第三十五話 勢いのままに
今日も朝から、森下とお弁当を調理している。いつも通りの工程で作っていた。その時タブレットが鳴った。タブレットに映し出されたのは清水のおばちゃんだった。
『茜ちゃん、見えてるぅ?今日、昼前に弁当の配達頼めるかしら?』
「…大丈夫ですよ。何人分持っていきますか?」
『3人分でお願いできる?今日は息子夫婦が来てくれるのよ。あの一件依頼頻繁に来るから、有難いけど大変よ。』
清水のおばちゃんは嬉しそうに話してくれていた。
「良かったじゃないですか。皆さん心配しているんですよ。」
『そうかしらねぇ。…じゃ、そういうことだからよろしくね。』
「はい、わかりました。」
なんだか嬉しそうな報告に茜の心も踊っていた。それにしても、顔が見えるだけで、凄く話しやすくて、いい。このアプリのお陰で、清水のおばちゃんとはもっと仲良くなれた気がしていた。
「森下さん、あとは頼みます!では、行ってきまーす!」
「いってらっしゃい。」
今日はバイクでの配達だ!明るい時間のバイクでの配達は最初の頃を思い出す。最初の不安から始まった移動販売も今では町の人に頼られる存在になるとは思ってもいなかった。1年であっという間にお店も出来て、人も雇って、沢山変化し、成長した。『花守町よろず屋』はこれからもどんどん成長していくことだろう。
バイクで走り、到着した清水のおばちゃんの家だ。
「花守町よろず屋でーす!」
「はーい。今行きまーす。」
扉がガチャっと開いた。中から出てきたのは、清水さん一家が総出でお迎えしてくれた。
「ありがとねぇ、今日はみんなでお弁当にするわ。2人とも、このお弁当が気に入っちゃったみたいで。」
「嬉しい!ありがとうございます。」
「これが1コインで食べられるなんて、贅沢よね。」
「そう言ってもらえると作り甲斐がありますよ。」
茜はニコニコと笑顔でお弁当を渡した。
「清水さん、アプリ好評ですよ。ありがとうございます。これから本格的に動いていくので、またよろしくお願いします。」
「喜んでもらえて良かったです。母にも聞きましたよ。注文が顔見てするから頼みやすいし、喋りすぎちゃうって。迷惑だったら言ってくださいね。母は喋ることが好きなので。」
みんなで笑いあいながら、話しをして、清水のおばちゃんは少し、恥ずかしそうにしていた。仲の良い親子で素敵な家族だ。
配達も終わり、お店へと戻る。移動販売の準備をしていると、近所の渡辺さんがお店へとやってきた。
「茜ちゃん、ちょっと相談があるんだけど、明日ね、医者をしている息子が帰ってくるのよ。そこでね、このお店をお借りして、皆さんの診察が出来ないかと思ってね。まだ息子には聞いてないけど、たぶん大丈夫だと思うから、午後から使わせてくれない?」
「え!?健司君、医者になっていたんですか!?ちょ…ちょっと…待って、、、まだ本人に確認取れてないんですよね?大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫!!あの子ならやってくれるはずだから!ねっ!いいでしょ?」
「うちは構いませんが、、。」
「そう良かった。もう回覧板に宣伝で入れちゃったからさ!」
「…もし、うちがダメだったらどうしてたんですか!?」
「その時はその時よ!場所を変えるだけだから。」
「…もう、おばさんには敵わないなぁ。」
茜は少し呆気に取られていた。強引な人だと思いながらも、なぜか憎めないのがおばさんだった。昔から、こういうところはあった。人の話しを聞かないで突き進む感じが懐かしくもあった。
「じゃ、よろしくねぇ。」
嵐のように去っていった。茜は森下とクスクスと笑いながら、移動販売の準備を始めた。それにしても、猪突猛進とはこういうことを言うのだろうか。目の前にまっしぐらで、なんだかかわいく思えてしまった。
明日の移動販売はお休みにして、今日中に行けるところまで回ることにした。明日の午後は情報が正しいならば、ここが病院みたいになる予定だ。一応、店長をやらせてもらっている以上、参加しないわけにはいかない。そう感じて、明日は一緒に店に残る判断をした。何人の住人が集まるのか予想がつかない。何時に来るのかも定かではない。ただ、決まっているのはこの場所でやるっていう事だけ。
明日はなんだか忙しくなりそうな予感だけはしていた。
翌日、いつも通りお弁当を作り、今日は朝の販売分のみの10食分のみ作った。昔遊んだ健司君がどんな大人になっているのか気になっていた。昨日の夕方には回覧板も届き、しっかりと『花守町よろず屋』の店舗内での開催と書いてあった。おばさんの行動力は凄いけど、一歩間違えれば、すべて無くなりそうなイベントだった。
午前中にお店を開けていると、おばさんがやってきた。
「茜ちゃん、今日はよろしくね。昨夜、健司に電話したら、診察してくれるって。みんな喜ぶわよ~。」
おばさんは一人、張り切っていた。いつも使っているテーブルに真っ白な布を被せて、清潔感を醸し出そうとしていた。それに流されて、つい茜は口走ってしまった。
「おばさん、何か私も手伝えることありますか?」
茜のいつもの優しさがまさかの事態を生む。
「茜ちゃんはお年寄りの送り迎えしてもらえる?足の悪い人も多くて、ここに来られない人も多いから。」
「私ですか?私、軽トラとバイクしかないですよ?」
「車なら、貸してあげるから。ね!」
大変なことを口走ってしまったことに茜は後悔をした。しかし、もうすでに遅しである。こうなったら、おばさんは突っ走るのみで、誰も止める事が出来なかった。
「わかりました。誰が来るとか決まっているんですか?」
「いや、何も決まってないわよ。一人暮らしの年配の方を優先に連れてきてほしいの。その辺は茜ちゃんの方が詳しいでしょ?」
「……わ、、わかりました、、、。何とかやってみます!」
茜はおばちゃんに車を借りて、一軒一軒回ることにした。
「健司君は何時に来る予定ですか?」
「13時ぐらいになると思うわ。それまでに人を集めておいてくれる?」
勢いが凄すぎて、茜はおばちゃんに圧倒されて、反論することも出来なかった。
「もうすぐ、迎えにいくから、茜ちゃん、あとお願いね。」
すごい勢いで去っていった。まるで一瞬の出来事のように、一気に静かになった。茜は仕方なく、住人の送り迎えに向かった。一人暮らしの年配の方を優先で連れ出していった。
「花守町よろず屋です。本日は店舗の方でお医者様が来てくださって、診察をしてくれます。良ければ診てもらいませんか?」
「行ってみようかねぇ。よろず屋さんはそんな事までするようになったのかえ?」
行く先々で、驚かれ、皆こぞって参加した。無料で行ってくれるようなうたい文句で回覧板を回していたので、住人は皆、参加した。
茜は何度も往復し、30人ほどの人数が集まり、店の中はざわざわと騒がしく、広い店舗が狭く感じる程だった。
しばらくすると、車が店の前に止まった。助手席にはおばちゃんが座っていた。運転席にはおじちゃん。後部座席に人影も見えた。後部座席のドアが開き、細めのシュッとした足が伸びてきた。いよいよ久しぶりの対面である。ドキドキしながら茜は待っていた。




