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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
16/27

16・鷺の鴉狩り

 佐藤の表情に余裕がない。

 電信柱の多い道路を水溜りの水が跳ね返ることも気にせずに駆ける。足がもつれるのではないか…と心配になるほどの早さで千里は佐藤に引かれるまま走った。

 帽子が風に飛ばされそうになり、千里は佐藤と繋いでいないほうの手で頭を押さえて風の音に負けないように叫ぶ。

「魔王の居場所は分かってるのか?」

「大体の方向しか分からない…上がるぞ、手を離すな!」

「上がるって…うわっ!」

 一歩が大きくなり、地面を強く蹴ると佐藤は背中に翼を生やし、瞬時に空へと翔け上がった。

 手を引かれた千里は佐藤に引き上げられ、抱きかかえられた。

 反射的に暴れて腕中から逃れようとしたが、眼下に広がる景色に背筋が凍り、反対に佐藤にしがみ付いてしまった。

 くすくすと笑った佐藤は雨粒が千里の頬を濡らしたのに気づき、すっと上空を睨みつけた。

 灰色の雲に覆われる空、雨粒が動きを止める。

 時間を止めるなどという芸当ができるはずもなく、雨粒が停止しているのは佐藤の周辺だけのようだ。

 不可思議な現象にはもう慣れてしまった。

 上空に留まり、佐藤は地上へ視線をめぐらせる。人は見えるが豆粒程度にしか見えない。

 こんな状況で、しかも悪天候の中人を見分けるということは出来ないように思えたが、佐藤の黄金の目はしっかり人を判別できているようだった。

 見つけたようで、一定の部分で目を留めて急降下を始めようとした瞬間、目を両手で覆われて動きを止める。

 突然視界が真っ暗になったことに佐藤は動じず、犯人が分かっているようで僅かに不機嫌なオーラを出した。

 目を覆われていない千里は正面に突然現れた人物の名を呼ぶ。

「魔王!」

「よう千里、どうして佐藤なんかに抱えられてんだ?」

 ひょいっと佐藤の目から手を退けると魔王は千里を奪い取って抱えあげた。

 空中でひょいひょいと移動させられては堪らない。千里が非難の目で魔王を見ると彼は悪戯をした子供のように笑う。

「俺のことを遠くから探してる奴がいたもんでな、ちょっと驚かせてやろうと思って」

「突然視界を奪うような真似をするな。危うく殺すところだった」

「で、どうして俺を探しに?プチ家出って禁止だったか?」

 どうやら魔王は本当に家出をしていたらしい。

 プチとつくところに、彼がそのうち帰ってくるつもりであったことが窺える。

「状況が変わった、この世界は危険だ…逃げる」

「ん?珍しいな、お前の言ってることが理解できない。彼の知らない隠し事がまだあったのか…佐藤」

「…俺はすべてを話したわけじゃない。それに知っていることもあるはずだ。この世界には鋏の関係者がいる」

「鋏の?」

 少し思い悩む風に魔王は顎に手をあて、やがて思い当たる人物がいたのかはっとして目つきを鋭くした。

「事情は分かった。大のおっさんが家出なんてしてる場合じゃねぇってことか」

「いや、俺には全く分からないんだが」

 完全に話に置いてけぼりになっている千里が非難するつもりで呟くと、佐藤は申し訳なさそうに千里に視線を合わせる。

「この世界は最早安全ではないということだ…千里、元いた世界からお前を引き離すことを許してほしい」

「この世界を出るってことかよ」

「戻れないかもしれない…ただ、頼るあてはある。力を貸してくれるかは分からない気まぐれな奴だが聡明だ」

「佐藤の知り合いが聡明ねぇ…なんかまた変人が出てきそうだが、今はそいつを頼るっきゃねぇってことか」

 頷くと早速佐藤は千里と魔王を連れて館に戻ろうとする。

 だがすぐに体を跳ねさせ、鋭い眼光で振り返った。

「……」

 いつの間にこんなに近くにいたのだろう?と千里は恐怖を覚える。

 すぐ後、数メートル離れた位置に前髪の長い男が立っていた。腰と手首の間に布が垂れており、それは良くみると翼に見える。

 無言で立っているだけだというのに何故か恐ろしく、シンなど比べ物にならないほどの違和感を放つ存在だった。

 何故そこにいるのか?

 何故存在しているのか?

 そのことすら不自然な男。

「エリカ…お前もか」

「分かっていたはず鴉、僕は鷺の味方」

 鴉というのはおそらく佐藤のことだろう。偽名を使っていると言っていた。佐藤も偽名の一つだと。

 だとすれば鴉も偽名の一つなのだろう。

 黒い鴉に対を成す鷺が誰なのかは知りえることが出来ない。

「なんだか知らないが不気味な奴だな、佐藤、こいつぶった切っていいんだよな!」

「駄目だ!」

 好戦的な態度をとる魔王を珍しく佐藤が咎めた。

 怒鳴り声に驚いた魔王の視線に気づき、平静さを作ると今度は静かにゆっくりと繰り返す。

「駄目だ…逃げる」

「佐藤?」

「エリカの格は俺や千里、それに魔王と同レベルだ。シンを相手にするのとはわけが違う…本当に一人や二人、犠牲を覚悟して倒すことになる。それにこいつを倒せたとしても」

「僕はただの時間稼ぎ…鷺が来る」

(また鷺)

 誰なのか千里には分からなかったが、それでも佐藤がその人物を恐れているのか、嫌っているのか…とにかく会いたくないと思っているということは察することができた。

 佐藤が突然回れ右をして宙を駆け出す。魔王の手を引いての全力飛行だったが、気がつけば前に追い抜いたはずのエリカの姿があった。

「時間稼ぎ」

「俺達の足止めが目的…か、魔王、先に館へ戻れ」

「あー、お前は?」

「すぐに追いつく。俺がいなければバスが出せないだろう?」

「オーケー、んじゃ千里、ちゃんと掴まってろよ!」

「ちょっ」

 佐藤一人をおいていくのが不安で千里が何かを言いかけるが、急激な魔王の動きに舌を噛みそうになって黙り込む。

 魔王の肩口から首を捻って後を振り返った。

 佐藤の背中がどんどん遠くなっていく。

 黒いマント、黒い髪、その後姿と宙に浮かんでいる姿が近視感を呼び覚ました。

 千里の中で以前フラッシュバックするように頭に浮かんだ光景、空に飛び立つ黒い鳥の光景が被さる。

 飛んでいったのは鳥だったのだろうか?


「再会を祝って戦ってやりたいところだが、俺は鷺に会いたくない。だからお前と戦うつもりはない」

 千里が去ったのを確認すると佐藤はエリカにそう告げた。

 エリカは魔王と千里を追うことはしない。彼の目的はあくまで鷺と佐藤を合わせることで、つまりは佐藤の足止めだった。

 彼の仲間などに興味はないのだろう。

「無理」

「…口数が少ないのはお互い様だと思っていたが、どうやら俺は変わったらしい。なるほど、確かに取っ付きにくいな」

「鴉は変わった」

「俺の望んだ変化だ」

「僕らは望まない」

 佐藤が身を翻して急降下を始めると、その隣に追いついたエリカが並んだ。体が白色の炎に包まれ、その姿を人から巨大な蝙蝠へと変貌させる。

 佐藤は隣を滑空するエリカを蹴り飛ばすと、距離をとって両手を合わせ、離してできた空間に光の槍を生み出した。

 分裂した小さな槍が次々とエリカに襲い掛かるが、エリカは素早く体を震わせて槍を紙一重で避けた。

 彼が回避行動に専念している間に佐藤は術式を組み上げ、胸の前に浮いた文字の上に、指を少し噛んで溢れた血を落とした。

 紅い血が術式に触れると同時に灰色の液体へと染まり、瞬時に気化して何倍にもその面積を増した。

 煙幕だとエリカが気づいたときには周囲は煙に包まれ、相手の姿を目視することが不可能になっている。

「しくじった」

 ポツリと粒いて蝙蝠が巨大な翼を大きく羽ばたかせると、風が起こって煙が散った。

 良好になった視界、しかしすでに佐藤の姿はない。

 蝙蝠は人の姿に変貌し、無言で先ほどまで佐藤のいた場所を睨む。その顔は相変わらず無表情であったが、ほんの少し悔しさがにじみ出ている。

「ごめん、逃げられた」

「…構わないよ」

 凛とした、佐藤より少し高い声が響く。

 エリカの少し後の宙に足場がないというのに立っている男は白い髪、白い目をした青年だった。

 浮遊する為に使っている翼は白い色をしている。佐藤とも、エリカとも違う色、それが彼が形容し難い違和感を放っている理由なのかもしれない。

 ストレートの髪は長く、背中の半分ほどに先端が揺れている。後で一つに束ねており、白い衣装もあいまってか彼は全身白いように見えた。

「鷺、どうするの?」

「我等を敵に回した鴉の頼れる人なんて分かりきってる。行き先の検討は大体つく。問題はそこの主がどう動くかだ」

「主?…ああ、鳳仙」

「少し様子見といこう、エリカ」

 鷺…佐藤の恐れていた人物とはおそらくこの白い青年のことなのだろう。

 エリカがどこか慕うような、従うような素振りをとる。

「逃げられると思ったら大間違いだよ、鴉」


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