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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
19/27

19・「   」

「離してくれ、佐藤を追うんだ!」

「落ち着けよ千里!どうやって世界を超えるつもりだ!お前も見ただろうが!時空バスは佐藤が持っていった。俺らに世界を超える手段なんてねぇんだよ!」

 暴れる千里を押さえ込んでいるのは紙袋だった。羽交い絞めにしても尚暴れることを止めない千里に痺れを切らし、紙袋は一度千里を解放すると腕を掴んで投げ飛ばした。

 世界がぐるんと回って千里は急降下する。

 投げ出された場所が硬い床ではなくベッドの上であったところに紙袋の千里に対する甘さが見え隠れする。

 立ち上がろうとする千里の上に飛び乗ると紙袋は千里の両手を押さえつけた。

「落ち着けって!」

 激しい動きにより帽子が脱げ、角が露になっていた。佐藤は表情を歪めて紙袋を見上げる。

「俺の言えたことじゃねぇって分かるけどよ、無鉄砲に突っ走っても化物のところには行けねぇぞ」

「失礼」

 軽く声をかけて魔王が部屋に入ってくる。

 なにやらもみ合っている二人を見て目を細めた。

「何じゃれ合ってんだ、平和だな」

「違っ!」

「平和なのはてめぇの頭の中だ腐れ魔王。で、何か良い案でも浮かんだのかよ?」

 大人しくなった千里の上から体をどけると紙袋は乱れた着衣を正しながら尋ねる。

 不思議なものだった、佐藤と鋏がいないかだろうか?紙袋はいつもより冷静に見える。

「ああ、悪い案なら浮かんだぞ」

「悪い案?」

「良かったな、佐藤を追えるぞ」

 魔王はどこか切なそうな表情を浮かべて告げると微笑む。

 何がどうだと説明できるわけではないが、嫌な予感がして千里は眉を顰めた。

「んだよ、勿体ぶらずにさっさと」

「急かすなよ、俺にだって決断の猶予くれてもいいだろ?」

「決断?何言ってんだ?…とうとう頭やられたのか」

 相変わらずの紙袋の毒舌に魔王は苦笑し、その口の悪さすらも心地よい…という風に穏やかな目で二人を見つめた。

「鋏は…いねぇな、まあいいか、あいつと俺にあまり関係はないわけだ。大事なのは俺と千里、それに千里の意思だけだ」

「魔王?」

「あー」

 魔王は天井を見上げると声を出す。それから頭をガシガシ掻いた。

「やっぱ怖ぇわ」

「怖いって何がだよ?」

「千里、情けない俺を後押しするため…ちょっくら質問に答えてくれ」

 突然の質問、断る理由もなく千里が頷く。

「千里は…辛いことがあったとして、それを忘れたいと思うか?例えば…例えばの話だが紙袋が兄を失ったように、俺がイグレアを失ったように大切な人を失ったり…自分が何か取り返しのつかない過ちを犯してしまったり、抱えたくない辛い過去を持っていたとして」

 抱えたくない辛い過去。

 例えば…という前置きはあったがそれは間違いなく千里に向けての言葉だった。

 長い間人々から異形として恐れられ、差別され、佐藤と会うまでは一人っきりの人生だった。

 辛くて悲しかった日々を忘れたいか?と彼は聞いていた。

「知らないほうがいいって、忘れたほうがマシって出来事もあるんだよ…それでもお前は取り戻したいって思うか?過去の嫌な出来事を忘れてしまいたいって思わないのか?」

 その問いはあまりにも重く感じられた。

 しかし逃げることは出来ない。魔王の目はとても真剣で、千里の返事を待っているようだ。

 千里は暫く考え込み、それからゆっくりと言葉を選ぶ。

「嫌な思い出も、失敗も、俺が歩んできた人生の一つだ。良かったこと、楽しかったことだけが何も大切なことじゃない。過ちを繰り返さないために過ちの記憶を持つことも…大事なんじゃないのか?」

「…なるほど、流石千里。俺には及ばない考え方だ」

 どうやら答えに満足したようで、笑顔でそういうと魔王は少し寂しそうに笑った。

 まるで楽しかった何かとお別れするような、大好きだった玩具を捨ててしまうような、見ているほうが辛くなる表情だ。

「魔王?」

 千里が尋ねると魔王はなんでもないと首を振った。

 それから大きく伸びをする。

「あー…良い人生だった!」

「?」

「辛いことのほうが多かったけどな…愛する人ができた俺は幸せな人生を送れたと思ってな」

「突然どうしたんだ?」

 決心したらしい魔王は今度は迷いのない目で千里を紙袋の視線を受け止める。

「種明かしだ千里、それに紙袋…魔王様の本名を教えてやる」

「イグレアじゃねぇのかよ」

「イグレアは俺の想い人の名前だ、俺の本当の名前は別にある。まあ…俺にとっちゃ馴染みのない名前なんだがな」

 一拍間を置いてから魔王は明かすことのなかった、しかしすでに紙袋も千里も知っている名前を口にする。

「俺は千里だ」

「「は?」」

 千里を紙袋の声が重なる。

「正確にはお前の前の千里の残滓だ、鬼の力と何万回にも上る人生の悲痛な記録、それだけを引き継いだ別人だよ」

(意味が分からない)

 それが率直な感想だ。

 前の千里とは何のことだろう?今ここに千里はいて、そして千里が二人いるはずもない。

 鬼の力、何万回の人生の記録。

 聞き覚えのない単語ばかりで魔王が何を言っているのか理解できない。

 二人が唖然とするのも無理はなく、魔王はそんな二人を見てクスクスと笑い説明を続けた。

「俺が持ってるのは千里が生きてきた悠久の記憶。俺は千里じゃねぇよ…千里の記憶を情報として知ってるだけの他人だ。魂を持ってる千里じゃねぇと記憶は経験にならねぇ…つまり俺がどれだけ感情移入して記憶を読み解こうが、結局実体験には程遠いってことだ。小説で他人の生涯を読むのに近いな」

「ちょっと待て電波野郎!どういうこった…どうして千里が出てくるんだ!千里がまるで何回も人生を送ってるような…」

「そう言ってるんだ、お前の解釈は間違ってない」

 突然告げられた事実が上手く飲み込めない。

「俺の力はな千里、本来はお前のものだ。お前の前の千里が力と記憶を捨てて転生した。残されたのが俺だ」

「っ!じゃあ千里が他の世界で生きてるってのも、千里が俺のことを覚えてねぇってのも!」

「紙袋との記憶も俺が所持している…といっても感情移入は出来ないけどな。言ったよな?千里…どんな記憶でもお前は取り戻したいといった。だから俺はお前に全てを返す。力が本来の持ち主に戻れば我等より上の存在である鬼だ…世界を超えることも可能だろ」

 魔王は胸ポケットから煙草の入っている箱を取り出すと、中に入っていた最後の一本を口に銜えた。

 火が自然に灯り、煙が立ち上り始める。

「それで化物を追えってことかよ!」

「そういうこった」

「魔王…一つ聞きたいことがある」

「ん、何だ?」

 少し震える声で千里は魔王を正面から見据え、尋ねる。

「あんたの言うことを信じるとして…あんたは俺の前回の記憶を持ってるってことだろ?」

「…そうだな」

 千里が何を尋ねるのか薄々感づいたらしく、魔王は苦々しげに答えると口から一度煙草を引き抜いた。

「どうして俺は記憶を捨てた?」

「…俺の口から言わせるな、それはお前が自分自身で知るべきことだ。だけど千里は言ったよな?どんな記憶でもって」

「そうだな」

 案外簡単に引き下がった千里に魔王は目を丸くするが、同時に内心安堵の気持ちもあった。

(もう、大丈夫だな)

 記憶を捨てたのは自分の代だ。どうして記憶を捨てたのかはよく分かっているつもりだった。

 子を見る親のような心境で胸が温かい。

「んじゃ、持ち主に力と記憶をお返ししようかね」

 先程から少しずつ部屋を満たしていた煙が意思のある動きへと変わり、千里を中心にぐるぐると円を描き始めた。

「おい、ちょっと待てクソ魔王!」

 怒りを抑えた声で紙袋が噛み付く。

「何か不満でもあるのか?」

「言ったよな、お前。千里の記憶と力が魔王だって。だとしたらてめぇ…まさか」

(…ばれたか)

 心の中で呟いて魔王は俯き、苦笑した。残り少ない煙草はもうすぐで火種が口元に達しそうだ。

(こういうときだけ鋭いな、紙袋は)

 知っていて後悔はなかった。

「お前のこと、嫌いじゃなかったぞ」

「おい!」

「魔王っ?」

 引き止める声が聞こえた。

 残った煙草が薄くなった体を通過し、マフラーと一緒に床に落ちる。イグレアが「魔王」にくれたマフラーだ。

 煙草の火はマフラーに燃え移り、激しく煙がうねると千里を包み込んでその姿をかき消した。

 景色が透けてみえる自分の体を見下ろし、魔王はそれでも微笑む。

 走馬灯だろうか?

 目を閉じて思い出される光景は幸せなものばかりだ。

 佐藤と桜の下で笑いあった。

狩りの仕方を教えてもらった。

ウェドネと初めて会った監獄内での出来事。

毎日訪れるたびに明るくなっていた少年の表情。

 浮かんでは本当の千里へと流れ出し、消えていく断片。

(妙な話だ…これは「千里」の記憶だろう?)

 薄れ行く記憶、視界の中で嘲笑する。何が記録だ。何が情報だ。

(感情移入…しすぎたのかもな)

 消えていく記憶の中、残ったのは本当に僅かなものだけだった。

 再会した佐藤、紙袋。それに鋏…千里。

 喪失の中重い目蓋をそっと持ち上げると、そこには自分に残された最後のものが見えた気がした。

 天国というものがあったとして、自分は魂すらない存在なのだからそこに行く事すらできずに完全な消滅を向かえるだろう、と魔王は直感する。

 本当のところは誰も分からない。

「イグレア…」

 手を伸ばした。

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