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2.異世界なんてこりごりだ

 ――『鳴王市役所』と扉に書かれ、その横に地元企業の広告が入った白いバン。屋根には灰色のスピーカーが前後左右に向け取り付けられている。

 雨宮湊は、その後部座席の真ん中で小さくなっていた。


 異世界失踪人捜索係――『異世界失捜』を名乗る四人は、異世界に行ったことで現実世界から失踪した人たちを救出(・・)するのが仕事らしい。

 異世界といっても様々で、湊のいたような西洋ファンタジー世界から、古代中華風、果てはディストピアな未来まであるらしい。


「ッたく、異世界が多すぎんだよ。いちいちその世界について調べてさ、文明の発達度とかファンタジー要素の程度とか。で、またこっちの世界に関わられても困るから、統治者にきっちり筋を通さなきゃならない。面倒臭くて仕方ないよ」

 係長の弓弦葉琴海はそう愚痴っていた。


「でも、今回の仕事は早く済んで良かったです」

 運転しているのは、野辺と呼ばれた若い男だ。その横で、鬼窪という名のおばさんが腕時計を確認する。

「全然早くないわよ。孫のお迎えが三時なの。急いでくれない?」

「十分急いでますって。八十キロ出してますもん」

 すると、運転席をドンと蹴ったのは弓弦葉だ。

「異世界に制限速度はないんだよ。それとも、鬼窪ちゃんに現実世界で速度超過させるつもり?」

 野辺は泣きそうな声で答えた。

「百五十キロ、いきまーす」


 バンのエンジンが唸りを上げる。

 舗装された道じゃないから、時々シートから尻が浮く。湊は祈るしかない。


 彼の左に座るのは、ニヒルな髭の小鳥遊(たかなし)。ハードボイルドを気取りつつも、何かと話し掛けてくる。

「どうやって異世界に来たんだ?」

「あー、えと、いわゆる『英雄召喚』ってやつです」

「つまり、この世界の王に勇者として呼ばれた、ってワケか」

 弓弦葉が舌打ちする。

「困るんだよねー、そういうのが一番。死んで転生してくれりゃあ、現実世界の戸籍から抹消されるから、うちの手間が省けるのに」


 「死ねばいいのに」と言われてる気がして、湊は泣きたくなった。


「あーあ、泣いちゃいましたよ。係長、言い方キツいもん」

 鬼窪が振り返る。

「いや、泣いてません……」

 だが鬼窪は容赦がない。

「ただでさえ、祈り子とエルフのおねえさんにフラれたばっかなのに。今どきの子は傷付きやすいんだから、優しくしてあげないと」


 トドメを刺されて、本当に涙が出てきた。


 弓弦葉は首を竦めながらも、湊に横目を向けた。

「現実世界でモテたことは?」

「ないです……」

「それなのに、異世界に来ればモテると思ったの?」

「ウッ……」


 あの後、ミリアとルージーはあっさりと去っていった。

 暗黒竜退治の報奨金が目当てだったらしい。


 両手で顔を覆い、湊は呻いた。

「あの王に……おまえは選ばれた勇者だって言われたから……俺はこの世界では特別なんだって……」

「はぁ……」

 弓弦葉はため息を吐いた。

「あのクソジジイ、社交辞令ってのに慣れてない子供ばっかを狙いやがって。調子に乗らせて危ない目に遭わせて、自分は手を汚さず高みの見物かよ……許せねぇな」

「詐欺罪で告訴してみます?」

 鬼窪がタブレットを操作する。

「雨宮クン、あなたがその気なら、知り合いの弁護士を紹介するわよ」

「いや……いいです……」


 そもそも、異世界に法律は通用するのだろうか? 滅茶苦茶なスピード違反をさせておいて、何を言ってるのか?


 言ってることとやってることが不釣り合いなこの面々を見ていると、これが現実なんだと実感してくる。


 消え去りたかった、現実なんだと。



 ✧••┈┈┈┈┈┈••✧



 到着したのは、湊がこの世界に呼び出された、その場所だった。

 西洋風の宮殿。

 金ピカに彩られた門の前にバンが横付けされ、四人と共に、湊も城に入る。


 衛兵が立ち並ぶ中を進めば、大きな扉に突き当たった――王の間だ。

 つい先日、聖剣を携え、期待に胸を膨らませて出た扉を、湊は俯きながら入った。


 正面の玉座に王がいた。確か、なんとかⅧ世とか名乗ったけど、ややこしい名前だから忘れた。


 弓弦葉はツカツカと玉座の前に出ると、野辺と小鳥遊に両腕を取られた湊を振り返った。

「約束通り、暗黒竜は倒した。だから、こいつは連れて行く」

「ご苦労だった。褒美を取らせよう」


 王は家臣に命じて金貨の山を持って来させた。けれど弓弦葉はチッと不快そうに舌打ちした。

「あのな、ジジイ。勘違いすんなよ」

「ジ、ジジイ……!?」

 家臣たちがざわめく。その中の、ゴツい鎧を着た騎士が剣を抜いて、弓弦葉に突き付けた。

「無礼者! そこへなおれ!」

「無礼なのはどっちだよ、勝手にうちの市民を呼び付けやがって」


 弓弦葉の迫力は、騎士を遥かに凌駕していた。

「そんな立派な剣を持ってんなら、おまえが竜退治に行きゃいいだろうが!」

「うっ……」

「王さま、あんただってそうだ。豪華な城にふんぞり返って、褒美を取らせる金があるなら、軍を鍛錬しろよ!」

「…………」

「ちゃんと自治しろ! こっちの世界を頼るな!」

「し、しかしじゃな、我が国には邪悪な魔王がおって……」

「そう言うと思ったから、ほら」


 弓弦葉は小鳥遊に目配せする。すると彼は、手にした市の指定ゴミ袋から何かを取り出して、王の足元に投げた。


 ――それは、大きく曲がった黒い角。

 王と騎士は「ヒッ」と息を呑み、まるで鬼でも見るような目を弓弦葉に向けた。

 彼女は言った。


「ついでに、魔王も倒しておいた」


 王と騎士は、ガクガクと顎を震わせて抱き合っている。

 弓弦葉はそんな二人に細い目を向けた。

「これで、こっちの世界に干渉する言い訳がなくなったな」

「…………」

「二度と市民を呼ぶんじゃねえぞ。もし今度、うちの市民に関わったら……」


 弓弦葉は腰に手を当てる。

「――税金、取るぞ?」


「ヒッ――!」


「あー、えーと、仲睦まじいところすいません」

 前に出たのは鬼窪だ。

「孫のお迎えまで時間ないんで、先に報告書の確認をお願いできませんか?」


 鬼窪は市のマスコットキャラクターの絵柄が入ったクリアファイルから書類を取り出して、ボールペンを添えて王に差し出した。


「確認できましたら、ここの四角にチェックをお願いしますね。まず、暗黒竜エルドラを倒しました……あ、三日寝かせただけなんで、解体はそちらでお願いします。あと、魔王ザッハ……老眼でよく見えないわ。そいつを倒して、証拠に角を持って来ました。なので、そちらが英雄召喚した雨宮湊くん、彼をこちらに引き渡してもらいます。裏面は誓約書です。さっき係長も言いましたけど、乙――あなた、王さまのことです。乙は、甲――うちの市長ね――に対し、市民に干渉しないと誓約します。もし破った場合、法人として税金が課せられます。罰金ってワケじゃないですよ? 我々市役所の職員を動員するんだから、市民として納税の義務が発生するのが当たり前ですもんね。税金の種類には、法人税、住民税、固定資産税、所得税、贈与税、相続税とか、まあ色々あります。税金の徴収が決まった場合、予告なく税務署が査察に来ますけど、もし武力行使して妨害した場合、公務執行妨害で警察が逮捕に来ます。また、破壊活動防止法が適応されちゃうと、公安が監視に来ます。公安は我々より怖いですからね、誓約は守ってください」


 早口にまくし立てられ、王は目をぱちくりさせた。すると弓弦葉が目を細める。

「急いでんの。さっさとチェックしな」


 促されるまま、王が四角にチェックを入れた。そして鬼窪は最後の欄を示す。

「ここに日付とサインと印鑑ね――あ、日付はこっちの暦じゃなくて、令和で。印鑑がなかったら拇印でいいから」

 持参した朱肉を王の人差し指に押し付けて、書類に置く。

「これで良しっと。コピーした控えを後日、内容証明郵便で送りますから……」


「もうこりごり。お願いだから、早く帰って……」

 王は天を仰いだ。

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