第十一話 はじまりの約束
茜のもとに、補助金の交付通知書が届いた。これから、仕入れを行い、初期費用を補助金で賄うつもりでいる。杉本商会の出荷担当者から、色々と助言を貰って、注文を開始する。茜はあの面談の日が忘れられないでいた。
1か月ほど前になるだろう。この日は仕入れ先である杉本商会の契約日だ。茜はバイクにまたがり、杉本商会へと向かった。杉本商会は近隣の店からも信頼が厚く、どんな発注もわりと対応してくれる良心的な会社という評判は聞いている。仕入れ数が少ない茜の移動販売も受け入れてくれ、契約をしてくれることがまさに優れた会社であると表しているようだった。
会社は茜の自宅から、30分かかり、茜が子供の頃にお父さんが運転する車で近くを通ったことあるぐらいだった。業務用卸で、この地域では有名な会社。敷地も広いし、周りはほとんど畑と田んぼだけで何もない。多少の騒音なら、特に問題はない。外から見た会社にはフォークリフトが何台かあって、機械音やタイヤのこすれる音などが少し響いていた。中を見たわけではないが、きっと商品数も沢山あるのだろう。
そんな、昔からある会社に茜は足を踏み入れようとしている。少し緊張しながら、道中を走っていた。
到着して、バイクを止めた。広い敷地内にも道路があり、これはフォークリフトの通る場所みたいだ。その道路を横切り、建物の入り口を目指していた。それにしても凄い広さだ。卸というのは倉庫で在庫管理していることがほとんどだ。だからこそ、この広さが必要になってくる。商品数があればあるだけ、倉庫の棚がいっぱいで手狭になることも多いのだという。茜はこの情報をネットで調べながら見つけていた。
正面玄関へ行くと、守衛さんが立っていた。
「こんにちは。駒田と申します。出荷担当の庄司さんと面談の約束がありまして、伺いました。」
「はい。話しは伺っております。ちょっと待ってくださいね。連絡しますから。」
≪・・・・・ご予約の駒田様がお見えです。…・はい、わかりました。≫
「庄司がこちらに向かっておりますので、お待ち願いますか?」
茜は少しの間待たせてもらうことにした。しかし、守衛さんと茜は無言の時間が続き、少し、気まずい時間が流れていた。その時、庄司さんがやってきた。
「駒田さん!すみません、お待たせして。」
「いえいえ、そんなことはないですよ。」
「それでは行きましょうか。こちらです。」
茜は庄司さんが案内するままに付いていった。敷地が広いだけあって建物内の通路も長い。面談室は3部屋ぐらい用意されていた。茜たちは面談室1へと入っていった。そこは6畳ぐらいの小さな部屋で、面談室という名前だけあって、必要最低限の椅子と机しかなかった。
「そちらに、おかけください。」
「ありがとうございます。」
「足を運んでもらってすみません。契約だけは、対面で行う必要がありまして、お呼びいたしました。」
「いえいえ、本当にありがとうございます。」
「早速ですが、確認をいくつかさせて頂きたいのですが、今から話す事は契約にもかかわってきますので、しっかり聞いてほしいのですが、弊社は新規契約の際に、3か月の試用期間というものを設けておりまして、万が一、取引上の問題が発生した場合には、本契約の移行が出来なくなる可能性があります。支払い遅延や注文ルール違反などがそれにあたります。問題が何もなければ、そのまま本契約へと移らせていただきます。もし、疑問点がありましたら、また後程聞いてください。」
「はい。」
「それでは、少し質問だけさせてください。私どもが知りたいのは月の仕入れ値とロット数、あとは、どの内容の商品を売るかを弊社としては確認させていただきたいのですが、予定はどのようになっていますか?」
「販売は日用品メインで売りたいと思います。その後、住人の皆さんの要望によって、品物の種類を増やす予定でいます。仕入れ値は二万円前後で考えていて、ロットもケースではなく、バラで購入したいのですが可能ですか?」
「勿論可能です。始めるにはちょうどいい規模ですね。それでは契約手続きへと移らせていただきます。」
茜はドキドキしながら、書類に目を通し、割印を初体験して、さらに舞い上がっていた。最後に、署名をして、捺印すれば、契約成立となる。いつも以上に手が震え、文字も歪んでしまった。印鑑に朱肉を付けて、しっかりと押印した。これで手続きは終了した。完成した書類を、茜と杉本商会で1部ずつ保管するように、封筒へ入れて頂いた。と、その時、ドアがノックされた。それは杉本商会の社長が挨拶に来ていただいたようだ。
「あなたが、駒田さんですね。私は杉本と申します。本日からよろしくお願いします。」
「こ、こちらこそ、お願いします。」
「あなたの事はこの庄司から聞いています。あの花守町で移動販売を始めると。あの地域は昔から、不便な地域ですからね。」
「あの、花守町のこと知ってるんですね。」
「ハハハ、私の祖父がちょっとだけお世話になった時期がありましてね。祖父も昔、あの地域で売っていたんですよ。駒田さんのように移動販売で。」
「え!?そうなんですか!?・・・なぜ、今はないんですか?」
「それは、祖父がこの業務用卸として、この地域に根を張ったからでしょう。
祖父は、もともと移動販売をしていた人でした。
利益もほとんどなく、細々と続けていたようですが、やがて結婚し、子どもが生まれて、生活のために、移動販売を続けることが難しくなったそうです。
それで、今のこの会社を立ち上げたと聞いています。
祖父は、地域に密着して関わることが好きな人でした。
花守町の方たちのことも、いつも気にかけていて、たまに、思い出したように、悲しげな顔でうつむいていたのを覚えています。
ですから、祖父と同じ道を歩もうとしている駒田さんの話を聞いて、私は正直、嬉しくなりました。
ただ、一つだけ、心配な点もあります。
祖父が中途半端に手を出した結果、移動販売そのものへの信頼が、あの地域で揺らいでいるのではないか、ということです。
便利なものが来て、喜んでいたところに、またいなくなってしまった。
それでは、元の不便な生活に戻るだけですからね。」
「そ、そんなことが……。
正直に言ってしまえば、私には未来のことなんて分かりません。ただ、私は花守町で生まれました。ここで育って、ここを離れて……それでも、戻ってきました。
だから今度は、花守町のみんなに、恩返しがしたいんです。
最初は、きっと利益なんて出ないと思います。
それでも、続けていけば、少しずつでも、みんなが笑顔になって、暮らしていける日が来ると信じています。
そして……私は、この取り組みを、私の代で終わらせるつもりはありません。
これは、まだ誰にも話していないことなんですが――
若い人たちにも、またこの町に住んでもらえるような、そんな土台を作っていきたいと思っています。
都会にコンビニがあるように、花守町にも、立派じゃなくても、頼れるお店があっていい。
町の便利屋さんみたいに、配達をして、修理をして、物を売って。
一人ひとりの顔を見て、人と人のつながりを、ちゃんと作っていきたいんです。」
「……あなたは、やっぱり凄い人ですね。私はあなたを応援します。困った事があったら、いつでも頼ってください。」
「ありがとうございます。」
茜は真剣に話しをして、移動販売への熱意も地域への思いも伝えて、いい面談が出来て、心から嬉しくなった。社長の言葉に高揚し、やる気が満ち溢れた。
まずは、最初の1か月で、どこまでやれるのか。調整を挟みながら、未知の世界へと足を踏み入れる茜。絶対に、花守町のみんなを見捨てない、と心に決めた。




