モブ悪役令嬢の従者になった俺の話
「おい、ジミー、アンドレアの食事にこれ入れて置け」
「はい、先輩、分かりました」
先輩から、剣の整備で使われる油を渡された。
俺はジミー、この家に雇われた下働きだ。
しかし、今は執事の服を着てこの家の長女、アンドレア様の従者をしている。
理由は、俺のような下賤の者が相応しいらしい。
今、アンドレア様は絶賛いじめられ中だ。使用人にも食事の中に油を入れろと言われる始末だ。
俺は、油を捨て、食事をお持ちする。
スープとパンだ。俺の賄いよりも貧しい。これが伯爵家の令嬢の食事かね。
アンドレア様がいらっしゃる離れまでお食事をお運びした。
「アンドレア様、お食事をお持ちしました」
「ジミー?入って」
ほこりっぽい部屋に机と書籍が少し。お嬢様は家の仕事も押しつけられている。
お嬢様は16歳、俺は18歳、男女の別がある年齢だ。食事だけをおいて退室しようと思ったら話しかけられた。
「お嬢様、どうぞ」
「有難う。ねえ、ジミー、私が悪かったのかしら」
「いいえ。お話を聞く限りお嬢様が悪いことなんてございません」
「これも女神様の試練ね。誤解をとくためにも頑張るわ」
女神様の試練ね・・・。女神様はもっと気まぐれでおぞましい存在だ。
もし、慈愛の女神様だったら、この世に貧富の差や差別、いじめなどがあるわけがない。
と母上は言っていた。
書類仕事をしている。本来は義母の仕事だ。
義母は平民出身だから帳簿を理解出来ないみたいだ。
お嬢様は再婚した連れ子を虐めていると噂が立ち。それ以来、実の父親から遠ざけられている。
「お嬢様、湯の準備をしておきます。食べ終えられたら、食器はそこに置いて下さい」
「助かるわ」
さて、お嬢様にはメイドがついていない。お嬢様がご自分で湯浴みをして、残り湯で洗濯をする毎日になっている。髪も切っていない。腰よりも金髪が伸びて不便そうだ。
男の俺が助けることなんて出来ないからな。
と歩いていたら、リディア様、奥様の連れ子が薔薇の側でうずくまっていた。なんやら一人だ。珍しい。
髪を薔薇のトゲに引っかけたらしい。
「ジミーさん。助けて下さい!お花が綺麗だからつい近づいたら髪が引っかかってしまったわ」
「なるほど、すぐにメイドを呼びに行きます」
と背中を向けたら、服を捕まれた。
「(ラブラブラブラブリンス、私の魅力ビームでメロメロになれ)」
はあ?何だ。聞いた事がない言語だ。
呪文とともに魔力が服を伝わって流れてきた。
こりゃ、何だ。でも、言う事を聞いた方が良いだろう。
「お嬢様、体に触れることをお許し下さい」
「フウ、心配したのよ。もしかしてバグかと思ったのよ」
「とんでもございません。私は当家に雇われた存在です」
「フフフ、(ラブラブラブラブリンス)アンドレアの弱点を教えて」
「はい、ようございます。アンドレアはお湯が嫌いです。たっぷりのお湯をバスタブに注いだら目を回すでしょう」
「そうなの?宜しくね。話通しておくわ」
久しぶりにお湯をたっぷりもらった。今まではわずかにしかもらえなかった。
お湯を沸かすのも薪が必要だ。貴重なのだ。
「まあ、ジミーどうしたの?」
「どうぞ、アンドレアお嬢様、このお湯をお使い下さい」
「嬉しいわ」
それからも、嘘の報告をしてアンドレア様いじめに加担する振りをした。
「(ラブラブラブリンス)アンドレアの弱点を教えて」
「はい、ご城下の髪結い、カミラ婆さんの理髪は嫌がりますね」
「まあ、馬車を出すから行ってきなさい。お金も出すわ」
俺が御者になり。下町に繰り出す。
「あああ、アンドレア様、お屋敷が怪しくなったので心配しておりました。グスン、グスン」
「婆や、グスン、久しぶりにあえて嬉しいわ」
また、
「(ラブラブラブリンス)アンドレアの嫌いな物を教えて」
「それはホロホロ鳥ですね。生意気に贅沢しすぎです。『あ~、ホロホロ鳥が食べられなくて幸せ。あれ、苦手なのよね』とこぼしていました」
「フフフフ、(モブ)義姉のくせに生意気なのよね」
今夜から貴族の食べ物の定番、ホロホロ鳥がアンドレア様の食べ物になった。
俺は嘘の報告をする。
「リディア様、泣きながら、口に運んでいました。俺は言ってやりました。これしか食べ物がない。贅沢をするなって」
「まあ、本当、嬉しいわ」
リディアは何か力があるのか?
賭けだ。
「リディア様、教えて下さい。私が何をすればリディア様は喜びますか?少しでもお力になりたいです。私が助けられることがあれば・・」
「そうね。貴族院に使用人に対する虐待を連名で告発するの。ジミーも署名してくれないかしら。証言はそろっているのよ」
「ほお、それはもちろん、しかし・・・私は文字が書けません。どなたか代わりに代筆をお願いします」
「分かったわ」
「それと、私を痛めつけて下さい」
「まあ、何で?」
「アンドレア様が俺に折檻をしたことにするのです。物証って奴です。証言だけではキツいでしょう」
「まあ、でも、貴方、何が目的?」
「それはリディア様のこと、お慕い申し上げているからです。どうか、お気持ちの隅に私のことを置いて下さい」
「分かったわ。(逆ハー)に入りたいのね。もう、義兄と義弟は入ったわ。貴族院の調査団が来るから・・・働き次第で入れてあげても良いわ。ジミーは筋肉質だから夜もすごいのかしらねえ・・・ウフ」
何だ。『ぎゃくはー』って。
それから、私はムチで打たれた。
背中に傷が残るぐらいだ。
さすがに少しふらついた。
「ジミー!」
アンドレア様が口を開けて驚いている。両手で口を隠して 可愛らしい方だな。
「アハハハ、大丈夫ですよ。えっ」
手をギュウと握られた。
手には数枚の金貨が握られていた。
「これはお母様が残してくれた遺産の一部ですわ。お母様は何かあったときのために現金を持ち歩くように言っておりましたから、差し上げますからお逃げなさい」
俺は金貨ごと手を押し返した。
手が柔らかいな。それで良い。
俺は森で餓死寸前のところ拾われた。
お嬢様から可哀想だからと口を利いてもらって、こんなスキルも何もない俺を拾ってくれた恩があるのだ。
それから、数日後、王都から調査団がやってきた。
「国王代理第四王子カールだ。使用人に対する虐待疑惑がフリード伯爵令嬢アンドレア嬢にある。調査を行う」
お嬢様は口をあけて驚く。いじめられているのはお嬢様の方だからな。
「これは、何かの間違いではございませんか?」
「連名で告発が出ている。物証もあるとのことだ」
「それは・・・」
「ジミーという下働きにムチを打っていたそうではないか?」
「殿下、アンドレア嬢の部屋から血のついたムチが出ました」
仕組まれているな。
伯爵、兄、弟、あれは誰だ?あ、そうか、アンドレア様の元婚約者もいる。にんまりしている。
とっくに婚約は破棄されたのだっけ?
「ジミー、上着を脱いで王子に背中をお見せしなさい。姉上の非道を知らせるのだ」
「はい、坊ちゃま」
俺は上着を脱いで背中を見せた。
「・・・?はて、傷はないが・・・」
王子はあんぐりしている。
「私は虐待などされておりません」
「だろうな・・・・ムチは傷が残るから刑罰にもなったのだからな」
「実は・・・・」
俺は告発をした。これは賭けだ。
お嬢様にあらぬ悪評がたち。離れに住まわされていること。
リディアは呆然としている。
「ちょっと、ジミー裏切ったの?告発状に署名したじゃない!」
「見せて下さい。これ、私の文字ではありませんね。私の書体はこうです。どなたかペンをお貸し下さい」
「貴方、嘘を言ったの!文字書けるじゃない!」
まあ、当然違うわな。
ここでとどめをさした。
奇妙な言語をつなぎ合わせて文章を作った。
「(モブ)リディア様は、(逆ハー)は無理、お前は薄汚い阿婆擦れだ!」
「あんたも転生者なの?おかしいわ。人のゲームを邪魔して、(モブ)悪役令嬢アンドレアをざまぁしてから私は勇気ある告発したと王子に見初められるのだから、(バグね)(リセット)(リセット!)」
「リディア嬢が怪しい捕まえろ!」
その時、リディアは口を大きくあけて、あの奇妙な呪文を唱えようとした。
「(ラブラブラブ・・ギャアア!」
俺は椅子を投げて口を塞いだ。
「殿下、魔力反応がありました!」
「ええい。捕まえろ」
これで万事解決すると思ったが、今度はアンドレアお嬢様が告発をした。
「あの、告発することがあります。私は書類の改ざんを指示されましたわ。でも、正式の帳簿をつけておりますの。国税を誤魔化すために資産隠し、国法で定められた飢饉にそなえるための備蓄食料を・・・・リディアの宝石やドレスに変えていましたわ!」
「・・・うむ。これは魅了魔法の一種だろう。全て合点がいった!」
何だ。アンドレアお嬢様、お強いじゃないか。
伯爵様、兄、弟と元婚約者と主要な使用人達も捕まり。調査が行われたが、例え、魅了魔法があってもアンドレア様を無実の罪でいじめた事実は消えない。
使用人達も魔物に騙されたと憤慨している。
俺はこの騒ぎに乗じて逃げ出した。
俺は・・・・・
「ジミー様!」
逃げ出した先の森でアンドレア様が訪ねて来た。
俺は、オーガだ。いや、正確には母親がオーガの姫と人族の父を持つ。混じりだ。
だから傷の治りが早く魔法もかかりにくい。
母上は人族の男と関係し俺が生まれた。
母上は俺を隠して里で養育してくれたが、
祖父にあたるオーガの里長は、俺の存在に気がついて、人族の里近くの森に放り出した。
その時、腹が減り目を回していたときに助けてくれたのが、アンドレア様の母上の女伯爵だ。
「伯爵家は残りましたの。でも、当分は歳入から誤魔化した税を払い。民へ使う分も返しますから、使用人は全て解雇しましたの。
カミラ婆やとその娘さんたちが通いで手伝ってくれますのよ」
「恩返しですよ。しかし、良かった。私は元気で過ごしておりますから」
「でね。男手がどうしても必要なの」
その時、母上の声が聞こえた。
「お~い、ジミーよ。すまなんだ。里から出てきたぞヨ」
「母上・・・」
「すまなかったのう。やっと、父上を決闘で倒してのう、父上はもう年じゃ・・・って誰じゃ」
「初めまして、お義母様、フリード伯爵のアンドレアと申します」
「ほお、苦しいない。妾はオーガじゃ・・驚かないのか?」
「ええ、ジミーはジミーですから」
「ほお、そうか、ええのう。ええ娘じゃ」
その後、王都からの商人の話で、リディアは魔道局に引き渡された。
あの呪文は危険と言う事で舌を切られたらしい。
今も筆記で調査を行われている。異界の人族の魂が潜り込んでいるとの噂だ。
アンドレア様以外の家族は労役場に送致されて使い込んだ金の返済に充てるそうだ。
辛うじて債務奴隷にならなかったのはアンドレア様が懇願したそうだ。
使用人達は解雇、ほとんどが冒険者になったと聞く。
そりゃ、魔法もあるけどな。ただですむわけがない。
俺はそれから森で狩りと耕作をして母上と暮らしている。
時々、アンドレア様のお屋敷にも賃仕事に行くが、
「あ~あ、早く孫の顔をみたいぞよ」
と何故か行く度にせっつかれる。
リディアの魂は外界からわざわざ来たらしい。まるで遊戯のように貴公子たちを落とそうとしたそうだ。その時の呪文が『ラブラブラブリンス』だ。
全く、人の方がよっぽど人外ではないか?
最後までお読み頂き有難うございました。