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第二十三話 静かな一歩

 後日、保健所へ向かった。先日、修繕工事の営業許可を取る為に手続きと保健所の検査をしてもらう日を決めてもらうために再度、保健所へと向かった。

 手続きは特に問題なく、進んだ。工藤工務店の仕事ぶりは保健所の方からも定評があり、指摘事項もなく、話しが進んでいき、営業許可を取ることが出来た。いよいよ、新店舗での営業が始まる。茜は心の底から嬉しさを募らせ、ワクワクした。皆の笑顔のために続けていく決意をしていた。


 雪の深い花守町では買い物にも行けずに、困っている人が居る。茜がよろず屋を始める前は近所で動ける人が、買い物を代わりに行っていたのだと聞いた。高齢者も多い。足の不自由な人もいる。そんな住人の助けを住人同士で協力していた。茜が『花守町よろず屋』を始めたことで、住人の負担も減って、助かっているようだ。それを、聞いた時は茜も喜び、移動販売や買い物代行を始めてよかったと思った。


 新店舗での営業も決まり、茜は考えた。仕入れ品の保管場所も自宅から店舗へ移すことにした。自宅の保管場所は客間を間借りしている状態だった。品数もどんどん増えていき、段ボールで部屋は覆われていた。これ以上両親にも迷惑を掛けられないと思った茜は新店舗へ移すことを決意したのだ。


 茜は仕入れ先である『杉本商会』に電話することにした。店舗を構えたことの報告と仕入れ内容の変更の旨を伝えるためだ。


———Prrrrr———

『はい。杉本商会です。』

「花守町よろず屋の駒田です。出荷担当の佐々木さんはいらっしゃいますか?」


 茜は佐々木に、まずは報告をしよう思っていた。移動販売を始める際に、お世話になった人。そして、茜の味方でいてくれた。


『お電話代わりました。佐々木です。』

「佐々木さん、花守町よろず屋の駒田です。今日は、報告がありまして、ついに店舗を構えることとなりました。つきまして、仕入れ品の受け取りの住所を新店舗の方に届けて頂きたくて。」

『それは、おめでとうございます。花守町よろず屋さんの噂も聞いていますよ。冬の寒い日に温かい汁ものを提供して、喜ばれているとか。日用品が町で買えるから助かっているとか。いい噂ばかりでしたね。』

「ありがとうございます。皆さんの笑顔が大好きなので、続けることが出来たのかもしれません。」

『あなたは、本当にすごい方ですね。人のためにそこまで動ける人って、私は見たことがありませんよ。』

「私は生まれ育った町が好きだから、恩返しをしているつもりで始めたんですけどね。いつの間にか、皆さんから元気をもらっている形になっています。」


 茜は照れくさそうに笑いながら、言った。佐々木さんも嬉しそうな反応をしてくれて、茜もホッとした。移動販売はやめるつもりはない。ただ、調理が必要なものは新店舗で出来るようになり、肉体的に凄く楽になるような気がした。


『新しい店舗にお届けするように手続きしますね。お届け時間の指定はございますか?』

「あ、午前中でお願いします。午後は移動販売に出かけているので。」

『わかりました。』


 茜は新店舗での営業が楽しみで仕方がない。午前中の畑の手伝いはもう出来ないかもしれないが、その分新店舗で色々とアイデアを膨らませ、実行する。それが茜にとって、幸せだった。


 杉本商会に届け先の住所も変更ができて、茜は新店舗での準備を始めた。まずは、一通り、掃除をして、仕入れ品は住居スペースの空き部屋の一室に入れることにした。大きい箱から小さい箱まですべて入れていった。そして豚汁用の野菜たちは涼しい場所へ移動した。業務用冷蔵庫に豚肉を保管し、全ての保管場所が決定した。


 寒い冬の屋外は手もかじかみ、震えながら作業していたが、屋内になって、風も遮られるお陰で、快適に調理が出来るようになった。山間の町の風は冷たく強い。肌に刺さるような寒さで、今まで大変だった。


(ここなら、風も来ないし、快適だわぁ。)


 そんな風に思いながら、仕入れ品を運び、調理器具の引っ越しをしていた。


 最後に運んだのは、食品衛生責任者の資格証と営業届を額縁に入れて飾った。茜はここまでの苦労を思いながら、眺めていた。都会で働いていた時には考えもしなかったこと。今は別の道に進んで、茜が思い描く未来を進めていることが嬉しかった。


(まさか、私が店舗を持つほどに成長するなんて、人生はわからないものね。)


 都会で人混みにもまれて生きていた茜とは今は別人のようだった。確かに、色々なことはあるけど、それでも、皆の為に動けている自分が誇らしかった。


 午後の移動販売に向けて、調理することにした。調理台はアルコール消毒をして、全ての調理器具を消毒した。手には黒の薄いゴム手袋を付けた。衛生に細心の注意を払っていた。自宅の庭でもやっていたことだが、余計に緊張して、調理に臨んでいる。


 新しい建物は風もなく、冬の寒さを和らいでくれた。野菜を洗う水は相変わらず冷たいが、風が無いだけで、調理をスムーズに行うことが出来た。


 庭で作るよりも、早めに完成し、時間が余ってしまった。庭での作業が過酷だったという事が時間に表れていたのかもしれない。


 移動販売の準備をしていると、女性が一人入ってきた。


「あら、茜ちゃんじゃない。ここ、茜ちゃんのお店?」


 近所の渡辺さんの奥さんだった。花守町よろず屋で買い物をしてくれる一人だ。渡辺さんに限っては、自宅まで買いに来るようなお客さんとなっていた。


「そうです。ここで、お店として調理したり、販売もします。」

「そっか。じゃ、欲しいものがあったら、ここにこればいいんだね。」

「えぇ。ただ、午後からは移動販売に出ちゃうので、午前中しか空いてないんですけどね。」

「茜ちゃんが移動販売を始めてくれたおかげで、だいぶ助かっているわ。ありがとう。」

「皆さんに喜んでいただけるから、続けられているんですよ。こちらこそ感謝していますよ。」


 二人で微笑みながら、談笑していた。渡辺さんは近くの椅子に座り、ゆったりと喋っていた。茜はせめてものおもてなしで温かいお茶を準備して、持って行ってあげた。


「あら、ありがとう。なんだか、ここ落ち着くわね。」


 茜はニコッと微笑み頷いた。この時、茜はまた新たにアイデアを思いついてしまった。


(テーブルと椅子があるなら、休憩所として、午前中は開放してもいいかもしれない。私がいる間だけでも、開放してみようかな。)


 茜の咄嗟の思い付きだった。都会の引っ越しで持ってきていたテレビもある。温かいお茶を入れるポットもあった。全ての事柄がタイミングよくあった気がした。渡辺さんみたいに、気軽に遊びに来られる場所が出来るのもいいかもしれない。そんな風に感じていた。おにぎりやパンを置いて、その場で食べられるようにしてもいい気がした。こうやって、アイデアが浮かんできた茜はワクワクが止まらなくなり、ひとまずメモを取りながら、考えていた。思い描いたことを形にするのは難しいが、その試行錯誤しながら完成させていくのが好きだ。


 渡辺さんも帰り、移動販売へ向かう時間となった。温かいスープを載せて、今日も『花守町よろず屋』は山間の小さな町を駆け巡っていた。


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