前編
常識とか、倫理観とか、一旦置いておける方のみ、ご覧下さい。ハーレム要素がございます。まあ、コメディなので、緩く楽しんで下さい。
とある王家の後宮。ここは王宮の中でも、王族の居住区域であるため、皆、外向けの顔は脱ぎ去り、家族で向き合うことが可能である。そんな後宮の美しい庭園で、一人の夫人が涙していた。
その女性こそ、この国の王妃。誇り高く強い意志と国母としての愛をもって王を支える王妃は貴族からだけでなく民草からの支持も厚い。
「貴方は私をそのようなくだらない事をする人間だと思っていたのね……」
「えっ、いや、母上、私はただキキが……」
最近は王妃としての母としか接していなかった第一王子ファーストは母の涙に動揺した。
母親に無理を言って恋人キキに王妃教育を施してもらっているが、当のキキから「王妃様がぁ意地悪するのぉ」などと言うので、母に、もう少し優しく教えてやって欲しいと言いに来たのだ。
第一王子ファーストと男爵令嬢キキは恋人同士だ。婚約者ではない。5年前、二人が学生であった頃に出会い恋に落ちた。しかし当時、ファースト王子には王家が決めた、それはそれは優秀な婚約者がいた。令嬢100人分と言われる程の能力の高さを誇る女性であったが、ファースト王子は卒業パーティーの夜、「真実の愛の相手はキキである。キキ以外とは結婚しない」と宣言。公爵令嬢との婚約は破棄されたものの、殆ど平民と言っても良いキキとの婚姻は認められなかった。
しかし王子は粘り強く父である王に掛け合い、キキが王妃に相応しい知識と教養、マナーや所作、ダンスなど、全てを習得することが出来れば婚姻を認めても良い言う約束を取り付けた。
王子は母である王妃にキキに教育を施して欲しいと願い、レッスンは始まったのだが……
「貴方が、真実の愛を見つけたというから、執務や公務の合間をぬって、貴方とキキさんのためにと行っていたのに」
「私は母上に感謝していますが……」
隣で自分の腕にしがみついている恋人キキを盗み見ると、庇護欲をそそる健気なはずの最愛の女性は、目を見開き鼻の穴を大きく広げ、怒りに満ちた顔をしていた。まるで威嚇するゴリラのようで、ファースト王子は少しばかり幻滅した。
元より、このキキという娘は高位貴族令嬢としての教育を受けていないため、感情を隠す事が不得意で、そのクルクルと変わる表情が愛らしいと思っていたのだが、今のキキの顔は酷いものだった。あれ?猿人に似てるな。
キキは涙を武器として、ファースト王子の婚約者を蹴落とした。しかしその武器を、よりによって義母(予定)に奪われたのだ。
愛情深い母の涙に王子の気持ちは圧倒的に傾いた。
「殿下ぁ、アタシィ、本当にぃ怖くってぇ」
どうにか巻き返そうと、キキはファースト王子の腕をグッと握りしめると、必死に健気な言葉を紡ぐのだが、どう見ても縄張り争いをするゴリラである。いかにも高貴な貴婦人といった義母(予定)の涙は美しく儚げで、キキは己の嘘泣きとの落差に、敗北感を感じ、表情を取り繕えないでいるのだ。
「私は国母として、時に冷たい判断をしてきました。ですが、それは全て国のため民のため。それを息子である貴方は理解してくれていると信じていたのに。貴方は母を息子の恋人に意地悪をする性根の腐った人間だと思っているのですね……」
王妃はふらりと立ち上がると「しばらく1人にしてちょうだい」と言って去って行った。
「王妃様になんてことをぉぉーー!」
「あの慈悲深い王妃様がそんな事するはずないでしょう!」
「ファースト様は一体、御母堂様の何を見てきたのです!」
「あの方ほど、公平な方はいらっしゃいません!」
「王妃様のお気持ちを考えると、私、私……」
「ああ、泣かないでくださいまし」
「王妃様はお忙しい中、お二人のために時間を割いているのですよ!」
後に残されたファーストとキキは後宮の側室妃達に烈火の如く叱られた。
この国の後宮には王妃を頂点として、49名の側室妃が暮らしている。その妃達は皆、それぞれに秀でた才能があり、女性が働く文化のない、この国で側室という肩書をもって、能力を活かし国に貢献してきた。側室の選考には王妃の意向が大きく反映されており、彼女達にとって己の才を見出してくれた王妃は恩人でもあった。
「王妃様がファースト様を出産なさった時、どれほど苦しまれたか!」
「30時間に及ぶ難産だったのですよ!」
「産後の肥立も悪く」
「まさに命懸けの出産です!」
「お生まれになったファースト様はそれはそれは小さくて……」
「王妃様はご自分の体調も思わしくないないのに深夜の授乳をなさっていたのですよ!」
「偉大なる母の愛!」
そして、彼女達は後宮で生まれた王の子供達を分け隔てなく育て、全員が全員の母親として接していた。
つまりは、王妃含め50人の妃がファースト王子の母であり、キキの姑である。ついでに国王の母、義祖母も35名も暮らしている。
「く……殿下に騎士道を伝え切れなかったのは私の責!」
そう言い出したのは後宮の警備及び、王族の警護を担う女性近衛騎士である側室妃。ケイト妃である。
「“息子の恋人が下位貴族だから気に入らない!?”そんな事はあり得ない!」
この側室妃は父親も母親も平民で、己の実力で騎士爵を得た苦労人。確かな実力あれど男社会の騎士団の中で、正当な評価を得られずにいた彼女を迎え入れた王妃への忠誠心は山よりも高く太陽へ届くほど。
「我が命をもって証明いたす!」
短剣を己に向けるケイト妃。
「キャー!誰か!」
「ファースト様はケイト様を殺す気ですか!」
「わ、私は、そんなつもりは!」
そこに現れたのは、まだ小さな弟王子や妹姫達。
「ケイトかあさま、どうしたの?」
「あーファーストにいさま、おかあさま達をなかしてる」
「いけないんだー」
「にいさま、め!」
「わるいこ!」
「かあさまたちを、いじめちゃダメー!」
「うわあああーん!」
1人が泣き出すと、伝染して全員の大合唱となり、現場は大混乱の極わめる。
「申し訳ない!全面的にキキに非があります!」
ファースト王子は母達に降伏宣言をした。そして、キキは「アタシだけ悪いの!?」と思っていた。
「さ、キキも母上達に謝って」
キキは恋人であるファーストに頭を押さえつけられ、無理やり下げさせられる。ちきしょう、こんなの、聞いてねぇし。
後宮の内情は貴族社会では常識であったが、興味のあることにしか耳を傾けないキキは知らなかった。
そして、ファースト王子は母親達と恋人なら母の味方をするタイプの男であった。
側室妃達は鷹揚に彼らの謝罪を受けとる。
「よろしくてよ」
「謝罪を受け入れます」
「王妃様にも謝るのですよ」
「はい、もちろんです。ちゃんとキキに謝罪をさせます。行こう、母上はちゃんと謝れば許してくれるから安心して」
ちっとも安心できない。自分が王妃になったら、コイツら全員追い出してやる。そうキキは誓った。
「キキ、私達の未来は君次第だ」
「ええ、アタシ、頑張るわ!」
後宮での騒ぎも落ち着くと、なんやかんやとバカップルモードになる。
「そこでね、君が安心して勉強できるよう取り計らったよ」
「まあ、嬉しいわ」
ファースト王子はキキを後宮のとある部屋に連れてくると、一つの扉を開けた。
「失礼するよ」
「ごきけんよう、ファースト殿下」
部屋にいたのは6歳から8歳くらいの10人の少女達。困惑するキキをよそに少女達は可愛らしくも見事なカーテシーを見せた。
「は?何これ?どういうこと?」
「僕のお嫁さん達だよー」
トコトコと現れた少年は第八王子エイト、8歳。ファースト王子は得意げに説明する。
「エイトの婚約者達のお妃教育が始まると聞いて、思いついたのさ。他の令嬢達と一緒ならキキも緊張しないで学べるだろう」
いや、ガキどもと一緒かよ、馬鹿にすんなよ。とキキは思ったが薄ら笑いを浮かべて誤魔化している。またファースト王子はキキに小声で囁いた。
「皆、心優しい少女達ばかりだからね。学園時代のように、また君が虐められる心配はないよ」
そう言ってバチコーンとウインクをかます恋人。とはいえ、その学園時代の虐めも、ファースト王子から同情を買うために、正当性のある注意をキキが大袈裟に騒いだだけである。
「それにほら、彼女達はまだ幼い、君が手本となって引っ張ってやればいい」
子供相手ならば、さすがに学力は優っているだろう。幼い令嬢達を掌握し未来の王妃として派閥をつくれと言っているのだ。
しかし……
「はい、皆さん。歴代の国王の名前が分かる方はいますか?」
「はーい」
全員が手を挙げる中、キキは知らねえし。と思っていた。
「では、次は語学の授業です。大陸公用語でおしゃべりしましょう」
意味不明は言葉で会話する令嬢達の中、キキは話せねぇし。と思っていた。
そう、令嬢達は王家が選別した選りすぐりの少女達。皆、優秀で勤勉なエリートなお子様だったのだ。キキは学園時代同様、劣等生となった。
「キキさん、だいじょうぶですよ」
「みんなで、いっしょに、がんばりましょう」
「前もって、おべんきょうして、まいかい、おさらいをすれば、ちゃんと身に付きますわ」
「え、ごほんがない?よろしければ、わたくしがつかっていたものを、さしあげますわ」
そして、皆、心優しい少女達だった。
そして、キキは、邪心溢れる女だった。
親切な令嬢、アリーシャに予習復習用の本をもらったキキは内心大喜びで、ファースト王子に嫌味を言われたと訴える。
「あの子達、酷いのぉ。意地悪を言ってくるのよぉ、アタシ怖ぁい」
「あの、小さな可愛い令嬢達が?」
さすがのファースト王子も懐疑的だ。そして一緒にいたエイト王子はキキの言葉にそれはそれは憤った。
「アリーシャはキキさんが勉強するための本がないって言うからプレゼントしてくれたんだよ!それを意地悪だなんて!」
「でもぉ、本当に嫌味っぽくてぇ」
エイト王子は兄ファーストと違い、婚約者は絶対守るマンボーイである。
「人の親切を悪く受け取るのは、心が歪んでるからだ!」
そしてキキへの評価は的を得ていた。
「まあまあ、どうしたの?」
ここは後宮。誰かが喧嘩すれば50人いる母のうち数名は現れる。エイト王子の声を聞きつけ5名の側室妃がやってきた。心の中で舌打ちするキキ。
エイト王子は普段、礼儀正しく幼いながらも紳士な少年だ。そんな王子が声を荒げるなど一大事。
「大体、アリーシャ達がキキさんに意地悪をする理由はないじゃないか!みんな、ファースト兄様のことなんか好きじゃないし!キキさんに嫉妬?するわけないよ!みんな、キキさんより、可愛いし、賢いし、優しいし、楽しいし。キキさんより素敵な子ばっかりだよ!」
「この、ガ!ううー!ウホ!」
ガキと言いかけ、さすがに王子に向かってガキはマズイと我慢するが、代わりに唸り声をあげてしまう。ゴリラ・アゲイン。
「まあまあ、誰だって、自分の婚約者が一番素敵な女の子よねぇ」
「自分の婚約者を悪く言われたらエイト様だって許せないわよ」
側室妃達はエイト王子を擁護するが、当然の流れである。エイト王子もアリーシャ嬢達も悪くない。
ファーストはやれやれとため息をつく。
「そうだよ、キキ。あんな可愛らしい子供達が意地悪なんかする訳ないじゃないか。お妃教育の成果も著しくないし、君、少し焦っているんじゃないか?」
ッカーー!ダメ王子め!役立たず!
キキは叫び出したい気分に襲われる。
ファースト王子は、婚約者は守らない自衛しろ男である。嘘付き強欲令嬢キキとお似合いであった。