第二十七話 この人のそばで
私の名前は森下良枝。スーパーで働いていた私の目に留まったのが、彼女、駒田茜さんだった。毎週、決まった時間に現れる彼女は沢山の買い物袋を抱えて、何回も軽トラを往復していた。周りに聞くと、彼女は山間の花守町でよろず屋を始めたらしい。何軒もの買い物代行を請け負い、買い物代行の他にも沢山の仕事を抱えていると聞いた。不思議と彼女から、目が離せなくなっていた。
彼女に同僚が聞いていた。「往復するのも大変でしょ?まとめて買えばいいじゃない。」そう言うと、彼女はこう言ったんだ。レシートを見てもらうために、この方法をとっているんだって。正確な金額を提示した方が、お客さんも安心するから。彼女の中にはお客さんが気持ちよく喜んでもらう事が大切だという事が、体に染みついている。彼女のそういう優しさに引き込まれてしまった。山間という少し不便な町でお店も開いている事も聞いた。どれだけ、彼女は自分を犠牲にして、他人に尽くしているのだろう。どうして、そこまでできるのだろう。私は彼女に興味が湧いていた。
気付いたら、花守町の町内会長の佐藤さんに話しをしていた。毎週、彼女の姿を見るたびに助けてあげたい。手伝ってあげたいと思うようになっていた。身近で支えてあげられないか相談した。
「買い物代行の女性の方、いつも大変そうだけど、大丈夫かしら?」
「あぁ、俺も心配しているんだが、なんというか、あまり声を掛けすぎるのもよくないと思っていて。向こうから声が掛かるまでは見守っていようと思っているんだ。駒田さんは信念をもって、動いてくれていて、町の皆も一目置いている。」
「その気持ちわかるわ。私も応援したくなっちゃうから。」
和やかに茜の事を2人で話していた。女性が一人で、移動販売も買い物代行もやっていることを知って、支えたいという気持ちが沸き上がってきた。
数日が経ち、私はいつもの女性の買い物代行の姿に目が留まり、気持ちも強くなった。すぐさま花守町の佐藤町内会長に連絡をした。
佐藤さんのお宅に行き、話しをすることにした。佐藤さんとは昔から仲良くさせてもらっている幼馴染で、何度も家に遊びに行ったことがある間柄だった。
「いつもスーパーで買い物代行に来る駒田さんに会って話したいのだけど。その前に相談したくて。急なんだけど、彼女の仕事の手伝いできないかしら?」
「…本当に急だなぁ。どうだろうなぁ。移動販売は利益が少ないって聞いたことあるしな、前やっていたやつに。彼女に聞いてみたらどうだ?」
「そうよねぇ。聞いてみないとわからないものね。」
「今から聞いてやるよ。」
佐藤さんはすぐさま、連絡を取ってくれた。私は少し不安があった。今の年齢で新しい事を覚えることの不安と、収入面の不安もあった。尊敬だけで飛び込んでいいものかどうなのか、躊躇する。しかし、駒田さんと話す機会を貰ったのだから、話してみようと心に決めて臨んだ。
「もうすぐ来るからな!ちょっと待っていろ。」
「わかったわ。なんかドキドキするわね。」
すると、呼び鈴が鳴った。不安と緊張が一気にやってきた。彼女はとても不思議そうな顔をして部屋に入ってきた。
お互いに面と向かってしゃべるのは初めてで、少し緊張していた。私の思いを伝えた時、彼女は困った顔を見せていた。やはり、ダメかな。言わなければよかったかな、と脳裏でマイナスなことばかり考えていた。彼女は困った顔を見せながら、丁寧な言葉で、私の事を尊重するように言葉を紡いでくれていた。
この日に返事は出なかった。一週間後に返事をもらう予定になっている。スーパーでのバイトも彼女の手伝いをしたいと思ったときから、退職も決意して、すぐ辞めた。今は無職。『花守町よろず屋』で受からないと、生活は困窮する。年金だけでは苦しい。そんな瀬戸際を歩いてしまっているのだった。
尊敬だけでは生活は出来ない。それもわかっているのに、不思議と彼女を支えたいと思う衝動が抑えきれないでいた。
面談から一週間が経ち、一本の電話が鳴った。彼女だった。会って話したいとのことで、お店へ向かう事になった。雪景色を見ながら、お店に到着すると、奥の方で彼女の姿が見えた。
いつも忙しそうにしている。私は少し申し訳なくなり、そっと、扉を開けて、入ると、彼女の声に出迎えられ、席へと促された。彼女の口から一週間、考えた結果が伝えられた。それは、私にとっても嬉しい発表だった。
(合格…。)
飛び跳ねるほどうれしかった。しかし、私もいい大人。静かに喜んで見せた。ただ、気がかりなのは住み込みでの要望があった。山間である花守町は雪が深くなると通行止めにもなる地域だった。それを心配して彼女は提案をしてくれていた。家賃もなし、食事代もなし、支払いは修繕費の五千円のみ。これは言うまでもなく、私としてもいい提案だった。ただ、慣れ親しんだ街から引っ越すのも少しためらう。
(…どうしよう、、、。)
しかし、私はやると決めた事にはとことん突っ走る!やるしかない!と、意気揚々に返答をした。新しい事を覚える不安もあるけど、彼女の傍で見守っていきたい。そう思える人なのだ。
返答をしてから、引っ越しの準備も進め始めた。今の季節に使わないようなものを先に段ボールに詰めた。一人暮らしなので、早めに荷物の整理は出来た。
雇用契約書や就業規則などの準備をしてもらうために、さらに一週間、待機することとなった。
スーパーを辞めて、一か月、少し貯金を切り崩しながら、契約の日まで耐えていた。家にある荷物はほとんど段ボールに詰め終わり、必要最低限の生活が始まっていた。
雇用契約の日となり、再び、お店へと向かった。いよいよ、本格的に引っ越しに取り掛かる。書類にサインや捺印をして、その日は住居スペースの確認をさせてもらった。リフォームといっていたが、まるで新品のような出来上がりだった。ここで新生活が始まると思うとワクワクする。
後日、ちょっとした小物が入った段ボールだけ車に乗せて、新しい住居に持っていくことにした。お店に入ると、仲が良さそうに彼女とお客さんが談笑していた。帰り際に会話の中に混ぜてもらって、お客さんから、下の名前で呼ばれて、嬉しいような恥ずかしいような気がした。でも、なんだか嬉しかった。他のお客さんとも仲良くできそうな気がした。
引っ越しも無事終わり、荷物をほどき、『花守町よろず屋』の一員になれた事に感謝をしながら、荷物をほどいていた。
たぶん、私は彼女の事が好きなのだろう。自分の子供のように放っとけない。そんな距離感なのだと思う。




