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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
12/27

12・盲目の説得


(探してる?上等だ…こっちから向かってやんよ!)

 白い街の中を駆け抜けながら紙袋は腹の底で渦巻く怒りを噛み締めていた。

 照りつける日の光は石畳や壁に反射して眩しい。目のふさがれている紙袋だが、それでも暑さに呻いた。

 体力があまりあるほうではないと自負しているが、それでも足を止めない。

 前方におそらく存在しているはずの白いドーム、王城へ向かう。

 ふと何者かの視線を感じて紙袋は足を止めた。

「お迎えかよ、わざわざご苦労なこった」

「姿を隠しても貴方には無意味だということですね。流石、教皇の弟君…しかし分かっていらっしゃるのならご同行願いたい」

「余計な世話だ、てめぇなんぞに言われなくとも自分で向かうつもりだ…失せろよ女!」

「私を女扱いするとは…貴方が初めてだ。だがいくらウェドネ様であろうとも教皇の命に逆らうことは許されない。教皇より、手向かうようであれば殺してでも連れて来いとの命令だ」

「ひひっ、言ってくれるな嬢ちゃん。兄貴は俺が死なねぇってことを分かって言ってるんだ。てめぇに勝ち目はねぇぞ?」

 紙袋の中に手を突っ込んで巨大なフォークを引き抜く。

 戦闘の意思を見せた紙袋を見て、デウスは溜息をついてから腰の剣を抜き出した。

「魔術の才なき凡骨に私が負けるとでも?勝ち目はないかも知れぬが負けるつもりもないと知れ!」

 白銀が閃いた。

 踏み出すと同時に放たれた斬撃を紙袋は音、それに空気の微弱な振動で予測し、フォークで受け止めた。

 甲高い音が鳴り響いて二人は静止する。

 力の均衡、どちらも引くつもりはないようだ。

「可愛い子と遊ぶのは大好きなんだけどな!」

 右手だけで圧されるフォークを支え、手持ち無沙汰な左手を握り締めると紙袋はデウスを殴りつけた。

「がっ」

 腹に何の抵抗もできずに拳を受け、デウスは地面に転がる。

 無様に這いながらも戦意喪失はしていないようで、ぎらぎらとした目で紙袋を睨みつけた。

「熱い視線も大歓迎なんだが、俺には千里という嫁さんがいるんだ。浮気はできねぇ…許してくれよな」

「千里…やはり貴方の心は教皇にない」

「莫迦か?…あんだけ痛めつけといて俺を縛り付けたい…なんて甘い考えがそもそも間違ってんだよ兄貴は」

「黙れ!教皇を侮辱するな!」

 激昂したデウスは素早く体を起こすと、左足を軸にして体を捻り、戻る力を刃に乗せて切りつけた。

 紙袋はそれを避けようともせず、脇腹に深く鋭利な刃が切り込み、肉を抉るのを傍観する。

 真っ赤な血が噴き出した。

 自分の血を自分自身で浴び、しかし焦った様子もない紙袋は攻撃をしたことで動けなくなっている僅かな隙をつき、フォークを思いっきりデウスに突き刺した。

「はっ…ぐ!」

 胸に突き刺さったそれは勢いを殺さず、彼女を地面に叩きのめす。

 貫かれた彼女からは真っ黒な血が噴き出す。

「人間以外も守備範囲だぜ?俺は」

 脇腹を貫かれているというのに顔色一つ変えず軽口を言う紙袋、信じられないという目でデウスは見上げる。

「貴様!…痛みを感じていないのか」

「ああ?…んなわけねぇだろ。めちゃめちゃ痛い、ま、死ぬこたぁねぇけどな」

 深く突き刺さった刃を素手で握り締め、紙袋は引き抜くと遠くへ放り投げた。

「痛みは愛なり」

「…何を…?」

「痛みは愛なり、苦しみは美徳なり…お前を痛めつけるのは愛からだ。お前を愛しているからお前を閉じ込める。苦しめる」

 突然詩でも朗読するかの如く無感情に語りだした紙袋を、不審な目でデウスは見る。

「お前等の大好きな教皇様の台詞だよ。この程度の痛みで俺が喚くとでも思ったのかよ?」

「なるほど、すでに貴方は狂っていられる。教皇と同じだということか」

「いいだろ?似たもの同士の双子だ。仲がよさそうで微笑ましいよな。笑え…笑え、笑えよ!」

 哀れむような視線を向けられ紙袋は激昂した。

 フォークをより深くに突き刺されてもデウスは表情を変えず、悲しそうな視線をただただ紙袋に向ける。

「何なんだよ!分かってもいねぇくせにんな目で俺を見るな!」

 自分の顔を覆う袋に手をかけ、紙袋は絶叫するとそれを脱ぎ去った。


 外観は真っ白なドームだが、内部は灰色の壁や柱のある陰鬱なイメージのある場所だった。

 教皇の城と呼ばれる場所、その王間の中心に血塗れた衣を身に纏い、ボロボロになった吸血鬼が伏していた。

 体中が傷だらけ、所々の服が破けている。

 腹部を貫く光の槍は相変わらず佐藤を苦しめ続けているようだ。

「無様、無様!伝説の吸血鬼様ってこんなに弱いんだね!」

「マキナ、お前達と比べるな。そいつには血が巡っている…生き物だ。遊ぶのはいいが壊すなよ?」

「うん!マキナ約束守る!」

 無邪気な笑顔を浮かべたマキナはナイフを持ち、再び佐藤に向き直る。

「…下種が…作り手に似て……随分と悪趣味な」

 途切れ途切れの言葉を血に濡れた唇で呟いた。

「シン様の悪口ー!」

 明るい口調で叫びながらナイフを肩口に突き刺す。

 佐藤は僅かに顔を歪めただけで悲鳴を押し殺した。

「…っ、いたぶる為だけに俺を捕まえたのか?」

「それも一興だが、それだけのためにお前を捕まえるなどというリスクの高いことはせぬよ」

「やはり我等の血肉が目的か」

「もっと力を得なければ、私からウェドネは離れていってしまうだろう?絶対的な力が必要なのだよ。それに…忌々しいことにウェドネは随分とお前に懐いているようだ」

「?」

「そんな化物に俺が懐いてるわけねぇだろ!」

 待ちわびていた声が聞こえ、シンは歓喜の表情を浮かべた。

 王間の入口、その扉が乱暴に開け放たれて紙袋が駆け込んできた。

 袋はかぶっている。

 兄の気配を感じたのか表情を固くした。

「何故…来た!」

 心から絶望しきったように佐藤は紙袋を見て呟いた。

 弱りきった声は珍しく、紙袋はこういった状況であるにもかかわらずからかうような笑みを浮かべた。

「らしくねぇな化物、不死身のお荷物なら盾に使えるんだろ?存分に活用しやがれ」

「逃げろ!…シンに再び捕まれば、次はどうなるか」

「逃げるんならてめぇも一緒だ化物!俺としてはてめぇが生存スンのは残念で残念でたまらんが、千里が悲しむのは見たくねぇ」

 弱りきった佐藤を見てそれだけ言い切ると、紙袋は自分の兄の前に歩み出て対峙した。

 紙袋を確認したマキナが表情を曇らせる。

「あれ?…デウスが捕まえにいったはずなんだけどなー」

「所詮は人間の模造品だ。あんなもので捕まえられるとは思っていなかった…だが、自分から来てくれるとは想定外だったぞ、ウェドネ」

「兄貴」

 目は見えないが声紋、気配、空気の震動で分かる。確実にそこには変わっていない彼の兄がいた。

「お前の人形は動けない人形に戻しておいた。それがお似合いだ…魔術で歪められた命なんて存在しなくてもいい」

「実の兄をお前呼ばわりか?…変わらんなウェドネ。人形のことなら気にするな石像になっただけだろう?」

「よくご存知だろ、兄貴が俺に埋め込んだ力だ」

 忌々しそうに紙袋は袋の上から両目のある位置に手を押し当てる。何かを隠すような、痛みを堪えるような動きだ。

「シン様!こいつまさか…デウスを!」

 デウスがどうなったのか悟ったマキナは表情をクルリと変え、佐藤をいたぶっていたときのような余裕のある表情から怒りの表情へと変えた。

 牙をむいて飛び掛ろうと身構えるデウスをシンが片手で制す。

「そう急くな、新しい姉妹なら私がまた作ってやる」

 簡単に言ってのけたシン、その言葉に反応して佐藤が呻いた。

 顔を上げてシンを下から睨みあげる。

「膨大な魔力はやはり人間には過ぎた力か…命の重みすらも分からなくなったようだな」

「…その言葉、貴殿にお返ししよう。人を食らって生きる吸血鬼が何を戯けたことを」

 蔑んだ目で佐藤を見下ろすと、シンはひょいっと指先を揺らした。その動きに呼応して佐藤が見えない力に跳ね飛ばされる。

 抵抗することもできずに十メートルほど跳ね飛ばされ、岩壁にぶつかって息を詰まらせた。

「う…」

「マキナ、そいつを牢へ入れておけ。私は愚弟を連れて行く」

「はーい!」

 最早動くことすらままならなくなった佐藤をマキナは小柄な体だというのに軽々しく担ぎ上げ、スキップをしながら王間を去った。

 部屋に残された二人は相変わらず対峙したままだ。

 最初に動いたのはシンだった。

 紙袋に向かって一歩踏み出すと、警戒した紙袋は一歩下がる。

「吸血鬼のためではないと言ったな?ならば弟よ、何故私の元にわざわざ舞い戻った?出て行ったのはお前ではないか」

「…終わらせに来たんだ」

 そっと告げると紙袋は乱暴に自分の顔を覆う袋に手をかけた。

 そのまま上へ抜き去ると放り投げる。

 晒された顔は兄であるシンによく似ていた。癖のある銀髪、長さはシンのほうがあったが、顔立ちまで似ている。

 違うところといえば幼さ、そして纏う雰囲気、そして目だ。

 紙袋の瞳孔は十字に割れていた。

「二度目だ」

 今度は自分からシンへと歩み寄る。

 少し手を伸ばせば触れられるほどの位置まで近付き、立ち止まった。自分より少し背の高い兄を見上げる。

「もう、止めよう…兄貴」


 込められた弾薬は六つ。

 佐藤から受け取った拳銃を二つ、ガラガラを音を立てて回転させる。バレッドが音を立てて回転する。

 撃てる状態になっていた。

 千里はそれをガンベルトに固定しなおすと建物の影から顔だけを覗かせ、先にある目的地、王の城を網膜に焼き付ける。

 帽子を深くかぶっているため鬼だとばれることはないだろうが、一般人が王城に近付いているというだけでも大問題だ。

「おいおい、本気か?千里」

「佐藤が帰ってこない…それに紙袋も行方不明だ。あの白い女…騎士服を着てた。王に仕えてる人間だ」

「だから王城に乗り込むの?…ホント、そういう無茶なとこは佐藤に似ちゃったね」

 呆れたように肩をすくめるのは鋏だ。

 魔王は千里と同じく建物の壁にもたれかかり、煙草を口に銜えて暢気に一服中である。

「無謀って言うんだ、そーいうのは。内部の構造は分かってるのか?まさか城を片っ端から探すなんて馬鹿なことは言わないでくれよ。それに警備、厳重だ…一人の力じゃどうにもならねぇほどにな。魔術も使えないお前が渡り合える相手じゃない。それにそもそも…お前は人を殺せるのか?」

 穏やかな雑談をするように気軽な言葉だったのだが、魔王の言っていることはもっともだ。

 千里は表情を沈ませる。

「だからって、このまま佐藤達を見殺しにするわけにはいかない」

「立つ瀬ねぇな…あいつも、護るのは佐藤の役割のはずだろーに。逆に助けられてどうすんだっての」

「僕はそういうの好きだけどね、千里が佐藤に恩返ししたいって思うのは分かるし…僕だけじゃ辛いから魔王も力を貸してくれると嬉しいな」

 どうやら鋏は千里に協力してくれるらしく、千里の後に立って肩に手を置いて魔王に頼み込む。

 二人分の期待の眼差しに耐え切れなくなったのか、魔王は顔を逸らして苛立ったように頭をかき乱した。

「あー、結局俺に断るって選択はねぇんだよ。それ分かってやってるだろ?腹黒いな」

「よかったね千里、僕が案内する…で、魔王が戦ってくれるってさ」

「…いいのか?」

 ついさっきまでは明らかに嫌そうな顔をしていたというのに協力してくれる魔王、流石に千里も急激な態度の変化に戸惑いを感じ、確認した。

 何度も聞くな…と魔王は払うように手を振る。

「雑兵共はおっちゃんに任せて、お二人は先に行けや。俺が派手に暴れて注意をひきつけてやるからよ」

「助かる…行こう、千里」

「あ、ああ…魔王、気をつけてくれ」

「俺は魔王だぜ?」

 ニヤリと笑った魔王の顔には確かな自信が見て取れる。

 鋏に腕を引かれるまま、千里は魔王とは逆の道へと走っていった。

 残された魔王は広いほうの入口、正門を入って中庭に出る道を堂々と歩き始める。

 勿論警備のために配置されている兵士が数人おり、突如道のど真ん中を歩いてくる男に不審そうな目を向ける。

 当然そのまま通してくれるはずもなく、すぐさま魔王の前方に行く手を阻むために数人の兵士が並んだ。

「貴様何者だ?本日の謁見は予定されていないはずだ」

「ま、お前達の王様とやらに用事はねぇからな」

 軽く笑って言うと兵士達は余計に警戒心を強くしてしまう。

 敵意のこもった視線を受けて魔王は肩をすくめた。

「物騒物騒、誰か一人ぐらい話の分かる奴はいないのかね…ま、いいか。悪いが少し怪我してもらうぞ」

 言葉の意味を理解して兵士達が攻撃を仕掛ける直前、魔王は強く地面を蹴って一斉に射出された魔弾を避けた。

 彼の素早く動いた後を追うように、煙草の先端から零れだした煙が尾を引く。

「久々に変身といきますか」

「こいつっ、魔術を使うぞ!」

「危険だ、城内へと入れるな!」

 叫び声を聞きながら煙に体を包ませる。

 灰色の煙に体がすべて覆いつくされ、次に霧散したときにはそこに巨大なとぐろを撒いた黒い蛇がいた。

 シューシューと不気味な呼吸音を立てている。

 口が笑みを浮かべるようにぱっくりと開き、口を動かしていないというのに喉の奥から声があふれ出した。

「異世界の王の力、思い知っときな若造」


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