第十七話 託されるもの
土砂災害の翌日の朝、雨はあがった。所々に青空が見え隠れしている。アジサイに付いている水滴も輝き、いつもと変わらない朝を迎えていた。しばらくすると、遠くの方で重機の音が聞こえ始めた。あの大木の撤去作業が始まったらしい。少しずつ切断してはトラックに載せて、運び出していた。この作業は数日かかっていた。
数日後、大木も撤去されて、茜も移動販売に出かけられるぐらいまで修復されていた。いつもの場所で、販売していると三浦さんの姿があった。
どうやら、ご家族で立ち寄ってくれたらしい。
「先日はありがとうございました。妻の事を助けて頂いたみたいで。」
話しかけてくれたのは、三浦さんの旦那さんだった。若い旦那さんで話しを聞くと、土砂災害の日はちょうど出張で家にいなかったと教えてもらった。
「茜さん、本当にありがとうございました。あの時、茜さんが来たときなんだか心強くて、安心したのを今でも思い出します。ちょうど、主人もいなくて、子供と二人だったので、不安ばかりで、、、。」
「そう言ってもらえて、良かったです。お子さんはあれから大丈夫ですか?」
「はい!薬のお陰で熱も下がって、今はこの通り元気いっぱいです。」
よちよち歩きで、走り回っているわんぱくな男の子。目を話すと何処へ行くかわからないぐらい動きが激しかった。茜も子供を見ながら、ほっこりとしている。夫婦でお礼を言いに、茜に挨拶をしてくれて、嬉しくなった。
「三浦さん、これからも困った事があったら、いつでも電話くださいね。駆けつけますから。それから、こんなものしかないのですが、使ってください。」
茜は箱ティッシュを三浦さんに渡した。なんでもいいから、感謝を伝えたかった。駆けつけたのは茜自身なのだが、頼ってくれたことに感謝を伝えたかった。
「いいんですか?貰っても…。」
「はい!いいんです。使ってください。」
「ありがとうございます。」
三浦夫妻は商品も買って、帰っていった。茜の行動で一人の人を笑顔に出来た事に喜びを感じていた。
移動販売も慣れてきて、順調に商品数も増やしていった。いよいよ、バイクだけでは手狭になってきている。ただ、まだ、利益は微々たるものなので、軽トラを購入する余裕はない。いつか買うであろう軽トラを夢見て、販売に力を入れていこうと、茜は動き出した。
段々と、日差しも強くなっていた。梅雨も明け、太陽が燦燦と降り注ぐ。少し動くだけで、汗がにじむようなそんな季節にいつの間にかなっていた。
そんなある日、一本の電話が鳴った。
『もしもし、花守町の町内会長をしている佐藤ですが、駒田さんですか?』
「はい!駒田です。町内会長!?どうかされましたか?」
茜は突然の電話に驚いてしまった。町内会長から電話してくることが初めてで、少し動揺した。
『急にすまないが、今日、予定が空いていたら、ちょっと家に来てもらえないか?』
「大丈夫ですが、私、何か悪いことしましたか?」
『いや、そうじゃない。とりあえず、話しだけでも聞きに来てくれるか。』
「はい、わかりました。」
突然の呼び出しである。茜は不安を抱えながら、仕事をした。そして、ちょうど空き時間が出来たので、町内会長の家に行くことにした。
入口にバイクを置いて、呼び鈴を鳴らす。
「呼び出して、すまなかったな。」
「いえ、今日は何の御用でしたか?」
「いや…実はな。最近、駒田さんがやってくれている移動販売について耳にすることがあってな。好評らしいじゃないか。」
「あ、はい。皆さんに喜んでいただいています。」
「よくみんなからも評判は聞いていてな。ただ、商品がいつも不足してるという事も聞いているんだ。足りなくなるほど売れてはいるのだろうが、勿体ない気がしてな。」
「そうなんです。バイクには目いっぱい入れていくんですけど、帰るころにはスカスカになってしまって、商品が無くて何度もお断りさせてもらっているんです。」
「そこでだ、ちょっと、言いにくいんだが、バイクをやめて、軽トラにしてみたらどうだ?」
「それは私も考えているんですが、そうすると確かに商品を沢山持っていけるんですが、中古の軽トラや、荷台の改造費も必要になってしまって、なかなか購入に至らないんです。」
「わかっておる。移動販売は収入も少ない事もわかっておる。そこでだ。自治体ではいろんな補助金があるから、役場の人間に聞いてみたんだ。そしたら、軽トラの荷台の改造費を補助してくれる制度や高齢者支援の制度もある事を聞いたんだ。土砂災害の時から、今まで、会う人会う人、駒田さんに感謝していてな。こんなに人に頼られてる人を町内会長として見過ごすわけにはいかないと思ったんだ。そこで、町内会費から軽トラを買おうと思っている。その軽トラは移動販売で使ってほしい。勿論、維持費に関しては、駒田さんに管理を任せたい。どうだ?必要か?」
「い、いや、そんなこと、、、、一人で決めちゃっていいんでしょうか?確かに軽トラがあれば助かります。ですが、町のお金を利用してまでやっていいものなのか、私には決め兼ねます。」
「これは、皆の総意と思って受け取ってもらったらいい。駒田さんが、移動販売を始めてから、住人のみんなの不安が減ったような感じはしている。駒田さんが行くところすべてで笑顔があふれている。そんな姿を見ていたら、何かしてやらないと、気が済まん。今は答えが出なくても、ゆっくり考えて答えを出してくれたらいい。みんないい答えを待っているからな。」
茜は正直嬉しかった。住人のみんなともっと信頼で距離が近付いたような気がした。初めての移動販売の時に比べて、今はいつも話題の中に入れさせてもらっているような感覚があって、お客さん自体も長く話しをしてくれるようになっていたり、足の不自由なお客さんの家に行ってもお菓子やお茶が準備してあったり、受け入れてもらっている事、それが嬉しかった。他愛も無いお喋りにも幸せを感じていた。
でも、まだ、茜は町内会費を使う勇気は湧かなかった。みんなの大切なお金を軽トラで使うなんて、今はまだ出来なかった。
「今は、まだ返答できません。ゆっくり、考えさせてください。」
「わかった、、、。」
茜は迷っている。今後の事を考えれば、軽トラは今にでも欲しいが、町内会費を使うという事にどうしても引っ掛かる。責任に耐えられるのか、わからない。買っても、売れ残ったりすれば、マイナスになる。そして、何より、軽トラにすることで維持費分の値上がりは避けられないだろう。受け入れてもらえるのか、不安が募る。
バイクにまたがり、暑い夏の日差しを浴びながら、ゆっくりと走っていった。




