングを出て行った。
残された鋏はきょとんとして任された千里を眺める。
「えええ!」
そして違和感の招待に気づいた。
暫くして鋏が千里を背負って二階と一階を繋ぐ吹き抜けの広間に出ると、丁度良いタイミングで上から佐藤が降ってきた。
足の下にあるものを地面に強く叩きつける。
「ぐへぇ!」
「腐れ魔王、お前何をした」
「…ひっでぇな、おっちゃん傷つくぜ…大した証拠もなく俺を犯人扱いか?」
「違うのか?」
「いや、俺でした☆」
「死ね!」
「アディオス!」
世界に別れでも告げたのか、佐藤に踏まれている魔王がより強く蹴られて悲鳴に近い言葉を叫ぶ。
ギシギシと骨が軋むほどの力で佐藤に踏まれ、流石の魔王も余裕がなくなってきたのか必死に弁解を始めた。
「ちょ、ちょい待て!確かにその薬を置いたのは俺だが、俺は別にまだ千里に毒を盛ったりは」
「まだ?」
「白状しよう、今後やろうとは考えていた」
「消し飛べ」
佐藤が片手を挙げて掌を下に向けると、そこに白銀の炎が集結しだして光球を作り出す。
流石に佐藤の魔術を受ければ魔王もただではすまないだろう。そろそろかな…と止める頃合を見計らっていた鋏が、佐藤の前に出た。
「はい、そこまで。佐藤も大人気ないよ…魔王が死んじゃったら千里が元に戻らないでしょ?」
「…ちっ」
聞こえるように舌打ちをすると佐藤は名残惜しそうに足をどけた。
ようやく上からの強烈な圧力がなくなり、魔王は軽く咳き込みながら体を起こした。
「老体に無茶させるなぁ…」
埃を払って肩の骨を鳴らす。
「それで、どうして千里はこんなに小さくなってるのかな?」
鋏の背中に背負われている千里は身長が常の半分ほどになっている。気持ちよさそうに眠っているため熱は引いているようだった。
改めてその姿を目の当たりにし、佐藤は懐かしむように、そして辛そうな視線を千里に向けた。
目を伏せてほとんど無意識に口元を手で擦る。
「紙袋と親交を深めようと思ってだな、あいつは俺が参加することに乗り気じゃなかっただろ?だから俺はあいつのために女を用意してやろうと思ったわけだ」
「また随分とくだらないことを思いついたね、魔王なのに」
「その発言は魔王差別だ。んで、どんなタイプが好きなのかって聞いたらあいつ、突然「幼女一択だろ!」とか叫んだから」
「お前お得意の調合で若返りの薬でも作ったのか」
「ご名答」
呆れて言葉を失う佐藤。鋏は背中に乗っている千里を体の前に回すと、小さくなった体を掲げてみせた。
確かに幼くなっているが間違っても女ではない。
「性別転換の薬を作る趣味は俺にはねぇからな」
鋏の意図を読み取ったのか魔王が注げる。
困ったように鋏が苦笑した。
「でも、紙袋に見せるわけにはいかないね」
「その言葉はどういう意味だぁ?」
危惧していた人物の登場に鋏は硬直した。
魔王の背後に眠たげな表情を浮かべて立っている紙袋の姿がある。
(縛っておいたはずなのに)
「甘いぜ鋏、あの程度の拘束で俺を止めようなんざ、甘すぎる!」
最初に動いたのは佐藤だった。
目にも留まらぬ速さで紙袋を蹴り飛ばすと、鋏の腕中にいた千里を受け取ってマントの内側に覆うように抱き締める。
突然加減した力だったとはいえ蹴り飛ばされた紙袋は地面に頬をぶつけ、痛そうにさすりながら立ち上がった。
「…随分な目覚まし時計だな、化物!てめぇ何隠してやがる!」
「お前には関係ない、失せろ」
「お前にそう言われると反抗したくなるのが俺、ってことでそこ退け化物!」
佐藤の前に立って紙袋を押さえつけようとしていた鋏の横を抜け、近付くと彼のマントを掴んで両脇に退ける。
抵抗する間も隠す暇もなく千里の姿が晒された。
突然の明かり、それに騒音で目が覚めたらしい千里が目蓋を上げる。
「…ん?」
「ち、ち、…千里!?」
「おはよう紙袋、朝っぱらからテンション高いな。って、どうして俺は佐藤の腕の中にいるんだ?」
「幼い…幼い千里、クリーンヒットだぜ!」
「はいクリーンヒット」
「そっちの意味じゃ…ぐへぇ!」
魔王が手を前に突き出すと、触れてもいないのに紙袋が跳ね飛ばされる。床に強く叩きつけられれば流石に意識が飛んだらしい。
動かなくなった紙袋を指先でつつき、鋏は彼を背負った。
「離せ!」
目が覚めた千里はすぐさま自分の体の異変に気付いて佐藤の腕から逃れようと暴れる。
そのまま手放して落下すればただではすまないので、佐藤はそっと屈んでから千里を解放した。
「これは夢だ…どうして俺の身長が縮んで」
「悪ぃ千里、それは俺のせいだわ」
笑顔で謝罪しても全く誠意が伝わってこず、千里はとりあえず怒りのままに魔王を殴ることにした。
だが身長が足りないため脛を殴ることになる。
「いってぇ!お前そこ弱点」
「理解したくはないけどなんとなく状況がのみこめた。俺が飲んだあれはあんたの薬だったのか…」
「そういうこった」
小さい千里は頭を抱える。
「解除…できるんだよな?」
「ん?…あー、はははっ」
「…なんだその笑い。ないのか?」
「ご名答、俺は魔王だ、シスターでも回復役でもねぇよ。呪いをかけることは出来ても解く方法は知らないんだ」
かけた本人に解く方法が分からない。
ならば他に魔術に精通している者、佐藤に助けを求めるために見ると、彼は珍しく突き放すような視線で千里を見下ろした。
「自業自得…と言いたいところだが、その姿はその莫迦でなくとも俺にとっては目に毒だ」
莫迦というところで紙袋を指差す。
「ん、佐藤にも危ない趣味が」
「殺されたいのか」
「冗談だ」
一瞥された魔王は両手を肩の高さにあげてぷらぷらと振る。
「あてがないわけじゃないみたいだね、佐藤」
「魔王を上回る魔術文化を持つ世界を訪ねればいい。ただ…俺の知る限りそこまで発展した文明を持つ世界は一つしか…」
言いにくそうに口を閉ざした佐藤を見て、どうやら鋏も察しがついたらしくああ…と両手を打つ。
背負っている紙袋を見て少し困ったように笑みを引っ込めた。
「紙袋の故郷…だね」
「紙袋の?」
紙袋の人柄を散々見せ付けられているため、彼のもといた世界と聞いて警戒せざるをえない。
千里は少々訝しげな声をあげた。
「大丈夫だよ、彼みたいなのがわらわらいる世界じゃないから。でもね…もっとたちが悪い支配者がいるかな」
「行くとしたらそいつは駄目だ。あの世界には戻らないほうがいい…そのほうがそいつのためになる」
「ったく、人が眠ってる間に勝手に話進めんじゃねぇよ、化物」
あれだけの攻撃を受けたというのに紙袋はもう目を覚ましたようで、もぞもぞと動くと鋏の背中から飛び降りた。
体中が痛むらしく呻き声をあげる。
「ったく、容赦ねぇな」
「…お前は残れ、兄のことがあるだろう?」
「だからこそだよ」
ふざけたような印象が拭い去られる。
彼の真面目な声音を聞いたのは初めてで、その声が覚悟に満ちて少し恐怖すら覚える声だったことに千里は驚く。
「いつまで逃げてりゃいいんだ?俺は」
「……」
「俺だけ逃げ続けてるわけにはいかねぇんだ。俺が殺したあいつに申し訳が立たねぇ」
「佐藤」
なおも難色を滲ませる佐藤を見て、鋏が珍しく紙袋の後に立って彼を後押しするような行動を見せた。
紙袋の世界で何かがあったことは明白で、鋏と佐藤はそれを知っているらしかった。
自分だけ取り残された気分になって千里は少々面白くない。
だからといって会話に割り入って問い詰めることもしない。
(そういうのはルール違反だろ)
自分の中に境界線があり、他人の境界線に入ってはいけない気がした。
三人は千里よりずっと長い間旅を続けている。
新参者が置いていかれるのは当然のことだと割り切るしかない。
たとえ紙袋が心配だとしても、自分には彼を心配する権利すらもないのかもしれない。
「ま、俺の軽率な発言のせいで馬鹿魔王が薬を作っちまったわけだしな。千里をそのままってわけにもいかねぇだろ…いや、俺的には大歓迎なわけだが」
「本当一言多いなあいつ、俺のせいにするなよ」
「結局…全員行くのか?」
呆れたように佐藤が問いかける。
千里のほうに視線が向けられ、来るのか?と問いかけている気がした。慌てて頷く。
「仕方ない…足を引っ張るなよ」
紙袋=変態、千里ストーカー