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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
21/27

21・無茶苦茶な願い

 千里と黒也が共に行動するようになって一年近くが経過した。

 千里は黒也に教わったとおりに木々の間を走り、見つけた鹿に矢を放った。

 直線にとんだ矢は鹿の腿を貫き、驚いた鹿は暴れるが出血により倒れる。

「よし、食糧確保!」

 一年たっても千里の容姿はそこまで変化していない。

 しかし服装は別だった。ボロ布のような着物ではなく、黒也がどこかからか手配してきた上布の使われている着物に着替えている。

 動きやすいようにたすきをかけていた。

「黒也、喜んでくれるかな」

 鹿を重そうに肩に抱えると千里は帰路を急いだ。


 鍾乳洞の中、黒也は一人目を閉じていた。

 閉じてはいるが眠ってはいない。風を感じながらすることもなくじっとしていると、聞きなれた足音が近付いてくる。

 そっと目をあけると遠くから走ってくる千里の姿が見えた。

 鬼、しかし人間でもある少年。

(人間、人間人間人間人間人間人間人間人間)

 人だ。

(!…私は今、何を)

「何を考えて」

 右手で顔を覆う。ぎらぎらと光る瞳を隠すためでもあった。

「黒也!」

「…早かったな、千里」

 動悸がおさまったのを確認して顔から手を退ける。

 千里は嬉しそうに鹿を差し出していた。なかなかに大きな獲物だ。

「僕、すごい?」

「ああ、よくやった」

 頭を撫でてやると千里は喜ぶ。

 目を閉じて気持ちよさそうに黒也にもたれかかる千里を見て、もたれかかられている彼も微笑をたたえた。

 まだまだ子供だ。

 どんなに現実の辛さを知っていようとも千里はまだ子供であるはずだった。

「だがこの種はそのままでは食えんぞ…癖が強いんだ」

「食べられないのか?」

 悲しげに笑みを崩す千里を見て黒也が小さくふきだす。

「いや、香辛料があれば…私が手配してこよう」

「町に下りるのか?」

「千里を行かせるわけにもいかないだろう」

「だけど」

「私の力を疑っているのか?…大丈夫だ、今日中には戻る。それまでに鹿を一人でさばいておけ」

 千里に言いつけると黒也は重い体を上げた。

 どうして体がこんなに動かないのか…理解していた。

 今の黒也の体は限りなく人間に近い状態になっている。

(生命力は化物のまま…か。気にかけるほどのことでもないな)

 理由を理解していながら、しかしそれに気づかないフリを続けていた。

 町に下りるのは一年ぶりだ。

「黒也!」

 飛び上がろうと重い翼を広げたとき、背後から黒也を呼び止める声がした。

「私…じゃないよ!」

「…そうだったな、千里、俺の帰りを待っていてくれ」

 どうでもいいような些細なこと、しかし千里との約束だった。

「あ、そうだ」

「?…何かあるのか?」

「うん…よいしょっと。これ、黒也持って行って!」

 千里が取りだしたのは桜の枝だった。だがよくよく見れば枝は漆で加工され、花弁は薄いガラスでできている。

「これは…千里が?」

「うん、僕あんまり黒也の役に立ててないからせめてって。黒也は桜、好きだよね?この前一緒に見に行ったとき凄く幸せそうな顔してた。本当は本物の桜が一番なんだろうけど、すぐ枯れちゃうから…ちょっと屈んで?」

 言われた通りに黒也が膝をつくと、背後に回った千里は黒也の長い髪をどこから持ってきたのか紐で器用に結び、小さな団子を作ってそこに簪のようにして桜の枝を差し入れた。

「本当は女の人とかがよくやるみたいだけど、役者さんとかなら男の人もやってるし…絶対黒也にも似合うと思ってたんだ!黒也カッコイイから!」

 自分の姿を見ることは出来ないが千里のやってくれたことだ、似合うに違いないだろう。

「その…なんだ」

 自分はお礼を言うような人格ではない…と意識しているからだろうか、なかなか礼を言うことが気恥ずかしくてできない。

 するとそんな黒也の内心を見透かした千里が笑った。

「いいから、ほら、早く行って早く帰ってきてね」

「…ああ」

 今度こそ翼を広げて飛び立つ。

 だんだん小さくなっていく千里は、黒也が見えなくなるまで手を振っていた。


 時はさかのぼって千里と黒也が出会って半年が過ぎたころになる。

 狩りの方法、体の動かし方、それらを黒也から学んでいた千里だったが、ある日突然妙な質問をした。

 その日に教えることは全て教え、休憩をしようと桜の木の下で涼んでいたときのことだった。

「黒也は人間を食ってるのか?」

「何を突然…当然だ」

「我等っていうのは人を食って生きていく種族なのか?」

「いや」

 それに対する黒也の答えは千里の予想していたものと違ったらしく、千里は興味深そうに続きを待っている。

 あまり好んで話したいことではないのだが…と前置きをしてから黒也は仕方なく話しはじめた。

「我等は千里、貴様と同じく人と対して変わらない。僅かな違いが逆に人の嫌悪をかうことになるのかもしれないが…。とにかく、人と同じものを食べて同じように生活することができる。人よりはるかに頑丈で長寿ではあるが」

「でも黒也は人を食べるって」

「そうだ、私…我等にとって人の血肉は麻薬にも似たものだ。生まれたときからその味を知っていて抜け出すことは難しく、本能がそれを求めるようにできている。血肉を得ることで超人的な身体能力や翼を得ることが出来る。鬼はどうやら違うようだがな」

 じっと黒也の話を聞いていた千里が何かを考え込み、すぐに次の質問を投げかけてきた。

「じゃあ黒也、人は好きか?」

「…冗談か」

「僕は好きだけどな、人」

 この一言には流石に驚き、黒也は珍しくも驚いて目を見開いた。

 千里は人里に戻りたがらなかった。だが確かに人間が嫌だといったのではなく、一人が嫌だと言っていた。

 しかし鬼として嫌悪されていた…という話を聞く限り、人間のことを憎んでいるものだと勝手に思っていた。

「…何故だ?」

「何故って」

「…貴様はどうして人間を愛し続けることができる?」

「僕だって…黒也だって人間でしょ?」

「一緒にするな!」

(あんな種族と私が同じだと?)

 否定したくて、しかし事実だということを知っているだけに大きな声をあげて千里を引き離した。

 一人。

(私がどれだけ人間を愛そうと、その逆はありえない)

「私には…理解できない」

「嘘だね」

「…?」

「黒也、本当は人間大好きなんだろ?」

「…莫迦なことを」

(そんなことがあるわけがない)

 何度も否定する。

 しかし逃げようと視線を逸らすと、千里は黒也を押さえつけるようにして飛びかかってきた。

 背中を木の幹にぶつけて桜に上体を預ける状況になった。

 上に千里がいるため逃げられなく、視線を逸らすこともできない。

「頼みがあるんだ」

「っ…こんな仕打ちをしておいて頼み?…頼む態度ではないな」

 その次の言葉を言ってほしくなくて、必死に話題を逸らそうとする。

 大好きな千里に本当の黒也の望みを頼まれてしまえば、それを拒否することはもう自分には出来ないだろう…と心の底で気づいていたからかもしれない。

 しかしそんな黒也の考えとは裏腹に千里は口を開いた。

「これ以上、人を殺さないでくれ」

「!」

「お願いだ…僕は人間も好きだし黒也が大好きなんだ。これ以上黒也が人間を殺して悲しんでるの、見たくないよ!」

「誰がっ…いつ悲しんだ!」

 体格差もかなりある、人間と化物の違いもある。

 すぐに黒也は千里を押しのけた。

 突き飛ばされた千里は腰を地面に打ち付けたようで痛みに顔を顰めていた。

「いつも悲しそうにしてる!…わかんないとでも思ってたの?」

「ふん、心無い化物がどうして人の死を悲しむ必要がある?」

「黒也は優しいからだよ」

「…私が?」

 優しいなどと他人から言われたことなど一度もなかった。その逆なら数え切れないほどではあるが。

「黒也…」

(私は)

「私は…貴様が来てからもそんな顔をしていたのか?」

 無言で千里が頷いた。

「……」

 千里はそれ以上何を言うこともなく、黒也の次の言葉を待っているようだった。

 何度も言葉を紡ごうとしては失敗し、それを繰り返しているうちにようやく出来上がった言葉を黒也はかろうじて口にする。

「…少し考えさせろ」

「うん、待ってる」

 その言葉は黒也らしくなく掠れていて弱々しい響きだったが、千里はそれで充分だ…というふうに笑みを浮かべた。


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