鉄火巻きのなぞ
「ねえねえ、美紅、ふと思いついたんだけどさー」
優美が振り返りながら言う。
「んー?」
私は教科書を片付けながら返事をする。
「鉄火巻きってあるじゃん? お寿司の。よいしょっと」
優美は椅子をまたいで、背もたれに両手をかける。
私と真正面で向かい合う形になる。
「鉄火巻きがどうかしたの?」
「なんで鉄火巻きって名前なんだろうねー?」
「あー。考えたこともなかったなあ」
教科書を片付け終わったので、私は少し身を乗り出す。
「でしょー?」
私じゃ気にもしないようなことを思いつくんだよね。優美って。
「それでね、鉄火巻きって、鉄の火って書くじゃん」
「うん」
「『食べ物に鉄って名付ける?』って思ったの! 鉄って血の味じゃん! おいしくなさそう!」
「確かに。まずそうだね。それはそれとしてさ――」
私は視線を下に落とす。
「前にも言ったけど、見えちゃいそうで心配だから。その座り方」
私は優美の姿を改めて眺める。
優美は椅子をまたいで座っているので、必然的に足を開く姿勢になる。
そして、優美のスカートは折られていて短くなっている。
この二つを組み合わせると非常に危険なわけで……。
「大丈夫! 私のパンツなんて誰も気にしないから!」
優美はあっけらかんと言った。なんでこんなにも笑顔なんだろう。
「パンツって大きな声で言わないのっ。男子もいるし」
「誰も気にしてないってばー。美紅は乙女だねえ」
いいや気にする。私が気にする。
あと、こっち向いた男子。しっかりわかってるからね。
「私のクマさんパンツのことは良いの! 鉄火巻きの話!」
「だから……」
視線が増えた。男子め。あ、視線そらした。
私は優美のほうを向いて話を再開させる。
「それで、鉄火巻きだったっけ」
「そうそう。鉄の火って書くくらいだから、マグロの赤を例えたんだと思うんだけど」
「うん」
「回りくどくない? あと、マグロ巻きのほうが美味しそう!」
「鉄火巻きって初めて聞いたら、お寿司とは思わないかもね」
「でしょでしょ! なにかの拷問みたいだよ!」
優美は自分の肩を抱く。
「鉄の火だもんね。熱そうだ」
「マグロがツナになっちゃう!」
「いや、マグロは熱くしないから」
「へへへ。かっぱ巻きもおかしいよねー」
今度はかっぱ巻きときたか。
「あれはどう見てもきゅうり巻きよね」
「ねー。かっぱ巻きなら、かっぱのお肉を巻かなきゃ!」
「うわあ……。なんか想像しちゃった」
かっぱのお肉のかっぱ巻き。
かっぱの肉って赤いのかな。緑色なのかな。
どっちにしても美味しくなさそう。
「かっぱのお肉ってどんな味なんだろうねー。気になる~」
「くちばしがあるから鶏みたいなのかも? 食べたくないけど」
「カエルに似てるからカエル味かもよ。あ、カエルも鶏肉の味って聞いたことある!」
「説が有力になってきた……」
「あはは!」
けらけらと笑う優美。
「ねえねえ、かっぱがモチーフのお寿司屋さんあるじゃん」
「あるね」
「お寿司をかっぱが作ってたら面白くない? お客さん、何を握りましょうか」
優美が手を揉み合わせる。
「えーっと、じゃあ大将のおすすめで」
私も寸劇に参加する。
「あいよ! 珍しいでしょ。かっぱが寿司職人なんて」
「初めて見ましたよ。やっぱりキュウリが好きなんですか?」
「へへ、あっしはキュウリに目がないんです。世界中の食べ物でキュウリが一番好きでさぁ」
優美は鼻の下を人差し指でこする。
優美の演技に力が入っている。ちょっと楽しい。
「へいお待ち! これがあっしの自慢です!」
「楽しみ~」
私は顔の前で手を合わせる。
「こちら、鉄火巻きです!」
「かっぱ巻き出してよ!」
「ははは! 美紅ナイスツッコミ! そう言ってくれるって信じてた!」
優美が楽しそうに笑う。
「あー、こんな話してたらお腹すいてきた!」
「次の数学終わったらお昼ご飯だよ。がんばろ」
「はーい。あ、今度二人でお寿司食べに行こうね!」
「急だなあ。まあ良いけど」
「やった!」
たった数分だけど、こういう時間がものすごく楽しい。
かっぱ巻きと鉄火巻きは頼もうかな。