第三十四話 リフレッシュに行こう
ここは、大学附属病院。外来診察では待合室も満席で患者さんも待ちくたびれて座りながらコクリコクリと頭を垂らして眠っている。周りはガヤガヤと人の話し声や、検査機の音、看護師のバタバタと走る音も聞こえていた。ここの医者をしているのが渡辺健司である。実家は山間にある小さな町で両親はいまだそこで生活をしている。もう両親も若くない。いずれは一緒に住むことも視野に入れていかねばならない。本当なら、街の栄えたほうで暮らしてもらうのが一番なのかもしれないが、頑なに町を出ようとしない。自然豊かでのんびりとした町の名前は『花守町』。隣家とは距離が離れており、自由に暮らしている。そんな暮らしをしてきた両親には都会の空気は合わないのだろうと、頭の中で解釈をした。
(また…、こんなに患者さんが来ているのか…。)
診察室のドアの隙間から覗くと多くの患者さんが待合室にごった返していた。
渡辺の専門医は内科で、感染症の患者さんがとても多い。あちこちでせき込む声と顔を赤らめ、見た目から熱がありそうな患者さんが待合室にいる。
医者という仕事は患者さん一人一人と向き合うため、休憩時間もバラバラになりがちである。
(こんな予定じゃなかったんだけどなぁ。もっとゆったりと診察させてくれよ。)
頑張って勉強して、浪人にはなったものの、次の年には受験も合格して、大学でも勉強を怠らず卒業が出来た。研修期間中は先輩医師に付いて、学びながら夜遅くまで勉強をした。そして、今に至る。
(俺の人生って、ずっとこんな感じなんだろうなぁ。)
看護師が次々と患者さんを呼び込み、医師はその患者に適切な処置をしていき、薬を処方する。
「次の方、どうぞ。」
「こんにちは。今日はどうしたの?」
医師の切り替えの早さで、笑顔で患者さんに問いかける。
「喉が、痛くて、咳がひどいんです、、、。」
「はーい、ちょっと胸の音聞かせてねぇ。」
何人も何人も胸の音を聞いてきた。そして、患者さんを回してきた。きっと、俺が地球の自転を作っている、、、。最近では、そういう風に思うようになってきていた。
「次は喉も見せてねぇ。はい、口あけてぇ。」
喉も何人も何人も見てきた。暖簾のようにのどちんこも見えるぐらいにはなって、口の匂いなんかも気にしない患者さんも多くて、表では笑顔だけど、内心は顔が歪んでいる。
「今日は薬出しておくから、飲んでゆっくり休んでね。」
「ありがとうございます。」
毎日、毎日、100人以上は診察する。給料は確かにいいが、疲れが半端ない。こんな働き方していたら、いずれ自分の体が壊れてしまいそうだ。
その時、ちょうど、母から電話が来た。
「健司、元気にやってるの?ちゃんとご飯食べてる?」
「…あぁ、おふくろ、、、、ちゃんと、やってるって、、、心配すんなよ。」
「何言ってんの子供なんだから、心配するに決まってるでしょ!?」
「…わかったって。電話それだけか?それなら切るぞぉ。忙しいんだ。」
「あ、ちょっと待ちなさいよ。そういえば、この間、駒田さんの所の茜ちゃんが帰って来たわよ。ほら、健司も一緒に子供のころ遊んでたでしょ?」
「…あぁ、あいつかぁ、、、それが、何?」
「もう、冷たいんだから、茜ちゃんねぇ。今、この町で頑張っててさぁ。私も応援したくなっちゃって。町の皆の役に立ちたいって、移動販売を始めてくれたのよぉ。お母さん、すっごく、助かっちゃって、今度こっちに帰ってくるとき。お礼しときなさいよ。お母さんが生きてるのは茜ちゃんのお陰なんだから。」
「…な、、なんで、、俺が、、、、!!!???」
「ほら、あんたも頑張りなさいよ。辛くなったら帰ってきてもいいから。最近、疲れてそうだからさ!」
「あぁ、、、ありがとな、、、、。」
他愛もない家族の電話に凄く懐かしさを覚えた。そして、両親の体も気になってしまう。二人ともいい年齢で、相変わらず農家を頑張っているようだ。
元気な声を聞いて、少しの間、仕事にも患者さんにも向き合う時間が増えていったが、どうしても、やはり、これからの事を考えてしまっていた。その時ふと思うのは故郷の花守町の自然が頭の中に情景として流れてくる。あの頃の俺は何も考えてないような悪ガキだったけど、あの自然が大好きだった。そう考えると、今のギスギスした忙しさから少しだけ解放されていた。
(…一回帰ってみるかぁ、、、。)
忙しい毎日から、逃げ出すように、GWの休みを利用して、帰ることにした。ビルが立ち並ぶ、都会の狭い空ではなく、田舎の広い空を見たくなっていた。きっと、この時期は蛙がうるさいんだろうなぁと、思いを馳せながら、休みを待っていた。そして、ついに長期休暇の日にちが明日へと迫っていた。田舎へ帰る準備をしていると、電話が入った。
『健司、明日帰ってくるんでしょ?ちょっとお願いがあるの。』
「なんだよ。」
『ちょっとさぁ、ちょっとだけでいいんだけどさぁ、皆の体見てあげてほしいの。この辺じゃ医者に行くのも時間がかかるしさぁ。この間なんて、清水のおばあちゃんが軽い脳梗塞で倒れちゃったのよ。そこにちょうど茜ちゃんが居合わせて、助けてもらったらしいの。あんた、医者でしょ?ちょっとぐらいいいでしょ?』
「…なんでだよ…疲れて帰るっていうのに、仕事させる気かよ、、、。」
『もう、いいじゃん!そう言わずにさぁ。』
「……………。」
健司は少し考え、静かに時が流れていた。
「…わかったよ、、、ちょっとだけだからな。」
『ありがとう。さすが我が息子~』
「調子いいんだからよぉ。明日駅まで迎えに来てくれよな。」
『わかってるわよぉ。じゃ、明日頼むわね。』
(まったく、おふくろはぁ、、、。)
この感じも母親らしくて懐かしく感じてしまっている。病院にも無理を言って休みを貰っているため、しっかりリフレッシュしてくるつもりだ。母親との電話を切り、元気そうでホッとするが、父親も心配の一つではある。父親とは医者になってから話していない。男親って、そんなものかなと思って生きてきたから特に問題はないが、体の事だけは心配である。
翌日、朝早くから自宅を出て、キャリーケースを片手に駅へと向かった。騒がしい朝の喧騒も都会の狭い空もしばらくはお別れ。ちゃんとリフレッシュして、戻ってくるつもりだ。
ただ、彼女の存在が俺の人生を変えるまでは……。




