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第十六話 自然の中に

 営業を開始して、二か月が過ぎていた。行政書士さんにも依頼して、すでに補助金の交付手続きに入ってもらい、あとは振り込みを待つばかりだった。やはり、バイクの修理費用は申請できなかったようだ。そこだけが、茜は残念だと思っていた。


 ちょうど今は梅雨の時期で、結構な頻度で、灰色の雲が空を覆い、雨がしとしと降っていた。アジサイも咲き誇り、場所によってアジサイの色も色鮮やかに雨のしずくで輝いていた。


 そんなある日の夜、轟音と主に何かが崩れていく地響きを感じた。茜は驚き、その場所でうずくまった。両親の安否を確認して、茜はその場から動けなかった。


「茜!ちょっと、外の様子見てくるから、お母さんと待っていてくれ!!」

「うん!!わかった。お父さん!気を付けてね。」

「おぅ!」


 強く雨が降る中で、お父さんは紺色のレインコートを上下に着込み、懐中電灯を片手に飛び出していった。この花守町は山間の町。梅雨時期になると、頻繁に土砂崩れを引き起こす。この辺の男性たちは土砂崩れでの道路状況や孤立した家屋が無いか確認に行く。被害を確認して、住人達と助け合いながら、救助を行うこともある。


 子供の頃からそんなお父さんの背中を見てきたから、茜も人の役に立ちたいと思える人間になれたのだと思う。


(みんな、大丈夫かな?)


 茜は自宅で、不安を抱えながら、待っていた。


「茜ちゃん、温かいお茶を用意するから、飲みましょ。この家は大丈夫だから。」


 お母さんも不安だろうが、茜の不安をかき消すように、いつも通りの生活を装っていた。幸い土砂崩れは小規模で、家からも離れていた。お茶を飲みながら、ゆったりとしていると、お父さんが慌てて帰ってきた。


「茜!すまん、バイク貸してくれるか?」

「ど、どうしたの!?この雨じゃ、危ないよ。」

「道路に大木が塞いじまって、車じゃ通れないんだ。バイクなら通れる隙間はあるから、先を見に行きたいんだ。三浦さんちがどうなっているか、見に行かねぇと!!大木をどかすには一日かかっちまう!!」


 と、その時、茜の所に一本の電話が入った。


「はい、駒田です。」

「あの、茜さん?三浦です。夜分にすみません。道が崩れたみたいで、外に出ようとしたら木が倒れてて、車が出せないんです。子供も熱を出してしまって、解熱剤を切らしていて、、、。」

「……。」

「無理なお願いなのはわかっているんですが、誰かに聞いてほしくて、、、。」


 茜は三浦さんの不安そうな声に居てもたってもいられなかった。


「茜、今の電話、三浦さんか…?」


 茜は静かにうなずいた。茜は慌てて、家に常備してある解熱剤を手に取り、レインコートを着込んだ。なぜかわからないけど、茜自身で届けないといけないと思った。


「…私が行く。」

「おい、でも、あそこを通り抜けるのは危険だ。いつ、また土砂崩れが起きるとも限らない。俺が行く!」

「ううん、大丈夫だから!私が行く!」

「…………………。」


 茜はバイクに飛び乗り、エンジンをかけて発進した。お父さんは、それ以上何も言わなかった。

 土砂崩れ現場に到着し、大木の大きさを目の当たりにした。車では絶対に通れない。道路をまたぎ、塞いでいる。ちょうど、崖のある方にバイクだけなら通れる隙間を発見した。もし、バランスを崩せば、バイクもろとも茜は真っ逆さまに落ちていく。そんな危険な場所だった。土砂で地面もぬかるんでいる。成功する保証もない。茜は恐怖で体が縮こまり、心臓の鼓動も早くなるのを感じていた。緊張と不安が一気にやってきた。

 

茜は三浦さんの電話口の声を思い出し、絶対に会いに行かなくてはと使命に燃えていた。三浦さんも不安で、その中で茜に電話してくれた。それが、嬉しかった。頼られる存在になったことが本当に幸せだと感じた。だから、茜自身で、三浦さんに寄り添っていきたいと思ったんだ。


 茜は勇気を出して、アクセルを握った。助走をつけて、スピードをだして、バランスを保ち、倒木の直前で頭を低くしてかわすように、、、。


 隙間を抜けた。

スピードを保ちながら、三浦さんの家に向かった。

 到着すると、家の明かりがぼんやりと付いている。ろうそくの光が窓に映って見えているようだ。この辺一帯は停電が起きていた。中からは子供の泣き声が響いていた。

 茜はドアをノックした。


「はーい、、。」


 家の中から、か細い声が聞こえた。三浦さんだ。不安を抱えながら、子供の看病をして、少し疲れているようだ。


「茜さん!?道通れないんじゃ…。」

「三浦さん、お待たせしました。すみません、この時間では薬局も開いてないので、家にある解熱剤を持ってきました。お子様に飲ませてあげてください。」

「ありがとうございます。ありがとうございます。」


 茜は解熱剤を三浦さんに渡した。すると、三浦さんはうっすらと涙を浮かべながら、急いで、子供用に錠剤を砕いて、飲ませることにした。


「茜さん、本当にありがとうございます。これで、きっと大丈夫だと思います。」

「良かったですね。他に何か欲しいものがあれば、いつでも行ってください。食べ物はありますか?今、道路の復旧に取り掛かっているみたいなので、数日の間には完全に大木も無くなっていると思います。」

「ありがとうございます…。茜さんが来てくれて、良かったです。子供の事と土砂崩れで不安で、、、。でも、茜さんの顔を見たら元気になれました。もう、大丈夫なんだなぁって。本当にありがとうございます。」

「遠慮なく声を掛けてください。いつでも、来ますから!」


 茜は凄く感謝されて、三浦さんの顔が見ることができて嬉しかった。茜は思った。茜の仕事は物を売るだけの仕事ではない。安心を与える仕事なのだと気づいた。人に寄り添うことは安心を与え、人の心を軽くするお仕事なのだと。


 茜はこの町で安心を与えるような人になっていきたいと願うようになっていった。今はまだ、会ったことのない人もすべての花守町の人たちに頼りにされ、安心を届けていきたいと心に誓った。


 三浦さんのお宅を出て、道をふさいでいた大木の方へ行くと、バイクの通る隙間が広くなっていた。これ以上、土砂崩れが起きないように、ブルーシートと土嚢が準備されていた。一時的なせき止めには有効な方法だ。後日、重機などで倒木は撤去される。


「おぅ!茜―!大丈夫だったか?三浦さんの様子は?」

「うん、大丈夫―!!停電はしてるけど、被害はなかったよー!子供も解熱剤が効いたみたいだし、三浦さん自身も大丈夫だった。」

「そっか。良かったな。茜、ありがとな。」


 茜は誇らしくなった。この時、茜はお父さんの子供で良かったと思った。人に寄り添う心を受け継いで、人に感謝できる人間に育ててくれてありがとうと思いながら、茜は家へと帰っていった。この時のお父さんの背中は大きく見えた。


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