第二十六話 良枝ちゃん、ようこそ
工事の後、雇用手続きの資料を作る為に社労士を訪ね、就業規則や雇用契約書の作り方の相談にいって、全ての資料を作成することが出来た。慣れない契約書づくりで手間取ったが、完成させることが出来た。
そして、再び、森下がお店に来る日になった。
「森下さん、来ていただいて、ありがとうございます。」
「こんにちは。」
森下がやってきた。いつものように、席に座った。茜は対面で席に座り、話しを始めた。
「何度も来てもらって、すみません。契約書が出来上がりましたので、こちらを読んで、サインをしていただいてもよろしいでしょうか?」
森下は雇用契約書を読んだ。就業規則には平日は朝8時から夕方17時が勤務時間となっている。お昼は1時間の休憩とし、残業の場合もあると明記した。住み込み費用と食費は無しにして、管理費の5千円のみの徴収に決めた。
「納得していただいたら、サインしてください。」
森下は静かにペンを持ち、サインと捺印をした。
「これで契約は終わりなので、部屋へご案内しますね。まだ引っ越しの準備は始めたばかりですか?」
「えぇ、でも、一人暮らしなので、すぐ終わりますよ。ほとんど物は置いてないですし。一週間後に引っ越しを予定していますが、大丈夫ですか?」
「特に問題ないですよ。では、一週間後、土日はゆっくりしてもらって、月曜日からお願いできますか?」
「はい!わかりました。」
森下は頷きながら返事をした。茜は森下にどこまでやってもらうか考えていたが、移動販売と買い物代行は茜自身でやる事に決めた。森下には弁当作成、電話番、商品の数量チェックのような簡単なものをまずはやってもらうことにした。
電話は営業時間外の場合、茜のスマホに転送されるようになっている。お店での電話対応は週一回の買い物代行の注文か急配注文がほとんどだった。
(あ、そっか。エプロンとかいるかなぁ?)
茜は、思い出した。調理するときの格好をエプロンとバンダナにしようと決めた。できれば、同じエプロンとバンダナで揃えようと思った。
(色も揃えた方がいいわよね。緑色とかかなぁ…。調理用と販売用で分ける?)
茜はエプロンを選びながら、この時間を楽しんでいた。仕入れ先である杉本商会には制服も置いてあるようだったので、早速、注文することにした。洗い替え用に一人、2枚ずつにして、あとは予備でもう1セット注文した。エプロンと、頭に付けるバンダナも緑にした。
最近では、『花守町よろず屋』の店舗に来てくれるお客さんも増えていた。ちょっとしたものを買って、他愛もないお喋りを永遠と続けている。住人の憩いの場になりつつあった。有難いことに、店舗だけで、お弁当が売り切れるなんてこともある。毎日、賑やかに笑い声が響く。明るい場所になっていた。
「茜ちゃん、今日も忙しいねぇ。体、無理しちゃだめよ。」
「うん、ありがとう。」
最近では、周りの人とも距離が近くなってきた気がする。信頼されてきたことが嬉しかった。『花守町よろず屋』の評判も上々である。
みんなとお喋りしている時、女性が店に入ってきた。森下だ。
「駒田さん、おはようございます。」
「あ、森下さん。おはようございます。あれ?働くのって、月曜からでしたよね?どうしました?」
茜は一瞬驚いた。日にちを勘違いしていたのかと思ってしまった。森下は段ボールを抱えながら、店に入ってきていた。
「あ、すみません。引っ越し用に細かいものだけ先に運ぼうかと思いまして。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。中へどうぞ。」
森下はスタスタと住居スペースへと歩いていった。近所の住人の皆は不思議そうに見つめていた。
「茜ちゃん、あの人は誰だい?」
「今度からここで働くことになった森下さんだよ。」
「おっ、茜ちゃんも雇うようになったんかぁ。すごいなぁ。」
森下は荷物を置いて、再びみんながいるところに来て挨拶をした。
「皆さん、おはようございます。森下といいます。これから、よろしくお願いします。」
「へぇ、森下さんって、下の名前はなんていうんだい?」
「え~と、良枝です。」
「じゃ、良枝ちゃんだ!」
森下は下の名前で急に呼ばれて、驚いていたが、時間が経つにつれて、嬉しさの方が勝ったようだ。顔がニコニコとなっていった。明るい住人のお陰で、森下がこのお店でやっていけるだろうと感じることが出来た。その後は、全員で、森下を囲んで質問攻めをしていた。悪気がある訳ではない。ただ、森下の事を知りたいだけなのだろう。
「ほら、質問ばかりじゃ、疲れちゃうでしょ。今度から、ここで働くから、ゆっくり、お話ししなよ。」
茜は、一応、止めた。住人の皆は歯止めが無いと永遠に質問する。明るくていい人だからこそ、相手を知りたくなって質問ばかりになってしまうのだ。早く仲良くなりたい思いが前のめりになっている。
「じゃ、そろそろ、行きますね。また月曜日に。皆さんも、またお会いしましょう!」
「おぅ!またな!」
森下が店舗から出ていった。
「茜ちゃんも良枝ちゃんもいい人だし、良かったぁ。毎日ここに来るのが楽しみなんだ。ほぼセルフだけどな。ハッハッハ!」
おおらかに笑っていた。楽しみに店舗に来てくれる人が居るのは茜にとっても嬉しかった。午後からの移動販売も以前に比べてお客さんも順調に増えていき、商品がどんどん売れるようになっていた。『花守町よろず屋』で補えない分はスーパーで購入するのには変わりはないが、リピーターが増えたことが嬉しい。
そして、いよいよ森下の引っ越しの日となった。午後から、お父さんの使う軽トラを借りて、荷物を運び出す手伝いをした。そこには、お父さんもいた。一人暮らしなので、荷物は少なく、引っ越し業者に頼むのも勿体ないぐらいなので、身内で運び出すことにした。大きいものはほとんどない。冷蔵庫も洗濯機も新たに買って、住居スペースに備え付け済みだ。荷物は布団と段ボール箱が数箱のみだった。
森下は自分の所有する車で店まで走っていき、茜とお父さんは軽トラで運び出した。
店に到着して、荷物を下ろし、引っ越しは完了した。森下は荷物をほどき、部屋の整理をしているようだ。
「一人で大丈夫ですか?」
「えぇ、一人でやれます。ありがとう。」
「今日の夜は蕎麦にしましょうか。引っ越し祝いという事で。」
「嬉しいわぁ。ありがとう、駒田さん。」
「茜でいいですよ。これから、よろしくお願いします。」
茜は名前で呼んでもらえるように提案をした。一緒に働く仲間として、親しみを感じてほしかった。
「それじゃ、茜ちゃん。何か手伝ってほしいことがあったら、是非声を掛けてね。」
「はーい!ありがとうございます。」
茜は夕飯の準備を始めた。シンプルな蕎麦だった。油揚げとネギと鶏肉の入った蕎麦を作って、夕飯の時間に食べた。二人で、他愛もない話をしながら時間は過ぎていった。
「そうそう、森下さん。花守町よろず屋で着用するエプロンとバンダナを準備しました。これを着て、働いてもらえますか?せっかく、仲間になったので、必要かなぁと思いまして。」
「ありがとう!なんだか、仲間になれた実感が湧くわ。嬉しい。」
二人は早速、着てみた。緑色のエプロンに緑色のバンダナを身に付け、チームになった事を喜んでいた。
「茜ちゃんの役に立てるように、おばちゃんも頑張るからね。」
「ありがとう。月曜日は8時からお弁当の仕込みをしますので、よろしくお願いします。空いている時間があったら、小鉢用に常備菜を作ってもらえると嬉しいです。必ず、アルコール消毒は忘れないように。」
「はい!しっかり、消毒させてもらいますよー!!」
二人は笑顔で語り合っていた。




