第十四話 緊急出動!
茜は次の日も両親の農業の手伝いをした。いつも通り、作業をしていると、隣の畑の田中さんがやってきた。
「やぁ、茜ちゃん。昨日から移動販売始めたんだって?どうだい?調子は?」
「皆さんに喜んでもらえたみたいで、昨日は沢山買って頂きましたよ。」
「そりゃ、良かったなぁ。」
「えぇ、私も嬉しかったです。」
田中さんとそんな話をしていると、遠くから凄い速さで走ってきているお父さんが見えた。
「茜!茜!トイレットペーパーあるだろ!貰えるか!後で金は払うから!頼む!急いでくれ!」
どうやら、腹痛を伴い簡易トイレに駆け込んだが、ペーパーが備え付けられてなかったようだ。慌てて、茜もトイレットペーパーをバイクから取り出し、お父さんに渡した。お父さんは急いで走っていった。呆気にとられた茜は時間が経って、なんだか、お父さんの必死な姿にクスッと笑いがこみあげてきた。
どうやら、無事に事なきを得たらしい。スッキリとした気持ちで歩いてきていた。簡易トイレは近くの畑の農家の人たちで使うことが多く、たまに気づいたらペーパーが無いなんてこともしばしばある。急ぎじゃなければ、自宅へと戻ることも多いため、使用する頻度も少ない。特に畑の小さい農家さんにとっては、自宅に帰ることの方が多いのである。
「お父さん、大丈夫だった?」
「あぁ、なんとかなった。助かったよ。ほら、ペーパー代。」
お父さんからトイレットペーパー代の百円を貰った。
茜はこの件があって、畑の多いこの地域の簡易トイレにトイレットペーパーを備え付けていけないかと思った。これは、収入目的ではなく、『花守町よろず屋』の名前を知ってもらうチャンスなのでは、と考えた。しかし、利用頻度が少ないので、宣伝効果はあまりないかもしれない。だが、誰か一人でも、知ってもらえるなら、やりたいとさえ思った。そして、誰かが救われるのであれば、やりたいと思ったのである。
(たとえば、備え付けのペーパーが減ってきたら、電話で知らせてもらうとか?)
なんて、考えたりもしていた。実現させるには準備も必要だ。勝手に簡易トイレにトイレットペーパーを置いてもいいのかわからない。とりあえず、茜のアイデアはそっと頭の隅にしまった。
午前の畑の手伝いも終了し、午後の移動販売に向けて、準備を始めた。今回向かう先は一軒一軒が離れているような、地域で、あまり売れないかもしれない地域。ただ、茜はそういう地域の人にこそ、商品を届けたいと思った。そして、少しばかりの接点を持って、お話が出来るようになりたいと思っていた。でも、やはり考えてしまうのは茜の独りよがりだったらどうしようという不安だった。もしかしたら、好んで一人でいる場合もある。しかし、茜はどうしてもそういう人たちの事を考えてしまって、傍に寄り添ってあげたいと思っていた。
バイクを走らせ、いざ、出発。風を切り、ドキドキしながら走る。あぜ道のデコボコも上手にバランスを取りながら進んでいった。
(よし、今日は何人と会えるかな?)
到着した茜は準備を始めた。バイクから看板を下ろし、掲示した。今日の商品はペーパー系を追加で用意した。昨日、お断りしてしまった教訓から、多めに積んだのだ。
開店して、数分、人も通らないようなあぜ道にポツンとバイクと茜が立っている。鳥の鳴き声と風でこすれる木々の音だけが聞こえている。茜は待っていた。お客さんが買いに来ることだけを期待して。だが、しかし、一時間たっても誰も来ない。人の姿すら、見ることはなかった。あまりの時間の遅さに、あぜ道を往復で走ってみたり、歌ってみたり、大きな空で体を動かして時間が過ぎるのを待っていた。
お客さんは、来ることはなかった。茜は寂しい気持ちになって、ただただ、心のむなしさを抱えたまま片付けを始めた。
(場所が悪いのかなぁ?なんか、寂しいなぁ、、、。)
と、心の中で寂しさを感じながら、バイクに乗った。その時に、一人のおばあさんが歩いてきた。茜が様子を見ながら待っていると、なんとお客さんだった。
「まだ、お店やってる?足が悪くて、時間がかかってしまってのぅ。間に合ってよかった。」
「大丈夫ですよ。すみません、遠かったですか?」
「ごめんねぇ、若い頃なんかは平気だったんだけどね。おばあさんになると、この距離も歩けなくなっちゃって、嫌になっちゃうよ、ほんとに。」
おばあさんは笑いながら話してくれた。茜の売る商品のために、長く歩いてくれたことに感謝がこみあげ、胸が熱くなった。
「おばあさん、今度から、お宅にお持ちしますので、欲しいものがあったら、電話で教えてください。」
「いや、そんなの悪いよ~。」
「大丈夫です。この辺の地域の方はおばあさんの年代の人ばかりですか?」
「あぁ、そうだね。この辺は多いよ。」
「そうですか。では、この辺の方には訪問販売もやってみようと思います。その方が私も皆さんの顔も見られて嬉しいですし、お客さんが大変ならそっちの方がいいと思うので。」
「ありがとう。助かるよ。」
遠くから歩きで来てくれたおばあさんに感謝をして、丁寧に接客をする茜。もっと、人に寄り添い、柔軟に対応することを目標に掲げ、この日の、販売は終了した。
今日の売り上げは、前日に比べると少なかったが、次の対策を練るにはいい情報をおばあさんからもらえたので、少しだけ、頑張れる気がした。
明日のルート便の準備も終わり、ゆったりとしていた。お母さんの料理の手伝いをしながら、急配対応にいつでも出れるように準備をして、スマホも近くに置いていた。すると、電話がかかってきた。
———Prrrrrr———
「はい、花守町よろず屋の駒田です。」
『あの、すみません。台所用洗剤と洗濯洗剤が欲しいのですが、ありますか?』
「はい、ありますよ。今からお届けできます。」
『ありがとう。お願いします。』
男性のお客さんの声。電話口で住所を聞いて、向かうことにした茜はバイクに乗り、舗装された道を走っていった。暗がりで走るバイクのヘッドライトが道を照らす。周りは暗闇で何も見えない。安全運転で、ゆっくりと走っていった。
到着すると、そこの家は昼間に販売していた地域だった。
———ブーーーーーー———
呼び鈴を鳴らす。昔ながらの呼び鈴で、ブザーが家に鳴り響いているのだろうか音が漏れていた。
すると家から出てきたのは足を引きずる年配の男の人だった。
「あ、ごめんねぇ。夜分遅くに持ってきてもらって。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、ありがとうございます。」
「申し訳なかったねぇ、昼間に行こうとしてたんだけど、どうも、足が言うこと聞かなくてね。ちょっと距離があると、行けなくて。」
「いつでも、電話してください。もし、買い物とかで困っていたら、電話してもらえば、買ってきますから。」
「そんな事までしているのかい?大変だねぇ。でも有り難いよ。俺みたいに足が悪いと何もできなくてね。」
「ご家族はいらっしゃらないんですか?」
「あぁ、ずっと一人なんだ。不便だけど、この町が好きで離れられないんだよ。」
「そうなんですね。私も大好きなのでこの町。気持ちはわかります。また、話しに来てもいいですか?」
「あぁ、頼むよ。寂しい一人暮らしだから、お姉さんみたいに優しい人なら大歓迎さ!」
茜は商品を渡し、代金を貰って、挨拶をして家を後にした。その時、また電話が鳴った。
「はい!花守町よろず屋の駒田です。」
『トイレットペーパーを急いで持ってきてくれ!』
「はい、わかりました。ちょうど近くにいるので、すぐ行きます。」
「あぁ、頼む!」
茜は慌てて、バイクで向かった。わりと近めの住所ですぐに到着した。
————ピンポーン———
「こんばんは。花守町よろず屋です。」
「・・・・・・。」
「こんばんはぁ、居ませんか?」
茜は住所を間違えたのかと思い、入念に確認した。住所は間違いなかった。もう一度呼び鈴を鳴らしてみることにした。
———ピンポーン———
「花守町よろず屋です。居ませんかぁ。」
「・・・・・・おーい、、、おーい、、、。」
「どうしましたかー?開けてもいいですかー?」
「ドアの鍵は開いているから入ってきてくれるかぁ?」
「わかりました。」
茜は少し躊躇した。見ず知らずの人の家に入るなんて、今までしたことない。それでも、もしかしたら、中で助けを必要としているかもしれない状況かもという気持ちが茜を動かしていた。
家の奥の方から声が聞こえてきた。茜は玄関の扉を恐る恐る開けてみた。
そこには人影は見えない。布団が敷いてある六畳の部屋も少し散らかっていた。声のする方へ進んでいくと、どうやら、用を足しているようだ。独特の香りが漏れている。茜は状況を察し、声を掛ける。
「あの、トイレの前にトイレットペーパーは置いておきます。外に戻っていますので、いつでも、声かけてください。」
茜はそっとトイレットペーパーを置いて、外に出た。緊急の用事そうだったから、慌てて持ってきたのに、この結果に少しクスッとしてしまった。
それでも、電話をしてもらえたのは嬉しかった。しばらくすると、家の中から、出てきたおじいさんがいた。
「やぁ、すまなかったね。ちょうど、ペーパーが無くなっちまって。助かったわぁ。」
「いえいえ、電話いただけてうれしかったですよ。」
「一人だと不便なことも多くてな。また頼むよ。」
「ありがとうございます。」
茜は代金を頂いて、少し、お喋りをした。
「おじいさんも、ここで一人暮らしを?」
「あぁ、この町から出たいと思いながら、七十五年住み続けているわ。」
「一人暮らしは大変でしょう。また電話いただければ、買い物のお手伝いもしますので、声かけてくださいね。よろず屋の商品も時間内であればいつでも提供できますので。」
「お姉ちゃん商売上手だねぇ。また頼んでもいいか?」
「勿論です!」
茜はまた一つ、忘れられない経験をした。
見ず知らずの人の家に入り、困りごとのすぐそばに立ったのは、初めてのことだった。
それが正解だったのかは、まだ分からない。
けれど、誰かが「困った」と声を上げてくれたことだけは、確かだった。
夜の空気はひんやりとしていて、星が静かに瞬いていた。
茜はヘルメットをかぶり直し、エンジンをかける。
花守町よろず屋は、今日もまた一つ、役目を増やした気がしていた。




