第二十四話 弁当、はじめました。
冬の寒い季節も雪が深いこの町も茜が大好きな花守町。自然豊かで、高くて広い空が茜の誇りでもあった。静かな雪景色を見ながら、軽トラで移動販売するのが『花守町よろず屋』のオーナーである駒田茜。都会の人の多さに疲弊し、実家へと帰って来た茜は、地元である花守町でよろず屋業を営んでいる。住人の皆との信頼も少しずつ堅固な物へと変わっていった。新しい店舗も構え、ここから新たな『花守町よろず屋』の姿が現れ出ようとしていた。
午前中は汁物の調理をして、午後からは日用品や調理したもの、食べ物も荷台を改造した軽トラに載せて、移動販売へ向かう。いつもの光景だった。住人の喜んでくれる笑顔を見るために、茜は今日も一生懸命働いていた。
以前、住人からの要望で温かいお弁当が食べたいと聞いていた茜はようやく、動き出した。新しい店舗が手に入った今、お弁当も作ることは可能になっていた。冬の時期である今なら、衛生面も多少、安心できる。夏のように暑さで腐りやすくはない時期に始める。茜の初めての販売は今の季節、冬にすることにした。夏にネックになるのが食中毒だからだ。食中毒なんて出そうものなら、営業停止となってしまう。茜は細心の注意を払って、冬でも衛生管理はしっかりとやっている。
今日の午前中は初めてのお弁当作りだ。その前に茜はやらなければいけないことがあった。茜は先日渡辺さんが来た時を思い出しながら、テーブルと椅子をセッティングして、壁にテレビを取り付けた。この店舗を休憩室として、提供することにした。この町には住人が集まる場所がほとんどなかった。
茜はこの新しい店舗でもお弁当を販売することを決めていた。この場所で、テレビを見たり、近所の人とおしゃべりをして、ゆったりとした時間を過ごしてほしくて、始めた。どれくらい売れるのかわからなかったため、お米を三合炊いてみることにした。約五人分の弁当を作った。お弁当の内容は二種類作る予定だ。朝の8時から昼食用の弁当を作る。そのように仕入れもした。今日のメニューは焼き魚とハンバーグの二種類だ。副菜はほとんど変わらないが、ハンバーグの方はさっぱりするように野菜を多めに入れてある。
8時から調理を始め、結構時間がかかった。副菜を一から作っているため、今日の時間はその副菜の分も含まれている。常備菜として保管しておくので、今後はそんなに時間はかからないだろうと思う。
お弁当と同時進行で汁物も作っていき、完成させていった。このお弁当は1コインで販売する予定で、サービスとして汁物も付ける。茜はそう考えていた。売上利益としても申し分なかった。
お弁当を始めるにあたり、回覧板にて、お知らせもさせてもらった。店舗に来てくれる人が何人なのかも想像が出来ない。お弁当がどれくらいの量、売れるのか、わからなかった。花守町の世帯数が79世帯。初めてのお弁当は五個しか作っていない。茜は廃棄を恐れて、少ない数で勝負をした。そして、何より、茜一人で作るには少ない数で始めるしかなかった。
しばらくすると、昼前に渡辺さん夫婦がやってきた。
「茜ちゃん、回覧板見たよ。お弁当貰えるかい?」
「ありがとうございます!一つ五百円です。今日は豚汁がサービスです。お茶はセルフでお願いします。」
「いいねぇ。こういう寒い日は温かいものに限る。」
「お弁当は冷えていたら、そこのレンジで温めてくださいね。」
「お弁当二種類あるんだな。俺はハンバーグにするか。」
「じゃ、私はお魚にしようかな。」
2人は楽しそうにお弁当を選んでいた。テレビのニュースや天気予報を見ながら、2人は会話を楽しみながら、お弁当を食べる。
「あら、美味しい。茜ちゃん、料理上手ね。」
「ありがとうございます。」
「ハンバーグも柔らかくておいしいぞ。」
茜は嬉しそうに微笑んでいた。美味しそうに食べてくれている渡辺夫婦の姿を見て、茜は安堵していた。売れるかどうかの不安と戦っていたからだ。まだ、始めたばかりのお弁当でここまで喜んでくれて、茜は嬉しくなっていた。
店舗への来客は渡辺夫婦のみだった。その後、お弁当も軽トラに載せて、移動販売へと向かった。いつもの場所で営業していると、いつもよりもお客さんが増えていた。その中で、要望が多かったのはお弁当だった。残り3つのお弁当もあっという間になくなって、売り切れてしまった。嬉しいと同時に断ってしまったお客さんに対して、申し訳なさもあった。お弁当が売り切れてしまったため、カップ麺やおにぎりがよく売れた。
茜はもっとお弁当を増やしたいと思った。ただ、現状、一人で沢山の作業を抱えてしまっていて、量を増やすのは困難だった。両親も忙しい。この問題を解決するには人を増やさないと無理だった。2人だったら、出来そうな気がしている。今日は頭の片隅にしまって、過ごした。
お弁当を売り始めて一週間が経った頃、ついにお客さんからもお弁当の量を増やしてほしいとの要望が出てきてしまった。それはそのはずである。毎日10人ほど、お断りしているのである。茜自身もお断りすることが申し訳なくなっていた。
茜が悩んでいるところに、町内会長から連絡が入った。
『駒田さん、今日、空いていたら家まで来てくれるか?』
「はい、わかりました。今から行きますよ。」
茜は町内会長の家に向かった。
到着すると、そこには見知らぬ年配の女性が立っていた。話しを聞くと、町内会長に呼ばれたのだとか。茜は不思議な気持ちで呼び鈴を鳴らし、2人で家へと入っていった。
「おっ、悪かったな来てもらっちゃって。」
「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」
「実はな、この女性が話しがあるっていうんで、聞いてやってくれるか?俺は先に聞いているんだが、本人の口から言った方がいいだろう。」
「あの~、急にすみません、、、。私、川原町のスーパーで働いているんですが、何度かあなたをお見かけして、沢山、商品を買っていく姿を見て、周りの人に聞いてみたんです。よろず屋さんをやっているって。買い物代行や販売をあの山間の町でやっているのを聞いて、私も何かお手伝いしたいなぁって、思っていたら町内会長さんに話す機会があって。あなたとお話しする機会を与えてくださったんです。」
「あ、え~と、、、、お手伝い?」
「あ、ごめんなさい。はっきり言いますね。私を雇ってください!杉本商会さんからも噂を聞いています。あなたの信念に感動しました。私もあなたと一緒に、働かせてください!」
「え!?え!?そんな、急に、、、???」
「ハハハ、驚いただろ?俺も最初は驚いた。だけど、話しを聞く限り本気みたいだから、検討してやってくれ。」
「急に言われても、、、、。今すぐには答えが出ないので、1週間後、返事してもいいですか?」
茜は慌てていた。嬉しい反面、不安が勝っていた。一人雇うという事は、その分責任も付いてくる。そして、行政の手続きも必要になってくる。個人事業主である茜はどこまでやればいいのかわからなかった。ただ、2人いれば、やれることが増えるのもわかっていた。茜は悩んだ。今まで以上に苦しんでいた。どうすればいいのか、わからないまま、日にちばかりが過ぎていった。




