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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
18/27

18・さわやかな笑顔の裏に嘘を

「良いのかしら?あなたのお気に入りのあの子…何か言いたそうだった」

「…聞きたくないんだ」

 佐藤と鳳仙は二人で並んで長い廊下を歩いていた。突き当たりにある大きな扉を開くと、大きなテーブルの上に料理が並べられている光景が目に入る。

 まだ他のメンバーは来ていないので、部屋には佐藤と鳳仙だけ…ということになる。

「あら、鴉ともあろう者が…怖いものなんてあるのね」

「エリカに言われた…変わったと。俺は変わった、勿論自分の望んだ方向へ、後悔しない方向へ。だがその分弱くなった」

「弱い…確かに、噂で聞いていた鴉とは随分違うわね。人を人と思わない残虐さが有名だったわ」

 だった、と彼女は過去形を強調した。

 その通りだな…と佐藤は自虐するように薄く笑った。

「だが、見えるだけだ…実際には最悪だよ俺は。我等の力を継続させるために人を食ってる…旅を始めてからも、千里に会ってからも…千里には絶対に言えない」

(軽蔑される)

 閉めた扉が開き、広間に魔王が遅れて入ってきた。

 二人が話し込んでいたのを確認し、おっと声を上げる。

「お邪魔だったか?」

「いいえ、少し昔話をしていただけよ。どうぞ座って…他の三人はどこかしら?」

「ん?そういや付いてきてないな、またコントで盛り上がってんじゃないのか?すぐに来ると思うぞ」

 どかっと椅子に腰を下ろすと魔王は腕組みして告げる。

 佐藤は食事の置かれていない席へと座り、部屋の入口から一番遠い席に鳳仙が座った。

 魔王は退屈そうに欠伸をし、俯くがそっと佐藤の様子を窺う。

 二人の会話が聞こえていないわけがなかった。

(人を食う…か。我等の定めってやつか)

 知っていることだった。

(ホント、面倒だ)

 もう一度大きく欠伸をすると、魔王は目元に浮かんだ涙を拭った。


 それから数分して千里達も広間に集まり、白いテーブルクロスのかけられた大きなテーブルには6人が集うこととなった。

 フェリンが静かに紅茶をついで回る。佐藤の席には何の料理も置かれておらず、フェリンが戸惑うと佐藤は手を振って彼女を追い払った。

「ああ!お前俺のだろそれ、盗るなよ!」

 魔王が声を上げた。

 隣に座っている紙袋が身を乗り出し、彼の皿の上に置かれていた肉をとると口へ放り込んだ。

「育ち盛りの俺に食われてお肉も幸せだぜ、きっと!オッサンなんかに食われても皮下脂肪になるだけだろ」

「失礼な、俺だって好きでこんな姿をとってるわけじゃ」

「粗相ないようにって言ったよね、紙袋?」

 ヒュッと音を立てて机の向かい側からナイフが飛んでくる。

 間一髪で紙袋はそれを避けると、小さくだが投げた本人、鋏が悔しそうに舌打ちをした。

「走馬灯が見えました、殺す気か!」

「鋏、少しは手加減してやらないと可哀想だ、せめてフォークで」

 とえげつないサポートを入れているのは千里だ。

 佐藤の隣、鋏とは一つ分席が離れた場所に座っている。

「フォークも危ねぇよ!突き刺さるだろーが」

「刺さってしまえ」

「おい、聞こえたぞ…鋏」

 なんのことやら…と鋏は胡散臭い笑みを浮かべた。

「不憫だな、紙袋」

「お前にだけは同情されたくねぇよ、クソオヤジ」

 騒ぎの中手こずりながらも一通り仕事を終えると、フェリンは鳳仙の後に控える。

「さて…と、そろそろ話してもらえるかしら?大体察しはついてるけど確証はないの。どうして鴉はここに?」

「あ、お嬢様、私は」

「ああ、ごめんなさい。じゃあお願いできるかしら?」

「はい、御用があればお呼びつけ下さい」

 話が始まると気を利かせたフェリンは一礼し自ら退室する。

 小さな背中を見送った佐藤は目を閉じた。

「分かりきっていることだろう?鷺だ」

 鷺…という名前が出ると鳳仙は目を細めた。

「そう、エリカの言っていたことは事実だってことね、あなたが鷺を敵に回すなんて信じられなかったけれど」

「エリカってのはこの前襲ってきた少年のことだろ?なあ佐藤、鷺って誰だ?」

「我等の王、鴉と相対する我等ってところかしらね」

 佐藤が押し黙り、代わりに鳳仙が答えた。

「よく分かんねぇな、どうして化物はそいつに追われてんだよ」

「とにかく…鷺は敵だ。世界を移動した程度で逃げ切れる相手ではない。千里のいた世界も見つかった」

「なるほど、大体用件は分かったわ。それで中立の立場である私に助けを求めにきた…というわけね」

「ああ」

「私の答え、予想がついているわね?」

「…ああ」

 最初から望みの薄い賭けだとは分かっていた。

 中立の立場とはどちらに加担することもないからこそ成立する。それを望む鳳仙がどちらかに力を貸そうものなら中立は崩壊してしまう。

「断言しておくわ、私はあなたに加担することはしない。私はあなた達とは違って平穏を望むの…この世界を手に入れた。この世界を継続させていくことが私の望み」

「鳳仙さんは…手助けしてくれないのか」

「ごめんなさいね、千里君」

 予想通りの返答に佐藤は閉じていた目を開き、思いつめるように一点を睨みつけた後椅子を立った。

 何かを決心した様子で頷く。

「ここからは俺の個人的な頼みだ、こいつらを…頼む」

「佐藤?」

 突然の佐藤の言葉に隣に座っていた鋏が不安げな声を上げる。

 鳳仙はまるで最初からそう言われることが分かっていたようで、ふっと真剣な面持ちになると確認するように佐藤に尋ねた。

「あなたはそれで…本当に構わないの?」

「それ以外に道がない」

「分かったわ、友として…この子達の安全は約束する」

「助かる」

 手短に礼を述べると佐藤はマントを翻して部屋を出ようとする。千里は慌てて席を立ち、佐藤の腕を掴んで引き止めた。

「どこに行くんだよ!」

「…これは俺の問題だと言ったはずだ。お前達を巻き込むわけにはいかない、だから一人で旅を続ける。お前達の旅はここで終わりだ」

「それは、一人で行くってことなのかな?」

 佐藤は何も答えないが無言は肯定を示している。

 思わず佐藤の腕を握る力が強くなるのを自覚し、千里はすがるような目で佐藤を見た。

「どうして」

「お前はどうなる!」

 叫んだのは座ったまま腕を組んだ魔王だった。

「ずっと願ってたことじゃないのか?お前の苦労は知ってる…だから」

「ありがとう、千里」

「?」

「っ!」

 その感謝はどちらに向けられたものだったのか。突然礼を言われた千里は首を意図がつかめず首をかしげ、魔王は驚いて顔を歪める。

 魔王が怒りを表したことが嬉しかったのか佐藤は優しげな笑みを浮かべ、千里を強く突き飛ばす。

 佐藤が千里を乱暴に扱うのはこれが初めてで、まったく予想していなかった衝撃に受身を取ることもできず千里は倒れこむ。

 背中に来る衝撃を予測して目をきつく瞑ると誰かが支えてくれた。

「大丈夫?千里」

「鋏…さん、佐藤は!」

 腕から逃れた佐藤は広間の開け放たれた扉をくぐろうとしているところで、そこで振り返ると四人を見る。

「じゃあな」

 ふっと、まるでそこに元から誰もいなかったかのように姿が消えた。

 消えた場所に桃色の花弁が散る。

 鋏から離れた千里はその花弁の場所に近付き、宙を舞うそれを両手で作った器に受け止めた。

 花弁ではないことに気づく。

 桜の花弁をイメージして作られたガラス細工。それはバスを出現させる際に佐藤が破壊したあの髪飾り、それの破片だった。


 一人バスに乗って次の世界へと急ぐ。

 いつもは騒がしバス内だが、今はエンジンの僅かな音しかしない。いやに沈黙が気になってしまい佐藤は苛立つと目を閉じた。

(最初からこうだったはずだ)

 自分に言い聞かせる。

 旅を始めると決意したとき、我等と敵に回すと分かったとき、最初は一人だった。それが余計な手出しをしたせいでいろんな人間が増え、どんどん面倒になっていった。

 面倒なだけだと思っていた。

 バスに鈍い振動が訪れる。到着したようだ。

 この世界にこの格好は似合わない…と佐藤はシャツを脱ぎ捨てると、千里と最初会ったときに来ていた白い着物、それに上からピンク色の羽織をかけた。黒いマントは羽織によって隠された。

 降りると長く旅に使ってきたバスを見る。

「すまないな」

 小さく呟くと右手を目の前に翳し、バスに向かって魔力を放った。

 空気が震動し、震えがバスに伝わると一瞬にして砕け散った。金属で出来ている部分も、タイヤですら軽々と吹き飛ぶと破片になって地面に降り積もる。

 空を見上げた、月が出ている。

 バスの停まった場所はどうやら人里から離れた山中のようだった。佐藤は手近にあった高い木にひょいと登り、そこから山の下に広がる世界を見下ろす。

 山の一部が桃色に染まっている、桜の季節だ。

 人が自然を畏れて生きている世界、木造の長屋の立ち並ぶ町、住民全てが佐藤と同じく着物を身に着けている世界。

 懐かしい場所、故郷。

(ここで終わる)


 与えられた部屋は一人一部屋、鳳仙の住んでいる館は部屋が幾つもあり、来客に一部屋ずつ貸しても尚余っているらしい。

 鋏は皆が寝静まった夜中になるのを待ち、暗くなったのを見計らうと部屋をそっと出た。

 音を立てないように廊下を歩く。

 そして王間、最初バスが到達した場所へ向かった。

 扉を開けると予想通り、そして会いたかった人物の姿がある。

「こんな夜分遅くにどうしたのかしら?」

 鳳仙は鋏に背中を向けていたが、それでも誰かが来たことは分かっているようだった。

 彼女のことだ、おそらくその人物が鋏であるということも分かっているのだろう。

「あなたは全てをご存知なのですよね?鳳仙さん」

「…ええ、あなたのことも知っているわ、鷺の狗」

 鋏のことをそう呼ぶと鳳仙はゆったり振り返った。

 我等、それに佐藤に一目置かれる強さを持つ鳳仙、彼女と一対一で向き合っているというのに鋏は笑みを絶やさない。

「やはりご存知でしたか」

「あの鷺が珍しくただの人間を飼いならしたというじゃない、それは知っていないほうがおかしいわ」

「佐藤にも、鴉にもすぐに気づかれましたよ。流石は…我等の一人だ。僕の嘘も演技も彼の前には無意味だったみたいです」

「にも関わらず鴉はあなたを近くに置いていたわ。どういうことなのかしら?…私はそれが一番分からなかった」

 佐藤は変わった。

 それは鳳仙ですら気づくことであり、その中でも一番謎だったのは自分の存在を危ぶませる鋏を近くに置いていたことだった。

「生まれたときから僕は見放されていました、世界から。何も知らない僕を拾って育て上げてくれたのは鷺です。僕にとっては何が正しい、何が間違っているという前に、鷺が全てだという考えがあります。主人である鷺に従うことだけが僕の取り柄であり、存在価値であり、僕の自由ですから」

 そう言って鋏は自分の首に回された有刺鉄線を指で引っ張った。

「大層な首輪ね、あなたは鴉の敵かしら?」

「そうですね…確かに僕は鷺の狗ですが、同時に一人の人間でも、鋏でもあります。僕はきっと長い間主人から離れすぎたんだ、佐藤から千里の話を聞かされたとき、興味が湧いた。そして千里に会いたいと願うようになった。僕には主人が二人いる」

「鴉と鷺、というわけね。それで、今のあなたはどちらなのかしら?」

 鴉に友として寄り添う鋏なのか。

 鷺に従う狗なのか。

 どちらとも言わずに彼は微笑んだ。

「僕の心は決まってる…佐藤の友達で、千里や紙袋、魔王の仲間。だけど僕の本質も決まってる…鷺の命令には逆らえない」

 面倒な言い回しに鳳仙は苦笑して腕を広げた。

「あなたは鴉を助けたい…そういうことね」

 無言で鋏は頷いた。

「鷺に会ったらどうなってしまうか分かりませんが、そのときは僕が僕を殺します。そのために制限してるんですから」

 左半身の動きを束縛する鎖を示して鋏は呟いた。

 それから鳳仙を見ると笑顔を消して細くなっていた目をしっかりと開いた。

「オレは佐藤を助けに行く」

「…そう、そうね。なるほど…こうしてみると鴉のとった行為も愚かではないように思えてくるから不思議だわ」

 クスリと笑うと鳳仙は佐藤の胸を指先で軽く押した。

「行きなさい、私はあなた達に興味が湧いたわ」

「助かりますが…本当にそれだけですか?」

「何のことかしら?」

「…僕は全てを知っているわけではありません。人ですから命は短いですし、見た目どおりの年齢です。ですが…鷺が何か隠していることぐらいは分かっていました」

 暫く無言が続き、負けを認めたように緊張を崩したのは鋏ではなく、鳳仙だった。

「頭のいい子ね、大方推測できているんでしょう?」

「申し訳ないです」

「いいわ、あなたの推論通り、私は千里君に重ねている。だからこそ苦労をして手に入れた中立の立場、それを脅かすような危険な橋を渡るの…軽蔑したかしら?」

「いいえ、それでも充分です。 僕のこの行動が千里を助けるおとになるなら、それで満足ですから。ありがとうございます」

 鋏の姿がぼんやりと薄れ、やがて激しく発光するとその光は巨大な術式を部屋中に展開させて収束し、鋏の姿を消し去った。

 消え去る寸前に鋏は口を動かし、小さな声で何を告げる。

 それは風の音にかき消されてしまったが鳳仙に吐聞こえたようで彼女はその言葉にあきれて肩をすくめた。

「随分厄介なお願い事ね。別れ際に言えば断られないと思ったんでしょう…本当に頭の良い子だわ」

 消滅と同時に激しい風が吹き荒れる。

 やれやれと風に煽られて乱れた髪を整えながら鳳仙は椅子に座った。

「私も甘くなったものね」

 中立の立場が崩れる日もそう遠くないのかもしれない。


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