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後編

キキは10歳以上年下の令嬢達の中でぶっちぎり最下位の劣等生を続けていた。そもそもキキは勉強など厄介なことは嫌いだ。のらりくらりと面倒なことは他人に任せて、美味しい所だけいただくつもりだったのだ。


楽して贅沢に生きていきたい。

アタシの願いはただ、それだけだったのに。

何故、こんな辛い思いをしなければならないの……


「ウホゥ……」


悩ましげなキキのため息は空へと消えてゆく。


そんある日。


「ねぇ、母様達。相談があるんだ」


歓談室でくつろぐ側室妃達にエイト王子が話をもちかけた。


「お妃教育を頑張ってる皆に何か贈り物をしたいんだ。もちろん僕の個人資産から費用は出すけど、どんなものを選んだら、皆が喜んでくれるか分からなくて」


照れくさそうに話す幼い王子の言葉に側室妃達は大いに盛り上がった。


「まあ、まあ、まあ、それは素敵なサプライズね!」

「母様達に任せなさい」

「実家から最高級の絹を取り寄せてあげましょう」

「レースなら良い工房を知っているわよ」

「宝石類は夜会に出席することはないから、真珠、瑪瑙、翡翠、水晶あたりが良いのではないかしら」

「そういえば、東方から素敵な織物が輸入され始めたと聞いたわ」

「ガラス細工なども素敵よ」

「もう少し、皆様が大きくなれば、それぞれにオリジナルの香水をつくって差し上げても良いわねぇ」

「石鹸や入浴剤なら今からでも使えるのではなくて?」


小さな恋のメロディを応援したいマザーズの、持てるコネとアイデアとセンスを持ち寄りエイトの贈物大作戦は開始された。


めざといキキはそれを聞きつけ、久しぶりに贅沢な贈り物がもらえると内心、非常に楽しみにしていた。たまには気が利くじゃねえか、クソガキィ。


王妃をはじめ、側室妃達のバックアップにより、エイト王子、婚約者への初めての贈り物は、ドレスが5着にそれぞれのデザインに合わせた靴に髪飾り、刺繍の入ったリボンにレース、コサージュ、帽子、半貴石をあしらったブローチに、カッティングの美しいグラスや、それぞれの誕生花を描いた茶器、動物の形の石鹸に、優しい香りの匂い袋などなど、とにかく可愛らしく盛り沢山になった。


婚約者達は大喜び、エイト王子も()()()()()()()に喜んでもらえるって、なんて幸せなことなんだとうと、それはそれはハッピーな結果を迎える。


キキ以外は。


「なんでアタシにはないのよ」


お妃教育頑張ってるのに!これこそ虐めであるとキキは再びファースト王子に訴えた。


「酷いのぉ、アタシだけ除け者なのぉ。くすん」

「君はエイトの婚約者じゃないだろう」


ファースト王子もエイトが令嬢達に贈り物をしたという話は知っている。


「いくら、将来家族になるからといって、10歳以上年下の弟からの贈り物を期待するのはどうかと思うよ」


真っ当なご意見である。エイト王子も婚約者以外の女性に贈り物をするなど非常識なことはしない。


「……ウッホ」


物欲の塊であるキキは一瞬ゴリラ化しそうになるが、子供にたかれないのであれば、恋人にたかればいいと思い直す。


「でもぉ、最近、お洋服も買ってないしぃ」

「先月3着ドレスをつくったじゃないか」

「ほ、宝石も買ってないしぃ」

「マナー講師の合格が貰えるまで夜会には出られないだろう。買っても身に着ける場がないじゃないか」


この野郎、最近の恋人はしみったれてやがる。学園時代の方が太っ腹だった。寄生相手間違えたか?ちなみにファースト王子は釣った魚に餌をやらないタイプだ。


キキが後悔している瞬間、ファースト王子も後悔していた。


さらに言うとファースト王子は貧乏王子になっていた。何故なら、元婚約者に個人資産より慰謝料を支払ったからだ。おまけに、キキのお妃教育の費用は自分の個人資産より賄っている。エイト王子の婚約者達は王家が認めた人材だが、キキは違う。ファースト王子の個人的な希望により講義を受けているため王家の予算は出さないと、国王から言われている。


おまけにキキは幼い令嬢達と比べても断トツびりっけつ。努力する気配もない。外交や公の夜会や茶会に出席できるようになるまで、どれくらいかかるのか。このままでは一生独身、立太子もいつになるか。


「わかった、キキ。今度、商人を呼んで買い物をしよう」

「キャー!嬉しい、殿下大好きぃ」

「お妃教育で一番になったらね」

「え、えぇ……そんな」

「ご褒美があると考えれば頑張れるだろう」

「今でも頑張ってるわ」

「結果を出さないと意味ないよ。じゃあ、私は執務があるから、もう行くよ」


おまけに、前の婚約者は優秀で自分の執務をかなり手伝ってくれていた。キキにそんなハイレベルなことは期待できないので、全て自分でこなすしかない。バカなところも含めて可愛らしいと思っていたが、これは考え直さねばならないかもしれない。


「真実の愛」宣言から約3年。もはや倦怠期の夫婦であった。


それから数年後。


「ファースト、お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


国王は長男に問いかけた。


只今、王家大家族会議の真っ最中。

出席者、お父さん1名、お母さん50名、子供達いっぱい。


「はい。キキのお妃教育はまったく進んでおりません」


20代半ばとなったファースト王子はある決断をした。


「このままでは私の立太子は不可能です」


キキに比べ、エイト王子の婚約者達のお妃教育は順調に進んでいた。皆、数年後には誰が正室となっても問題ない程に成長するだろう。


「半数とは言いません、エイトの婚約者を三名ほど、私の妃にして下さい」


その内、誰かを正室とし、キキも含めて側室とすれば何とか面目も立つ。


「お言葉ですが!」


それに意を唱えたのは弟であるエイト王子。


「彼女達は皆、私の大切な婚約者です。誰一人として譲る気はありません!」

「エイト、我儘を言うな。これは国政に関わる重要なことなのだぞ」

「いいえ、兄上になんと言われようと、彼女達には指一本触れさせません」


エイト王子は現在13歳、すでに公務に関わっており、臣下からの期待も大きい。しかし、考え方はまだまだお子様だ。ファースト王子は兄としてしっかり導かねばと説得を試みようとするが、父である国王に遮られた。


「だが、ファーストよ、お前は“真実の相手以外とは結婚しない”と宣言しておるだろう。王族が一度口にした事を易々と撤回することは出来ぬ。それを何とする?」

「ご令嬢達が私に懸想しており、私が致し方なく彼女達の想いを受け入れたという形にすれば問題ありません」


それに令嬢達も幼いエイトよりも、大人の魅力溢れる自分の妃にと求められたら、彼女達も胸がときめくに違いない。


「お待ち下さい!」


そこへ現れたのは、エイト王子の婚約者達10名。まだ幼さは残るものの、皆、美しく成長しており、成人ともなれば、輝くような美女となるだろう。


流れるような動きで深く礼を取る。規律正しい整然とした美がそこにあった。素晴らしい令嬢達だ。ファースト王子は3人とは言わず、自分を希望するご令嬢は全て受け入れようと考えを改めた。


「どうか、私達の言葉を聞いて下さい」

「良かろう、其方達にも関わる事だ。正直に申せ。不敬は問はぬ」


父の言質も取れた。ご令嬢達の本心を聞けば弟も諦めが付くだろう。


現在、彼女達のリーダー的なポジションとなったアリーシャが一歩前に歩み出た。


「私達は全員、エイト殿下との婚約を望みます!」

「なっ!」


ファースト王子は思わず、声を上げる。


聞き間違いだろうか?


講義室にキキの様子を見に行くたびに、アリーシャ達も嬉しげに微笑み、声を掛けてきた。少なからず、いや、何なら全員自分に好意があると思っていた。実際はエイトも一緒に来ていたからだ。お前じゃない。


他の令嬢達も口々に言う。


「私達が誰一人脱落せず、お妃教育に付いて行くことが出来たのはエイト殿下のおかげです」

「エイト殿下は一人一人に寄り添い、励ましてくれました」

「その優しさと誠意にお応えしたいと努めてまいりました」

「私達はエイト殿下をお支えするために努力してきたのです」

「他の殿方に尽くすためでは御座いません」

「私達の献身も心も、全てはエイト殿下にお捧げ致します」

「例え、エイト殿下の兄君であろうと、愛する事は出来ません」

「私達の真実の相手はエイト殿下です!」

「どうか、私達から愛を奪わないで下さいませ!」


嘘だろ、そんな馬鹿な、誰一人として、自分を愛していない?ファースト王子は、この状況が理解出来ず、思わず一歩二歩と歩み出る。


「ヒッ」


令嬢達はまるで、変質者に出くわしたかのように、怯えた顔で後ずさった。


そんな彼らの間に割って入ったのは、我らが婚約者は絶対守るマンボーイ・エイト。婚約者達の盾となるように手を広げ、兄を睨み付ける。令嬢達は愛するエイトに寄り添うように固まった。チーム・エイトの団結力は強いのだ。


「おやめなさい」


凛とした女性の声。ファースト王子の母である王妃が厳かに口を開く。良かった、母なら、このお子様達の我儘を諌めてくれるだろう。安心して振り返ると、王妃は表情の読み取れない顔で言う。


「ファースト王子は“キキ嬢以外とは婚姻しない”そう自分で宣言したでしょう。身勝手な理由で捻じ曲げるなど許しません」


え、かあさまは何を言ってるんだ?


そして、他の側室妃達も言う。


「まったく、呆れてしまうわね」

「キキさんの教育が思わしくないからと言って、弟の婚約者を奪おうとするなんて」

「節操がないにも程があります」

「エイト様もご令嬢達も何の落ち度もないのですよ」

「それを自分の都合で解消させるとは」

「おまけに、自分が惚れられてしまった事にするなんて」

「かなり図々しい考えね」

「横暴だと捉えられても仕方ありません」


母が50人もいるのに、1人も味方がいない。


「え、でも、だって……」


何か言わねばと口を開くが言葉にならない。


「兄上」


そんなファーストの肩を叩いたのは、2歳年下の弟のセカンド王子だ。彼は宰相の娘と結婚、婿入りし、外務省の文官として活躍してしている。ちなみに子供は女の子(エンジェル)が二人。


「もうやめましょう、恥の上塗りです」

「セカンド、私は……」

「お気を確かに。いいですか、兄上は振られたのです」


次男、長男にトドメを刺す。


「ちょっと、待ったー!」


勢いよく滑り込んできたのはファーストの最愛のキキ。


「ウホォ、ウホォ」


かなりのスピードで走ってきたキキは息を切らしている。


「どう言うことよ!絶対に別れないんだから!」


でもって、半端に情報を集めてきたようだった。


「メスガキ共、よくもアタシの男に手を出してくれたわね!許さない!2度とアタシ達の前に現れるんじゃないわよ!」


国王をも前にして怒鳴り散らす。精神力と図々しさだけなら最上位であろう。


「手なんか出してないよ、皆、兄上のこと、キモいってさ」


答えたのはエイト王子、もはやファースト王子への尊敬も気遣いもなくなった。


「それに、これから彼女達は全員、お妃教育の仕上げ期間に入るからね、キキさんと一緒に学ぶ事はもうないよ。必然的に兄上と関わる事はなくなる。さようなら、お元気で」


25歳になったキキは今だに初級レベルを漂っていた。


そしてまた、数年後。


才能溢れる若き王太子の誕生に国中が沸いていた。王子は眉目秀麗、明朗快活、文武両道。国王や王妃並びに側室妃、臣下達からも信頼は厚い。


王子の側には10人の美しく聡明な婚約者達が常に寄り添い、彼を支えていた。


第八王子エイト。本日を持って王太子となり、10人の婚約者達との結婚式が行われる。


「何でぇアタシがぁ王妃じゃないのよぉ」


地獄の底から湧き上がるような声を絞り出すのは、ドレスを着たゴリラではなく、かつて立太子するであろうとされていた第一王子ファーストの恋人キキである。


ファースト王子は無能ではない。だが、かつて、この国史上最高の才女と言われた令嬢との婚約を破棄した頃から、次期国王の資質を疑問視され、候補者から外された。しかし半端に能力のある男なので、無駄に争いの火種を持ち込まれては困る。


こっそり国王は他の息子達から優秀な者を選別し、次代の王と、王を支える妃候補に教育を施してきた。そして、その甲斐もあり、今日という、めでたい日を迎えた。


またエイト王子には類稀な才能があった。ぶっちゃけるとハーレムの主としての才能である。複数いる妃を完璧に平等に扱い、寄り添い、愛する能力だ。後宮の主としては絶対不可欠である。しかも、エイト王子は、その才能を婚約者達だけでなく、臣下にも発揮した。一人一人の能力を見出し、彼らの努力を認め、讃えた。言い換えると究極の人たらしであった。エイト王子を慕う貴族や信を置く臣下は多く。エイトがいる限り、国は一枚岩となり安泰であろう。


「何故だ……」


現実を受けいられないまま、弟と美しい婚約者達の結婚式に参加するファースト王子の側にはフリルの化け物と化した恋人キキ、三十路。


キキは30歳となった今もお妃教育は終わっていない。しかし王子であるファーストに、パートナーがいないのも体裁が悪い。今回のみ特別に公式の式典に参加することを許された。ただし、トラブルを起こしたらファーストごと退場である。


久しぶりに、潤沢な資金でドレスを購入する事が許されたキキのテンションは、異常な盛り上がりを見せた。数年前、ファーストがエイトの婚約者を求めた時から、彼女達を仮想敵としていたキキは、美しく装い主役の座を奪うべく着飾った。


「誰よりも目立つのよ!」


しかし、派手にし過ぎてフリルの塊にしか見えない。おまけに、自分の年齢に見合う服のセンスを見失い、30歳にもなって10代の娘達が着るようなデザインとなってしまい、非常に痛々しい。


「あの女性は……」


そんな彼らの前に現れたのは幸せな王太子夫婦だけではなかった。ファーストが記憶の彼方に押しやっていた、元婚約者である。


「なんと、美しい」


ファーストの身勝手な婚約破棄の謝罪として、彼女は女性としては異例の爵位を賜り、女伯爵として辣腕を振るっていた。それだけではない。信頼する幼馴染の令息と結婚し、この時、すでに2人の息子と1人の娘を出産していた。


夫に愛され、幸せな時を重ねた女伯爵は品格に溢れる美しい貴婦人となっていた。


「なんて事だ。私は全て間違っていたのか……」


夜会を楽しむ人々を避け、ファースト王子はテラスへと出た。


かつて捨てた元婚約者は女神の如き美しさとなり、自分の前に現れた。彼女と別れなければ、王太子となって国民からの歓声を浴びていたのは自分だったのに。


すると、そんな彼を後ろから、そっと抱きしめるフリルの化け物が現れた。


「キキか」

「殿下」


キキの腕から、温かさが伝わってくる。ああ、自分はまた間違ってしまうところだった。この娘は間違いなく私の真実の愛。彼女まで失ってしまうところだった。


「キキ、私は……」


振り返り、その可愛らしい顔を覗き込むと。


「ぜってぇ、別れねぇからな」


ゴリラが目ん玉をひん剥いて凄んでいた。


「……ブスになったな」

「てんめーー!」


その後。


エイト王太子は、実は仲良くしていたファースト王子の元婚約者の女伯爵と共に、優秀な女性達も側室とならずとも活躍できる社会作りに努めた。この活動により国はさらなる発展を叶える。そのに伴い、後宮は自然と縮小されていくが、エイト王の妃達は常に彼を支えて共にあった。彼女達自身も、互いに親友と言い、深い友情がそこに存在していた。


ファースト王子とキキは、正式に結婚する事はなく、生涯、恋人同士として過ごしたという。


ウッホ。

ゴリラエンド

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一番始めにひょっかっ!と、閃いた言葉が、 悪女の深情け。 でもキキの場合は、打算で良いの捕まえた!一生放さんでー···ともいうべき!怨念と化しているようで···これ、軽くホラーに入りませんかね?
正式に結婚すらせずに添い遂げるっていうのもなかなか根性あるけど ファーストもキキも他に誰一人相手がいなかっただけなのかなあ
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