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ざわざわ  作者: 千里/快晴310
10/27

10・確執、不穏。

 銀髪の青年は王座より立ち上がる。

 彼の名はシン。王の謁見の間には数名の家臣が控えている。

「教皇、次の手はどうなさるので?」

「結局逃げられちゃったんだよね」

 その場にいる家臣の中でも特に異彩を放つ者が二人いた。

 シンの左右に控えている女で、どちらも真っ白な頭髪をしている。

 右側に控える女はショートカットの強気そうな顔をした者。

 左側に控える女はおかっぱ頭の、目の下で前髪を切りそろえた者。

 教皇と呼びかけた女も、暗い印象を受ける女も、双方とも頭の上に黒色のリングを浮かべていた。

 まるで天使のようにも見えるが、メタリックな黒をしているそれは時折ヴヴン…と機械音を上げている。

「デウス、時空移動に必要な魔力は?」

「は、ただいま集めてはおりますが…やはり膨大な力が必要であるが故、国民を総動員しても不足しているというのが現状かと」

 デウスと呼ばれたつり目の女はシンの問いに恭しく答える。

 その答えには満足できなかったようで、シンは僅かに不快感を滲ませた視線を巡らせた。

「術式による移動は不可能、だとすればアレはどうやって」

「シン様ー多分そいつはバス使ってるんだよ。対価払ってさ」

 悩ましげな主を助けようと思ったのか、もう一人の女が声をあげた。とても敬語とは呼べない口調だ。

 しかしシンの気分を害すことはなかったようだ。

「マキナ、お前はバスの対価を支払えるか?」

「やだなー、あれって生き物だけが使えるやつですよ。私達には大切なものなんてないんですから、無理に決まってます」

「僭越ながら教皇、教皇自らが対価を支払うことはできぬので?」

 デウスの提案に少し考え込んだシンだったが、すぐに首を横に振る。否定の意だった。

「私の大切なものを知っているだろう?手元にないものをどうやって支払う?」

「軽率な発言でした、申し訳ございません」

 素直に自らの非を認めてデウスが頭を垂れる。

「構わん、お前達のおかげで時空を超えて魔術を飛ばすことには成功しているのだ…それでじわりじわりと追い詰めることも可能だ」

「気の遠くなる作業だー。シン様は我慢できるのかな?」

「…その分の怒りをぶつけるだけだ。私のウェドネを奪った罪…忘れたとは言わせんぞ、吸血鬼」


 小さくなった体に見合うサイズの服をどこからか佐藤が調達してきて、千里はそれを着て彼の膝の上にいる。

 背中に感じる佐藤の体温は驚くほど低い。

 振り返ると彼が俯いて静かに寝息を立てていた。

「なぁ…佐藤ってバス酔いでもするのか?」

「は?」

 千里の近くに行きたい…という願いが珍しく受け入れられ、最後尾の座席より一つ前の椅子に座った紙袋が驚く。

 突然の質問に意味を量りかねたようだ。

「しねぇだろ、化物は。そんなに繊細な生き物にも見えねぇぜ」

「うぷっ…分からないぞ。俺みたいに…っ…」

「あー、大丈夫?魔王」

 青い顔をして辛そうに座席に横たわっているのは魔王だ。その傍で心配そうな言葉をかけつつ、鋏が笑っていた。

 明らかに面白がっている。

「うー…覚えてやがれ腹黒ロメオ、車酔いの苦痛がお前には分からんのか、というか老体は労われ」

「魔王が車酔いっていうのも面白いけど、吐かないでね。それに老体が弱いっていうなら何度もいうけど若い姿でいればいいのに」

「こっちこそ何度も言わせるな、力が有り余るってのも危ない」

 会話で気分が紛れたのか、魔王は少し回復したようで体を起こすと、胸ポケットから煙草を取り出して火をともした。

 車内で煙を出されるのは迷惑だが煙が出ていない。

 厳密に言えば煙は先端から確かに出ているのだが、すべて魔王の左手の上に集まって球体になっている。

 煙を広げないようにという魔王の配慮だ。

「車酔いが煙草」

「楽しみ奪うなよ、それにこれ煙草じゃないんだな」

 どこからどう見ても煙草の形をしている。

「お前達にも分かりやすく説明すっと調整剤だ。俺が直接魔力をぶっ放しちまえば敵味方関係なくお陀仏になる。だから煙を通して発動するようにしてんだ…ま、大半は俺の趣味で吸ってるんだけどな」

「結局私欲なんじゃねぇか、我慢は駄目だと思うぜ!」

「君は少し自重しようね」

 拳を突き上げて紙袋が叫ぶが、彼がこれ以上欲に忠実になられても千里は困る。千里以外の面々も困る。

 こんなに近くに幼い千里がいるというのに襲い掛かってこないのも、単に千里が佐藤の膝上にいるからだろう。

 怖いものなしの莫迦に見える紙袋だが、憎まれ口を吐いている佐藤に対しては少し恐怖を感じているらしい。

 それほど佐藤の力が強い証拠でもある。

 紙袋が近付いてこないのは千里にとって喜ばしいこと…なのだが。

「…この状態、何故か凄く恥ずかしいんだが」

「そうか?和むぞ、いつも近付くもの食っちまう…みたいな雰囲気の佐藤が子供を抱えてる姿は。親子みたいだ」

「認めねぇ…佐藤が俺の義父さんになるなど認めねぇ」

 ブツブツと物騒なことを紙袋が呟いているが聞かなかったことにする。

「親子、やっぱり俺が子ども扱いなのか」

「子ども扱いは嫌か?難しい年頃だな」

 不満そうな表情を浮かべる千里を見て、魔王は豪快に笑う。

 笑われたことによって更に千里の機嫌は悪くなった。

「うるさい」

「魔王はもうちょっとデリカシーを身に着けよう。でも佐藤の上から降りちゃだめだよ千里。怖いおじさんがいるからね」

「誰がおじさんだ、まだ二十一歳だ」

 不審者扱いされた紙袋が鋏に噛み付く。

 それに飄々とした態度で鋏が言い返し、再び紙袋が噛み付く…が繰り返され始めた。

 目の前で繰り広げられるコントのような光景に若干の呆れを抱きつつ、心の中でどこか面白い、楽しいと思っているのも確かだ。

 目を細めて穏やかな表情をした千里は、頬の筋肉が痛んで小さな手で軟らかい頬を包んだ。

(変顔?)

 それが笑顔だと今はまだ気づけない。


 立ち並ぶ家々は似たような形をしていた。

 真っ白に統一された色、街、道路。

 地平線まで続く家々の中央にどっかりとドーム状の建物が存在する。それこそがこの世界における王の城だ。

 一つに統一されている世界は珍しく、しかしそれが幸せなことだとは限らないようだった。

 確かに人々は魔術文明の発達により豊かな生活を営んでいる。

 しかし絶対的力を持つ教皇の下、飼われているにすぎない。

 緑の極端に少ない町々、青空には薄い雲が浮かんでいる。道路を行きかう車の中に、突如バスが出現した。

 走行を続けたバスは人の少ないほうへと進み、白い町並みに埋もれるようにしてあった裏道に入ると停車した。

 他と同じく白い建物の前だが人気がない。

 バスの扉が開くと、真っ黒な佐藤が飛び降りた。小さな千里の手を引いている。

 風が吹いて佐藤の羽織っている黒いマントが靡いた。

 白の光景の中で黒い彼はかなり目立つ。

「うわ、真っ白だな」

 率直な感想を千里が口にした。

 目が痛くなりそうなほど白一色の世界。常に雨の降っている自分の世界との違いが大きく、驚くほどだった。

「反射光で目をやられないようにしろ…ここの住人はこの世界に適応しているが、お前は別だ」

「うわ、久しぶりだけど全然変わってないね」

 鋏もバスから降りて千里と似たように眩しそうに目を細めた。

「ほら、早く降りんぞ!」

 魔王がバスからなかなか降りようとしない紙袋の腕を引く。

 珍しく無言の紙袋は半ば引き摺られるような形で足を地につけると、数歩フラフラと歩いて周囲を見回す。

 目は見えていないはずなのに、他の感覚で自分の世界だと分かってしまうようだ。

「相変わらず、胸糞悪ぃ世界だな」

「僕は好きだけどね、綺麗で。真っ暗な世界よりはマシだと思うよ」

「…どうして真っ白なんだ?」

 あまりの眩しさに片手を眉の位置に掲げながら千里は上に位置する佐藤の顔を見上げた。

 逆光で表情が見えにくい。

「全てが魔術によって作り出された世界だ。この道も、家も、使われている素材は石でも岩でも木材でもなく魔力の結晶…と言えば分かるか?」

「とんでもねぇな、確かにこの世界なら俺の魔術を解けるかもな」

 建物の壁に手を添えて魔王が呟く。

 千里が小さくなったことに関して責任は忘れているようだ。

「とりあえず、以前世話になった宿の前に移動した。この辺りのはずだが…」

 語尾が濁ったのは場所を正確には覚えていないからだ。

 佐藤はらしくなく周囲をフラフラ見回すと、困ったように眉根を寄せた。

 幾つもの世界を旅して、すべての世界の地理を覚えているわけではない。

 そんな佐藤に助け舟を出したのは鋏だった。

「この建物だよ、でも今は潰れちゃったのかな?」

「そのようだな、無人だ」

 鋏が指差したのはバスの後方十メートルほど行った場所であり、白い建物には立て看板の跡が見られる。

「都合良いじゃねぇか、廃屋なら使わせてもらおう」

「良いのか?」

「正式な宿を探すためにあてもなく移動するのは危険だ。この世界にはあいつがいる」

「あいつ?」

「紙袋のお兄さんのことだよ」

「兄?」

(兄弟がいたのか)

 初耳だ。

 しかしよく考えてみれば魔王以外の身辺のことなどほとんど聞いたことがない。

 勝手に思い込んでいただけで、佐藤にも家族や恋人があるのかもしれない。鋏も同様だ。

 そう考えると少し安心するとともに寂しさを感じる。

 千里には何もない。

「兄貴に千里を会わせるつもりはねぇぞ。化物、不本意ながらてめぇに千里を任せる、絶対に離れるんじゃねぇぞ」

 本当に珍しい行動に鋏も任された佐藤も驚いた。

 犬猿の仲である佐藤に紙袋が頼みごとをするというだけでも珍しいことなのに、大好きな千里のことを預ける…まさに天地がひっくり返っても起こらないと思われていた出来事だ。

「…言われなくともそのつもりだ」

「上等、この腐った世界に何も千里の体を治すためだけに立ち寄ったわけじゃねぇ。話つけてやる」

「お兄さんと喧嘩でもしてるのか?」

「ひひっ、喧嘩なぁ。ま、簡単に言えばそんなもんだ。こっちから動かなくても目立てばあっちが寄ってきてくれるはずだ」

「……」

 憎しみを露にして遠くに見える白いドームを睨みつける紙袋、その姿を見て佐藤が俯いた。

 僅かに歯を噛み締める。

「…勝手な行動はとるなよ」

 何かを言いたそうに紙袋を見ていた佐藤だったが、結局一言忠告するだけで終えて廃屋の中へと入った。


「どうして俺を同行させるかね?」

 宿に残りたがっていた魔王は半ば強制的に佐藤に連れ出され、げっそりと疲れきった様子で溜息と共に呟いた。

 魔王、佐藤、それに千里という珍しい組み合わせで三人は歩いている。

 白い街の中、人通りはそれなりにあり、珍しい格好をした三人が歩いていても人目をひかない程度に込み合っていた。

 大通りの両サイドには店が立ち並ぶ。

 魔術で発達した国家ということもあり、並んでいる店を少し覗くだけで千里には見慣れないものが見つかる。

「どうして魔王と佐藤なんだ?」

 同行するなら鋏や紙袋でも良かったはずだ。何も面倒くさがっていた魔王を無理矢理連れ出す必要などなかったはずだ。

「責任は魔王にある…というのと、鋏と紙袋に魔術の才はない。解呪の役には立たないだろう」

「鋏はともかく紙袋はこの世界出身なんだろ?だったら」

「道案内は俺で充分だ…奴のほうが詳しいだろうが、あまりで歩かせたくはない」

 兄との再会を望む紙袋とは違い、どうやら佐藤は彼が兄に会うことに関してはあまり賛成はできていないようだ。

 歯切れの悪い佐藤に魔王も同じことを考えたようで、珍しい彼の様子に笑みを浮かべた。

「あーな、お前は紙袋と兄貴を会わせることは反対ってことか」

「…だから鋏に見張らせてるのか」

「深読みしすぎだ」

 吐き捨てた佐藤が立ち止まる。

 必然的に彼に手を引かれていた千里も止まり、彼が何かを見ていることに気づいて視線を追った。

 佐藤の視線の先には白い髪をした女がいた。

「客人か?」

「目的は俺だろう…魔王、千里を連れて適当に薬系の店を回れ。その程度の魔術なら解けるはずだ」

 冷たい手が離される。

 魔王は佐藤に言われたとおり千里を背負いあげると、白い髪をした女を一瞥してから逃げるように駆け去った。

 残った佐藤は女から目を離さずに千里が去ったことを気配で知る。

「お久しぶりです、吸血鬼殿」

「初対面だ…だが、俺のことをそう呼ぶということは、お前はシンの使いか」

「ご推察の通りです。私はデウス、教皇の命を受けて貴方様をお迎えにあがりました」

 丁寧な物腰だが視線は少しも柔らかくない。

 むしろ敵意すら感じさせる隙のない動作、デウスの態度を一笑する。

「お迎え…か。死後の世界へのか?」

「…どうやら全てお見通しのようですね、流石…教皇が目にとめたお方。しかし貴方を逃がすわけにはいかない」

「大きな口を叩くな、人形如きが。俺を力ずくで連れてでも行くつもりか?」

 デウスは唇を弧の形に歪めると、整った顔に好戦的な笑みを浮かべつつ腰に固定してある短剣に手を伸ばした。

「いつまでも見誤っていられては困る。我等は最早親に当たる貴方を超えた。油断していると死ぬぞ」

 二人の距離は三メートルほど、しかし周囲に人は大勢いる。

 こんな場所で戦闘を行えば巻き添えで死傷者が出ることは必至だ。佐藤としてはまったく関係のないことだが、相手は仮にもこの国の王に当たる人物の使いだ。

 犠牲を出すことに躊躇いはないのか…と不審に思うが、彼女の態度を見る限り国民の事など考えてはいないようだ。

「犠牲はやむなし。教皇の理想の為だ…」

「悪い王を持ってこの世界の住人も気の毒だ」

 デウスが短剣を構えたのを見て佐藤も体勢低く身構える。

「ふっ!」

 短い掛け声と共にデウスが突進する。

 短剣を振りかざし、行く手を塞ぐ民を数人切り捨てての強行突進。佐藤は避けるために近くにいた人間を前方に放り出し、相手の視界を塞ぐと上方へと逃げた。

「ぎゃああ!」

 悲鳴が聞こえて佐藤の囮になった男が息絶える。

 デウスは舌打ちすると胸に突き刺さった短剣を引き抜き、佐藤の姿を目で追うと、刃についた血を払った。

 人が数人血を噴き出して倒れる。

 そのことによってようやく危機を感じた人々が悲鳴を上げ、次々と佐藤とデウスから距離をとるために走り出す。

 逃げ出す人々を尻目に佐藤は身を翻して着地した。

「気の毒とは…貴方は随分適当なことを仰る。人の命を尊んでいないのはそちらではないか」

「誰が死のうと興味はない。別に正義を語りたいわけでもないからな」

「流石、噂に違わぬ」

 佐藤は横目で建物の壁際に寄せられている廃材を確認すると、蹴り飛ばして山を崩した。

 その中から鉄パイプを見つけると足で救い上げて手に取る。

「その場にあるものを使うのは鋏の得意分野だが…」

「私と戦う気になったようだな」

「勘違いするな…叩き潰して帰るだけだ!」

 マントが瞬時に翼に変貌をとげる。

 舞い上がった佐藤は急降下の末にパイプを振り下ろすが、硬い手ごたえに眉を顰めた。

 上空からの攻撃をしっかりと受け止めたデウスは笑う。

「私を普通の人間と同じだと思わないことだ。貴方が人形と蔑む私達、その力に足下をすくわれる」

「所詮は『我等』の残滓に過ぎない出来損ないが創った玩具。この程度で俺に勝った気になるなよ」

 靴底を刃の上に乗せると、佐藤はそれを足場にして再び上空に舞い上がる。

 持っていた鉄パイプを邪魔だといわんばかりにごみのように投げ捨て、素早く白い光で宙に術式を描き出すと光の槍を飛ばした。

 当たれば負傷の雨。

 白い槍が数えることもできないほどに降り注ぎ、そのうちの幾つかがデウスの体を貫いて地面に縫い付けた。

「くっ!」

「人外のものを食らう趣味はない。決めろ…ここで退くのか殺されるのか」

「なめるな!どちらもお断りだ」

「ならば消し飛べ」

 青空の下、それを画用紙にして複雑な式が白い文字で描かれる。

 素早く膨大な量が広がり、圧縮されたエネルギー体が可視化する。

 佐藤が天に向けていた左腕を下ろすと、光球はその動きに連動するように動き、遠心力で飛ばされるようにデウスへと向かった。

 避けようにも動くことのできないデウスはしかしうろたえることも悔しがることもせず、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「時間です…私の勝ちだ」

「あははははは!吸血鬼さんって思った以上にお馬鹿さんなんだねぇ!私達が正攻法で戦うと本気で思ってたのかなぁ?」

「!」

 放った光球が四方に弾けて消えた。

 原因を探ろうと佐藤が視線を巡らせると、デウスによく似た女がケラケラ笑いながら宙を泳いでいる。

「マキナ、言葉を慎め。仮にも教皇の客人であるぞ」

「シン様にお届けしよ!きっと褒めてもらえるよ!」

「妨害系に特化した人形…あいつ、随分手の込んだクグツを作れるようになったものだ」

 ケラケラ笑いながらマキナは佐藤の前まで移動した。

 デウスもマキナの隣に飛び上がる。

「対等に戦えるようになっただけだ」

「分かっている、私達は人間にあらず、所詮は真似事をしただけの人形に過ぎない。貴方に勝てるわけなどない」

「二対一でもキッツイよねー、でも私達、君と戦うつもりなんてないんだよな」

 怪訝そうな色を浮かべた佐藤だったが、すぐに二人の言葉の意味に気づいたのかはっとしたように振り返る。

 もう少し早ければ、対応できたのかもしれない。

 二人に気を取られている隙に後にもう一人が回りこんでいた。

 懐かしいその人物、しかしもっとも会いたくなかった人物。

「久しぶりだな、私の恩師…薄汚い誘拐犯が」

「シン!」

 鼻先が触れそうな距離で魔術を放たれては流石に佐藤も無事ではいられない。

 慌てて距離をとろうとするが時間が足りなかった。

「あぐっ!」

 腹部を貫かれる激痛に呻き、見下ろす。

 佐藤の腹を幾つかの光の槍が貫いていた。発展の世界で佐藤が受けた罠によく似ている、いや同じものだ。

 行動不能に陥った佐藤を見下すと、シンは容赦なく彼を地面に叩き落とした。

 石床に背中を強かにぶつけ息がつまる。

「ごほっ…はっ!…じきじきに教皇が出てくるとはな」

「お前に用があった。分かっているだろ?」

「……」

「一つはお前の命、もう一つはウェドネの場所だ。答えろ…ウェドネをどこへやった?」

 口の端に滲んだ血を擦り拭うと佐藤は気丈な笑みを浮かべた。

「さてな…莫迦な兄に愛想をつかして逃げ出しただけじゃないのか?」

 挑発の言葉を吐くと同時にシンの表情が一変し、能面のように無表情だった顔に激しい怒りが過ぎる。

 動くことのできない佐藤の腹を強く蹴り飛ばした。

 抵抗することのできない佐藤は転がり、数回激しく咳き込む。

 荒い息をつきながらそれでも相手の激情を誘うように不吉な笑みを浮かべ続ける。

「ごほっ…俺を痛めつけようと、お前に教えることはない」

「だろうな、お前の体のことは知っているつもりだ。以前の私なら殺すことすらままならなかっただろう」

「俺の命が目的だと言ったな?まさか、俺自身も取り込んで我等を超えるつもりか?愚かなことを」

「複数の世界でお前を見つけては捕らえようと試みた。だがやはり、魔術だけを飛ばすという方法では限界があったようだ…わざわざ私の世界を訪れるとは、賢者と名高い吸血鬼殿にも油断と傲慢は存在したわけか?」

「あはは、飛んで火にいる夏の虫、でしたっけ!?」

「マキナ、笑っていないでこの男を運ぶのを手伝え。私一人の力ではどうにもならない」

 貫かれたままの体では動くこともままならない。

 しかしこのまま拉致されるというのも癪で、佐藤は抵抗の意思を宿した目でデウスを睨みつけた。

 激痛と魔力制限で靄がかかったようになっている視界にシンの姿が映りこんだ。

 自分の生んだ歪みに狂った男は勝ち誇った目でこちらを見下していた。


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