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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
24/27

24・むげん

「嘘が上手」

 隣と飛翔していたエリカが呟き、そのあまりに的を射た言葉に笑みがこぼれた。

 鷺は口元に手を当てて笑う。

「流石、長く僕と一緒にいただけはあるね。分かるのかい?」

「何、隠してる?」

「些細なことさ、僕が一方的に気にしてるだけの…そう、僕の中だけの問題。良心の呵責に似てるね」

「良心?」

 そんなものがあったのか…とエリカが意外そうに反芻した。

「なんでもないさ、速く戻ろう」

 だんだんと日が昇り始めているのを見て、鷺は速度を上げた。


 町の外れに風が吹き、砂埃が舞い上がる。

 その中央に千里と紙袋が降り立ち、ごほごほと咳を繰り返した。

 曙光が照らす町外れに二人咳き込む光景というのはかなり浮いている。

「ごほっ、千里、バスより下手だぞ」

「当たり前だろ…バスですらあれだけ上手に着地できる佐藤がおかしいんだ…げほげほっ」

 砂埃が落ち着いてくると千里は一度帽子を脱いで埃を落とし、もう一度ひょいっと頭に乗せた。

 紙袋は目を閉じたまま袋を取ると、ひっくり返して中にはいった砂をざーっと落とす。

 袋を被ろうとしたところで千里に手を握られた。

「…積極的だな、どうしたんだ?」

「目、開けて」

「は?」

「俺を見ることが夢で、それで俺を見たんだよな?」

「……」

 相変わらず硬く目蓋を閉じたまま紙袋は俯いた。

 紙袋の目じりに指を這わせた。

「大丈夫だ、あの頃の俺は幼かったから佐藤みたいにいかなかった。けど今は違う…魔王から力を受け継いで、あんたの視界にも入れるようになった」

「確証は?」

「ないけど…そこは俺を信用してくれよ」

 随分迷いがあるようで、なかなか紙袋は顔を上げようとしなかった。目は開けているのだが自分の爪先から目を逸らさない。

 それも当然だろう。

 彼はきっと充分すぎるほど自分を責めて後悔した。かつて自分の勝手な行動により最愛の人を失ったことを、そう簡単に忘れられるわけもないのだ。

 理解していて、それでも千里は目を開けろと要求する。

「……」

(千里を…信じる)

 大丈夫だ、大丈夫だ。と何度も心に言い聞かせてそっと顔を上げた。久しぶりに見た黒い髪、鎖骨、そして顔にたどり着く。

「っ!」

 懐かしい顔。

 かつて自分が殺してしまったときには怯えたような表情でこちらを見ていた。だからその表情しか知らない。

 しかし今度の千里は違った。

 少し恥ずかしそうにはにかんでいる。

「ウェドネ」

「……」

 言葉が見つからず、紙袋は柄にもなく黙り込むとあふれ出そうな感情を表面に出さないように唇を噛んだ。

 情けないことに目の奥が熱い。

 嬉しくて嬉しくて、泣きたいくらい嬉しかったがそれを表面に出すのも癪だったので、ぐっと涙を堪えて笑みを浮かべた。

 いつものように、大胆不敵、傍若無人な笑みを。

「どーだ俺様の素顔、カッコイイだろ?」

「自分で言うなよ」

 ケラケラ千里が笑い、千里の笑顔を見た紙袋の頬が緩む。懐かしむように目を細めるとすっと俯いた。

 十字の瞳は相手を威圧するような見た目ではあるが、目を伏せると紙袋本来の人柄が見える気がして千里は息を呑む。

「ありがとな、千里」

「満足か?」

「そだな、千里を嫁に迎えるまでは俺の夢は叶わないけどな」

「じゃ、永遠に無理だ」

「お前、魔王から性悪まで一緒に引き継いだのか?俺に対する態度が若干冷ややかで寂しいぜ」

「若干じゃない。でも…魔王か。そうだな、消えないで僅かでも俺の中にいるとか…そんなことがあったらいいな」

 自分の胸に手を当てて握りこぶしを作り千里は呟く。するとそれを見ていた紙袋がプルプル震え、突然千里に抱きついた。

 突然の出来事にひっと短い悲鳴をあげて千里が尻餅をつく。

「お前本当にかわいいなぁ!」

「あんたは相変わらずスキンシップが過剰だ!手離せ!」

「あのオッサンとお前が同じ記憶持ってるってのは今でも信じられねぇよ!」

「だ、だから…手っ!」

 本気で抵抗して胸を押すと、意外にもあっさりと紙袋は千里を解放しふざけたような面持ちを消しだ。

 十字の瞳が物憂げに見え、真剣な表情をすると本当にかっこよく見えるので困る。

 今のように突然抱きつかれるようなことも困るが、突然沈黙するのも紙袋に似合わず違和感がある。

「紙袋?」

「…なあ千里」

「ん?」

「例えば…例えばだぞ?俺が消えたとしたら、魔王のときと同じように悲しんでくれるか?」

(突然…なんだ?)

 質問の意図がつかめず千里が押し黙ると、紙袋は促すように膝を立てて尻餅をついたままの千里に視線を合わせた。

 どうやら真剣な質問らしい。

 正面から十字の瞳で見据えられるというのは少し威圧感があり、その威圧感に言葉が出ず千里はコクコクと頷いた。

「そっか」

 ふっと表情を緩めると紙袋はくしゃくしゃと千里の頭を撫で回し、膝の砂を払って立ち上がるとすっかり明るくなった空を見た。

 日の出は過ぎ去り朝を迎えた空だ。

 日光を背にして紙袋は千里に手を差し出した。

「行くぜ、千里。自分の尻拭いもできねぇ情けない佐藤を…俺達で助けてやるんだ」

「…ああ!」

 手を借りて千里が立ち上がると、強い風が吹いた。

 その風に髪を煽られる。千里が慌てて帽子を押さえると、鼻先をピンク色の何かが通り過ぎた。

 見覚えのある光景に目を丸くする。

 次々と流れてくる桃色の雪。忘れるわけもない桜の花弁。

「おー、綺麗だな。千里のおかげで良いもの目に焼き付けられたぜ」

「桜…」

 思い出されるのは桜の木の下でしたあの約束。人を殺さないでという身勝手な願い。

 その願いの結果、佐藤は暴走して千里を殺すことになった。

 複雑な心境で桜の花弁を掌に落として見ていると、紙袋はいそいそと脱ぎ捨てた袋を被り始めた。

「何して」

「あ?…ああ、だってよお前。千里はいいかもしんねぇけど他の生物片っ端から殺すわけにもいかねぇよ。それに…だ!」

 深くまで袋を下ろすと口元に笑みを浮かべた。

「こっから先、きっと汚ぇ物ばっかり見ることになるぜ。俺は最後に千里と桜、綺麗なものだけ見ておきたいんだ」

 最後…という言葉に何故か不思議な恐怖を感じるが、その正体が分からずに千里は首を捻った。

 自問自答で答えが出ない。

「行くぜ」


「鷺は夜に力を増す、夜に行動を起こす、だからそれまでに考える。お前をどうやって逃がすか」

 佐藤は呟くと、良い案が浮かばないらしく親指の爪を軽く噛んだ。

「どうして俺を逃がすことが前提なのかわかんないんだけど。佐藤は逃げないつもりだったの?」

「ここで俺が朽ちればそれで鷺は満足する。お前達は鳳仙の加護の下で生きることが出来る。もっとも崩された計画だが」

 佐藤と鋏の隠れている場所はかつて黒也がねぐらとした場所。

 山の奥にある鍾乳洞の中だった。

「俺は佐藤の自殺を止めに来たんだよ。帰ろう…千里が待ってる」

「…鋏は卑怯だな」

「どうして?」

「俺が千里のことになると戸惑うのを知ってて言うだろ。だがそれはおそらく不可能だ。我等は不死身に近い…どうやって殺す?」

 佐藤の力を長く傍で見てきた鋏にはその言葉の意味が判る。人を最低限しか食わない佐藤でさえ人並みはずれた力を持つ。

 我等として本能に従順に生きている鷺とエリカを殺す手立てなど思いつきもしなかった。

「お前を巻き添えにするつもりはない、安心しろ」

「俺が佐藤だけ行かせると思う?」

「思わん…が、我等のくだらない矜持のために鋏が犠牲になっていいはずもない。だからついてくるな」

 頑固な佐藤の意見に鋏は肩をすくめる。

「願い事はいいのかな?」

「…知らない」

「千里を見つけて、千里に償って、千里と一緒に普通の生活を送ることが君の願いだろう?」

「…違う」

「些細な願いだ。千里に平凡を贈りたい、それは確かに佐藤の願いだろうけど、その未来に君がいるはずだ」

「違う」

「共に生きることが望みだろ」

「違う!」

 ヒュッと空を佐藤の掌が横に薙いだ。

 鋏は予測していたらしく、体をそらして避ける。

「違う!…もうどうなってもいいんだ、俺は。都合が良すぎるんだ…自分で食い殺しておいてもう一度なんて考えが甘い」

「それを紙袋に言えるかな?」

「…!」

 佐藤もだが、紙袋もまた佐藤と同じように千里を殺してしまい、もう一度共に生きたいと願っている一人だ。

 同じ立場にいる紙袋にその台詞が言えるのか?と鋏は尋ねた。

 答えられない佐藤を責める事はせず鋏は微笑んだ。

「君には感謝しているよ、主人。だからほんの少しだけ…恩返しをさせてほしい」

 突然佐藤の体を突き飛ばすと、鋏は走って鍾乳洞の外へ飛び出した。不意打ちをくらう形となった佐藤は受身が取れずに背中から倒れ、それからすぐに体を起こす。

 何が起こったのか分からなかったが鋏を追って穴を出た。

「鋏!」

「ぐっ!」

 外の明るさに目が眩み、一瞬何が起こっているのか分からなかった。だが目が慣れてくるにしたがってだんだん分かってきた。

 エリカがいた。

 どうやら昼間動かない鷺に代わって佐藤を殺しに来たようだが、それを鋏に見抜かれて押さえつけられている。

(無茶だ)

 ただの人間である鋏が我等の一人であるエリカを長い間押さえていることなど不可能だ。

 だが鋏の顔に難色はなく、吹っ切れたように笑顔を浮かべると叫ぶ。

「お願いします、鳳仙さん」

「本当にいいのね?」

「鳳仙?どうしてここに」

 佐藤の右側、少し離れた場所にいつの間にやら鳳仙が立っていた。腕を組んで鋏とエリカの様子を見ている。

「頼まれごとを果たすためによ…鴉の味方ではなく、鋏君の覚悟を評価して…少しだけ力を貸すの」

「鳳仙、お前…中立を裏切る!?」

「人聞きの悪いことは言わないで欲しいわ。私はあくまでビジネスとして鋏君の協力をするだけ。鴉の仲間じゃない」

「助かります、鳳仙さん」

「準備はできてるわ…最後にもう一度聞くわよ、本当にいいの?あなたのやろうとしていることは私達だって正気ではいられないこと、きっと後悔するわ」

「構いません、今の俺にとってはこれが最良の選択だから」

「そう」

(何を)

 呆然と佐藤が見ている目の前で鋏はエリカを押さえつけ、鳳仙は言葉を発することすらせずに一瞬で術式を展開させた。

 中に浮かんだ巨大な円状の言葉。

 それが光を放ってエリカと鋏を囲う。

「待て…まさか」

「空間隔離魔術構築完了、いつでも…あなたのタイミングで」

 空間隔離。

 そこまで聞ければ鋏の目的は明らかだった。おそらく殺すことのできないエリカを道連れに、隔離された世界へと逃げ込む。

「やめろ…鋏!」

「安心してよ、この人がこっちに戻ってこないようにあっちの世界で俺が戦い続ける。俺は不老不死じゃないからずっとっていうのは無理だけど…寿命分は頑張るから」

「確認するわ。あなたの差し出すものは自分の人生。隔離空間の隔離条件はあなたの生存。鋏君が死ねばエリカは解放される」

「鳳仙止めろ!」

「できないわ」

「…!どうして…!お前が犠牲になる必要があるんだ!止めてくれ!」

 懇願するように叫ぶ佐藤を見て鋏は穏やかな笑みを浮かべた。

「俺に心を教えてくれたのは君だ。俺に世界を見せてくれたのは君だ。千里も、紙袋も佐藤も大好きだから…お別れ、ね?」

「止めろ、止めろ!うあぁあああ!」

「鳳仙さん、お願いします」

「武運を祈るわ」

「ありがとうございます」

 光が収束しエリカと鋏を覆うと弾けて消えた。


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